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大森林の妖魔

 異常な静けさ。

 先ほど川で濡れた服が、夏だというのに寒気を覚えさせる。

(今の妖魔の影響ではない?)

 異常な個体のために他の生物が鳴りを潜める、ということがあるかもしれない。

 だがそれが、煤け鬼ではないのだとしたら。

「…………」


 荷物を手にする。すぐにここを離れたい。

 川に沿って北に進む。きっともう少しだから。

 もう少しでゴールだから。

 そんな思いで歩き始めた一行の前に――



「止まれ」

 グレイが低く顔を伏せ、唸り声を上げた。森の木々の中だ。

 フィフジャの指示を聞くまでもなく、ヤマトもアスカも止まっている。

 だが荷物は置かない。逃げるという選択も捨てていない。

「……」

 森の木々から姿を現したのは、フィフジャより頭ひとつほど大きな石猿だった。

「……石猿、か」

 群れのボスの石猿。だが石は手にしていない。

 白っぽい毛並みで、威嚇するわけでもなく中腰の姿勢でフィフジャ達を睥睨する。

 子分の石猿の姿が見えない。


「群れが……あ?」

 木々の奥から、もう1匹の石猿が姿を現す。

 大きさは、最初のと同じような、フィフジャより頭ひとつ大きいような。

 ボス石猿が2匹。

 確かに異常だ。並び立つところなど今まで見たことがない。

 だとしても――

「フィフ」

 アスカの声にそちらを見ると、横の茂みからも同じくボス級の石猿が、2匹……そしてさらに1匹。

 見回せば後ろからも、川の向こう岸からも、同じようなボス級の石猿の群れが姿を現す。

 見えるだけで軽く10匹を超えた。


「なんて……」

 1匹ずつなら大した問題ではない。2匹でも対処できるだろう。

 だが、このボス級の石猿が10匹を超える群れで一斉に襲ってきたなら。

(対応しきれない)


 石猿の数は多い。この森に広く分布している。

 それは彼らが、森で生きるのに適応した種族だからだ。

 ヤマトやアスカの戦闘力に勝てるわけではないが、それでも油断をしていい相手ではない。

 ボス級の石猿の腕力はヤマトより上だし、身軽さはアスカを上回る。

 それらが数を頼みに襲撃してくるというのは、数が少ないフィフジャたちにとっては圧倒的な不利。

「1匹ずつ倒しながら、逃げる」

 それしか方法がなさそうだ。固まって、ばらばらにならずに。


 じりじりと北方向に進もうとして、呼吸を整える。

「?」

 そちらに待ち構える大石猿の2匹が、不意に道を開けるように左右に離れるのを見た。

「なに?」

 通してくれるのか、と一瞬期待する。

 だがもちろん違うはずだ。

 2匹が開けたのは、後ろからくる何かのための場所。

 普通なら群れのボスを張るはずの大石猿が、その場所を譲るほどの何か。


「…………」

 息を呑む。

 そんなフィフジャの心臓を跳ね上げるように、だが軽やかな身のこなしで、木の上から降ってきたそれが大地に立った。

 たむ、というような着地音。

 降り立ったのは、息を呑むような巨躯。

 ボス級石猿を超える、さらに頭ひとつ半ほど大きな体。

 胸の辺りから耳に向けて、赤毛――赤い毛並みはメスだという話だが、襟のように赤い体毛が胸から耳にかけて鮮やかに彩られている。


 炎のような(たてがみ)


 こういう場合も鬣と呼んでいいのだろうか、とフィフジャはどうでもいいことを思った。

 全体的には白っぽい毛並みに、鮮やかな赤毛が紋様を描く巨大な石猿。

「朱紋」

 なるほど、言われれば納得する。

 そう呼ばれるに相応しい、雄雄しい――というのがこの場合正しいのかわからないが、勇壮たる姿の巨大な石猿の妖魔だった。


  ※   ※   ※ 


 妖獣と妖魔の違い。

 それは賢さだ、とヤマトたちはフィフジャから説明された。

 だとすれば、先の煤け鬼は、その前に見た金色の四足の妖獣黄狢(こうばく)と比べて賢かっただろうか。

 そういう様子はなかった。本能のままに戦う姿は、獣と変わらなかった。

 妖魔《朱紋》と混同したフィフジャが妖魔だと決め付けただけで、あれは妖獣に分類されるべきなのだ。


 こうして本物の《朱紋》を目にすれば、その違いはわかる。

 ヤマトにもわかる。

 この巨大な石猿の瞳に知性があることがわかる。

 ヤマトたち一行をどうするか思案している。

(これは、ちょっと桁が違う)

