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半円卓会議

(で、なんでこうなったんだっけ?)

 だだっ広い会議室の中、棒立ち状態でヤマトは思い返す。


 円形のテーブルを真ん中で切って、上下にずらしたような配置。

 弓型のテーブルを、背中合わせにずらして配置したというか、そんなような。

 自分の両手で〇を作ってみて、上下にずらすとこんな形になるだろうか。

 どういう理由か、理由などないのか知らないが、そんな形状のテーブルに並ぶ面々は、この町の有力者の人たちのはずだ。


 ヤマトの前にはロファメト・アウェフフがいる。

 他にも自分の席の近くに誰かしら立たせている人もいるし、一人で瞑想しているような壮年の男もいる。

 その中で一人、見知った顔があった。

 ウュセ・キキーエ。

 彼は、彼よりだいぶ年配の男が座っている席の斜め後ろで俯いていた。



 朝食の後、ヤマトはアウェフフに連れ出された。

 頼みがある、と。

 居候をさせてもらって食事をいただいている以上、断るのは不義理なことだ。もちろん了承した。

 出かける必要が出来て、護衛をしてほしいと。

 護衛ということなら自分にも出来そうだったし、アウェフフほどの男が護衛を伴って出かける場所にも興味があった。


 ラッサは同行していない。ヤマトの荷物とグレイをお願いしてきた。

 ヤマトの手には馴染んだ槍。あとは最低限の小物を身に着けているだけだ。

 連れて行かれた先は、ノエチェゼの牙城。

 そういえば、これだけ目立つ場所なのだからここを集合地点に定めておけば、はぐれても落ち合えたのではないかと今更思ったのだが。


 相変わらず継ぎ目のない不思議な材質の建物。

 一つしかない入り口は兵士が警備していたが、アウェフフが通るのは全く問題がなかった。ヤマトもそれに続く。

 中にはもう一つ扉がある。エントランスのようになっていて、その奥が広い部屋になっていた。

(部屋っていうのも違うか。ただの空間っていうか)

 部屋として用意されている感じではなく、円錐状の建物の中がくりぬかれた空間になっているだけのような。



「さっきの話だがな」

 ふとアウェフフがヤマトに声を掛ける。

「リゴベッテまでの船代ってのは大層な額だ。真っ当に働いて何年もかかるくらいにはな」

「はい」

「それを数日で稼ごうなんざぁ、救えんバカの考えだ。うちの奴隷どもの中にもそんなのもいる」

 一攫千金などを夢見た末に奴隷に身を落とす人間もいると。

 三人と一匹分の船代を必要としていると言ったら、その時は鼻を鳴らしただけで返答をもらえなかった。

 無視されたか呆れられたかと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。


「お前は、そういう手合いのバカとは違うと見ておるが」

「無茶苦茶だとはわかっているんです。ただ、妹と恩人をリゴベッテに連れていきたくて」

「わかってるなら、やれる方法を考えるもんじゃ。お前のそれは夢想か、あとは後ろ暗い方法くらいしかないぞ」

「……はい」


 犯罪に手を染める。

 盗む、奪う、殺す。

 そんな手段を使って船代を手にしたとして、それは今以上に後悔をしないと言えるだろうか。

 悔やみ、思い悩み、自責の念にとらわれるのではないか。

 それ以上に――


(もしそれを、何でもないことだと思うようになったら……)


