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一樽分の借金

「どうだ?」


 ボンルの言葉に首を振るフィフジャ。

「他のところも紹介してくれるんだろう?」

「まあそうだけどよ、ここのイオックさんは気のいい船長だぜ」

 ボンルの言い分だが、ヤマトの目からもそのように見える。

 訪ねてきたヤマトたちに、必要な金さえ払えばリゴベッテまで送り届けると言ってくれた。

 中年の、海の男というようりは商売人という感じの、少し腹の出たおじさんだった。


「金が用意できなかったら、この黒鬼虎の毛皮でいいって言ってたけど」

「とりあえず他にも伝手があるならそっちを聞いてから判断する」

 ヤマトにはどうすればいいのかわからないので、フィフジャの言葉に従うしかない。

「他のは割りと荒っぽい連中が多いからなぁ」

 ぼりぼりと頭を掻きながらいうボンルだが、フィフジャの意志は変わらないと見て歩き出した。

「それより海見てみたいんだってば」

「あーわかったわかった。次に行くのは海の方だぜ」

 

  ※   ※   ※ 


 ボンルたちが来たのは昼前くらいになってからだった。

 聞けば、ずいぶんと遅くまで酒を飲んでいて、起きたのが遅かったのだとか。

 アスカは待たされたと憤慨していたが、何時と約束したわけでもない。


「三人して寝坊するなんて、ほんっとに信じらんない」

「すまんなんだ、ツウルウは起きてたんだけども……」

 ウォロの言葉にぎろっとアスカに睨まれたツウルウは、慌てた様子で首を振った。

「いや、勘弁してくだせえ。酔いつぶれた男を起こすってのは色々面倒なんでさ」

 起こすのは諦めて、小遣い稼ぎに昨日拾っておいた岩千肢の甲殻を売りに行っていたのだと。

 岩千肢の殻は軽くて頑丈で水に浮くので、船乗りなどが防具として使ったりするという。

 大きな甲殻だったので割りと高く売れたらしい。そういえばこそこそと集めていたのは気づいていたが。


 小狡いというか抜け目がないというのか。

 フィフジャはそういう需要を知らなかった。そこに気が回るよりも、岩千肢の食事会でかなり動揺していたので、それはアスカには責められない。

 とりあえず港近くまで来て、商店と事務所が一緒になったような店に入って船主のイオックを紹介してもらったのだが。


「まあいいぜ、相性ってのもあるからな。じゃじゃ馬には荒っぽい船乗りの方が合うだろうし」

「じゃ……じゃじゃうまって?」

「うん、あー、そうだな」

 知らない言葉だったのでフィフジャに聞くと、彼は視線を泳がせて言葉を探す。

 よい意味ではないのだろう。

「あぁ、じゃじゃ馬っていうのは……元気が多すぎる女の子、ってところだ」

 気を遣った説明をするフィフジャに、ぶっと笑い声を洩らすボンルの背中を殺意を込めて睨みつけた。

「もし私のことを言ってるなら、殺してくださいって言うまで痛めつけて殺す」

「じゃじゃ馬なんて可愛いもんじゃないだろ、お前は」

 いちいち絡んできたボンルが悪いと思うのに、ヤマトはそんなボンルを庇うようなことを言う。

 もちろん冗談だ。悪口に対して軽く威圧を返しただけで。

 舐められたら負けだと思う。この世界では。


(それに、殺してくださいって言われてからが本番って思うんだよね)

