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二日目_害獣

 ――目が覚める。屋外の明るさに反応して、自然と目が覚めた。


「……うちの天井だ」

 一応、定番だろうと思ったセリフを言ってみた日呼壱だったが、誰も聞くものはいない。いたら驚く。

 起き上がり、窓の外を眺める。

「うん。見慣れぬ風景だ」

 状況は変わってはいなかった。


 風呂にでも入ろうかと着替えを用意して階段を下りる日呼壱だったが、どうやら先客がいたようで水音が聞こえる。

 美登里は、キッチンで何か食材を切ってボウルに盛っていた。この後、屋外で焼いたり煮たりするのだろう。

 普通の日常風景の1コマにしか見えない。


「まだ6時か」

 時計は普通に動いている。そういえば、一日の周期も24時間なのだろうかと疑問に思った。

 いつになくすっきりとした目覚めだったが、時計ではまだラジオ体操の時間にさえなっていない。

 風呂はまだ空きそうになかったので、とりあえず日呼壱は屋外に出てみた。



 外は、早朝らしいどこか清々しい空気で満ちていた。

 庭の木々を濡らす朝露が、朝の光を反射して煌く。

 周囲には誰もいない。正面の坂の途中の赤土エリアに狼が伏せている。一晩中、見張ってくれていたのか。


『クゥ?』

 日呼壱の気配に、狼はちらりと視線を寄越して小さく喉を鳴らした。

「おはよう」

 声を掛けてみると、その灰色の尻尾を軽く振って返事をしたように見えた。

 敵意はない。食べ物を分け合うような間柄を望んだとすれば、やはり群れの身内のような意識なのだろうかと考える。


 ふと見れば、伊田家の入り口付近にある木に、さくらんぼの実が成っている。

 二ヶ月ほど前には白い花が咲いていた木だが、今は薄く朱色に色づいた実が大量だ。今年は成りが良いらしい。


 祖父の源次郎が幼少時には、果物は高価で食べる機会が少なかった。その反動で、伊田家の庭には季節ごとに色々な果物が成るよう木々が植えられている。

 立派な庭園ではなく、食べられて甘いものが優先の庭造りだ。


 小さい頃、この実家に遊びに来た頃は日呼壱も喜んで食べていたが、引っ越した後の思春期に差し掛かってからは、あって当たり前の物でありがたみを感じることもなかった。

 源次郎はなるべく農薬などを使わずに虫を取り除いていた。手間を掛けているので、桜の木にはありがちな毛虫がいっぱいということもない。


「……うぇ、すっぱい」

 ひとつ取って口にしてみたが、まだ少し早かったようだ。その酸味に耐えかねて吐き出す。

「もう少し熟れないとだめか。何にしても食べ物の当てがあるのは助かるね」

 祖父のもったいない意識の高さが、こういう形で助けになるとは思わなかった。

 食べ物に窮した経験がある源次郎だからのことだ。日呼壱は今までそれを蔑ろにしていたことを自覚せざるを得ない。

 まさか異世界転移で役に立つなどという想定は、当の源次郎としても全くしていなかったわけだが。



「異世界……なんだよな。魔法とか使えたりしないのか?」

 昨日から気になっていた疑問。

 狼の他に聞くものもいない独り言。

 異世界といえば付き物の、特殊技術の模索だ。


「スキル、とか。ステータス! ……ヘルプ、ステータスウィンドウ。プロパティ。コマンド! 鑑定……だめか」

 自らの手の平をグーパーしてみたりしながら、思いついた言葉を口にしてみるが何も変わったことは起きない。

 すっと、その手の平を前に突き出して付近にある巨木に向ける。そして、気恥ずかしさから小声で、

「ファイア・アロー!(小声)」


 ――ゴォォォォッ!


 爆音と共に炎の矢が現れて巨木を消し飛ばす、ことはない。

「……いや、森の中で炎の魔法とか使ったら火事とかやばいよな」

 日呼壱がイメージしたようなことは起こらなかった。巨木は何事もなくそのまま悠然と立っていた。


 出来なかったことを言い訳するように、狼のいる方に呟いてみる。

『……』

 狼は答えてくれなかった。尻尾の反応すらなく、伏せた姿勢でぴくりともしない。

 冷たい奴だ。それとも、見なかったことにしてくれている優しい性分なのか。


 気を取り直して、突き出した右手をもう一度見てワキワキしてみる。

「ふむ」

 指を曲げた状態。

 龍が宝玉を掴むような、パーとグーの間くらいの形。

 そんな右手と、左手も同じようにして、それぞれの手首の内側の血管を重ね合わせてみる。

 その両手を、ゆっくりと右腰に溜めるように引きながら、足を少し開いて膝を落として構える。


「はぁぁぁ……っ」

 ぐっと下腹に力を入れて力む。


「どぉぉぉ…んんん…がああぁ…めぇぇぇえぇ……はぁぁぁっっ!」


 裂帛の気合と共に、両手を空に向かって打ち出す。

 大人気アニメの主人公が、あらゆる強敵に勝利してきた必殺技だ。

(今の俺なら出来る)