 怖い。

 その時に自分は、父と母の写真を正面から見ることができるだろうか。

 胸を張って、二人の子だと言えるはずがない。

 もしそれを臆面もなく言えるような自分になるのであれば、むしろこの手で始末をつけたいとさえ思う。


 生き死にに関わる事態であれば手段など選んでいられないかもしれないが、リゴベッテに行く行かないという話は、少なくとも命に関わっていることではないのだから。

 真っ当に考えれば、どうしても金が不足するなら真面目に働いて貯めてから船に乗ればいい。

 数日後の船に乗るという話を優先したから困っているだけで、延期すればいいだけの話。

 そう考えれば、高額な金を即座に稼ごうなどという話をしている自分が恥ずかしくなる。


「すみません。ちょっと気持ちが焦っていたみたいです」

「若いうちはそんなもんじゃ」

 ヤマトの言葉を受けて、アウェフフの声の調子が少しだけ軽くなった。

「なんなら、うちで働いてもらっても構わん」

「いや、それは……まあ、妹たちと相談してからでも」


 奴隷商の仕事ってなんだろうか。

 いや、奴隷として働けという話なのか。それはちょっと。

「まあいい。しかし……」

 アウェフフは、周囲の様子を見回した。

 いくつか空席がある。まだ来ていないのか、最初から座るべき人がいない席なのか。


 ――はあぁ。


 面倒くさそうに大きくため息を吐いたアウェフフに視線が集まる。

 集めたくてわざとやったのだろうが。

「急に何の話だかわからんが、よもや雨が降らんから緊急集会というわけでもあるまい。だとしたらパーサッタの鳥頭がおらんのもおかしいからの」

「今来たところですよ、ロファメトの。鳥頭ではなく鳥目です」

 と、後ろから声が掛かった。


 ちょうど到着したところらしいその男が、パーサッタと呼ばれた人なのだと思われる。

 非常に痩せていて、頬の肉もげっそりと落ちている。

 逆に瞳が大きく見えて、それを揶揄しての鳥目なのだろうか。

(不健康そうな)

 ロファメトの、と呼んだところから考えて、七家の一つのはず。家名がパーサッタか。


 御三家、ヘロ、プエム、チザサ。

 七家、キキーエ、セーテレー、ノムァヤ、モクツ、パーサッタ、ロファメト。あとはエダイという家があると聞いてきた。

 全部を覚えるつもりは毛頭なかったが、なぜだか関わってしまっている。

 これもアスカの言うところのフラグだろうか。


「天を読むのは簡単ではないのですよ。それに雨なら降っているじゃありませんか」

「ふん、ふざけていないでさっさと座れ」

 面白くもなさそうに言うアウェフフだが、実際に外で雨は降っている。

 小雨だが。

 どういう意味なのだろうか、ヤマトにはわからない。



 パーサッタが座ったところで、座っていた白髪の青年が立ち上がった。

 半円ごとにズレたテーブル。その中央に座っていた青年だ。中心人物だと思える。

「それでは全員揃ったところで、さっそく始めましょう。ちょうどロファメト氏からありましたので、先に天候の話をしてしまいましょうか」

 先に、という。

 ということ後の話もある。そちらが本題ということ。

 だとしても、わざわざ町の有力者を集めて天気の話とは。


(なんだろう、意外とのんきな町なのかな?)

 そういう話は聞いていないのだけれど。

 白髪青年の言葉を受けて、ついさっき着座した不健康そうな男、パーサッタが立ち上がる。

「ええ、それでは。と言っても既に皆さまご察しかと思いますが」

 と、話し出す。


 要約すれば、天候を予測する立場のパーサッタが、嵐の日を読み違えたという話だった。

 毎年、夏と秋の境目に、2、3日の嵐が来る。

 その後は打って変わって晴天が続く。

 だからそこで船出をすることにしているのだが、その嵐の日程の予測が数日間違えていた、と。

 今から三日後に船出を、という準備をしていたが、この様子だと二日ほど遅れるということだった。


(確か最初にイオックさんの所で聞いた時は、五日後に船出だって言ってたけど)

