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銀貨三枚分の食事

「ぬあーーーーっ」

 海に向かって叫ぶ。

 その行為は、おそらく何万年も昔から人類の遺伝子に刻まれたストレス解消方法に違いない。

 そう信じて、アスカは海に向かって叫ぶ。

「ぬああぁぁぁぁぁぁ!」

「う、うあー」

 クックラも真似をして、手を口の横に当てて小さな声を張り上げる。


「やめろって。漁師の人たちがびっくりしてるだろう」

「だぁってフィフ」

「だってじゃない」

 叱られた。

「クックラも、こんなこと真似をしないんだ」

「ん」

 慣れないことをしたせいか、クックラは肩で息をしている。


 確かにクックラの教育的によくなかったかもしれない。

 少しだけアスカも反省しないでもない。反省してやってもいい。

「そうそう思い通りにゃあいかねえもんだぜ」

 わかったようなことを言ってアスカを宥めるボンルに、ふんっと顔を背ける。



 正午はもう過ぎただろうか。

 基本的に日の出の日の入りが活動時間の基準なので、午前中の時間だけでも十分に長いのだが。

 容赦のない日差しが降り注ぐ港は、相変わらず荷物を運ぶ人々や、帆を張ったり戻したりしている船員などで騒がしい。

 アスカは帽子を被り、クックラには自分の荷物にあった黄色のヘルメットを被せている。

 帽子の予備はないが、とりあえず直射日光を浴びるよりいいだろうと思って。

「当面の滞在費の心配がなくなっただけでもいいさ」

 フィフジャの懐には、今までなかった銅貨と大鉄貨や鉄貨が入っていて、重くなっている。

 ボンルから聞いて、荷物の中にあったバムウの牙――大森林でヤマトの防具に噛み付いて残っていたものを売ったのだ。


 職人が多いという中央港側に行って、製鉄所のような工房で見せたところ、330クルトで買い取ってもらえた。

 鉄よりも固い牙で、鉄製品の加工に使えるのだとか。錆びないということも港町では重宝されるのだと。

 黒鬼虎の毛皮とは比較にならないが、それでも滞在費や食費には十分だ。

 知っていればもっと拾っておくのだったが、いまさらどうにもならない。


 中央港から歩いて一刻ほど、昨日も訪れた西港に来てみたのだが。

「ヤマト、いないし」

「そうだな」

「俺ぁヤマトの姿を見てねえか、そこらへんの奴らに聞いてくるわ」

 ボンルは港で作業している人たちの方へ歩いていく。

 世間話がてら情報収集というところか。

 午前中からボンルと共に、昨日とは別の船主に会ったり、昨日は行かなかった商店に行ってみたりしたけれど。


 ――あんたら、キキーエの若旦那が関わるなって言ってる連中だろ。うちの船に面倒ごとはごめんだぜ。

 ――リゴベッテまで前払いで一人50000クルト。それ以外の条件はなしだ。

 ――そんなもの買い取る資金、うちにないですって。キキーエさんに睨まれる以前の問題ですよ。

 ――黒鬼虎の毛皮がどうとか、キキーエのことはうちはどうでもいい。モクツ家の方針で、一見の客とでかい取引はしないという決まりになっている。


 昨日でおおよそ予想は出来ていたが、良い話にはならなかった。

 最後のモクツという七家の商店は、他のごたごたとは無関係に規則だからというだけだったが、それだけにどうしようもない。

 会社のルールを破れとは言えない。

 過去に、流れの何者かと大きな取引をしてひどい目に遭ったような教訓があるのかもしれない。


「ノエチェゼは広い。ヤマトの走る早さもグレイ並みなんだから、本人も思ってもないくらい遠くにいるのかもしれない」

「こういう時はあの体力バカにも困ったものね」

「アスカ、君も似たようなものだからな」

 体力という点で、フィフジャ的にはアスカもヤマトも大差ないらしい。

 だが少し違う。やはりアスカの方が体力は少ないのだが、無駄な消耗をしないよう考えているのと、回復力が子供ながらに高いだけだ。


 そう考えた所で、ふとクックラに目をやる。

 じっとりと汗を掻きながらも、何も不平不満を言わない。

「ほら、クックラ。飲みなさい」

 荷物の水筒から水を汲み、クックラに渡す。

「ん」

 迷わず受け取り、こくこくと飲み干す。暑さもあり、かなり疲労しているだろう。


(ヤマトとかグレイと同じ感覚で連れ回しちゃってたけど)