 不思議とそう信じることが出来た。

 被害が出ないよう、空に向けたのは好判断だっただろう。

 まばゆいばかりの閃光を伴うエネルギーが、空をまっぷたつに割って遥か彼方へと飛び去っていく。


「なん、だと……」

 日呼壱は自分の心の中に描いたイメージ図を、そっとしまいこんだ。

 残念ながら、その必殺技は今の彼には出来なかった。

「ふっ、まだ無理か……」

 狼はやはり何も反応を示さない。

 日呼壱は鼻で軽く自嘲気味に笑って、自宅へと向き直った。


「…………………………‥‥‥‥」


 暖かい。

 生暖かい笑顔が迎えてくれる我が家。

「…………ぷ……ぅっ……」

「お父さんっ、笑ったらだめ、んっ……」

 顔を斜め下に伏せた美登里の方がぷるぷると震えている。


「ぐ……う、うむ、だな。ひ、日呼壱、まだお前には……無理、だぁぁぁっはっはっはっは!」

 そこが我慢の限界だったらしい。

 我慢できずに漏れ出す笑いの渦に呑まれ、呼吸困難のような状態で笑い転げる父親の図。


「け、健ちゃんだめだって、っくっく、可哀相、じゃないかよ」

「みっ見てたのかよ! 声かけろよ!」

「だって日呼壱が、あんっ、あんなに、真剣だったから……お母さん、何か出るのと思って、ひっく、期待しちゃった、のよ」

 しゃくりあげながら目じりの涙を拭いて笑っている美登里。


 健一はひぃひぃ言いながら腹を押さえている。言葉にならないらしい。

 寛太はなんとも微妙な表情で二人を宥めようとしているが、こらえきれずにひくひくと痙攣していた。

「日呼ちゃん、わかるよ俺は。そりゃやりたくなるよな、ドンガメ波とか」

「叔父さん、いちいち言わなくていいから……ああっもうダメだぁぁぁ」

 再確認された一連の行動に、身もだえしたくなるような気持ちで頭を抱えてしゃがみこんだ。


 日呼壱が注意すべきことは、空に向けて撃つことよりも、周囲の安全を確認すべきだったのだ。

 ドンガメ波は日呼壱に絶大なダメージを残すことになった。彼はこれ以降、この技を封印することになる。



 ――ひとしきり笑ってから。笑われてから。


「とりあえず何か、摩訶不思議な技は今のところ使えそうにないことはわかったな」

 火を起こそうとしている寛太の横で、まだ頬がひくひくしている健一が大きくうなずいている。

 点きかけた火に吹きかける息が、瞬間的にぶっっと吹き消すよな勢いになる。


「……」

 日呼壱は返事をしない。

「お風呂、空いてるわよ」

「……うん」

 母親の言葉に逆らう気力もなく浴室に向かう日呼壱。


 彼のライフはもうゼロだった。

 とりあえず心の痛みを癒すために湯船につかろう。

 起き掛けに階段に投げ出してあった着替えを持って浴室に行く。


 ――ル~~~もっとキュアティ☆


 お風呂の中から、ご機嫌な歌声が聞こえてきた。

(ああ、これはこれで癒されるかも)

 日呼壱はロリコンではない。

 だが、この家の日常にはない美少女がお風呂で鼻歌を歌っているという事実は、10代男子としては不愉快な出来事ではない。

「煌めくレディの輝く熱情、見せてあげるわ。メーコ・シューティング・ブラスター☆」

 パシャーンと水音が響く。


(メイちゃん、お風呂の中で必殺技は危ないかもしれないから、やめておこうね)

