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巨大ブーア



 結論を言えば、皮穿血の骨はこりこりしていて美味しかった。

 最初の、緑色の悪魔の調味料のこと以外には不満はない。


(なぜわざわざあんな物を持って……毒物か?)

 ヤマトたちもその緑色の調味料をほんの少しつけて食べていた。ということは、彼らの嗜好品なのだろう。

 フィフジャに最初に進めた時は、その緑色の量が明らかに大盛りだったが。


 鼻から涙が出るほどの刺激だった。あれはもう辛いとかじゃなくて、痛い。

 大笑いしている二人を見て、怪我の心配はなさそうだと安心したことにしておく。


(食事の時くらいは気を抜いてないと、磨り減っちゃうからな。俺は大人だからこの程度の悪戯は許そう)

 二人の寝顔を見ながら、軽く溜め息をつく。


 信頼されているのだろう。仲間として。

 あんな子供じみた悪戯をしてもいい相手だと、気を許されている。

 そう思えば悪い気分でもない。……いや、いつか仕返しはすることにしようとも思ったが。


(しかしまあ、大人をからかった罰は後でちゃんとしないとな。彼ら自身のためにも。彼らのためにも)

 とりあえず今日のことは忘れないことにしておこうと心に誓う。

 炎の灯りに揺れるフィフジャの顔は、そんな考えとは裏腹に穏やかな表情だった。



  ※   ※   ※ 



 その翌日からヤマトとアスカの動きが変わった。

 現れた道中を遮る害獣を、即座に仕留めていくスタイル。


 敵を確認、殺害。

 敵を感知、迎撃、殺害。


 今までは相手の出方をさぐったり、その敵以外の周辺状況を警戒することを第一にしていた。

 だが今は、敵の存在を確認すると同時にヤマトかアスカの近い方が即座に襲撃して急所に一撃を加える。


 これまでなら、食べられる生き物であれば内臓を傷つけないようにという配慮もあったが、そういう余裕は捨てて処理することを優先に。



 手が空いている方とグレイ、そしてフィフジャが周辺への警戒をする。

 獣が好戦的で数が多いのだから、出来る限り短い手数で片付けて確実に一匹ずつ仕留めてしまうことで、次に来るものに対応できるように。


(そうか、今までは相手側が逃げ出すのも少なくなかったから)

 殺す必要がないものは殺さない、というスタンスだったのだろう。

 この周辺の獣は、縄張り意識が強いのか好戦的な傾向なので、遠慮するのをやめたのか。




 アスカが、飛び掛ってきた皮穿血を事前にわかっていたかのように鉈で腹を切り裂いた。

 なぜわかるのか、と聞いてみたのだが、

「おとが、する」


 音。

 フィフジャにはまるでわからないのだが、ヤマトとアスカには皮穿血が襲ってくる前に音が聞こえるのだという。


「KOOSYUUHA」

 という言葉については、全くわからなかった。彼らも説明ができないらしい。

 事実として二人は皮穿血が飛びかかってくるよりも前にその存在を感知して、どこから襲ってくるのかわかっている様子だ。

 よほど耳がいいのだろうか。


(いや、それにしたって、普通飛び掛る前に音とか出さないだろうし……なんだろう、そういう系統の魔術かな?)