 クックラは幼いし、魔獣でもない。

 毎日のように森での狩猟やら田畑の仕事をやっていたアスカ達とは基礎体力が違う。

 農園での作業も決して楽ではなかっただろうが、気遣いが足りなかったかと反省した。

「お腹空いてない?」

「ん、平気」

 もう一杯の水を飲み、首を振るクックラ。

「疲れたらちゃんと言うのよ」

「ん」


 アスカの言葉にこっくりと頷き、クックラは小さな頭を回して四方を見やる。黄色いヘルメットがくるくる動くのが妙に愛くるしい。

 どこかにヤマトやグレイがいないだろうか、と。

「ん、あれ」

 クックラが示したのは、手招きしているボンルだった。

 何か情報が入ったのかもしれない。



「で、今の話よ」

「ああ、あんなのは初めて見たぜ」

 ボンルに促され、男がやや興奮気味に喋り出す。

「船に運ぶ果実を受け取りに西門に行ったらよ、すげえ人だかりで」

「例の犯人でも捕まったか?」

「犯人? なんの話だかわかんねえけど違うぜ。とんでもなくでっかい岩千肢(いわちし)だ」

 びくっと身を固くするのはクックラだ。

 まだ岩千肢の恐怖は彼女の心に残っている。


 身振り手振りでこんなに大きなと表現する荷運び男に、やや怯えたように視線を下げた。

「襲ってきたの?」

「ああ、違う違う。大人よりまだでかい岩千肢を仕留めて、まるまる持ってきた奴がいたんだ」

 それで騒ぎになっていた、と。

 人よりまだ大きな岩千肢ということなら、少し心当たりがある。

(あの時、一匹逃げてった奴かな? 別のかもしれないけど)

 アスカ達が仕留めたのは、食べる際にバラバラにしてしまっていたので、丸ごと持ってくるということにはならないだろう。

 ツウルウが甲殻を集めていたのもあって、原型を留めていたとは思えない。


「竜人の男だったぜ。ありゃあかなりの腕前だな」

「へえ」

 この話を聞かせたかったらしいボンルは、フィフジャと目配せをして頷いている。

 あの時、仕留め損ねた岩千肢は、これで退治されたかもしれないと。

 ボンルなりにクックラに気を遣ったのか。

「クックラ、もう大丈夫だよ」

「……ん」

 小さく頷いて、目元を手の甲でごしごし擦る。

 怖さを思い出したからか、別の思いからか。敢えて聞き出すこともないだろう。


「その岩千肢、食べるの?」

 クックラから意識を変えて尋ねたアスカを、荷運び男は奇妙な生き物でも見るかのように目を真ん丸にした。

「はあ? なに言ってんだ嬢ちゃん。あんなの食えるわけねえだろ」

 何言ってるのかはこっちのセリフだ、とは言わないが。

 目に少し殺意がよぎったかもしれない。笑おうとした男が、ひくっと頬を引きつらせて止まった。


 殺気を察知したのか、フィフジャとボンルが間に入る。

「アスカ、お腹が空いたんだろうが、この炎天下じゃあ肉も傷んでいる。普通でも食べられない」

「そ、そうだぞ。ガキは食い意地張ってていけねえや」

 この気温の中で一日以上置かれた肉だとすれば、確かに食用に適さないかもしれない。

 許しがたいのは鼻で笑おうとしたことだ。

(この私に対して、物を知らない愚物が)