 その言葉は、彼女のオリジナル必殺技名と共に、胸にしまっておくことにする日呼壱だった。

 同じ痛みを知るものとして。



  ※   ※   ※ 



「パパ、何か見える?」

「ちょっと待って、あれ? ピントかな……あ、キャップついたままだった」

 下から聞こえる娘の心配そうな声に間抜けな答えを返す寛太。

 彼の手には、伊田家から持ち出してきた双眼鏡があった。


 服装は農作業用のツナギに運動靴。元々農作業を手伝うつもりで来ていたので、こういう状況には適していた。

 芽衣子は、昨日とは違う服装だ。活発な子なので基本的にズボンが多い。


 昨年、尾畑家で第二子になる連也の出産の際、仕事を休めなかった寛太は伊田家に芽衣子を預けていた。

 女の子のいない伊田家では芽衣子の滞在は喜ばれ、ほぼ一ヶ月ほどお泊りをしていた経緯がある。

 いつでもまた泊まりに来てほしいという要望もあり、この家に芽衣子のお泊りセットと着替えは充実していた。美登里が女の子の世話を楽しんで着替えを準備したところもある。

 そこには美登里の別の思いもあったのだが、


 田畑で泥だらけにした時の為に、黒地にピンクの刺繍の入った運動靴の予備もあった。暗いところで光るやつだ。

 今履いているのは昨日履いて来た靴だが。この状況で替えがあるのは助かる。



「うーん、もう少し上まで登ってみるか」

 上を見上げる。

 ごつごつとした岩肌が目立つ山岳地。

 伊田家の裏にある山の麓を少し登っていた。


 絶壁というような様子ではないが、勾配はそれなりにある。登山家が意気込むほどではないにしても、一般人には登る意欲を削ぐ傾斜に違いない。

 より高い位置から周囲を見渡せば何か見つかるのではないかと、屋根よりもまだ高い場所まで登ってみたのだが。


「……地平線の彼方まで森が続いてるみたいだ」

「私も見たい」

 芽衣子が寛太の後を追って登ってくる。少し大きな岩に手を掛けて登ることになったので下で待っていたのだった。

 寛太は手を伸ばして芽衣子を引っ張り上げる。元々運動は得意な子なので、軽く岩を蹴って飛び上がってきた。


 その後を護衛のマクラがひょいっとジャンプしてくる。リードはしていない。

「今日は逃げ出さないんだな」

 マクラは賢い犬だった。昨日のようなことがなければ、リードを離しても勝手にどこかに行ってしまうような犬ではない。

 二人と一匹で、そこから周囲を見渡す。芽衣子は父親の手から双眼鏡をひったくっていた。


「うーん、塔とかそういうのもないね」

「塔があったらそれはそれで警戒したいけどなぁ」

 なぜ塔なのか。あったらそこには間違いなく魔物とかボスとかいるはずだ。

 少なくとも人工建造物らしいものは見当たらない。鮮やかな青空に、白い雲がゆっくりと流れていく。


「海があればよかったのにね」

 大森林と海だけではあまり解決策にはならなさそうだが、とりあえず寛太はそうだねと娘に返した。

「緑ばっかり。こっちの山は白っぽいのに」

「ああ、こっちは地質が違うから何か……」


 それまで喋りかけて、寛太はふと山肌の方に視線を向ける。

 今まで、森の向こうを見ることばかりに集中していて、山の方はちゃんと見ていなかった。

「白い……?」

 見下ろすと、下の方の窪みが特に白っぽい。岩とは明らかに違う。


「つまり、そうか、海だ。そうだよ芽衣子えらいっ!」

「な、なに? ちょっとパパやめてってばもう」

 わしわしわしと頭を撫でると、娘は迷惑そうな顔で振り払った。

「この山は海から隆起して出来た山なんだ。所々白いのは塩なんだよ、これ。だから木が生えにくいんだ」


 山の方には、植物がないわけではないが、森林とは明らかに植生が違っていた。

 何となく山脈で白っぽく見えていたので雪か氷のように思い込んで考えていなかったが、この気温で氷雪はありえない。

「どこかに海があるってことだし、とりあえず塩が取れるのは助かる。あれ、でも湧き水は塩っぽくなかったな」

 昨日から摂取している地下水には、塩っけを感じることはなかった。


「まあいいか。どっちにしても塩がないと困るから、これはこれで助かる発見だよ。芽衣子」

 ここでの滞在が長期化する場合に、塩はどうしても必要になる。

 日常の調理にも必要になるし、食品の保存にも使う。

 伊田家には自家製味噌やら醤油やらと色々あるが、通常塩は購入してきている。さすがに塩田はない。

 ちなみに、自家製の調味料にこだわっているのは主婦の美登里だ。田舎に来て、自家製味噌から始まったそのこだわりは趣味の域をはみ出しつつあった。自家製味噌くらいなら地域でも珍しいこともないが、醤油やらみりんまでは他の家でもそうそう聞かない。


「植物が少ないから、山側には動物の姿も見えないのかな。まあいい、芽衣子。一度戻ろう」

 考え事を中断して娘を見ると足元にしゃがんでいる。

 覗きこむと、芽衣子はとてつもなく苦しそうな表情をしていた。

「ど、どうした芽衣子!?」

 何か毒虫に刺されたり、高山病などで吐き気がするのではないか。

 寛太は慌てて芽衣子の背中をさする。


「うぅ、ほんとにしょっぱぁい」

「は? あ、っお前っ!」

 芽衣子は、そこらの小石で岩肌にこびりついた塩の塊を砕いて口にしたようだった。

 いや、よく見ればこの岩自体が塩の塊なのかもしれない。不純物が混ざって岩のように見えてはいるが、とりあえず今はどうでもいい。


「ばかっ芽衣子お前、ぺっしなさい!」

「もうしたよ、うえぇ」

「バカだなもう、だめだろ。まだ安全かどうかも確認してないんだから」

「だって、塩だって言ったから……お砂糖だったらよかったのに」


 そう言ったから口に入れたとか、短絡思考のお子様かと呆れる。その通りだが。

 苦い顔をしているが、血を吐くようなこともなく甘ったるいことを言っている娘に少し胸をなでおろす。

 この世界のまだ見ぬ海も、砂糖水で満たされているということはなさそうだ。そんな海の風に吹かれたら船酔いも激しいだろう。


(井戸水も、そもそも大気もそうだ。基本的には地球の組成と変わらない。自然界で常在するのはH2OだったりNaCLだったりするんだろう。植物や動物の様子も、もっと観察が必要だけど、おおよそ地球の環境と極度に違うわけじゃない)