 とりあえず確かなのは、この厄介な森のハンターを彼らがあまり苦にしていないということ。

 他の魔獣ならフィフジャにも対応ができる。



  ※   ※   ※ 



 襲い掛かってきた牙兎の跳躍に半歩体をずらして、その喉元に斧を叩きつけた。胸元に斧が突き刺さった牙兎の息の根が止まるのを感じる。

 斧に突き刺さったままの牙兎の重みで地面に膝をついた。


「フィフ、とまれ」

 突き刺さってしまった斧を抜こうとしゃがみこんだフィフジャの肩を、軽い体重が踏みつけていった。


 咄嗟に上を見たら、上空から襲い掛かってきた巨大な鳥、廻躯鳥(かいくどり)と呼ばれる茶色っぽい猛禽類の翼をアスカの鉈が叩き切っていた。

 フィフジャを踏み台に、高く跳躍しての迎撃。


 ――だけではない。アスカはその手にロープを握っていた。

 上の木の枝に、そのロープの先端に結わえられた鉤付きフックを引っ掛けて、それを引っ張る動作も跳躍の補助としている。


 理屈はわかるが、かなりのバランス感覚や運動神経を必要とするはず。


『グワァエェッ!』

 気色の悪い悲鳴とともに翼が舞う。

 着地したアスカは、そのまま上空を睨んでいた。

 もう一匹、廻躯鳥が木の上を旋回するように飛んでいる。


「YABEE DOITE!」

 ヤマトの焦った声が聞こえた。


 彼がこんな声を出すのは珍しいし、通じない言葉を咄嗟に使ってしまっている様子から余裕がないのは容易に想像できる。

 声が聞こえた方向から離れるように、即座に飛びのく。フィフジャの斧は牙兎に刺さったままだ。


 その牙兎の死骸を踏み潰しながら、一頭の巨大なブーアがヤマトごと突き進んでいく。

 巨大というか、大きすぎて一瞬ブーアだとわからなかったほどの巨体。


 アスカも既に場所を変えていたが、槍を肩から首元に深く刺されながら突進をやめないブーアにぎょっとした顔をした。


「KUSO KONO!」

 ブーアの鼻面で、その突き出した牙に手をかけて刺さらないように体を支えながら、ヤマトは運ばれていた。

 地面に足がついていないので、踏ん張りようもない。


「ヤマト USHIRO!」

 死に物狂いの勢いで進むブーアの姿に、アスカの悲鳴に近い声が響いた。

 進行方向のに大木がある。このままではヤマトが押しつぶされるか、ブーアの牙に突き刺さる。


「アスカ、上だ!」

 ヤマトに気を取られたその瞬間、急降下してアスカに襲い掛かる廻躯鳥(かいくどり)