 食べたこともないくせに。


 腹立たしい気持ちはあるが、こんなところで喧嘩をしても仕方ない。

「で、その岩千肢はどうしたんだよ」

「ちょうどそこにヘロの番頭が居合わせて、いい土産だって買い取るって言ってたぜ。さすがヘロだってなぁ」

 御三家の一つ、ヘロ家。

 昨日、太浮顎を仕留めたのもヘロの兵士だった。

 ボンルが言うところの、ツキのあるところというのはこういう部分もあるのだろうか。

「そんなの買ってどうするの?」

 食べるわけでもないのに。


 アスカの疑問に、大人三人が顔を見合わせる。

「どうする、ってわけでもないだろうが」

「乾かして飾り物にするんじゃねぇか?」

「そ、そうだぜ。やっぱノエチェゼで上り調子のところは、こういうもんを飾っとくくらいの度量を見せねえとな」

 フィフジャ、ボンル、荷運びの男の言葉に、まあ納得しないでもない。


 実利はないけれど、舐められないための箔をつける。

 黒鬼虎の毛皮だってそういうものでもあるし。害獣避けという効果もあるにしても。

「ヘロだって、あっさり銀貨3枚も出すって言っててよ」

「銀貨3枚?」

「おお、すげえだろ。俺もあんな大物仕留めりゃあ当分は遊んで暮らせるんだがなぁ」

「バカ言え、普通の岩千肢でも出くわしたら一苦労だぞ」


 遊んでたらダメじゃないの、と思わないでもないが、そんなことはどうでもいい。

 銀貨3枚と言ったら30000クルトだ。一人分の船代には足りないが、相当な金額になる。

 バムウの牙で330クルトを手に入れて良しとしていた自分たちは何だったのか。

 小さい。小さすぎる幸せだ。言葉通り桁が違う。

「だわな。前に見た岩千肢の死骸はぐちゃぐちゃだったけど、今朝のはまんま残ってたんだ」

「全身の形を残してあれを倒すなんざ、半端じゃねえな。そいつ」

 竜人だという話だったが、ボンルは何か思うところがあるのか顔をしかめて頭を掻いている。

 自分より腕の立つ竜人というのが落ち着かないのだろう。


「あーあ、勿体無かったね」

「……まあ、仕方ないな」

 逃した魚は大きい、という。

 知らなかったとはいえ、解体して食してしまった今となっては、捕らぬ山狸と変わらない。

 そもそも、仕留める時にウォロのハンマーで潰してしまっていたから、こんな高額になったとは思わないが。

 事情を知らない男は、不満げに口を尖らせるアスカにまあ頑張れよと声を掛けて、倉庫の方に歩き去った。


「さて、どうするか」

「殺してでも奪い取る?」

「今俺はそんな選択肢が出る発言をしたか?」

 岩千肢の話を聞いて、この後どうするかというフィフジャの独り言に答えると、非難めいた返答をされた。

 レアアイテムについての情報を町で聞いたら、そうする人もいるのだとお父さんが言ってたので。

「大体、何を奪い取るって言うんだ。岩千肢を略奪なんかしたら、今度は俺たちが兵士に追われるぞ」

「冗談だってば。でも本当に、何かと空回りしてる感じだよね」

「そうだな」

 二人でやれやれと肩を落とす。


 ボンルも、巨大岩千肢のことを思い出して悔いているようで、ぼりぼりと頭を掻き毟っている。

「ああ、くそ。まあしゃあねえな。あれでガキの命が助かったんだからよ」

「うぇ?」

 ボンルの言葉に、素っ頓狂な声を出して見上げるクックラ。珍しく大きな声だった。

 小さな目を見開いてボンルの顔を見つめる。

「な、なんだよ。普通そうだろ」

「……ん」

 俯く。


 言葉は少ないが、今のはありがとうの意味だ。

 まだ短い付き合いだが、クックラの微かな感情表現がアスカにもわかるようになってきた。

「とりあえず、今は他にどうしようもない。ヤマトを探すか」

「なら、その西門って方に行ってみようよ」

「じゃあ俺様は別行動だな。ウォロの奴らもどこに行ったかわかんねぇし、手分けしとくか」

 