 そこまで考えて、ふうと息を吐く。

「まあ、環境が極端に違っていたら、昨日のうちに全員死んじゃってるはずだしな」

 大気の成分に二酸化炭素が多かったり酸素がなかったりした段階で終わりだった。

 気候も慣れ親しんだ日本と大きな違いは感じない。若干、湿度が低いだろうか。森林地帯の割りにはじめじめした空気ではない。


「最初の遺伝子情報を作った宇宙人とかがいるのかね。基本プログラムっていうのか」

 地球も、この星も、原初の生命が同じ系統から来ているのだとしたら、環境が似通うのも有り得る話だと思った。

 異世界というのではなく、同じ宇宙の他の惑星なのかもしれない。それを確認する手立ては思い当たらないが。


「その辺も含めて健ちゃんたちと話してみないとだな」

 とりあえず塩が手に入ることはわかった。他にも有用な資源があるかもしれない。

 森の出口はまるで見当がつかないが、生きるために必要なものを確保するのも重要だ。

 とりあえず砕いた塩のかけらをポケットに入れて、下に戻ることにするのだった。


 ――アォォォォン!


 伊田家の方から響いた鳴き声に、びくりと反応する。

「なんだろう?」

 マクラの耳がぴんと立って、おそらく狼の吠え声が聞こえた方向に注意を向けている。

 不安そうな芽衣子に小さく頷いて見せて、

「戻ろう。でも足元に気をつけて、滑らないようにな」


 寛太が先に行って、降りてくる芽衣子を下から支えようとする。

 階段などでは要介護者が転んだときに備えて下に立つようにと教わる。

 運動神経が良い芽衣子にそんな必要はなく、ひょいひょいと岩を足場に下りていくが、親としてはいつでも心配なものだ。

 手が掛からないので助かる反面、少し寂しかったりする複雑な親心。

 それを考えている場合でもないので、二人と一匹は急ぎ足で家の方に向かうのだった。



  ※   ※   ※ 



 健一は木を切っていた。

 家の裏に田んぼを拓こうとする計画に、いくつかの木が邪魔になりそうだった。

 裏側には木々が少ない。あまり太い木もなかった。直径40cmほどで、これなら専門的な技術はいらないと源次郎が言った。

 大木を切り倒すとなると、受け口、追い口、くさびなど色々と考えないといけないらしいが、健一にそんな知識はない。


 日差しがある時間は、太陽光発電の非常用コンセントから電源が取れたので、30mの延長電源ドラムを連接して電動ノコギリを使って木を切り倒そうとしていた。

 伸びすぎた植栽の伐採の為に電動ノコギリがあったのも幸いだ。本格的な物ではないとはいえ、手作業より圧倒的に効率がいい。

 家があるのと反対側の幹を、三角にえぐるように切れ込みを入れていく。


 ある程度まで切れたら、後は斧で叩いてみた。

 薪割り用の斧だ。リフォームする前の伊田家は焚口のある浴室だったので、薪を用意していた。

 今使っているのは片手で扱うにはやや大きい。他にも中、小のものも納屋にあるが、今は大きめの斧の方が都合が良かった。


「そのくらいでええかの、こっちから叩くぞ」

 幹の半分ほどを抉ったが、木は倒れない。

「跳ねるかもしれん。倒れるたらすぐ逃げんとはしゃまるけんな」


 源次郎の注意を聞きながら、抉った方と逆側から叩く。叩くのは、大き目の木槌だ。

 伊田家には本当に何でもあるようだが、これは畑に杭を打ったりする為にあったハンマーだった。ノコギリと共に、日常に必要な道具の一つ、大木槌。

 都会にいた時には見たこともない。ホームセンターの品揃えも田舎と都会では違っていた。


「ぬおおぉぉっ!」

 気合と共に打った一撃で、木がゆっくりと、幹を抉られた方向に倒れていく。

 健一は大木槌を足元に離して木から距離を取る。

 高さおよそ10mほどの木は、しなりながら地面へと倒れ、その反動で一度大きく跳ねて数メートル転がってから止まった。


「思ったより、跳ねるもんだな」

「ああして暴れる木で怪我するもんもおるからの」

 跳ねてしなった様子を暴れると表現する源次郎に、健一は頷いた。

「次はもっと周りに気をつけた方がいいな」

 犬猫や、女の子もいる。

 車の運転に気をつけるように、注意を払った方がいいだろう。


 ――アォォォォン!