 本来なら争い合うはずの成体になったオスの石猿が従属している。

 規律を守るかのように、勝手に襲い掛かったりせずに取り囲んでいるのだから、その統率力は尋常ではない。

 当然、その力量もそれに見合うものなのだろう。

 ボス級石猿が束になってかかっても敵わないくらいに。

 あの巨体で軽やかに樹上から飛び降りてくるのだから、身体能力が低いはずもない。


「ヤマト、アスカ」

 フィフジャが冷や汗を流しながら言った。

「走れ」

「フィフは?」

「……なんとかする」

 嘘だ。馬鹿にされているのだろうか。

 なんともならないからそう言っている。フィフジャは馬鹿だと思う。そんなので納得できるはずがない。

 追い詰められて、適当な言い訳が思いつかないくらいに切羽詰っているだけか。


「だめだ」

「ヤマト」

「むりだ。にげるの、むりだ」

 この状況で、たとえ何かフィフジャに奥の手の必殺技のようなものがあったとしても、走って逃げ切ることは無理だろう。

 森の中で、サルと追いかけっこで勝てると思うほどヤマトも馬鹿ではない。

 グレイだけなら逃げ切れるだろうが、ヤマトとアスカでは無理だ。

 選択肢として愚策。

 どちらかが滅びるまで戦う、と言うほうがまだ生存確率があるかもしれない。

 フィフジャも自分の言っていることの無謀さはわかっているのだろう。それ以上は何も言わない。


「あかいの、たおす。そうしたら、さるがたたかう」

 アスカの提案。

 朱紋を倒してしまえば、他の石猿が統率を失って仲間割れをするのではないかと。

 可能性としたら低くはないかもしれない。絶対的な王を倒せば混乱する。

 そういうヤマトたちの相談を理解しているのかどうなのか、朱紋は赤茶色の目で眺めながら、指で己の赤い毛を梳いていた。


『ボウ』


 朱紋が、何事か口にした。低く、静かだが、なぜか遠くまで響く声。

 ボス石猿……いや、大石猿たちが互いの顔を見合わせて、もごもごと何かを言う。


『ボオ』


 再度、朱紋が言葉を発すると、静まった。

『ウギッギィ!』

 ヤマトたちの斜め後ろにいた1匹が、大きな声を出す。

 はっとそちらを見ると、その大石猿が掴んだ大き目の石を投げつけてきた。

 密集していたヤマトたちの中央に。


「よけろ」

 咄嗟に散らばる三人と1匹に、投げつけた大石猿が踊りかかってきた。

 一番近くにいたアスカに。

 そこへ電光石火の勢いでグレイが駆け出した。

『ギギィィィ!』

『ガアァァッ!』

 掴みかかろうとする大石猿の手をかいくぐり、グレイの爪がその腹を裂こうとした瞬間。

『ウゲッ!?』


 大石猿の体が消えた。

 グレイの爪が空を切る。


『ッ⁉』


 グレイが、空を切った自分の爪を信じられないというように息を漏らした。

 ヤマトとフィフジャも、動きを止めて自分の目を疑う。

『ボウ、ボォ』

 踊りかかってきた大石猿の体は、グレイが切り裂いた空間よりもずっと後ろに瞬間で移動していた。

 その頭を、朱紋に掴まれて。


 グレイの攻撃よりも早く、あの朱紋は高速で移動して、その頭を掴んで押し戻したのだ。力ずくで。

 弾丸のような速度でヤマトたちの横を吹っ飛びながら大石猿を捕らえていった姿を見ていたが、早すぎて何がどうなったのか理解が追いつかない。

「はやい」

 なんてもの言葉で表していいのか。


 さっきいた場所は?

 と振り返ると、朱紋の両脇にいた大石猿が仰向けになって足を伸ばした姿勢になっていた。

(遊んでる?)

 はずがない。

 何かを、その足の裏で蹴り出した後のような姿勢だ。背中で地面を擦ったような跡もある。

 大石猿2匹がカタパルトのようになって、朱紋を打ち出した。

 自らの蹴る力と、後ろから押し出す力で倍の推進力で飛び出したというわけだと。

(なんてこった、あの必殺技じゃないか)

 こんな状況なのにヤマトはちょっとわくわくしてしまった。今の移動手段と似た技を漫画で知っている。


『ボ……』

 何かを言い聞かせるように言っていた朱紋だったが、頭を掴まれた大石猿が泡を吹いて気絶しているのに気がついて、それから手を離した。

 どさっと地面に落ちる。

 脳震盪でも起こしたのだろうその部下を落として、朱紋は再度ヤマトたちに振り返った。

 低い唸り声が響く。

 やはり、静かなのになぜか遠くまで通る声で。


『ドーゴルルマアベェ』


  ※   ※   ※ 

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