 アスカたちとは別の方角へと歩いていくボンルを見送る。

 そのアスカの様子を見ながら、フィフジャが不思議そうに尋ねた。

「機嫌が良さそうだな」

「そう? あんなんでも割と子供には優しいんだなって、面白くて」

「見かけほど悪いやつじゃないんだよ。多分」


 何も知らない場合に、ボンルとウュセ・キキーエが並んでいてどちらかに声を掛けるとすれば、ウュセを選ぶだろう。

 ボンルの第一印象は悪い。

 だが、人の内面というのはわからないものだ。

 アスカもヤマトも、他人を見定めるには圧倒的に経験が足りない。圧倒的不足。それを自覚する。

「見た目で判断しちゃダメね」

「あれは見た目ももう少し何とかした方がいいと思うけどな」

「ん」

 クックラが頷き、三人は顔を見合わせて笑った。


 ――ぶぇっくしょぉい!


 ボンルの向かっていた方から大きなくしゃみが響いて、また三人を笑わせるのだった。


  ※   ※   ※ 


 西門に向かう前に、少し迂回してノエチェゼの牙城を見てみようという話になった。

 この西港の一番西側に聳える、円錐を牙のように湾曲させた塔。

 近くに兵士はいるが、別に近づいても咎められるわけではなかった。

 石造りの町の中で異質な建造物。

 金属なのか鉱物なのか不明な材質で、近づいても継ぎ目のような跡が見えない。

 地球にもこんな建造物はないのではないだろうか。


「超魔導文明の建物って言うけど、何の目的だったのかな?」

「さあな。全くわかっていないが、似たようなのが他の地域にもあると聞いたことがあったよ」

「知らないみたいに言ってなかった?」

「思い出したんだ。ユェフェン大陸にも不思議な塔があるっていう話と、どこかの海にもあるとか。同じものかはわからないが」


 最初に牙城の話をしていた時には思い当たらなかったが、その後に思い出したということ。

 初めて見たものを、話で聞いただけのものと関連付けするのは難しいかもしれない。

「海の方を指差してるみたいだね」

「そんな風にも見えるな」

 湾曲した円錐の先は海を指し示しているようにも見える。

 レーザーでも出るんじゃないだろうかと期待せざるを得ない。


 そういえば超魔導文明は海を割って山を砕くような力を持っていたと言っていた。

 謎金属の巨大建造物から海を燃やすようなレーザービーム。欲しい。超欲しい。

(色々と雑多に薙ぎ払いたいかも)

 兵器のスイッチを持たせてはいけない人種である。


「中はがらんどうって言ってたっけ」

 特に問題なさそうなので、その金属とも鉱物とも言えないような壁に触れた。

 軽く叩いてみるが、跳ね返る感触からすると相当な厚みのように思える。

「ん? 震えてる?」

 微かな振動を感じて、顔を近づけてみた。


 壁に耳を当てると、その振動をより感じることが出来た。


『ァ……ノォ……ル、トォ……』


「……?」

 フィフジャとクックラの顔を見て、手招きする。

「声がする」

「そうか?」

 アスカに倣って、二人も壁に耳を当てた。

「……聞こえないぞ」

「ん」

「ええ、そんなことないよ」

「気のせいじゃないか?」

 もう一度アスカも耳を当ててみる。


『…………』


 かさかさと、何かが擦れるような音が響いている。

 塔の上の方を流れる風が響いているだけなのかもしれない。


「気のせい、かなぁ?」

 これだけの大きさの建造物で、上から根元まで一枚の金属板(?)で繋がっているなら、ただの振動が声のように聞こえたのか。

 やはり目的がわからない建物だ。もしかしたら当時のただのオブジェだった可能性もある。


(それかあれね、ちんこけーす)

 なぜそんなものをアスカが知っているのかについては、父親の教育によるということになるが。

 改めて見上げてみれば、そういうものに見えなくもない。日呼壱がババリシーの角で意味もなく作っていた。意味があったのかもしれないがアスカは知らない。


「おいお前たち、あまり近づくな」

 そうこうしているうちに兵士に見咎められた。

 特に罰則はなくても、御三家が管理しているという建物の周辺で怪しい行動をしているのは見過ごせないか。

 用事があったわけでもないので、アスカたちはその場を離れて西門へと向かうのだった。


  ※   ※   ※ 


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