 表側から狼の鳴き声が聞こえた。

 警戒の声。群れの仲間に危険の存在を知らせるような咆哮。

 皺の目立つ源次郎の表情が鋭くなり、すぐさま二人は庭へと駆け出した。



  ※   ※   ※ 



 日呼壱は、伊田家の敷地外にいた。

 ジャージ姿で、入り口周辺の見通しを良くするよう草や枝を払っていた。

 少し足元に注意がいきすぎていた。周囲への注意が散漫になる。

 その存在に気づくのが遅れたのは、結果的には良かったのだが。


『キキッ』

 突然の鳴き声に日呼壱が顔を上げると、ほんの数メートル先の木の上に鳴き声の主がいた。


 猿。

 大きさは日呼壱より頭ひとつ小さいほどの、太めの猿のような、オランウータンと見るには少し細い、白毛に所々赤っぽい毛並みの猿だった。

「うひぁぁっ!」

 突然の遭遇に、驚きの声を上げて後ろに飛びのく日呼壱。


 尻もちをつきながら後ずさる。

 その次の瞬間、目の前を――つい一瞬前まで自分の頭があった空間を、()()()()()がかなりの速度で通り過ぎていく。


『アォォォォォン!』


 座り込んでしまった日呼壱の前に、力強い吠え声と共に狼が飛び出してきた。

 倒れた日呼壱に飛び掛ろうとした猿は、その援護に不意を付かれたのか慌てた様子で長い腕を木の枝に絡ませてかなり高い位置に逃げて、

『ギギィ!』

 歯茎を剥き出しにして威嚇の声を上げる。


「うぁ、あり、がとっ」

 狼の救援に、日呼壱はとりあえず難を逃れたと立ち上がりながら礼を言う。

 当の狼は、そんな日呼壱にも、木の上に逃げていった猿にも興味がないのか、別の方向を睨みながら頭を低く構えていた。

 それを見た日呼壱も、鉈を手にそちらに警戒を向ける。


 日呼壱から見て右手に十数メートル。

 そこに、猿がいた。

 木の上に逃げていったものより大きな、日呼壱より頭半分ほど大きく見える猿だ。毛の色は白と薄い茶色が混じった色だった。

 両足で立ちだらりと下げた両腕。その左手には、黒っぽい石のような何かが握られている。


「あ、さっきの、か」

 先ほど、日呼壱の目の前を通り過ぎていった黒い塊は、おそらく右手に握られていた石だったのだろう。

 日呼壱の頭を目掛けて投げつけた。尻餅をついて倒れた為に当たらなかったが、狙って投げたのだ。


 殺す、つもりで。

「……」

 下腹が、がくがくと痙攣するような感覚だった。


 死ぬところだった。

 この猿のような獣は、日呼壱を殺すつもりで投石してきたのだと思うと。

(あ……やば……)