「お前、さらにろくでもないこと考えてるだろ」

「そんなことないよ。フィフ、あれなぁに?」

 イオックの事務所を出て、入る前から気になっていた物を指差す。

 少し離れた場所に見えるそれは、地面から空高く突き出した牙のような塔だった。

「ああ、たぶん超魔導文明の建物だな」

 この商店よりも北西側、海に近いところに聳え立つその建物は、他の建築物とは大きく異なる。

 ノエチェゼの町の建物は大半が二階建ての石造りで、屋根は斜めに木の板を敷いている。


 他と比べてその塔は異常に高い。他が二階建てということなら、およそ五十階くらいの高さになるのではないだろうか。

 非常に背の高い建物が、円錐を少し曲線を描くように右曲がりに湾曲したように立っている。尖っている先端は海の方を差していた。

 色は薄い灰色でどこか金属的な艶のようなものもあり、表面は滑らかで遠目では継ぎ目がわからない。

 窓らしいものは見当たらないが、どうなっているのだろうか。

「ありゃあノエチェゼの牙城(きばしろ)ってんだ」


 ボンルが大して面白くもなさそうに言う。

「入り口は一箇所で、御三家の連中が管理していて入れねえ」

「中にもんす……魔獣とかいる?」

 町の中に存在する異質な建物。

 それは魔獣の住む塔なのではないか、と。

 そんな期待を篭めて尋ねたヤマトに、ボンルもツウルウも呆れた表情を返した。

「んなもんいたら困るだろ。飼いならすにしたって、あんな場所でやることもねえし」

「中はだだっ広いだけの部屋があるって話ですぜ。たまに御三家やらその七家の大勢で会議をするんだとか」

 夢のない返答に落胆するヤマトに、アスカは苦笑するしかなかった。

 冒険漫画のような迷宮があるのではと思ったのだろうが、現実にそんなものが街中にあったら困る。

 ボンルたちにはヤマトが何を期待したのか意味不明だったろう。


「魔獣よりおっかない連中って言い方もできやすがね」

 気落ちするヤマトをフォローするようにツウルウが肩を竦めて言った。

 魔獣より怖い。

 権力を持った人間の集まり。

「ヘロ、とか……なんだっけ?」

「大海商人ヘロ。海闘士プエムと、古老チザサっていう御三家でさ」

 さらっとしか聞いていない町の有力者である御三家。

 どれも商会を持っていて武力も有しているらしいが、伝統的にそんな風に言われるという。


「チェゼ・チザサってのがノエチェゼの町の名前の由来って言われてやす。今の当主はヒュテ・チザサとか言いやすが、最近はあんまりぱっとしねえって話っすねぇ」

 町の始祖的な一族だが、落ち目ということなのだろう。

「ヤルルー・プエムは武闘派ってぇか血の気の多い御仁で、このズァムーノ大陸東側最強って看板のギハァト一家っていう戦士どもを抱えてるんで、係わり合いは御免で」

「最強、なの?」

 ヤマトが少し元気を取り戻したように顔を上げて聞き返す。

(何を期待してるのかしらね、この兄は)

