表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/180

夜半の戦い



 妖獣よりも賢いものを妖魔と呼ぶ。


 ただ人間がそれを妖魔と呼ぶかどうかは、それらには関係がない。

 彼らは自分がどうして生まれたのか、なぜそのような生態なのかと悩むこともない。

 ただ、自分がどういう存在でありたいのかと、その欲求に従って生きる。


 食欲を優先するものもいる。

 生殖をするものもいる。生まれてくるのは妖魔や妖獣ではなく、相手の種族になるが。

 目に付いた他の生物に破壊の限りを尽くすようなものもいる。

 時には人間社会に紛れて溶け込むようなものもいる。


 妖獣もそうだが、妖魔にも決まった形というものがない。

 自分を生み出した親とも違う生態になる彼らだが、親というのは不思議とそれらの育児を拒まない。

 他の巣に卵を産みつけて子育てをさせるような生物もいるのだから、自分の腹から生まれた子供であれば見かけなどが異なっていても受け入れてしまうのだろう。


 そういう理由からなのか、妖魔は大抵の場合では自分を産んだ種族の生物とはひどく敵対しないことが多い。

 世界に伝わる童話の中でも、妖獣が自分を産んだ獣の家族を守る為に敵と戦い、最後は崖を渡る橋にその身を変えて新天地に逃がしたとかいう話もある。


 他の生物とは、敵対することが多い。

 妖獣、妖魔は自分以外に同じものがいないので、世界の大半が異質で、相容れないものなのだから。



 人間の生息域で生まれれば、その危険性から駆除対象になる。

 妖獣が出た、妖魔がいるとなれば、村から、町から、時には都からでも屈強な戦士や兵士たちが集まって退治しようということになる。


 ズァムーノ大陸中央のズァムナ大森林の中ではどうだろうか。

 生まれたとして、それを知る人間はいない。

 仮に知られたとしても、大森林に入るような人間は非常に少ない。この森に入って、生きて出て行くような人間はほとんどいない。




 大森林近くの村々では昔から、噂話や言い伝えに言われる。

 こんな妖獣がいる、こんな妖魔がいる。伯母さんの従兄弟が見たことがある、とか。


 中には、悪戯をする子供を諌めるための内容もあるが、そんなものはどこにでもあるだろう。

 ひとつだけ、真偽の不確かな噂だが、村々に共通して言われている妖魔がいる。


 《朱紋》と呼ばれる妖魔は、大森林に入るものを食い殺す、と。


 この妖魔については、ただそれだけが言われるのだ。誰が見ただとか、悪いことをするとさらわれるとか、そうではなくて。

 門番のような役割で伝えられるこの妖魔の噂話は、数百年前から語られているという。



  ※   ※   ※ 



 途中、黒鬼虎のものらしい足跡があった。

 雨などで消えていないことから、数日以内のことだろうと推測できる。あるいは縄張りの圏内かもしれない。


 出来るだけ遭遇を避けるため、その足跡の向かう方角から離れるように進路を取った。

 今いる場所は、北に向かう川の本流よりも西側で、山脈と川の間になる。

 黒鬼虎は川の方向に向かっていったようなので、川から離れて北西側に進む。


(山脈に近い側か)

 出来れば東側に向かいたいフィフジャだったが仕方ない。フィフジャがもともと来たのは、オタネト山脈よりだいぶ東側の港からだった。

 森で彷徨っていた時のことを思えば、そろそろ森を抜けられるくらい進んだのではないかと思うのだ。


 出来れば、一度でも通った場所に行きたいのだが、それを求めて黒鬼虎に遭遇、全滅というわけにもいかない。

 幸いなことに黒鬼虎との遭遇はなく、また他の獣の姿もしばらくはなかった。やはり黒鬼虎の縄張りなのか。


 静けさを少し不気味に感じながら進み、暗くなったので野営をすることにした。




 火は焚かない。

 装備も解かず、ただ座って休憩する。

 背中を大木に委ねて、保存食を多少口にした。


「多分、もうすぐ出られるはずだ」

 警戒をしながらの休憩で疲労が抜けきらないかもしれないが、希望の材料を伝える。

 フィフジャ自身が、そう言葉にすることで自分を鼓舞したかったのかもしれない。



 森を出る。

 この秘境と呼ばれるズァムナ大森林から生還する。

 ヤマトとアスカにとっては、両親から受け継いだ悲願として、初めてこの大森林を脱出する。

 それが手の届くところまできているのだと。


「うん、だいじょうぶ」

 ヤマトが言葉を噛み締めるように答えた。

 まだ語彙は少ないが、確実に話せるようになってきている。アスカもそうだ。


「……なに?」


 アスカが小さな声を出した。

 聞こえなかったのだろうか?

