毛皮の時価
高価な取引ならセーテレーかキキーエが候補だと。
セーテレーは昔から安定した商会で、町の人からの評判も良い七家の一つ。
キキーエも七家のひとつの商会だが、ここの所急速に勢いを増していて、その歪みかセーテレーと比べると悪評が多い。
どちらも共通して資金が豊富で、一見の客でも取引をしてくれるのだと。
他には悪徳い噂が絶えないところや、慎重派で値段をつけるまでに時間がかかるところ。後は現金の準備に不安があるとかで消去法で残った二つになる。
その辺の情報はツウルウから聞いている。ボンルはそんなことは知らなかった。
「町の小売店に伝説の剣を持って行っても、買い取れるだけの現金がないってことね」
「何の話だ?」
「ん、なんでもない」
アスカの独り言を聞き返すフィフジャに首を振った。
考えてみれば当たり前の話だ。
お金を保管するのだって危険を伴うのだから、個人経営の商店に大金の準備があるとは思えない。
銀貨以上の通貨だって、一般に使われることはほとんどないらしい。
「あのお店じゃない? 斜め向かいに二件、看板みたいなのが出てる」
アスカたちの目的地はどちらも同じ区画にあった。
「あっちはお店って感じじゃないけどなぁ」
ヤマトがぼやくのは一方の建物だ。いわゆるお店屋さんという感じではなく、事務所とか倉庫と言った風情の建物に看板が出ている。
その斜め向かいには、何やら店先に樽に入った果物やら魚の干物やら、あるいはロープや包丁のような雑貨までもが並んだ店があった。
倉庫っぽい建物がセーテレー家の取引本部。
看板の隣の大きなドアの横に、袖のない服を着た禿頭の男が立っている。守衛だろうか。
反対側のキキーエ商店には、年若い女性が二人、商品を片付けたり掃除したりしながら店番をしている。
「…………」
どっちに先に行くか、と聞こうかと思ったアスカだったが、ヤマトの顔を見てやめた。
店番のお姉さんは、夏らしい薄着で屈んで物を運んだりしようとしているので、お尻のラインなどがかなりくっきりと見えてしまう。
ヤマトの視線がそこに釘付けになっているのを見て、聞くのはやめた。
フィフジャはそんなアスカの様子に気づいて、バツが悪そうに頬を掻く。彼も見ていたのだろう。
「やぁね、男って」
溜め息をついてクックラに投げかけると、ヤマトは慌てて視線を反らした。
「や、違うって」
「はいはい、お姉さんのいるお店に行くわよ」
アスカにしても、いかつい禿頭の守衛のいる方に行きたいわけではない。
どちらが声を掛けやすいかと言われたらお姉さんの方に決まっている。フィフジャだってそうだろう。
(違うって、何が違うって言うのかしらね。違わないでしょ)
言い訳を聞いている時間が惜しい。今日は朝から出遅れてしまった為、もうすぐ夕方になってしまう。
ノエチェゼはかなり広い町だ。まあ五万人が暮らす町なのだから当たり前だけれど、宿から港まで歩くだけ2刻ほどかかっていた。
「すみません、お姉さん」
「はい、なんでしょう?」
アスカが声を掛けると、掃除をしていた女性が振り向いて応じた。
商品の運搬をしていた方の女性も、やや離れた所から様子を見ている。
「お客さんいないみたいですけど、もしかして売り上げ悪い?」
「こら、アスカ」
「だって気になったんだもん」
失礼な質問にきょとんとした女性だったが、フィフジャに窘められて唇を尖らせるアスカを見てくすくすと笑った。
「ふふ、この時間はお客様が少ないんですよ。大体は午前中か、もう少しして帰る前に必要な物を買って帰る方が多いので」
「そうなんだ、よかった。実はいい儲け話を持ってきたんでお店の偉い人を……」
「どこでそんな妙な言い回しを覚えてきたんだか」
フィフジャは呆れた様子で言いながら、荷物に括りつけてあった黒鬼虎の毛皮を掲げた。
「うちの子がすまない。この黒鬼虎の毛皮を買い取ってくれそうだったら話がしたいんだけど」
「面白い子ですね。ええと、黒鬼虎……はあ、そうですか」
「ウュセ様、呼んでくる」
アスカの様子に笑っていた女性は見せられた黒鬼虎の毛皮に戸惑い、どうしたものかと言葉を詰まらせた。