 その日に迷子になり、翌日にメメラータに会った時には、六日後に船出だと言われた。

 二日、遅い。

 疑問に思ってギャーテに訊いたのだった。出航って六日後なのか、と。

 だとすれば、あの時点でメメラータやダナツは知っていたことになる。嵐が予測より遅いのだと。

 当然、アウェフフも知っていたのだろう。つまらなそうに眼を閉じて聞き流していた。


「天候は天の差配。あえて責めることでもありません。よろしかったですね?」

 白髪青年の言葉に、誰も異論を挟まない。

 そういう決まり事でもあるのだろうが、他の面々より明らかに若い彼が司会進行というのがヤマトには少し意外に感じた。

 一癖も二癖もありそうな連中で、あのヤルルー・プエムだって……そういえばいなかった。

 白髪青年の隣に目立つ赤い服を着た男性がいるので、おそらくプエムの代理人か何かなのだと思う。

 その辺はまあともかく、天気予報が外れた話は終わった。

 予報を外したパーサッタの責任者を斬首、とかそういう話にならなくて良かった。


「さて、本題ですが。一応皆さんに確認しておきますが、昨日のノムァヤ商会の使用人を襲った事件をご存じない方は?」

 スカーレット・レディの件だ。

 問われて、誰もが小耳には挟んでいるようで、特に質問は出ない。


 疑問を抱くのは、あんないつでもどこにでもありそうな事件のことを、こうして尋ねたことだ。

 少し目立つ程度の傷害事件。

 何をつまらんことを、という顔で白髪青年を見る何人かに、彼は宥めるように笑顔を浮かべた。

「ええ、昨日の件は大した話でもありません。というとノムァヤ家には面白くないかもしれませんが」

「いや、結構」

 一応の被害者であるノムァヤの代表者は、気にするなと首を振る。

 あまり話を大きくしたくないという意思があったはず。自分のところの従業員の不正の話なのだから。


 白髪青年は当然その返答を想定していたのだろう、軽く頷いて続けた。

「スカーレット・レディと名乗る襲撃者のことですが。先に訊いておきましょうか。どなたか彼女の情報、正体など掴んでいる話はありますか?」

「……」

「情報なら――」

 沈黙が支配する中、一人の男が口を開く。


 全員がその発言者を見ると、彼は皮肉気に笑った。

「キキーエさんのところが一番じゃないですか? この町の一番の情報通だ」

 別に何かを知っていたわけではなくて、キキーエに矛先を向けたかっただけのようだ。

 落胆と侮蔑の舌打ちが聞こえる。

「うちは知らん」

 答えたのは、ウュセ・キキーエの前に座る老齢の男だった。吐き捨てるように。

 不愉快そうに言ってから、発言した男の方を睨みつけていた。


「まあまあ、ミァレさん。セーテレーから見てもキキーエの情報網には信頼を置いているということですよ。そうですよね?」

 険悪になりかける空気をほぐすように白髪青年が場を執り成すと、二人は口を閉ざして頷いた。

 商売敵であったり政敵であったり、いろいろと大変なようだ。

 そういえば御三家のヘロ家が調整役だとツウルウから聞いたような気がする。白髪青年はおそらくヘロの家の人なのだろう。

 若いけれど落ち着いた感じで、他の参加者からも一定の敬意を払われているようだ。

 兵士の服装も白かったし、この白髪がヘロと見て間違いないか。


(いや、白髪は関係ないかもしれないけど)

 偶然に若白髪なのか、染めているのかはわからない。見た目にわかりやすいのは助かる。


 ――ゥ……ゥト……


 不意に、ヤマトの耳に何かが届く。

 風の音のような。

 人の声のような。

 外は雨が降っているはずだが、その雨音とは違う感じだ。


「……?」

 見回してみるが、それらしいものは見えない。

 気のせいだろうか。

(…………)

 イヤなことを思い出してしまった。

 そうだ、ここはノエチェゼの牙城。ラッサが言っていた。


 ――牙城の中でも、時折この世のものとは思えない声が聞こえる。


 とかなんとか。

(…………)

 思い出さなければよかった。


 どこかで聞いたような、あるいは今まで耳にしたこともないような。そんな相反する微かな声。

 なぜか安心させられてしまうような感覚と、不安と焦燥を煽る感覚の両方を喚起させる。不思議な響きだった。

 それこそが霊的な声なのか。魂的な何かに直接訴えかけてきているのかもしれない。

 頼りになるのかどうかはわからないが、とりあえず槍を握る手に力が込められる。

 グレイはいない。ラッサのところに置いてきてしまった。

 狼の遠吠えには魔を払う霊力があるとかないとか、そういう話があったと思うのに。こんな時にいない。


(いや、こんな会議中に吠えられても困るけど)

 その理由がお化けが怖かったからなんて、あまりにも。

 とりあえず今のは幻聴。そういうことにして頭から切り離した。


「――と、火事そのものの被害は軽微。もともと火災ではなく、狼煙という意味合いのようでしたので。早朝に響いた轟音は、一定まで燃えたら上の資材が転げ落ちるように積んであったようですね」

 と、白髪青年の説明が進んでいた。彼らは幻聴を聞いていなかったらしい。

 それとも慣れているのかもしれない。普段からここにいるのだから。


 何事もなかったかのように話が進んでいる。

 聞き逃してしまったが、今朝の火事騒ぎの話だったらしい。

(あれもスカーレット・レディの?)