「触れ込みってえやつだ。雇われ戦士だから看板は高く出すもんだぜ」

「ボンルより強い?」

「そいつは、まぁ……やったことはねえけど、良いセンじゃねえか」

 嫌そうな顔色からすると、もっと強いんだろうな、と。


 曖昧に言い淀むボンルの後ろから強い鼻息が溢れた。

「ボンルさんより強いのは竜人族じゃ一人しかいないんだぞぉ」

「ええー」

 ウォロのボンル推しに異論があるアスカは、つい否定的な声を上げてしまう。

「なんでそんなに不満そうなんだよ、クソガキ」

「だぁってウォロの方が強いじゃない」

「ばっか、俺様の方がつええよ」

「それにピメウの方が強いと思うんだよね。ゼヤンとか」


「っ!?」


 ぎょっ、という擬音が聞こえた──ような気がした。

 明らかに顔色の変わるボンル。どうやら知らない相手ではないようだ。

「な、なんでお前が、鬼女(おにおんな)ピメウだとかゼヤンのクソババァを知ってんだ?」

「知り合いだもの」

 すうっと目線を反らすボンル。


 イオックの事務所から出てしばらく歩いてきた石畳を見渡す。

 夏の日差しに焼けた石畳は暑い。だが反対に、ボンルの頭は少し冷えているようだ。心が冷えているのか。

 ピメウやゼヤンが自分より強いと言われて、すぐに否定の言葉を返してこない。

「……そうか」

 やけに物分りがいい。というか気持ち悪いくらいに素直に引くボンルの態度がおかしい。

 そういえばゼヤンの息子クスラも、ピメウのことは苦手そうにしていた。


「ボンルより強い竜人って、ピメウ?」

「あれは俺らの世代より上だから比べる相手じゃねえんだよ。それにあれはちょっと色々と異常だし普通じゃねえし」

 どういう理屈なのか、世代別最強ランキングなのか。

 というかピメウは竜人族の中でどういう扱いになっているのか疑問も湧いてくる。

「あいつ矢が刺さんねえんだぞ、間近でまともに腕で受け止めて。気合だとか言って」

「そんな人がいるわけないじゃない」

「いやほんとに、これはマジなんだって」

 ボンルがあまりに切実に訴えるので、アスカはピメウの様子を思い返して想像してみた。

 そういえば異常な強化筋肉女だった。見た目はそうではないが、筋力の異常さには心当たりがある。

 思い込みも激しい性格だったような気がする。気合で矢くらい跳ね返すかもしれない。


「……ええと、ぱっとしないヒュテ・チザサと、荒くれ者のヤルルー・プエム? それともう一つはなんだったっけ」

 ボンルの言葉を受け入れるのも癪だったので話を戻す。

「あとはヘロ商会のジョラージュ・ヘロってえのが御三家の当主になりやす。ヘロの家はまあ特に何も。調整役ってやつで、町のバランスを保とうって感じで評判は悪かあない」

「さっきのイオックさんもヘロ商会と付き合いのある船主なんだぜ」

 大きいとはいえ限られた港町なのだから、少し手広く商売をやっていたらそういう繋がりはあるものなのだろう。

 むしろ、御三家やら七家やらの息の掛かっていない商売人などいないのかもしれない。


「まあ御三家の連中と関わるなんざ普通はねえさ」

(ああ、またフラグを……)