 殺されそうになった経験など、日呼壱にはない。

 およそ日本で暮らしていた同世代なら、誰にもないだろう。

 そんな現実に震える。


 石の大きさは、家庭用ゲーム機のコントローラー2個分ほど。ブロックの一塊といったところか。

 普通の人間なら片手で持つのには少し大きすぎるサイズだが、その猿の指は日呼壱と比べて1.5倍ほど長い様子だった、

 筋力も、野生動物なりにあるのだろう。

 道具を使い、かなり正確なコントロールで石を投げて獲物を仕留める。

 そういう生き物なのだ。


『グァン!』

 狼が短く吠えた。

 はっと日呼壱が我に返る。

 大石猿は狼の吠え声に警戒を向けた。


 日呼壱は、ふと気を逸らしていた最初の猿の姿を探すと、いつの間にかまた木を下って日呼壱から数メートルの位置に来ていた。

 木に絡ませていない方の長い指に、鋭い爪が見える。攻撃する態勢。

「おまえこらぁぁぁ!」

 思わず声を荒げて鉈を掲げると、猿は再び距離を取った。


「っざけんなよお前!」

 興奮してうまく言葉にならない。ただ威嚇の声を上げながら敵と対峙する。

 荒事なんてまるで経験がない。ゲームならともかく、現実には誰かと喧嘩をしたのなんて幼稚園の時くらいまで遡る。

 敵はそんな日呼壱の事情を考慮などしてくれない。


『グルゥ……』

 低く唸る狼。

 その存在に、少しだけ日呼壱の心に冷静さが戻る。

 大きい石猿をちらりと確認して、木の上の猿に視線を戻した。


 大石猿は、日呼壱よりも狼を強敵と認識しているようで、日呼壱を一瞥すると狼の方に身構えていた。

「大丈夫か、日呼壱?」

 そうこうしていると、吠え声を聞いた健一と源次郎が庭から駆けつけてきた。

 源次郎の手には猟銃が、健一の手には庭先にあった白い石槍がある。

 警戒すべき事態だという吠え声だと聞こえたからだ。

 増援の存在に、膝の震えが収まっていくのを日呼壱は自覚する。助かった、と。


 数的優位になった日呼壱たちに対して、大石猿が歯を剥き出しにする。

『ウウーックコココココゥッ!』

 静かな森に、大石猿の喚声が響く。

 それに合わせるかのように、日呼壱に手を出そうとしていた猿も鳴く。

『コッコッコッコッコゥ』

『コココッココゥ!』

『ウーッコッコッコッコゥ!』

 それだけではない。

 日呼壱が見ていた猿の他に、別の鳴き声がこだました。


 聞こえた方を見れば、新たに二匹の猿が、憎々しげな顔で木の裏から顔を現す。

 数的不利を嫌って、隠れていた仲間を呼び出したのだろう。新たな猿は、最初に見た猿と同じ程度の大きさのようだった。

(隠れていたまま襲った方が脅威だったろうに)

 目先の有利不利を嫌って単純な行動を取っただけなのか、別の狙いがあるのか。


『ウォフッウォフッ!』

 興奮したかのように軽く二度ジャンプして吠える大石猿。

 己の群れを自慢しているかのようだ。

(しょせん獣程度の知能か)