もう一人の女性が、誰かを呼ぶと建物の奥の方へと姿を消した。
「う……ウュ、セ?」
「ウュセ様です。キキーエ商店の若旦那様になります」
決裁権がある責任者ということだろう。
呼ばれるまでの間に、ちょっと商品を見てみる。
「あ、これ。これいくらで売ってるの?」
「50クルトよ」
アスカが手にした商品を見て、女性店員がさらりと答える。
フィフジャの顔を見ると、やや渋い顔をされた。
「ねえ、フィフー」
「あのな」
「いや、フィフ。余裕があったら買ってあげてほしい」
アスカのおねだりを窘めようとしたフィフジャに、ヤマトの援護が入った。
ヤマトの視線が、アスカが手にしている商品と、クックラの太腿を行き来する。
パンツだ。
「ああ……そう、だな」
実際にはハーフパンツというか、麻のような少し太めの糸で作られた薄茶色の半ズボンのようなものだった。
クックラは、相変わらずアスカのシャツをだぼっと被っただけの格好で、その下は穿いていない。
何もアスカだって無用なおねだりをしているのではなくて、必要かなと思ったから言っている。
きっと女の子の尊厳を守る為にも必要だし、ヤマトの精神的安寧の為にもなるだろう。
「だけど、50クルトも払ったら宿代が不足する。せいぜい30クルトだ」
「こちらの少し傷んでるのでよければ35でいいですよ」
にっこりと差し出された似たようなハーフパンツを、アスカが手にしていた商品と取り替える。
店内の在庫やら原価やら頭に入っているのだろうか。全く迷う隙間がなかった。
「なんでそんなに息ぴったりなんだ……」
初めて会ったはずの女性店員とアスカのコンビネーションが抜群だ。
女二人で、にっこりとフィフジャに笑顔を向ける。
「……はぁ」
やれやれといった風に金を払うフィフジャと、安堵の表情を浮かべるヤマトと少し困ったようなクックラ。
フィフジャがアスカのお願いに弱いのはわかっている。最初から勝っていた。
「ほら、クックラ。足上げて」
「……ん」
ハーフパンツは裾が少しほつれていたが、着用するのに支障はない。
幼いクックラにはかなり大きく、長ズボンのようになってしまったが。子供服だとかそういう概念は、もっと高級な服飾にならなければないのだろう。
腰からずり落ちないよう紐で締めていると、奥から人が出てくる気配があった。
「あんたらか? 黒鬼虎の毛皮を持ち込んだってのは」
中年男性が二人。四十代と三十代の二人で、どちらも栗毛の癖のある髪をしていて、顎鬚も栗色だ。
三十代の男性の方は、今しがたクックラに買い与えたような服と似たような布地の、ただ多少は造りがきちんとした上下の服装で、割と鍛えられている印象だ。
もう一人の四十代の男性は、明らかにもっと上質な布地の服で、白地に赤い模様で染色された衣服を着ている。もう一人と違って肉体は緩んでいる。
おそらくこの四十代の方が若旦那ということなのだろう。
(若くないけど)
先代が引退して実権を握った若旦那だとすれば、このくらいの年齢が妥当なのか。
「ああ、かなりの大物で状態もいいんでね。大森林で捕ってきたんだ」
「そいつぁ面白い、中に入んな」
顎で促され、ふと足を止められた。
「なんだありゃあ」
「ああ、グレイ」
店先に座っていたグレイに目を留めたのだった。
自分の商店の前に、かなり大型の狼が座っていたら驚くのも仕方ない。
「うちの仲間……家族みたいなもんだ。手出ししなけりゃ何もしない」
「そ、うか」
男二人がやや引きつった顔で頷く。
女性店員の方は、最初からアスカやクックラがグレイを撫で回しているところを見ていたので、あまり脅威を感じていなかったようだが。
町を歩いている時からひどく警戒されたりすることが多かったので、なるべくアスカはグレイに手を添えて危険がないとアピールしていたつもりだった。
「グレイ、待っていられる?」
「ここ、残る」
放置していいのかと声をかけたアスカだったが、クックラが一緒に待っていると進み出た。
一緒に中に入っても子供にはつまらない話だろう。
