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大女と姫様

「誰が小柄な竜人だって?」

「ぅ、いや、ちが……ぐぅ」

「あたしが、惚れた男に自分より背の高い女は嫌いだって振られたことを知ってて聞いてんだろうね」

 ロファメト邸の門の外の路上で、白服の兵士がじたばたともがいて彼女の腕から逃れようとしている。

 わざわざ説明口調で自分の過去の傷を抉るのはなぜなのか。


「それとも何かい、あたしが小柄な女に見えたって?」

「ち、ちが……」

「あぁ? デカ女だってバカにしてんのか!」

 人には色々なコンプレックスがある。他人からすればつまらないことでも、当人の心情的には許しがたいこともあるのだ。

 とはいえ、身長の話で人を殺したりしてはいけないと思うが。


「ええっと」

「メメラータ!」

 そうそう、そんな名前だった。

 ヤマトの背後から、彼女の名前を思い出させてくれる声が上がった。ラッサだ。

 食事の場所は違っても同じ時間に食べていたのだから、終わって外に出てくる時間も似たようなものか。

 それともヤマトが庭に出ているのを見て、追いかけてきたのかもしれない。

 声と共に駆け寄る相手を見て、メメラータは一瞬笑顔を浮かべて、それからまた掴み上げている兵士を睨みつけた。


「ふん」

 どす、と尻から地面に落とされる兵士。

 石畳の道に尻から落ちた彼は、その痛みで顔を歪めた。

 そんな男にはもう興味を失ったのかあっさりと切り替えて、年齢より若く見えそうな笑顔を浮かべる。

「姫様、元気だったかい?」

「もうメメラータったら、姫様はやめてって言ってるでしょ。久しぶりじゃない」

「去年からこっち、余分な仕事が多くてさ。中々顔を出してる余裕がなかったんだよ」

 ヤマトより、というかフィフジャよりも背が高い、うねるような長い黒髪の竜人。

 ダナツ・キッテムと一緒にいた船乗りのメメラータに、駆け寄ってばふっと抱きつくラッサ。


 メメラータの胸は大きい。

 背丈も大きい。ラッサが抱き着くとちょうどその顔が彼女の乳房に包まれるような位置関係。

 ラッサの顔を程よい弾力で受け止めて、暑いよ姫様と言いながらも優しく包み込んだ。

「んーメメラータの匂いがする」

「くすぐったいよ。そんなんだからいつまでも姫様なんだ」

「じゃあそれでもいいわ」

「そうかい? って……あんた?」


 二人の抱擁を横目に、邪な気持ちがなくはない目で見ながら、ヤマトは尻餅をついて倒れこんでいた兵士を助け起こしていた。

(いいもの見せてもらったかな)