 裏があるのではなく、持っている力を誇示したかっただけらしい。


「日呼壱、下がれ」

 健一が槍を構えて新しく現れた猿たちを威嚇しつつ声を掛けた。

 木々の中では、猿の身軽さは脅威になりそうだ。

 するすると枝を伝って頭上を攻められては、十分な対応が出来そうにない。


 日呼壱は健一の言葉に従い、警戒をしつつすり足で伊田家の敷地側に寄っていく。

『ガァァゥ!』

 距離を詰めようとした猿の一匹に、狼が一歩踏み込んで咆哮を浴びせる。猿は慌てて大石猿の足元に逃げていった。

 他の二匹は、じりじりと日呼壱たちを囲むように、木々を伝って横に展開する。


 庭から降りてきた健一たちと、そちらに寄りつつある日呼壱と狼。

 半分開いた扇状に包囲しながら、にじり寄る4匹の猿の群れ。

 包囲されつつあるが、その中心側の日呼壱は、健一たちのいる伊田家敷地の赤土のエリアあたりに来ることが出来た。

「怪我はないか?」

「ああ。そいつ、石投げてくる」

 短く答える。坂の上には寛太も駆けつけてきていた。


 伊田家の庭から赤土エリアに降りる周辺には木々がない。なだらかな斜面になっている。

 その辺りなら、猿たちも平面的な動きしか出来そうにない。

 猿たちの包囲も自然と狭まってくる。


『ギィィッ!』

 大石猿が、その左腕を軽く振る。

 腰が入っていないサイドスローのようなモーションで、手にしていた石を投げつけてきた。

 集まりつつあった伊田家の人々の中央あたりに。避ければ他の誰かに当たるかもしれないような場所にコントロールして。

「ふんっ!」

 健一が、持っていた槍の柄尻――槍でいうところの石突でその石を払い落とす。


『ウギッ!?』

「遅いっ」 

 石の重さを考えれば言うほど遅くはなかったが、バッティングセンターでなら小学生向けの90キロ程度の速度。多少山なりの軌道で向かってきた塊だ。

 野球のボールに比べれば5倍ほどもある大きさの的を叩き落す程度なら、元野球少年の健一に難しい芸当ではなかった。かつて少年野球は田舎の子供の遊びの定番だった。


「……しびれた」

 ただ、重さはある。打った衝撃で手に痺れが残ったのは事実だ。猿に打ち返すまでは出来そうになかった。

 石塊と接触した白い槍については、欠けるどころか傷ひとつついた様子もない。


 大石猿にとっては、投石はこれまでの経験で最も有効な攻撃手段だった。

 獲物が集まっているところにこの重量の石を投げつければ、大抵は何かしら被害を受ける個体が出てくる。

 この森に存在する他の戦闘能力の高い獣でも、まともにぶつかれば筋肉組織に損傷や骨にヒビが入ったりするはずだ。

 獣の豪腕で叩き落したとしても、10kgの重量の石を90キロの速度で投げつけられていたら、その腕に痛みが残る。

 致命傷にはならなくとも一定のダメージを与えることが出来るはずだった。


 もっと早く投げつけることも出来るが、そうするとコントロールが甘くなる。当たらなければ意味がない。

 大石猿には、足腰を使った投球モーションなどという技術がない為、これより適した攻撃手法はなかった。今までそんな技術を磨く必要がなかった。


 初めて見る、人間という、道具を使いこなす生き物。

 彼らは、大石猿の攻撃手段をあっさり見切って、ダメージのない方法で切り返したのだ。

 仮に、健一が真正面からその石の重量と速度の力を受け止めていたら被害もあっただろうが、飛んでくる塊をはたき落とすような形になったのも幸いだったと言える。


『ウギッギッ?』

 他の猿たちも、ボスの攻撃の不発に動揺するかのようにキョロキョロとお互いの顔を見合わせる。

 これまでの狩りで投石を避けられることはあっても、打ち落とされた経験はない。

 過去にない状況に加えて、見たことのない獲物と、強者である狼が群れを為している。

 どうするのかと大石猿の顔色を窺う。


『ウッキキギィィ!!』

 大石猿が声を荒げた。

 群れの中で、ボスとしての力を疑われるのは問題が多い。

 本能を中心にして生きている獣としての感覚でそれを察して、大声を上げて今度は自らが踊りかかるように獲物へと向かっていった。


「きよるぞ!」

 突進してくる大石猿。

 強靭な腕力で獲物を蹂躙しようと、その姿でボスとして揺ぎ無い地位を確立できると信じての強攻策。

 それに対して、源次郎が健一を押しのけて猟銃を構える。


「……っ!」

 源次郎の気迫。

 それを感じたのか、そうではないのか。


 突然、大石猿は突進を止めた。

「……?」

『ギッギギィィ……』


 銃口を向けられ、健一たちと3mといったところで足を止めて、左へ、そして右へと様子を窺うようにうろうろとする。

「なんなんだ……?」

 狼は、源次郎の左斜め前で、姿勢を低くして警戒の構えを解かない。射線の邪魔にはなっていない。


 もう一歩、大石猿が踏み込んできていたら、源次郎は発砲していた。

『ウッキキッキィィィ』

 左右にふらふらと値踏みするように日呼壱たちを見ながら、挑発するような声を出す。

 来いよ、来てみろよ。そういった様子だ。

 他の猿たちも近づいてくるが、ボスである大石猿の後ろで軽く跳ねて煽っているだけだ。


『ウコァッ!?』

 大石猿が、後ろの一匹を右腕で捕まえて前に押し出す。

 猿と日呼壱たちの間の防衛ライン、赤土のエリアに踏み込んだその瞬間――

『ギヒィッヒィッ!』

 悲鳴を上げて、少し前の日呼壱のように腰を抜かして後ずさる。


『ウォン!』

 その隙を、狼は見逃さなかった。

 先ほどの投石よりも素早い踏み込みと共に左前足の爪を振り下ろす。鋭い一撃は後ずさる猿のふくらはぎ辺りを縦に深く切り裂いた。

『ギャアアアァァァッ!』

 一瞬の攻撃。


(前にテレビで見た、カマキリが狩りをする瞬間みたいな……)