 簡単に言うボンルの言葉に、つい吐息が漏れる。

 変な流れできっと何か係わり合いになるのではないかと。

「御三家は商売人の元締めみたいなもんだからな」

「個別の人間の売り買いに関わるようなことはない、ってことか」

 フィフジャはボンルの説明を聞いて頷いていた。

 実際、町の有力者などと直接話すような機会は、行きずりの旅人にはないものなのだから。


「それよりか七家のほうだな、その黒鬼虎の毛皮を売るってんなら。末端の商店じゃあ話になんねえ」

「まあ七家も色々ですがね」

 ツウルウが含みのある言い方をして笑う。

 表情を抑えた笑みが、小悪党っぽさをより強くしていた。

「気をつけることがあれば言ってくれ」

「まあそんなほどでもないですがね。奴隷商が主なロファメト一家に持ち込むって話もないでしょうし」

 奴隷商。

 確かにそんなところに行く必要もない。


 ふと、アスカの手に少し冷たい感触が触れた。

「…………」

 それまで黙っていたクックラだった。

 不安を感じたのかアスカの手を握る。

「心配することなんてないの」

「……ん」


 そういえばクックラの身の振り方はどうすればいいのだろうか。

 何となく拾ってしまったが、さすがに人間の子供を迷い猫のように飼うわけにはいかないだろう。

「クックラ、ええと……元の村には誰か、他に家族がいるの?」

「……ううん」

 首を横に振る。

 父親と兄は亡くなった。どうやら母親は既にないらしい。

「ああ、農園の子供は里に返せば他の連中が面倒見てくれるぜ。人手は必要だし、そもそもメシは配給だからな」

「そう……」


「アスカ」

 フィフジャがアスカの名を呼んだ。

 彼を見ると、唇を真一文字に結んで、やはり首を横に振った。

 わかっている。ペットを飼うわけではないのだ。境遇を哀れんで養ってやろうなんていう考えは間違っている。

 妹ができたみたいでお姉さん気分というのも悪くないと思ったけれど、それはアスカの傲慢でしかない。

「じゃあ、元の村まで送ってあげないと」

「そいつぁ俺様が引き受けてやってもいいぜ。船団の出発は五日後みてぇだからな」

 先ほどのイオックとの話の中で、出発の日時はそう聞いていた。

 五日後に、交易船が一斉に出発する予定。

 船団とは言ったが、それぞれ別の船主が出す船だ。大きなところで三隻の船を持っている船主もいるらしいが。


 航行の安全を少しでも高める為に皆が一緒に出航するのだそうで、緊急時にはお互いに助け合うこともある。

 天候、海図、危険な海の魔獣や予期せぬトラブルなど、助け合っていかなければ乗り越えることが難しい。

 そういった慣習を守らない船については、他からのフォローも受けられず、魔獣の襲撃の際に盾のように使い潰されることもあるとかで、今ではそんなバカはいないらしい。

「……ちゃんと送ってくれるの?」

「俺様だってそんなガキ拾っても困るだけだ。ああ、送ってやる手間賃はお前らが払えよ」

 思いついたように言ってから、自分のその言葉に満足したのかにやっと笑おうとした瞬間。


「あぁーっ! バカボンルだ最悪ぅ!」


 唐突に響く甲高い声。

 人々の行き交う中で、間違いなくボンルという人間を示した大声を上げた女に、全員が一斉に目を向ける。

「うげっ、ダナツんとこの小娘」

 港に向かう広い道に沿って倉庫のような建物が並んでいた。その合間から出てきた短髪栗毛の女がボンルを指差していた。

 年の頃は二十歳前、といったところか。


「誰が小娘よ誰が! 手間賃とか言ってたけど、あんたうちに借金返しなさいよ」

「う、うるせぇ! 金なんて借りてねえだろうが」

「その空っぽの頭じゃ覚えてないかもしれないけど、うちの荷物間違えて他の船に積み込んだ分の損害を返しなさいっていってんのよ!」

 ずかずかとボンルに詰め寄ってきた女が、人差し指でボンルの眉間を突きながらまくし立てる。

 そして顔をしかめた。

「う、くっさぁい。あんたたまには体洗いなさいよね」

(完全に同意する)

 アスカでさえ少しは配慮して直接的なことは言わなかったのに、この女はなかなか見所があるのではないか。

 頷いているアスカの横で、ヤマトは何とも気まずそうに視線を下げていた。


(でもまあ小娘呼ばわりで怒っているようじゃ子供ね。私なんてずっとクソガキ呼ばわりだし)

