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ノエチェゼ


「フィフジャ、お前がやってみろ」

「…………」

 頷く。


 逆らっても意味がない。

 期待されているわけではない。フィフジャなら出来るという確信があるわけでもないのだろう。

 今の段階でこの程度のことは出来るのか。出来なければ今この時でなくともいずれ死ぬだけだ、と。

 運の良し悪しもフィフジャ次第。師匠としてそんなことまで考えてやる義理はない。

 師との関係は、そういうものだった。

 今まで見てきて身につけた技術を使ってやってみろ、と。

 親切にやり方を教えてくれたことはない。ただ普段から見てきた師のやり方を模倣する。


 魔術については才能がないと呆れられた。

 火種を起こす程度の術さえ使えない。訓練してもその状態というのは才能がないと言うより他になかった。

 あまり効率的ではないということだったが、代償術という使い方を見せてくれた。

 それはフィフジャの心にすとんと落ちるところがあり、すんなりと身につけることが出来た。

 ただ、魔術士としての才能は最低ということで、それ以外の技術を身につけるようにと方針を定められた。

 生きるための術は、魔術だけではないのだから。



 そういえばあの頃は無口だった。

 今更思い出したのは、クックラの口数の少なさに当時の自分を思い出したからなのか。

 ただ、フィフジャは今更に思うのだ。

「もうちょっと優しく接してくれてもよかったんじゃあないか」

 当時は言えなかったそういう不満があるから、ヤマトとアスカには過保護になっているのかもしれないな、と。

 

  ※   ※   ※ 


 夜の港。

 波の音と、遅くまで灯りの消えない酒場の喧騒。


 ノエチェゼは大きな港町だ。人口は町の管理者に把握されているだけで五万人だと言われる。

 定住していない船乗りや近隣の農園、村々から訪れている者、町として望まれない立場の食詰め者といった人々も合わせると七万人を超えるのだとか。

 町は評議会というような有力者の合議制で運営されているという話だ。

 ヤマトには少し意外だったが、地球でも二千年くらい前から議会制のような仕組みはあったのだったか。

 評議員は世襲というから民主制ではなく貴族政治ということだ。


 ヘロ、プエム、チザサという三つの有力な家と、それに次ぐ七つの家の代表者が、町のバランスを見ながら取りまとめたりしているらしい。

 ボンルのあやふやな話と、ツウルウの補足説明でそう理解した。

 岩千肢との戦いなどで想定の時間を過ぎて、日が沈んでから町に到着することになった。

 町の規模は、ヤマトたちの想像をかなり超えて大きい。

 ヤマトもアスカも、自分たちが世間知らずだと思い知らされたのだった。



 ノエチェゼの町に入った――と思ったのは勘違いだった。

 廃材を集めて作ったような建物やらが道の周りに増えてきて、ひどく貧しい村にでも来たのかと思ったのだが間違っていた。

 それはノエチェゼの周囲に住み着いた人々の暮らす場所で、それらをしばらく進んでからノエチェゼの門があった。

 最初に見たのは貧民街ということか。

 門の傍には衛兵が立っていたが、一瞥するだけで止められなかった。

 浮浪者のような人間であれば追い返されるのだということだったが、ヤマト達はそれなりに身なりが整っている。

 クックラはひどい服装だが、ヤマト達が連れていることで奴隷か何かだと思われたようだ。


 町に入ってからしばらく商業的な施設はない。兵士の詰め所のような建物と、後は民家のようだった。大体が石造りの建物だが。

 道幅は広く、朝になれば出店をやる人が道の脇に現れて市場のようになるのだとか。

 町の外の貧民も、外で取ってきたものをそうやって売ったりして生計を立てているらしい。

 思った以上に歩いてから、酒場の明かりやら宿として営業している建物が見えてきて、それらを何件か当たってみた。

「グレイを連れて泊まれる宿があってよかったね」

「ちょっと高いけどな」


 ――騒いだり他の客の迷惑にならんのであれば構わん。


 無骨な印象の宿の主人にはそう言われたので、そのまま部屋に連れてきた。

 屋内でも基本的に土足なので問題ないだろう。毎日掃除をしている様子ではないので、衛生的にもさほど気を使うこともない。

 ただ料金は割り増しだったように思う。グレイも一緒に泊まりたいと伝えてから金額を言われるまで数秒の時間があった。一部屋で四人と一匹だ。ベッドは二つしかないがまあ仕方ない。他の相部屋よりはいい。