 その光景を脳裏に焼き付けつつ、目の前で痛そうにしているのを放置しておくのも可哀想だ。

「ああ、メメラータ。彼はヤマトよ。昨日、ヤルルーに絡まれてるところを助けてもらったの」

「相変わらずか、あれは。ギハァトの小倅が一緒だったんじゃないのかい?」

「そのギハァトの小倅が、ヤマトを見て只者じゃないって引き下がったのよ」

 話の流れはそうだったかもしれないが、そんなことは言っていなかった。むしろメシが冷めるとかそういう理由で。

 これ以上、ギハァト一家やらとの対立構造を強固にしたくないのだけど。


「へえ、そいつは……」

 ラッサを少し離して、メメラータがヤマトを嘗め回すように見る。

 ヤマトの実力を測るように、その途中で彼女の表情が訝しげに変わる。

「……ん、どこかで会ったかい?」

「ダナツさんのところの、メメラータさんでしょ」

「知ってるの、ヤマト?」

 メメラータのことを知っているのか、と驚くのも無理はない。

 昨日から散々世間知らずを露呈しているのだから。


「ああ、あー、あれだった。ボンルの阿呆と一緒にいた」

 ヤマトを見ても思い出せなかったようだが、後ろに控えるグレイに気がついて思い至ったようだ。

「ノエチェゼまで案内してもらってたんだ」

「ボンルってあの、サトナがぼっこぼこにするって言ってた?」

 それです。

 ダナツ・キッテムは奴隷商人ロファメトと付き合いがあるという話を聞いている。

 その娘のサトナが、おそらく年齢の近いロファメトの娘と友人だというのは当然かもしれない。


「それより、この兵士さんと何を揉めてたの?」

 まだ痛みで腰をさすっている兵士を視線で示す。

 ボンルの話は面倒そうだし、あまり良い印象ではないはずだ。

「あぁ、この野郎があたしを見て小柄な竜人の女だとか言いやがったもんだから、つい」

「ち、違うんだ。人を探しているっていうことで」

 メメラータの殺気に怯えて、慌てたように兵士が言い募る。メメラータはその兵士より頭半分以上背が高い。

 いくらなんでもその姿を見て小柄と表現することはあるまい。誤解があったのだろうと思うが。


 兵士は気を取り直すように姿勢を正し、しかしまだ尻が痛かったのか顔をしかめて腰が変な角度に折れた。

「何かあったのかしら?」

「え、ええ。ラッサーナ様。まだ聞いておられませんでしたか」

「聞いてないわ。お父様を呼んできた方がいい?」

「いえ結構」

 兵士が即座に首を振ったのは、きっとロファメト氏が怖いからだろう。

 傷顔の親分と話すより、年頃の若い娘さんと話す方がいい、と。

 その気持ちはヤマトにもわかるので何も言わない。


「大事でもありませんが、昨晩遅くに商会の使用人が襲われて金を奪われたということで」

「珍しくもなさそうな話だけど」

「襲われたのはノムァヤ商会の使用人シワロ。犯人は、悪人を裁くという文言を残していたという話です」

「それだとノムァヤに近い人たちが殺気立つでしょうね」

「金を奪っといて、何が悪人を裁くってんだか」

 面白くなさそうにメメラータが吐き捨てる。

 ヤマトも同感だ。

 襲われたのがキキーエ商店の誰かというのではなくて、とりあえず安堵している所もあるが。


「いやまあ、金は奪われたというか、奪った金はあちこちに投げ散らかしたそうで。そのシワロが、人を騙して手に入れた金だと壁に書かれていたもので」

「へえ、義賊気取りってかい」

「事実なの?」

「わかりませんが、シワロは歓楽街によく足を運んでいたようで。金回りは悪くなかったようです」

 わかっている事実だけを聞き、問いかけるようにラッサの目がヤマトに向けられる。

 どう思うのか、と。

 軽く肩を竦めて、

「そのシワロって人が悪人かどうかは知らないけど、犯人には何の得もなさそうだ。本気で、悪党を懲らしめるって気持ちでやってるのかも。それか……」


 短絡的に決め付けてしまうのも危険だ。

 短慮でいい結果にならないのは、昨日身に染みている。

「ノムァヤ商会って所に恨みがある人が、そこの評判を落とそうとしてるとか?」

「身に覚えがありすぎて困るでしょうね。ノムァヤなら」

 そうなの、という顔でヤマトが見返すと、ラッサは軽く頷いた。

「あそこは親元と一緒で強引な商売するから。あちこちで恨みを買ってるとは思うわ」

「なんならあたしが殴りこんでもいいくらいさ。うちが買い付けてた荷を強引に横入りされたことがあったよ」

 ロファメトとノムァヤは友好的ではなく、問題の多い関係性のようだ。


 ばしんと右拳を左手に打ちつけるメメラータに、兵士がぎくりと首を縮めた。

「小さな商店を無理やり自分の傘下に入れるとか。キキーエに先んじられて焦ってるのもあるんだと思うけど」

「へ、へえ」

 聞いた名前が出てきてどもってしまう。

 キキーエ商店は勢いがあるというから、他の七家に対抗意識が芽生えることもあるだろう。


「そんなこと気にするより、自分の足元のことをきちんとした方がいいのにね」

 競争心が勝る余り、本来の仕事が疎かになっているのではないか、と。

 そんなラッサの言葉に意外な印象を受ける。

 非友好的な相手に対して、冷静な助言のような言葉が出てくるとは。

「なんて、お父様が言ってただけよ。うちはうちのことを完璧にやるだけだって」

 ヤマトの視線に少し照れたのか、言い訳のように続けた。


(うちのこと、って……奴隷商なんだけど)

 具体的にどういうシステムでの商売なのかは知らないが、人身売買の類。

 信用は大事かもしれない。こんな商売だからこそ。

「うちは、他と違う生業だから。ちゃんとやってたら、他の連中はこっちの領分には上がってこないはずなのよ」

「……そうなんだ」

 彼女の口から何をやっているのか口に出さないのは、後ろ暗いからなのだろう。

 世間知らずのヤマトなら、ロファメトの商売が何なのか知らないはず。

 知られたくない、と思われているとすれば、それはラッサから好意を寄せられているということかもしれない。


(この子、僕のこと好きなんじゃあないかな)


 ヤマトは素直で単純な男の子だ。

 少し優しくされたら好意と勘違いしてしまうのは、異性に慣れていない為に仕方がないとも言える。日本にもそんな男子は多い。

 アスカに聞かれたら、心配かけた挙句にいい根性していると責めらるだろう。

「とりあえず、そういう事情で町の巡回が多くなっていますので」

「そう、うん。わかった、お父様には私から伝えておくわ」

「ありがとうございます。よろし……ああ、そうでした」


 本来の用件を忘れて立ち去ろうとした兵士だったが、そこで思い出す。

 ロファメト氏もだが、メメラータも怖いのでさっさと立ち去りたかったのだろうが。

「犯人は小柄な竜人の女ということで、そういった心当たりはありませんか?」

「うちには竜人の女の子なんていないわよ。年寄りなら、ちょっと小柄な竜人がいるけれど」

「いえ、若い女だったということです。名前が――」


 ――すかーれっとれでぃ


「っ!」

 鼓動が、強く一拍。

 槍を持つ手に力が入る。

「何、なんて?」

 聞きなれない名前をラッサが聞き返す。

「竜人の言葉のようで、すかーれっと、れでぃと名乗っていたそうですが」

「聞いたことがないね。竜人の名前じゃあないさ」

「そうなのですか?」


 日本語だ。

(あれ、スカーレットって英語だっけ?)

 日本語ではなかった。

 何語だろうか、ヤマトのあやふやな記憶では断定できないが、地球の言葉であることは間違いない。

 だとすれば。

(この町に、地球から来た誰かがいる……)

 英語圏からかもしれないが、こんな名前が偶然に地球の言葉と似通っているとは思えない。

 竜人だという話だが、何かしら地球にルーツを持つ存在だ。


 手がかり。

 地球に行くための手がかりになるかもしれない。

(これは、もしかして僕お手柄じゃないか)

 隠し切れない興奮で頬が緩むヤマトは、それをメメラータが訝しげに見ていることに気づかなかった。


  ※   ※   ※ 

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