 とりあえず忍耐力では勝っているな、ともう一度頷く。

「るっせえぞ小娘! そんなんだから嫁の貰い手もねえんだよ」

「んなっ!?」

「うちのサトナの結婚にてめえの意見は聞いてねえんだがな、ボンルよぅ」

 ぬっと、その女の歩いてきた方からもう一人、小柄だけれども筋肉の塊のような壮年の男が現れた。

 それに続いて男が二人と女が一人。

 長いうねるような黒髪に褐色の肌の女と、軽薄そうな笑みを浮かべた若者。それと無骨な印象の無表情の男。

「うげ、ダナツ……」


「お嬢、不用意に近づくんじゃあないよ。感染るからね」

 褐色の女がボンルに詰め寄っていた女の腕を掴んで引き戻す。サトナと呼ばれた小娘と比べると頭ひとつ以上背が高く、声は低く迫力がある。

 何が感染るんだろう。臭いなのか、何か得体の知れない病気だろうか。

「バカが感染るからね」

「それは困るわ」

 彼女の言葉に応えたのは、そのお嬢さんではなくアスカの方だった。

 軽口を叩かれたのかとアスカを睨む褐色の女だったが、アスカが本気で嫌そうにボンルから数歩距離を離したのを見て、困惑の表情を浮かべた。

 ボンルの仲間なのかと思ったけど何か違う、というところ。


「知り合い、か?」

 フィフジャが尋ねたのはツウルウにだった。

 ボンルに尋ねてもまともな返答があるとは思えないし、ウォロでも同じだろう。

「へえ、まあ。ってもあっしは名前くらいしか知りやせんがね。ダナツ・キッテムとその娘のサトナ・キッテム。後はそこの下働きのメメラータと……忘れやした」

「俺っちはケルハリっすよ。こっちの無愛想なのがボーガ」

 ツウルウの言葉に続けたのは、相手側の軽薄そうな若者だった。ケルハリと名乗ったか。

「……見ない顔だな」

 ぼそり、とボーガと紹介された無愛想な男が喋る。

 見覚えがないのは当然だ。アスカたちはつい先日初めてノエチェゼに来たのだから。


「ってそれ、銀狼なの? 本物?」

『クウ?』

「グレイよ。私の家族」

 さきほどボンルに突きつけていた指でグレイを指したサトナ・キッテムに対して、厳しい表情でアスカが間に立った。

 どうして誰も彼もグレイを見ると珍獣みたいに指差すのか、と。

「ああ、ええと……そうなの、ごめんねお嬢ちゃん」

「…………」


 むう、と睨むアスカにフィフジャがぽんぽんと肩を叩いた。

 敵対しても仕方ないのだからそんなに怒るな、と。

「俺はフィフジャ。こっちの二人はヤマトとアスカだ。ノエチェゼは初めてなんでここの作法は知らない」

「作法なんてぇ大したもんはねえ。筋を通すかどうかって話だけだ」

 ふん、と鼻を鳴らしてダナツは港の方に歩き出した。


「ボンルよぉ、樽三つ分の香辛料。きっちり金貨1枚分払ってから顔出せや。次に手ぶらで会ったらぶっ殺すぞ」

「た、たけえだろ。普通は樽一つで銀貨1枚じゃねえか!」

「リゴベッテに持っていきゃあ一樽(ひとたる)で金貨1枚になるんだ。俺ぁそっちの値段でもいいんだぞ」

 なんて良心的な割引価格なのだろう。

 通常なら一樽がここで銀貨1枚ということだから1万クルト。樽三つ分ということだから3万クルトの原価。

 リゴベッテに持っていったら金貨1枚ということは10万クルト。樽三つ分で30万クルトで売れることになる。

 どうやらボンルのせいで3万クルトの商品を失い、27万クルトの利益を出し損ねたのを、賠償金として10万クルトで許してくれるということだ。

 そう思えば、このダナツという人はいかつい顔の割に優しいのではないかと。


「そのせいで向こうでの仕入れも満足にできなかったんだからな。おめえの首くらいじゃあ収まらんぞ」

 歩き去りかけたダナツだったが、顔を半分だけボンルに向けてぎろりと睨む。

「そうよ、去年はそれで大変だったんだから」

 香辛料を売った金でまた向こうで何かを仕入れてこちらに運んでくる。

 そういう算段が狂ったせいで、単に香辛料の取引分以上に損を出したことになる。

 冬は船を出さないということになれば、乗組員の賃金も含めて一回の航海でどれだけ利益を稼ぐかということが重要というか死活問題だ。

「わ、わるかったって言ってるだろ」

(言ってないよね、少なくとも今は)

 ボンルが謝罪の言葉を搾り出す程には迫力のある眼光だったが、興味を失ったようにふっと反らされた。


「てめえに詫びられたところで何にもならねえ。とにかくさっさと金の工面するか、さもなきゃうちの船で……ああ、そいつはいらねえや」

 ただ働きしろ、とでも言おうかと思ったのか。だが自分で言いかけてデメリットの方が大きいと考えたらしい。

 その判断には正しいとアスカは思う。ロクな結果にはなりそうにない。

「一度に返せねえにしても少しは返す気持ちくらいみせやがれ。次に俺の機嫌が悪かったら本当にぶっ殺すからな」

「べぇーー」

 ダナツに続いてサトナが舌を出してから去っていく。連れていたメメラータ、ケルハリ、ボーガも続いていった。



 彼らの背中が建物の影に消えていってから、ぼぶぅーと空気が漏れる音がした。

「こ、こわかったんだなぁ。ダナツさん」

 それまで黙っていたウォロの尻の穴からガスが漏れる音だった。

 近くにいたボンルを初めにツウルウもフィフジャも、小さく呻いてウォロから離れる。

「そうだけど……って、ちょっともう、ウォロってばおかしい」

「ん、んっ」

 アスカとクックラが笑いを堪えきれずにくすくす笑うと、ウォロが照れくさそうにえへへと笑った。

 緊張から解放されたと思ったらおならが出ちゃったというわけで。


 アスカたちに釣られて他の面々も微苦笑を浮かべる。

「まさに船乗りって感じだったね、あのおじさん」

 憧れるというわけでもないだろうが、ヤマトは感心している様子だ。

「あんな野郎の船に乗せられたら、干からびるまで働かされるぞ」

「じゃあお金どうするの?」

 ヤマトの質問に、うっと言葉に詰まるボンル。

「……まあ、そのうち返すさ」

(返すのね。あのダナツとかいう人、怖そうだったから)