 ヤマトにはこの世界の金銭感覚がわからないが、とりあえずゼヤンからもらった金でしばらく宿泊するくらいは問題ないらしい。

 その間に黒鬼虎の毛皮を買い取ってくれる先を探して交渉。

 同時にリゴベッテに向かう船の算段もつけなければならない。

 宿には風呂もあった。ただ大きめの桶に水を溜められる小屋が裏にあるというだけなのだが。

 それでもアスカとすれば満足だったらしく、今はクックラを連れて水風呂に入っている。

 グレイはその屋外で見張り番だ。不埒な輩が覗きにくるのではないかと。

 石造りの建物に、木で出来た通気用の窓。ガラスはない。

 ノエチェゼにはそんな造りの家が多かった。



「結局、お金払ったんだ」

「今夜の酒代程度だけどな」

 ボンルたちはフィフジャが礼にと渡した金を受け取って去っていった。また明日来るということで、普段寝泊りしているというウォロの家に帰っていった。

 時計のないこの世界での時間の感覚はわからないが、日が昇ったら活動時間なのだからそれが基準になるのだろう。地球で言えば早朝だが。

「わりと強かったね、岩千肢」

「アア、ウマカッタデス。モウイイデス……」

「そっちじゃないよフィフー」

 目がうつろになって妙な返事をするフィフジャに帰ってくるよう呼びかける。

 妹の悪趣味のせいで保護者の心にトラウマを植えつけてしまった。食べ物に困っていない時にゲテモノを食わせるのはやめてあげてほしいのだが。


「あ、ああ、強かったな」

「いきなりあんな大物と当たるなんて、どんだけ運が悪いんだか」

「それは違うと思うぞ、ヤマト」

「どうして?」

「先にもっと小さくて弱い岩千肢を見ていたら、あのスピードを想像できずにやられていたと思うんだ」

 未知の生き物と初めて対峙した緊張感と警戒で、あの速度に対応できたのだと。

 もっと弱い個体に先に出会っていて、その速度を基準に対応していたら、想定している動きとまるで違っていて悪い結果になったのではないか。

「そうかも。でっかくなって鈍くなっているとか思い込んで戦っていたら死んでたかな」

「先入観で判断すると失敗する。まるで知らない敵だと思っていた方がいい」

 生き物なのだから個体差がある。性格も違えば癖だってあるだろう。

 習性は覚えておいて損はないが、思い込みで対応すると怪我ではすまないかもしれない。


 そういえば大森林でも、アスカが慣れているはずの石猿相手に反撃をくらっていたこともあった。

「だけどよく倒したな。一番でかいののスピードは《朱紋》並みかと思ったくらいだ」

「いや、そこまでじゃなかったし。それに、後ろ足で体を固定しての攻撃だから、軸っていうか動きの線は予測できたよ」

 《朱紋》の速度はもっと速かったと思う。

 あとはそれこそ習性なのだろうが、後ろ足は大地を掴んだまま行動していたので、その態勢からの攻撃なら払いか突きのどちらかだと予測して見ていた。

 薙ぎ払いを連続するか、こちらが止まった所に真っ直ぐ突きをするか。

 回転を止めて身構えたから突きだと見切って回避しただけ。反撃はちょうどうまく刺さってくれた。


「いや、あのな……そんなに簡単に言うけど、命のかかってるやり取りの最中に相手の動きを冷静に見るって難しいんだぞ」

「命がかかってるんだから、ちゃんと敵の動きを見ないとダメじゃないの?」

 半分呆れた顔をするフィフジャに聞き返してみるが、完全に呆れた顔をされただけだった。

 おかしい、父や母に教わったことを実践しているだけなのだけど。

 相手の動きをきちんと見ていれば、致命的な傷はおおよそ避けられる。反撃の糸口もある。

 今回もその基本を守って、それに沿った戦い方をして勝利した。

 実は巨大岩千肢の動きが単調になった理由には、アスカの鉈で尾のほうを傷つけられた為、そちらを庇っていたということもあったのだが。


「まあいい、俺らも水浴びしてこよう。さすがに汗のべたつきも酷い」

「うん」

 アスカたちの話し声が聞こえてくる。風呂を終えて戻ってきたのだろう。

 泥だらけだったクックラが、汚れを流してアスカのシャツを被って帰ってきた。

 アスカのシャツが大きいので太腿あたりまで隠れているが、下はどうなっているのだろうか。穿いているはずだ、倫理的に。妹の倫理観を信じ……信じ切れない。


「ああ、綺麗になったな」

 フィフジャの言葉に小さくうなずくクックラと、顔を見合わせるヤマトとアスカ。

「もしかしたらSHINDERERAみたいなBISYOUJOだったり、とか思ってた?」

「別に思ってない」

 いちいち日ノ本語で言ったあたりに妹の性格の悪さを感じる。

 灰被りならぬ泥まみれの少女をお風呂に入れたら美少女に様変わり、なんてことを期待していたつもりはない。