グレイと一緒に待っていてくれるのなら助かるし、グレイを従えたクックラに危害を加えるようなバカもいないはず。
「うーん、じゃあクックラ、グレイ。お願いね」
「ん」
『オン』
どっちがどっちをお願いされたのか、幼女と狼が了承するのを見届けて、アスカはヤマト達を追って商店の建物に入った。
※ ※ ※
建物の前は布の屋根を張った店舗になっていたが、中は倉庫になっていた。
石造りのだだっ広い物置で、木箱や樽などが並んでいる、在庫なのだろう。
真夏なので、もわっとした暑い空気が立ち込めているのは仕方がない。
防犯上の為なのか、入り口はとりあえず今入ってきた表だけ。小さな通気用の窓は四方にあるが、それだけだ。
「アスカ、行くぞ」
きょろきょろしていたアスカにヤマトが声を掛ける。
倉庫の横にある木製の階段から二階に上がると、板張りの床にいくつか机やら書棚、椅子などがあって、促されてその一つに座る。
二階はさらに暑い。
日差しで焼けた屋根に近いのだから当然だ。
「じゃあ見せてもらおう。ああ、俺がウュセ・キキーエだ」
「フィフジャだ。そこの机二つ並べてもらってもいいか?」
「大物だな。リァッカ、手伝ってやれ」
「……」
リァッカと呼ばれたウュセより少し若い男とヤマトで机を二つ、少し間を開けて並べる。
そこにフィフジャが、ずっと畳んでいた黒鬼虎の毛皮を広げた。
「むぅ、ほおぉ」
ずっと丸めておいた毛皮だったが、変な癖がつくこともなく、机からはみ出して大きくその姿を現す。
思わず感嘆の声がウュセから溢れる。
「っ……」
リァッカも、無言ではあったが息を呑む程度の衝撃ではあったようだ。
(当然よ、お父さんの獲物だもの)
目の肥えた商人であるだろう二人にも言葉を失わせるだけの威容に、アスカの気分も良い。
幼いヤマトとアスカを襲ったこの黒鬼虎は、その生きていた時と変わらぬ毛艶と鋭い角を残している。
解体する時に、頭蓋骨と繋がっていた部分が取れて、毛皮の方に残ったのだ。
「確かに、本物のようだな。前に見たことがあるのはもっと幼いやつだったし、角もなかったが」
「これだけの状態のものはリゴベッテの貴族でもそうそう持っていない。最高の品だ」
「あんたはリゴベッテの……あぁ、探検家か。春先にエズモズから入ったとかいう」
ウュセの表情に納得が浮かぶ。
逆にフィフジャは面食らった顔をした。
「知っているのか?」
「リゴベッテから大人数でズァムナ大森林を探索するとか噂があった。商売は情報が何より大事ってな」
にやっと笑うウュセの顔は、やや余裕を取り戻したようだ。黒鬼虎の威容にやや動揺した気分を回復させている。
「こんな子供がいるとは聞いていなかったが」
「この子たちは……いや、他の連中が戻ってきたかどうか知らないか?」
「こっちはエズモズとはだいぶ離れてるからわからねえな。なんだ、はぐれたのか?」
「まあ、そうなる……か」
壊滅したのか全滅したのか、アスカはそんな話をフィフジャから聞いている。
生き残った仲間が誰か逃げ延びていないかと、気になった彼の気持ちもわからないではない。
「だからこっちまで来ちまったってか。あんた、かなりの方向音痴だな」
「それは……いや、そうだな。そうかな」
(そうでしょ)
素直に納得しきれないフィフジャ。方向音痴な探検家なんて間抜けな話に聞こえる。
「探検家が方向音痴たあ間が抜けてる」
「……どうでもいいだろ」
拗ねてしまった。
人は事実を指摘されると傷つくのだ。ウュセとやらは客の心象を悪くする二流の商売人だとアスカは思った。
(言わなくていいこと言っちゃうっていうか、そもそもこの町では有力者だから人に気遣いとかしないのかな)
「悪かった悪かった、ほら。ビィズ、遅いぞ。客を待たせるな」
ウュセの声がかかった後ろを見ると、階段から女性が盆を持って上がってくるところだった。
先ほど店先にいた女性の一人で、ウュセを呼びにいった方の女性だ。
盆には大きめの水差しとコップがいくつか。
「今日も暑いからな、まあ飲んでくれ。ビィズ」
空いているテーブルに盆を置き、水差しからコップに注がれた液体は透き通る琥珀色の飲み物だった。
(お茶かな?)