 ばっくれるという選択肢が出てこないのがボンルらしいというか。誠実な人柄というのではなくて、小物っぽさというか。借りを返さないよりは良いと思うが。


 しかし、本当に機嫌が悪い時に出くわしたら殺されちゃうのではないかとも思う。

「あの人、脅し文句だけで殺すって言ってた感じじゃなかったわよ。多分、殺すって本気で思った時には既に体が動いてるってタイプ」

「ば、バカ言うなよ。いくらなんでもいきなり殺したりなんか、なあ」

「……だといいですがね」

 同意を求めたボンルに、ツウルウは希望が薄そうな答えを返すだけだった。

「あっしはその荷運びには関わってないんで、そこんとこだけはよろしく」

「薄情じゃねえか、ツウルウ」

「命までは預けられねえですぜ。あのダナツの旦那はおっかねえし、下の連中もかなりのやり手ですからね」


 一緒にいた下働きの三人のことだろう。確かに船乗りというよりは戦士という印象を受けた。ケルハリとかいう軽薄男以外は。

 専業の水夫というわけではなく、荒事などもこなす傭兵的な職種として仕事をしているのだ。

「あのメメラータって人に勝てる?」

「なんであの女限定なんだよ」

「竜人だったから。ボーガって人もそうだったけど」

「あいつらは、ピメウに比べたら弱えよ」

 ボンルは二十歳前後。ピメウは二十代後半。メメラータやボーガはピメウの世代になるらしい。


「どうやって強さを見分けてるの?」

 アスカは先ほどから疑問に思っていたことを聞いてみる。

 戦闘力を測る機械だとか、そういうものを感じる感覚器官があるのだろうか、と。

「全竜武会って言ってな。四年に一度、竜人族が互いの集落の腕自慢を集めて武闘大会をしてるからよ」

「ボンルさんは前の全竜武会で準優勝してんだぁ」

 へえ、とフィフジャが声を漏らした。

 自慢げに言ったウォロと対照的に、よほど自慢しそうなボンルの方が居心地悪そうに顔を歪めていた。

 なんだろう、不正でもしたのだろうか。

「そういうのはいいんだよ」

「優勝したのはピメウなの?」

「あーそいつは違う。全竜武会はその年の十五歳から二十歳までの年齢だけって決まりだからな」

「ああ、それで世代ごとってわけね」

 納得がいった。年齢制限のある武闘大会で序列を決めているというわけだ。


 四年に一度の大会で、参加の年齢は五歳の上下がある。

 おそらく十五歳で参加する場合と二十歳で参加する場合の肉体的な有利不利を加味してのことなのではないかと想像する。普通なら二十歳の方が有利だ。

 とりあえず、メメラータやボーガの世代にはピメウという非常識な参加者がいたということで、彼らが弱いということにはならない。

「それって僕は出られない?」

「竜人族じゃねえだろ。聞いたことがねえな」

 ヤマトが武闘大会的な展開に参加を希望するが、前例はないらしい。

「まあ確かに坊主ならいい線いくんじゃねえかとは思うけどよ。どっちにしても次は来年の冬だぜ」

 その時点でこのズァムーノ大陸にいる予定ではない。ヤマトは残念そうに顔を下げた。


(バトル漫画展開を期待してるとか、本当にヤマトってば男の子なんだから)

 子供っぽさに呆れる反面、その気持ちが少しはわかる。アスカも同じ漫画を読んで育っているのだから。

 一回戦から優勝候補を相手にするなんて、とか、次は無名なのに不気味に強い奴が対戦相手だぞ、とか。

「大会から数年過ぎてたら強さも変わるんじゃないか」

「そりゃあそうだがな。それでもどっちも鍛錬を怠ってなけりゃあ大して差は縮まらねえさ」

 フィフジャの言葉に、肯定と否定の言葉を返すボンル。

 成人するまでも戦う力を鍛えていて、それからも同じ年数を鍛えていたら実力差は大きく変わらない。

 自分に合った戦闘スタイルを見つけて劇的な変化でもあれば違うかもしれない。


 アスカ達は知らないことだが、ピメウが村で物資の管理などの役割をやっていたのは、筋肉バカ過ぎたので少しは数字を数える知能も養えということでゼヤンから指名されていた。


「その全竜武会に出る機会はなさそうね。とにかく私、海を見てみたいのよ」

「あのダナツって人たちも港の方に行ったみたいだけど」

 既に姿は見えないが、同じ方向に向かうとなるとボンルの顔色は青黒くなる。

「港も広いんで、キッテムの船の方に行かなけりゃ出くわすこともねえと思いやすがね」

「……だな」


「何にしたってダナツ・キッテムの旦那には近づかない方がいいですぜ」

「?」

 ツウルウの言葉に、ダナツが荒っぽい船乗りだからという以外の理由を感じる。

 アスカたちの視線を集めて、ひひっと笑って肩を竦めて見せた。

「奴隷商人ロファメトと馴染みでやすからね」

 あまりお近づきになりたくない組み合わせだった。


  ※   ※   ※ 


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