 カマキリが獲物を捕らえる瞬間は0.1秒だとかなんだとか、そういう映像のような場面だった。

 見ていた瞬間には理解できない。遅れて脳が一連の動作を処理していく感覚。


『グルウゥゥ』

 狼は、一撃を加えた後はすぐに戻り、また源次郎の斜め前あたりで唸り声を上げていた。

 足を深く裂かれた猿は、大石猿にすがって立ち上がろうとして転んでいる。


『ギギィッギヒィッ』

 大石猿は、足元の怪我をした猿を一瞥すると、次の瞬間には背中を向けて走り出した。


 驚くほどあっけない逃走。

 一呼吸遅れて、他の二匹も逃げ出す。片方の猿は一度だけ足を止めて倒れた仲間を見たが、やはりそのまま逃げ去った。

 その後ろを狼が追いかけていく。だが、10mほど走ったところで止まって逃げていく背中を見送った。追撃ではなく監視の様子だ。



 逃げ去った猿の群れ。

 残された、足を負傷した猿。

『ウキキィ……キィ……』

 見捨てられたことを悟り、日呼壱たちに向けて哀れっぽい鳴き声を上げてみせる。


 どうすると健一の顔を見る日呼壱。健一もどうしたものかという表情だったが、その健一から源次郎が白い槍を取った。

「半端にしとく方がようない」

 銃を健一に預けて、槍を両手で構える源次郎。

「うちの孫を襲ったんじゃからの、お前さん」

 そう言葉をかけてから、その言葉は猿に対してではなく見ている他の者に対してだったのかもしれないが、ためらう素振りも見せずに槍で突いた。


 逃げることも許されず、猿の目から脳に槍が突き刺さった。

 最後に猿の口からひゅっと空気が漏れたが、それだけだった。



「怪我はないかの、日呼壱」

 槍を、割とあっさりと猿の頭から抜いて、源次郎が日呼壱に声を掛けた。

「う、うん……大丈夫だった。おっかなかった」

「やはり危険な生き物もいるんだな」


 健一は、猿の死体を検分するように観察しながら、戻ってきた狼の頭をそっと撫でる。

「ありがとうな、お前」

 耳の後ろを撫でられて気持ちよさそうに狼は喉を鳴らした。

「日呼ちゃん、大丈夫?」

 背中から掛けられた芽衣子の声に振り向く。

 寛太も、庭にあったのだろう草刈り鎌を手にして芽衣子と一緒に下りてきていた。


「ああ……うん、なんとかね。怖かったよ。いまさらだけど足が震えてる」

 芽衣子の顔を見たら、安全になったという実感が湧いてきて、ついでのように震えが思い出された。


「木の上に、あの小さい方の猿がいて、そっちに気を取られたら横からあのボスみたいな奴が石を投げてきたんだ。驚いて転んだから、たまたま当たらなかったけど」

 投げつけられた石の塊が、赤土の地面に半ばめり込んで残っている。

 丸みのある石で、寛太が持ち上げようとして意外な重さに顔をしかめた。


「かなり重いぞ。当たってたら怪我じゃすまなかったよ、これ」

「それにしても、なんで襲い掛かってくるの止めたんだろう?」

 大石猿は、石を失って肉弾戦を決意した様子だったのに、不意に突撃するのを中止した。

 理由がわからない。


「この赤土の、何か……じゃないか?」

 健一が、先ほどの攻防を思い返して言う。猿が踏み込むのを止めたのは、森林地帯と赤土の境目だった。

 言われてみれば、犠牲にさせられた猿も、赤土を踏んだ途端に腰砕けになって逃げ腰になっていた。


「この土に毒とか、危険な何かが?」

 全員が地面に目をやる。

 そこに座って、左前足にわずかについた猿の返り血を舌で舐めていた狼が、「なあに?」という顔で一同を見返す。

「……毒とかそういうのは、なさそうじゃない」

「猿が嫌う臭いとかがあったのかもしれない」

 健一の憶測だが、少なくとも日呼壱たちの五感では何か違いを感じることは出来ない。


「ただ単に、狼と違って色の判別がつくから、赤い色を警戒したのかもしれないよ」

 寛太に言われて、なるほどと思わされる。

 五感でと言われれば、明らかに視覚的に違うのだから、警戒したとしても不思議はない。

 投石という道具を使う程度の知能がある大石猿だ。罠のようなものを警戒した可能性もある。


「さっきの猿さんたち、また来るかな?」

 芽衣子の疑問。猿さんと言うほど丁寧な呼び方は必要ないと日呼壱は思った。

「来るじゃろ。あの手合いはひつこい」

 源次郎が断言する。

 執念深い生き物。


「数が増えると厄介だな」

 再度の襲来があるとして、群れがどの程度の規模なのかわからない。場合によっては非常に脅威になる。

「一人で出歩くのは止めておこう。武器になるものを手にして、二人以上で、この狼かマクラも一緒に行動するように」

 健一の提唱したルールに全員が頷く。

 油断は出来ないが、知能や身体能力を見た限りなら、同じ数以上なら対応が可能な範疇に思えた。



 それよりも先に、日呼壱には気にかかっていることがあった。

「そのさ、()って……こいつに名前、付けてやんない?」

 日呼壱は、先ほど健一がしていたように、狼の頭を撫でながら言った。

 思ったより柔らかい手触りで、つやつやの毛並みだった。飼い犬のマクラよりキューティクルのある毛艶だ。野良のはずなのに。


「俺も助けてもらってるし、もうこいつうちの一員ってことで」

「ウォルフガング!」

「なぜドイツ名?」

 迷わず言った芽衣子の命名。

 確かにドイツ語でウォルフは狼かもしれないが、日本の女子小学生が名付けるような名前ではない。


「さっきのパンチ、疾風みたいだったもん」

「叔父さん、メイちゃんの知識が偏っているようですけど」

「あはは、一緒にテレビ見てたからね」


「いいでしょ、狼でウォルフ」

 ねー、と言いながら芽衣子も狼を撫でると、狼は肯定とも否定ともつかない声で、

『グルゥゥ……クゥ』

「ほら、気に入ったって」

「仕方ないって言ってるように聞こえたけど。そもそもこの狼、メスみたいだよ」

「ええ~そうなの?」


 朝方、庭で座り込んでいる時に腹が見えていたので、日呼壱はなんとなく確認していた。

 美人な狼で、メスのようだと。

 決して特殊な趣味ではなく、何となく狼の腹が見えたついでに確認できただけだ。日呼壱は獣耳にそこまで強い関心はない。


「うーん、じゃあダメかぁ」

「女の子だし、さくらでよくない? マクラと合わせて」

「ピンクじゃないのに?」

「うちの桜の花は白いだろ」


 健一は、別にいいんじゃないかと。源次郎は特にコメントもなく、猿の死骸を運ぶために猫車を取りに庭に行った。

 寛太は森の方を見渡している。また襲撃があるかもしれないと。


「さくら?」

『クゥン』

 頷くように、狼がおでこを芽衣子に擦り付けた。

「うん、さくらでいいんじゃない」

「よし決まった。じゃあ、今日からお前はさくらな」

『オンッ』

 狼は気持ちの良い返事を返して了承を伝える。


 さくらを家族の一員に迎えて、この異世界で日呼壱たちの初めての遭遇戦は終わった。



  ※   ※   ※ 


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