 そういうことなのだろう。だから話している。


「と、そこに残されていたのがこれです」

 ヘロが、周囲に控えていた兵士の一人を促す。

 そこには一枚の木板と、親指ほどのひとつの石の塊。

 その石は、木の板に強引に捻じ込まれるように刺さっていた。


「ほぉ」

 面白そうに声を上げるアウェフフ。

 木板に何か書かれているが、ヤマトには読めない。そもそも少し遠すぎる。

 近くても読めないので同じことだが。

 他の面々からも、感嘆や驚愕、不快な舌打ちなどのどよめきが上がる。


 何も反応を示さないものもいる。

 既に事情を知っていただろう白髪青年と、半円の端に座る赤い服の男。その反対に座る青服の若者。御三家の面々か。

 それと、もう一人。

 先ほどのやり取りでミァレと呼ばれていたキキーエの代表者だ。無表情で、ぴくりとも動かない。

 その後ろに立つウュセ・キキーエは下を向いたまま小刻みに震えているのだが。


「念のために読み上げますね。――キキーエ商店の不正、ここにあり。木材の搬入と偽り鉱石を隠匿していた証左を示す。この町に悪の栄えることなし。スカーレット・レディ」

「事実ではない」

 否定。

 他の誰かに何かを言われる前に、それまで沈黙していたミァレ・キキーエが即座に否定する。

 当然のことだろう。こんな疑いを否定しないわけがない。

 たとえ事実がどうであれ。


「とりあえずこの鉱石は本物です。ハウタゼッタ石ですね。原石のままですが」

 木板を持った白髪青年が、全員の目に触れるように掲げて見せる。

 緑色っぽい色彩の石だ。透明度や輝きは見えないが、原石だからそういうものか。

「…………」

 一同の視線が交差する。

 どうしたものか、と。この機会にキキーエを潰すか、恩を売るか。

 そんな思惑もあるのだろう。


「そんなもの一つで、悪事の証拠とまでは言えん」

 壮年の男が、低い声で言う。

 キキーエ寄りの発言だった。

「モザン・モクツのご意見は尤もなのですが、この木板と同じものが少なくとも4枚、近隣にばらまかれていたのですよ」

「……そうか」

 モザンと呼ばれた壮年の男は静かに頷いた。

「それと、火事のあった倉庫には、内側を刳り貫かれた材木がありました。そこからも、倒れた際に砕けた同じハウタゼッタ石の欠片や原石が見つかっています」


「陰謀だ。どこぞの誰かがうちを貶めるための」

「かもしれません」

「そう考えれば辻褄があうではないか。こんな悪事を仕込んで、それを表沙汰にしてうちの悪評を広めようと。そうだ、おま――」

「落ち着いてください、ミァレ・キキーエ。何もこんな告発と状況証拠だけで不正をしていたと決めつけるほど私たちも短絡的ではありません」

 その場の誰かを名指しで非難しようとしたミァレを、白髪青年が制する。


 言ってしまってはいけないこともある。

 それを言ったら収拾がつかないこと。

「我々の祖先がこの町を起こしてから、相応の年月を共に協力して歩んできたわけじゃないですか」

 白髪青年の言葉に、ミァレは前のめりになりかけていた姿勢を戻して、黙ったまま深く頷いた。

 とりあえず落ち着く。頭に血が上っても仕方がない。


「…………」

 だが、他の面々は違ったようだ。

 悪事をしていたのだろうと責める視線や、下手を打ちやがったと蔑むような視線。

 白髪青年が収めているから黙ってはいるが、全く納得はしていない様子。

「ちゃんと調べればわかることですから、ねえ皆さん」

 白髪青年の気を取り直すような明るい声に、キキーエを睨んでいた面々の表情が、暗い笑みに変わる。

 逆に、ミァレ・キキーエの瞳が見開かれ、憎々し気に伏せられた。


 ちゃんと調べれば。

(色々と出てきちゃうんだろうなぁ)