麦茶のようなものだろうか。人数分注いで、それぞれに手渡される。
黒鬼虎の毛皮が広げられているのでテーブルに並べるわけにはいかなかった。
「……俺は、いらん」
ビィズが最後に渡そうとしたリァッカが、初めて声を出した。
拒絶。
「…………」
ビィズが数秒、彼の顔を見つめて、何も言わずにそのコップを盆に戻した。
(何かしらね、今の沈黙)
アスカの面白いものセンサーにぴぴっとくるモノがある。
良い雰囲気というか、想いがすれ違う瞬間というのか。たぶんこの二人は何か面白い関係だ。
「さあさ、遠慮なく飲んでくれ」
そんな空気を払うようにウュセがコップを掲げる。
「ITADAKIMASU」
「ってヤマトまた」
アスカの静止の言葉も聞かず、ヤマトが一息にその飲み物を煽る。
兄が成長していない。
「――っん、っくはっがふっん、んっ」
飲み下した直後に、盛大に咳き込んでいた。
(バカなんだから。ゼヤンの所でも同じことしたのに)
「……ん」
ウュセも口にするのを見てから、アスカも少しだけ口に含む。
苦い……いや、甘いのか、よくわからない味で、吐き出すわけにもいかないので嚥下する。
かぁっと。
喉が熱くなるような刺激。
どういう技術なのかある程度冷えた飲み物なのに、喉を通ると食道から胃まで熱く焼けたような熱を感じる。
「これは……アスカ、やめておけ」
「遅いよ、フィフ」
ちょっと飲んでしまった後だ。
後悔は先に立たない。
「砂糖大根の蒸留酒だ。そこらの安酒とはわけが違う」
「子供が飲むようなもんじゃない」
自慢げに語るウュセに非難めいた声を上げるフィフジャ。
保存の為に発酵した醸造酒ではなく、よりアルコール度数の高い蒸留酒だ。
「ヤマト、大丈夫か?」
「う、うぇ……うん、大丈夫、大丈夫。前にも父さんの酒こっそり飲んだりしてたし。僕は平気だよぉぇ」
「大丈夫じゃなさそうだな」
胸の辺りを押さえて、ややふらふらとしながら手を振って答えるヤマトの様子は決して万全な様子ではない。
余計なことも喋っているし。
いつの間にか手放している石槍がヤマトに蹴られて倒れそうになったのを、アスカが受け止める。
酔いが回ったというより、目が回ったのだろう。
ふらつくヤマトを椅子に座らせると、深く息を吐いてぐったりとした。
「こいつはすまんな。ここらじゃこれくらいの若者も昼間から飲むのが当たり前だからな」
「ヤマトはともかく、アスカはまだ子供だ。出来れば水をもらえるか?」
「わかりました」
フィフジャの要望を受けてビィズが階段を下りていく。
(……何で私だけ子供扱いなのよ)
てい、とフィフジャの脛を軽く蹴る。
「……痛いじゃないか」
「ヤマトの方が子供だし」
「そういう所が子供だって言うんだ」
つまらない正論を言ってくれる。
今の状況なら、絶対にヤマトの方が成長がない愚か者だと思うのに。
手にしていた蒸留酒のコップを盆に戻す前に、もう一口ちびりと飲み込んだ。
その様子を見ていたフィフジャが溜め息をつくのが聞こえたが、アスカの知ったことではない。
「まあいい、それよりウュセさん。この毛皮、いくらで買い取ってくれる?」
「ふぅむ、そうだな」
ふてくされたアスカと目を回しているヤマトを余所に、フィフジャが商談の話を進めた。
ウュセは広げられた黒鬼虎の毛皮を観察し、ぐるりと周って見ている。
「この腕の部分は千切れたのを繋いだようだ」
右腕の傷はそうだ。
(お父さんが右腕の一撃を予測して、この鉈で叩ききったんだから。そいつの腕の力も利用して)
深く食い込んだ鉈が腕を半ばまで断ち切り、代わりに父の腕もその衝撃で折れていたのだけれど。
「それでも立派なもんだ。10万クルト、金貨1枚というところだな」
「冗談だろう。リゴベッテなら金貨5枚でも買い手がつく」
「ここはリゴベッテじゃないからな。そんな金持ちは何人もいない」
物価が違う。客層が違う。
「それならリゴベッテまで持っていけばいい。うちとすれば何もどうしても買い上げたいわけじゃあないからな」
ウュセの言い分ももっともだ。別に必要としているわけではない物を無理に仕入れる理由はない。
上等な品物だから、ある程度は高額を出しても良しとしても、その上限をどこに決めるかの主導権は自分にある、と。
「でもさぁ、フィフ」
ぐったりとしていたヤマトが口を開く。