 そう思ってそちらに目をやって、そうではないことがわかった。


「なん、だ……?」

 アスカの見ている方角の暗闇に、何か赤いものが見える。

 筋のように赤い線……だが、幾重にもなっている。所々点々とした赤い点も見えた。


 太くなったり、細くなったり。赤みが強くなったり、弱くなったり。

(まるで呼吸をするみたいに……)


 フィフジャの脳裏に、森に入る前に聞いた噂話が思い出された。

 朱紋。

 森に入るものを食い殺すという妖魔。

 もしかして、これがそうなのか。


「敵だ」

 フィフジャに言われるまでもなく、二人は既に立ち上がって武器を構えている。

 幸いなことに、暗がりなのにこの妖魔は自らが赤く発光していて、その存在が見えている。対応は──


「っ!」

 距離感を掴みかねているうちに、猛烈な勢いで赤く光るそれが接近してきた。



 見えない中で、フィフジャは咄嗟に手にしていた石を投げつけた。暗がりで獣が近づいてきた時の為に手元に準備していたのだ。

 一瞬の怯みの後で、また猛烈な勢いで飛び掛ってくるそれを視認する。


 フィフジャより大きい。人型の黒い生き物だ。猿とは違う。

 節々というか、体のあちこちに赤く光る筋のようなものがある。それが何なのかはわからないが。


「妖魔!」

 ヤマトがそれ目掛けて槍を突くが、猛烈な勢いで進んできたはずのそれが、同じ速度で後方に下がった。



 目測が甘かったから避けられた、というわけではない。

「ミス、だ」

 ヤマトはそう言うがミスではない、相手が異常だ。今のような動きは魔獣でもしない。

 あの速度で逆方向に方向転換などしたら肉体にも過剰な負担がかかる。筋組織が断裂して当然なのに。

 そういう常識が通用しないから妖魔なのか。


「気をつけろ、妖魔だ」

 今までの相手とは違う。一度、金色の四足妖獣とも戦ったが、あれも異常な動作をしていた。


 赤く光る妖魔は、今度は一転して値踏みするかのように一定の距離を保って横に歩いて、そして立ち止まった。


『ビャアアアアアアアァァァァァァァ』

 吠える。

 声自体は大きくない、掠れたような、どこか空気が漏れるような咆哮だった。

 気色の悪い声が、薄く森に響く。


「つよい」

 ヤマトの言葉に頷く。条件も悪い、月明かりがあるとはいえ、暗がりで周囲がよく見えない。


 この妖魔の位置はわかるが、足元や周りが見えないのは戦いづらいのだ。ヤマトにしても、長物の槍が主装備なのだから、暗がりでは存分に戦えない。


「てぇ!」

 アスカが声と共に、続けて二度腕を振る。牙兎の投げナイフだ。


『フシァァァァ』

 当たった音はした。

 だが、弾かれている。妖魔が何かをしたようには見えなかったが、当たった後に地面に落ちる音も聞こえた。


「アスカ、さがれ」

 ナイフを投げつけられた妖魔が、アスカに向かって突進してくる。

 その間にヤマトが槍を横に構えて立ちふさがった。


「くんのっ!」

 敵の動きは速い。

 皮穿血の滑空攻撃に近い速度での突進を、槍の柄で受け止める。

 妖魔の手がヤマトの槍を掴み、押し合う。じりじりと押し負けているが、巨大ブーアの時ほどまでではない。


『ガァァゥ』

 止まったそこにグレイが噛み付いた。後ろから、足首あたりを。

『クゥッ!』

 だが振り払われる。


 フィフジャの目からは、どういう関節?駆動なのかわからないが、噛み付かれた足を振ってグレイを振り払う姿が何となく確認できた。


「やああ!」

 アスカが鉈を振るった。

 石槍を挟んでヤマトと押し合いをしている妖魔の背中からの一撃だったが、高い音が響いた。


 ――カンッ!