 ミァレの後ろに立っているウュセは、小刻みではなく見てわかるほどに震えていた。

 後ろめたいことがあります、と。

 その様子が、商売敵にとっては美味いご馳走のようなものなのか。


「……ふん」

 面白くもなさそうに鼻を鳴らすアウェフフ。

 アウェフフの息遣いに一瞬だけ視線を起こしたのは、壮年の男モザン・モクツだ。

 彼は最初にキキーエを庇うようなことを言ったが、今は黙って目を閉じていた。

 庇うとか庇わないとかではなく、事実以外に興味がないのかもしれない。


「なんにしても、色々と問題がありますからね。キキーエの内情の調査は後でも出来ますが、差し当たってはこのスカーレット・レディです」

 木板に書かれた文字を指す白髪青年。

 そこに名前が書かれているのだろうが、ヤマトには読めない。


「火付けは死罪だ」

「モザンさんのご意見は本当に正しいですね。ですが、事情は聴いておきたいので、生け捕りを推奨したいのですが」

「必要ない。法に沿って殺してしまえ」

「ミァレさん、落ち着いて下さいと」

 法を守らなかったのはあんただろうに、とは言わないが。

 聞いていた皆がそう思ったのは仕方がない。状況証拠的には黒だし、もうその後ろのウュセが自白しているようなものだ。


「このスカーレット・レディがどのような情報を持っているのか。他にも何か町の暗部を知っているのではないかと、事情を聴いておきたいじゃないですか」

「…………」

 困ったような顔で白髪青年を見るミァレだが、彼の話の方が筋が通っている。

 他にもまだ後ろめたい何かがあるのだろうか。あるんだろうな、と。

「そういうことで、よろしいですかね? 皆様」

「…………」

 異議はない。


 だが、沈黙している中でも視線が微妙に揺れている人は、何か後ろめたいことがあるのかもしれない。

 ノムァヤ、キキーエときて、次は自分のところかも、と。

 だがそれを言えるはずもない。言い出したらうちも悪いことしてますと言ってしまうようなものだ。


「そういうことで、よろしいですか? ヒュテ・チザサ。ヤル……いませんでしたね。ヨーレン・プエム」

「兄がいたら話がもっとひっちゃかめっちゃかになるだけなんでね」

 赤い服の男がそう笑って頷く。

 青服の若者も、赤い服の反対で頷いた。

「異議はありません、ジョラージュ」


 不意に、沈黙が訪れた。

 青服の若者、ヒュテ・チザサがジョラージュ・ヘロを呼んだ瞬間。

 二人の視線が交錯すると、奇妙な静寂が場を支配した。

 何か二人の間には確執があるのかもしれない。


――ォ、……ナン、……


――……モ……カイヲ……


ダメだ。気になる。

静寂のせいで、さっきまで聞こえない振りが出来ていた不思議な声が脳に響く。

 聞いたことがあるような気もするし、まるで知らないようにも思う。

 どこから響いてくるというのか。


 ――ヤマト。


 聞き覚えを照会しようとすると、母の声と重なった。

 なぜだろうか。


――ドーゴルルマァベェ


……それは、違う。

それは、大森林の最後の日に聞いた声だ。

《朱紋》がそんなように呼び掛けてきた。母の声を思い出して、なぜ次に思い出すのがそれなのか。

記憶を照会しようとしながら、ふらふらとヤマトは壁の近くまで歩いてきていた。


頭が痛い。

病気だとかそういうわけではないが、何だか頭が重い。

壁に手を当てて、眩暈がしそうな自分の体を支える。

「…………」

 くらくらする。

 世界が、揺れている。そんなような。


「…………」


 違う。揺れているのは――

 ヤマトが、ふらつく頭を上げて頭上を見上げた時だった。


 ――リン……


 鈴が鳴るような音が響いた。

 静かな会議室に清涼な鈴の音が。

「!」

 それは幻聴ではない。全員が頭上を見上げた。

「なにか――」


『ふざけるな! 全てが予定通りなど……教えてくれ。俺は、何度目なんだ……』


『円環因果断つもの、今生まれしもの』


『誰か、これを聞いていたら。ネレジェフを……』