 パンツを穿いているのかどうか心配していただけだ。アスカの良識を疑っているとも言ってもいい。


「お前、失礼だぞ。()()()()()()()()()()じゃないか」

「そのヤマトの言い方もずいぶんだと思うけどね」

 ふーんと顔を背けるアスカと、もぞもぞと落ち着かない様子のクックラ。

 泥を落としても茶色の肌は、日焼けだけでなく元々の肌色が浅黒いのだろう。

 食生活が良好ではなかったのだろうが、体型は非常に痩せている。痩せてはいるが輪郭は丸顔というかタヌキ顔というか。

 髪は灰のような色をしていて、くるんと回るような癖っ毛だ。

 美少女だと言うと嘘になるが、普通だとヤマトは思う。普通がいい、安心する。


「短くしたのか」

「そうよ、似合うでしょ」

「お前に言ったわけじゃないぞ」

「あァ?」

 闇の底から響くような低い声でヤマトに殺意を向けるアスカの様子にクックラが怯えるのではないだろうか。


 クックラの髪は、出会った時は適当に伸びているだけだったが、今は首周りまでに切りそろえられている。長めの前髪で目が隠れているのは恥ずかしがり屋な印象を受ける。

 アスカの黒髪も、背中まで伸びていたのが肩辺りまででばっさりと切られていた。

「はいはい似合ってる可愛い可愛い」

「だって、よかったね。クックラ」

「ん……」

(今のはお前に言ったんだって、適当な生返事だったろうに)

 はあ、と溜め息をつくヤマトにフィフジャが首を振った。

「ヤマト、女の子を褒めるときにそんな適当な言い方は良くないぞ」

「この流れで責められるのは僕なのか?」

 納得がいかない。正しい意見かもしれないが、納得はできない。


「女心がわかんないんだよね、ヤマトは」

「お前が僕をからかって遊んでいるのはわかっているんだが」

「何言ってるのかわかんない」

 ねーっとクックラに同意を求めている姿を見るに、ご機嫌な様子だ。

 町について風呂に入ったことで多少は気が楽になったのかもしれない。実際、ヤマトも少し気が抜けている。


 目標に確実にひとつ近づいた。

 それと、今日は少しはマシな環境で休める。

「クックラ、ごめんな。アスカが勝手に無理やり切ったんじゃないのか?」

「ん」

 否定はしない。

「……え、いや、ほんとに?」

 まさかよその家の娘さんの髪を勝手に切るとか、兄として本当に申し訳ない。

 普通やらないだろう。普通……ああ、普通じゃないんだった。天才妹さんは。


「いいじゃん、こっちの方が」

 実行犯は全く悪びれていない。清々しいほどに。

「お前は少しは反省しろよ」

「許可は取ったわよ。切るからねって」

「それは許可を得たとは言わないだろ」

 これ以上問答していても仕方ないので、溜め息混じりにもう一度クックラにごめんと謝った。

「ん、平気」

 とりあえず本人は気にしていないようだし、実際に前より外見的には清潔感のある様子になっている。

 押し付け気味だが善意での行動で、結果もプラスに作用しているようだ。


「HASAMI、貸してくれ。僕も風呂で切ってくる」

 ヤマトの荷物の中にもあるのだが、いちいち出すのも面倒なのでアスカのものを借りることにする。

「それならヤマト、俺のも頼めるか? 君らのその……はさ、みか。髪を切るのに最適だ」

 フィフジャの言葉に、クックラも小さく頷いていた。

「そうなの?」

「切れ味悪い刃物、だと、髪を引っ張って、切る……いたい」

 ぽつりぽつりと話すクックラの言葉に、アスカもヤマトもそんなものかと理解する。

「今日は、いたくなかった。だから平気」

 伸ばしていたわけではなく、髪を切る際の苦痛を嫌っていたらしい。無表情ではあるが、さっぱりして気分が良いのかもしれない。


 こちらにはハサミに相当するものがないのだろうか。

「もっと大きな、交差する刃物はあるんだがな。背の高い作物を切るのに使うけれど、こんな小型のものは見たことがない」

 用途が違うものであれば存在するらしい。

 両手で扱うような大鋏なら、それで髪を切るという発想にはならないだろう。うっかりすれば首が飛びそうだ。比喩ではなくて。

「いいよ、フィフのも切ってあげるから」

 アスカからハサミを受け取りながら言うヤマトに、アスカがにやにやと悪い笑顔を浮かべていた。


 なんなんだ、この笑みは。と不審に思わせる表情で。

「失敗、したらダメだよ。絶対だからネ」

「お前な、アホなフラグ立てて楽しいのか」

「とっても」

 この妹の期待だけは裏切っておきたいところだ。

 ヤマトは気合を入れて風呂に向かうのだった。


  ※   ※   ※ 


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