この時、アスカは何を言い出すのかと待ってしまった。
それが判断ミスだと、後で考えれば明らかにわかっていたことなのに。
止めなければいけなかった。ヤマトの性格を一番知っているアスカが。
だが、後悔は先には立たない。
いつも後からだ。
「船に乗る金がないんだから、売らないとリゴベッテに行けな――」
「ヤマト!」
ごんっとアスカがヤマトの額を殴りつけたのは遅すぎた。
頭を押さえてうずくまるヤマト。
アスカの拳も痛い。一番固い額を素手で殴ったのだから、じんじん傷む。
こんなに強く兄を殴ったのは初めてだ。
痛い。
痛い。うずくまるヤマトを見て、思わず涙がにじんでくる。
「ほぉ、なるほど。そういうことなら仕方ない」
にやり、と笑うウュセ。
その背中に立つリァッカは相変わらず無表情で無言のまま。
「10万クルトなら、三人が船に乗る程度の船賃にはなると思うがな」
「……今日は帰る」
フィフジャは文句を言わなかった。
黙って黒鬼虎の毛皮を畳み直している間に、ウュセは何事かをリァッカに言付けて外出させた。
水を持って上がってきたビィズが、状況を飲み込めずに所在無く立ち尽くす。
「水をもらえるか?」
「え、あ……はい」
フィフジャの要請にどうしたものかとウュセの表情を窺ったビィズだったが、雇い主が機嫌よさそうだったので問題ないと判断したらしい。
もらった水をヤマトに飲ませて、立ち上がらせる。
「アスカ、ヤマトの荷物も持てるか?」
「……うん」
背負っているリュックサックはともかく、石槍と他の手荷物をアスカが持つ。
階段を下りていく途中、上から声がかかった。
「また来ることになってもいいからな」
完全に上からの言葉だった。
※ ※ ※
「前にも言ったじゃん! ゼヤンの時にもおんなじことした。同じ失敗したじゃない!」
涙交じりに怒鳴るアスカに、困った顔で見回すクックラの姿が哀れだ。
「……ごめん」
「ごめんじゃないよ! ヤマトのせいで……」
妹の言うとおりだ。
同じ失敗をして、困ったことになっている。
あれから別の店、斜め向かいにあったセーテレーの事務所にも訪問してみた。
だが、ウュセ・キキーエの方が早かった。
この黒鬼虎の毛皮の交渉権は自分にあるので、手出しするなと。
余所者であるこちらの話より、町の有力者であるキキーエ家の言葉の方が影響力が強いようで、難色を示された。
キキーエよりも安い条件でなら買ってもいいと言われたが、それでは意味がない。
既に他の商売人にも同じような話が伝わっているだろう。
七家の一角の中でも勢いのあるキキーエ家からの要請に、好き好んで逆らう商売人はこのノエチェゼにいない。
セーテレーの番頭だという人からそのように言われた。
「アスカ、責めても仕方ない」
「…………」
フィフジャは責めない。
そのことがまた、アスカからの言葉とは別にヤマトの心を苛む。
悪いのは自分だと。
グレイが頭をヤマトの足に擦り付けてくる。元気を出すようにと言うように。
それも申し訳がない。
「済んだことを言ってもどうしようもない」
「だって、済んだことってフィフ。そんなのやだ。納得できない」
済んだことだから、許されるわけではない。
後悔はいつも後からだ。
「その黒鬼虎は、お父さんがやっつけたやつだもん。お父さんが私たちの為に戦った証拠なのに。こんな風に安く買い叩かれるなんて納得したくない」
「……僕だって」
気持ちは同じだ。
時間を撒き戻せるなら、あの時の自分を思い切りぶん殴ってやりたい。
「何よ、ヤマトのせいじゃない!」
「アスカ!」
「――っ」
拳を握り、唇を真一文字に結んで睨みつけてくる妹。
その瞳が赤く充血している。
恨みや憎しみではない。やるせない怒りをどうしたらいいのかとぶつけてしまって、そんな自分にも苛立っている。
そんなアスカの目を、正面から見ていられない。
「僕が何とかする」
「……どうやって」
「何とかする!」
ぎゅっと石槍を握り締めて立ち上がる。
夕日が石畳に長く影を作る。
不安そうに見上げてくるクックラにそっと首を振って、くるりと背を向けた。
「ヤマト」
「フィフ、後をお願い」
そういい残して駆け出す。
「待つんだヤマト!」
フィフジャの声を置き去りにして、その場を走り去った。
非難の言葉も、慰めの言葉も、今はどちらも聞いていられなかったから。
※ ※ ※