『知っておるぞ知っておるぞ。これはデンセイよな。もはや動かぬデンセイよ』


『ルルトトー、これはなにかしら?』


 ――リン


 再び鈴の音が響いた。

 会議室にいた全員が、どこからか聞こえてきた声にぽかんと口を開けている。

 ずっと平静を保っていたジョラージュでさえ、呆けた顔で辺りを見回していた。


 ヤマトの頭痛も収まっている。

 くらくらしていた気がしていたが、今は不思議とすっきりとした気分だ。

 しかし、それにしても。


「これほどはっきりと牙の声が聞こえたのは初めてじゃな」

 アウェフフの声が響く。

 今のは、牙の声というのか。牙城だからそう呼ばれるのか。

 気になる言葉もあった。


 世界の因果を断ち切るもの。それに。

(俺は何度目なのか、って……)

 どういう意味なのか。


 それはまさか、転生してやり直しだとかそういうことなのだろうか。

 異世界なのだからそういうこともあるのかもしれない。

 今の声の感じからすると、決してうまくいっている雰囲気ではなかったが。

「色々と騒がしい日だな」

 呟いたのは、モザン・モクツだ。冷静沈着な雰囲気だが、さすがに今のは驚いたらしい。表情が硬い。


 ヤマトの表情も固まっている。

 誰も気が付いていない。ヤマトのことなど誰も気にも留めていなかったのだから。

 ヤマトが壁に触れた直後に、あの声は響き渡った。

 触れたから……ではないが。


(振動していたから)

 気が付いてしまった。

 壁がわずかに振動していて、その振動で耳が圧迫されるようになって頭痛を感じていたのだと。

 それで思ったのだ。

 この振動、なんだろう。って。


 そこで記憶に当たったのが、《朱紋》の声だった。

 朱紋の声は、小さくても遠くまでよく響いていたから。

 そういう声質なのかとも思ったが、この振動に触れて気が付いた。

 あれは、自分の声帯以外の周囲の物を震わせて、声を響かせていたのだと。

 ヤマトが聞いていた朱紋の声は、近くの木の幹に反響していたのだと理解した。


(それと、子守歌だ)

 同時に思い出したのが、母の子守歌だった。

 まだヤマトが本当に幼い頃に、まだ言葉というものの概念すらわからないころに、肌で聞いていた母の子守歌。

 もしかしたら胎内にいた頃の記憶なのかもしれない。

 こんな形で、朱紋の声と一緒に記憶を呼び覚まされるというのは、少しばかり納得いかないとこではあるけれど。


 振動が音になる。

 それをもっときちんと聞きたいと思ったヤマトは、壁に触れた瞬間に思いついたのだ。


 この振動を、もっと顕著にすれば聞き取れるんじゃないかな、と。


 この牙城の壁の材質は金属的な雰囲気もある何かだ。電気とか流れたりするかもしれないなんて思ってみただけだったのだが。

 つまり、この牙の声とやらは、ヤマトの所業だった。たぶん。


(……バレてないから、いいか)

 意図せず騒ぎを起こしてしまった。

 やばい。これ以上はやばい。アスカに見つかったら怒られる。

 ヤマトは何も知らない振りをしながら、アウェフフの近くに戻った。


「珍しいこともあるもんだの。あれはエメレメッサの予言か」

「……?」

 聞いたことのない言葉だが、アウェフフは何か知っているのだろうか。

 近くにいた他のものも、アウェフフの言葉に頷いている。有名なことなのかもしれない。


 しかし、とりあえずさっさと帰りたい。これ以上、ここに留まるのはヤマトが落ち着かない。

 居合わせた他の人たちも、ここまではっきりではなくとも何度か牙の声は聴いていたようだ。

 驚いてはいても、パニックというわけでもない。


 ジョラージュが再度、気を取り直すように手を叩いた。

「では、スカーレット・レディの捕縛を町に通達しましょう。捕えた者には10万クルトということでよろしいですね」

「じゅ、じゅうまんクルト⁉」

 大声を出したヤマトは、その場にいた全員の視線を集めてしまうのだった。


  ※   ※   ※ 



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