 先ほどブーアの突進を避けるために、フィフジャはアスカと逆に距離を取ってしまった。


 届かない。

 フィフジャの目の前でスローモーションのように、猛禽の鋭い爪がアスカの背中から襲い掛かった。


「くあっ!?」

 避けることもできずに地面に倒れるアスカ。

「アスカ!」


『ガアアアアアアアァァァァッ!』


 銀色の光のように。

 アスカを襲った廻躯鳥を、激怒したグレイが牙兎よりも速い跳躍で食らいついて仕留めた。


「NUUUUAAAAAAA!」

 ヤマトの咆哮。

 牙を掴んだ腕の腕力で無理やり体を上に投げ出して、そのまま宙返りをした。


 死力で突進をしていたブーアは、既に目が見えていなかったのかもしれない。そのまま大木に頭から突っ込んで地響きをあげてから、その巨体を地面に横たえた。

 ブーアの突進で揺れた大樹から大量の葉が落ちる。



 その中、フィフジャは倒れたアスカに駆け寄ってその小さな体を抱き上げた。

「アスカ、アスカ……」

「……ったあ、あぁ」

 片目を開けて、痛みを訴えつつ舌を出すアスカ。


「…………はあぁぁぁ」

 フィフジャの全身から力が抜ける。

 まだ危険な敵がいるかもしれないというのに、膝から力が抜けてしまった。

 アスカの命に別状がなさそうだと確認して、気が抜けてしまって。



「フィフ……しっぱい、した」

「いや、大丈夫だ。よかった」

 体を起こしたアスカが、首に手をやって左右に傾けて痛みを確認している。


 延髄を襲った猛禽の爪は、先日準備した皮穿血の皮革のお陰で刺さらなかったらしい。ハーフヘルムの後ろから肩甲骨あたりまでをカバーしている強靭な皮の防具。

 廻躯鳥が襲ってきた勢いで地面に倒れたけれど、深手を負ったわけではない。


 へたりこんでいるフィフジャと首を回しているアスカの元に、石槍を引き抜いたヤマトが戻ってきた。

「だいじょうぶ、か?」

「うん、へいき」

「ちがう、フィフが……」

 立ち上がれないフィフジャが怪我をしたのかと心配するヤマト。


 口元を赤い血で濡らしたグレイも、座り込んでいるフィフジャに大丈夫かと寄ってくる。

「あ、ああ……大丈夫だ。なんでもない」

 年長の自分が一番心配されているというのが情けない。


 立ち上がって周囲を見回すが、今すぐに何か襲い掛かってくるような気配はなかった。

 グレイの様子からも、周囲の安全はある程度は確保されているのではないかと思う。


「それにしても、今のは大きかったな」

 改めて先ほどのブーアの巨体を眺めて呟く。


 ヤマトの体ごと猛烈な勢いで突進していったブーアは、これまで見てきたものよりかなり大きい。

 村で飼われているようなものに比べたら、倍以上の大きさになる。大きさが倍なら、重量は四倍くらいか。

 ヤマトが軽々と押し負けてしまったのも仕方ない。



「たおした、おもった、だけど」

 石槍で急所を突いていた。肩口と首元の間から刺さった一撃は間違いなく致命的なものだ。

 鎖骨の隙間から入って、心臓や肺などの臓器に重大な傷を負わせていたはず。


 だが、見たこともないような大きさのために即死せず、命に関わる重傷の為に狂ったように突進を続けた。

 フィフジャも町で、死ぬほどの重傷の人間が半狂乱になって暴れるのを見たことがある。それと同じ。


「わたし、また、しっぱいした」

「でも準備しておいてよかった」

 反省を口にするアスカに、ハーフヘルムから垂れた皮穿血の皮に軽く触れて頷く。

 これがなければ、命を落としていたかもしれない。


 猛禽とすれば、延髄は獲物を仕留めるのに有効な部位だったのだろう。

 そうした弱点をカバーしておいたから、命が助かった。


「ちゃんと、前よりよくなってる。これでいい」

 完璧ではないが、数日前よりも確実に強く、より困難に対応できるようになっている。


 成長していることを確認して、それを認める。認めなければ次にどうすればいいのかわからない。

「アスカは、まず自分のことを守れ。ヤマトは大丈夫だから」

 彼女はこのくらいの年齢では異常なほど優秀だ。


 だからなのだろうが、自分よりも不出来だと思っているヤマトのことを気にかけすぎて自身が疎かになることがある。

 実際にはヤマトの対応力は素晴らしい。いや、凄まじい。


 生存本能というか、生き抜くためにどうするのか、それを実践する力がある。

 きっとそれは、この森で生きるために父祖から教わって彼の魂に染み付いた本能なのだ。


 見よう見まねで大抵のことが出来てしまうアスカには、ヤマトのように泥臭くても何とかするという性質はなかなか理解できない。

 ヤマトは努力と経験を積み重ねて物事を成し遂げるタイプだから。



(いい兄妹だ。互いにないものを持っている)

「ヤマトは、簡単に死なない。大丈夫だから」

「……はぁい」

 ちょっと不満そうに頷くアスカに、にやにやとしながら何も言わないヤマト。


「ヤマトはちょっと槍に頼りすぎだな。確かにいい槍だけど、道具に頼りすぎたら腕が鈍る」

 この鋭い槍で急所を突けば大抵の敵は死ぬ。

 ヤマトの突きの速度も一流だ。だがそれだけで全てが解決するわけではない。


 巨体のブーアが突進してきたのなら、正面から突く以外のことも考えなければならないだろう。

 真っ直ぐな性格は悪くないのだが、それだけでは問題に対処しきれない。


 ヤマトも表情を引き締めなおして、やや力強く頷いた。

 牙兎に刺さっていた手斧を回収して、先に進むことにした。



 どこかで休憩を挟めればと思いながら、また森を進む。

 家を出てから、50日が過ぎようとしていた。



  ※   ※   ※ 


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