 甲高い音。

「こいつ!」

 フィフジャも走りながら斧を叩きつける。アスカと重ならないように、右の肩口に。


「っ!?」

 刺さった。

 だが浅い。というか、ほとんど刺さっていない。皮一枚というところだ。


「かたい!」

 アスカも言うが、フィフジャも同感だ。岩を叩いたような感触だった。

 グレイ並みの俊敏性と、岩のような肌の肉体。そんな生き物がいていいのかと。


『シゥゥゥウゥゥゥ』

 赤い筋がさらに強く光る。ヤマトがぎりぎりと押し負けて背中の木の方に追い込まれていった。


 何か思ったのか、アスカがそのヤマトに並んだ。

「MEWOTOJITE!」

 頭に手をやり、何かを言う。フィフジャのわからない言葉だ。


 その次の瞬間、アスカの頭から強烈な白い光が放たれた。


 ――閃光。


 それはアスカが被っている黄色い頭防具に固定された魔道具からの光だった。


『ヨォオオオオォォォォォオォ』

 初めて、その妖魔から苦痛を訴える声があがる。

 ヤマトの槍から手を離して、ふらふらと距離を取りながら両手で顔を押さえている。目が眩んだのだ。


「にもつ、もって、にげる!」

「わかった」


 正解だ。

 アスカの判断にフィフジャも即座に頷いた。


 妖魔はふらふらと千鳥足でそこらの木に引っかかって転んでいる。

 目を焼かれ酔っ払いのような状態。

 この状況でこれを倒す手段がわからない。明るければ何が有効なのか観察もできるかもしれないが。


 黒鬼虎を警戒して荷物をほどいていなかったのは幸いだった。即座にそこを撤収して、北へと走る。

「離れるな」

「うん、アスカ」

「まえに、いる」

『ウォン』

 声を掛け合いながら、その場を逃げさるのだった。


 後ろから妖魔が追いすがってくるかもしれない。この先の茂みにも別の魔獣がいるかもしれない。

 目に見えない恐怖が襲ってくるが、今は進むしかない。



(ああ、最初に森に入った時もそうだったな)

 こんな状況なのに、なぜかそんなことを懐かしく思い出しながら、フィフジャは少しおかしかった。


 あの時は自分のことだけで精一杯だった。

 今は、自分よりも頼りになったりもするが、守るべき子供たちを気遣いながらの逃避行だ。

 先日はヤマトたちが成長していると思ったものだが、フィフジャ自身も少しは強くなっているのかもしれない。


(あの時とは違う。今度は、一緒に生きてこの森を出るんだ)

 未知の凶悪な妖魔に追われているというのに、そんな未来の希望を思い描いてしまう自分がおかしかった。

 そんなに楽観的な人間ではなかったはずなのに。


 自分を変えてくれたのだとすれば、間違いなくこの森での出会いだったのだろうと。



  ※   ※   ※ 



 妖魔は追ってこなかった。振り切ったのかもしれない。

 明け方近くまで進み続けて、木々の少ない小高い丘まで来て休むことにした。夜明けも近く、徐々に視界も広くなってきていた。


 危険が消え去ったわけではないが、体力が尽きたらそれこそ危険だ。

 交代で少しでも眠る。シートだけ敷いて、一人ずつ眠ることにした。最初はアスカだ。

 グレイも一緒に眠っている。珍しく熟睡してしまうほど疲労が蓄積していたのか。



 しばらくして起きたアスカは、第一声に、

「にゃあ……」

 と鳴いた。

「どうした?」

「んー、シャルルが、いってた。みゃあ」


 夢を見ていたらしい。ネコの夢だったのだろう。

 何か意味があるのかフィフジャはヤマトを見るが、彼もわからないようで両手を空に向けて、さあと首を傾げた。

 交代でヤマトが眠り、危険がなさそうだったので途中でフィフジャも眠ってしまった。その前にグレイも目を覚まして警戒任務についてくれている。



 昼前にフィフジャが起きた時にはアスカの姿がなかった。グレイもいない。

 ヤマトに聞くと、

「ええと、ふん?」

「糞って……トイレか」


 言い方が悪いというか、教えたフィフジャが悪いのか。獣の糞という言葉は教えたが、トイレとは教えなかったかもしれない。

 さすがにアスカが聞いたら怒るだろうと、ついでに言葉をいくつか教えておく。



 少しすると、森の果実で水分が多いものを採ってアスカが戻ってきた。夏の果物なのだろう。(手洗いの習慣についてはフィフジャの方にないので気にならなかった)

 栄養補給にもなるし、歩きながらでも食べられる。


 水も、川から離れてしまっているので確保できていない。今ある分だけだ。

 昨夜も満足に食事ができていなかったので、腹ごしらえをする。できる時にちゃんと食べておかなければ、この先どうなるかわからない。


 休憩を終えて、少し進むと小さな清流があった。

 山脈から流れてきて、やはり川の本流と合流して北に向かうのだろう。

 とても澄んだ水だったので、飲料水を確保して先に進むことにした。



  ※   ※   ※ 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