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知識と知恵



 ヤマトとアスカは賢い。

 というか、きちんとした教育を受けて育っている。


 教育を受ける機会がない人間なら、自分が普段話している言葉の中に、どういう種類の言葉があるのかをきちんと理解していない。

 名詞、形容詞、動詞。普段から使っているからそれを喋っているだけで、その種類を分類して理解していないものだ。


 二人はそういった言葉の種類があることをわかっているので、単語と言い回しを覚えればそこから応用して使うことが出来る。


「これは、かわいい、グレイです」

「牙兎に、おいしく、たべられる」

 内容には疑問があるが、少しずつというか、フィフジャからしたら驚異的な速度で習得していく。


 魔術を覚えたい、ということも勉強の意欲になっているのだろう。

 さらに森を進んで二旬(一旬で10日)の日数が過ぎるまでに、三度目の石猿の襲撃を受けた。




 グレイは若い銀狼で、その戦闘センスは人間の比ではない。武器を持つヤマトでも、正面から戦えば勝てないだろう。

 ボス石猿が二投目の石を投げる前に、弾けるように飛び込んだグレイがその腕に食らいついた。


『ギエェッ!?』

 石を落としたその腕から即座に離れるグレイ。

 石猿の反対の手が、今まで噛み付いていたグレイを潰そうと掴みかかってきていたのを察知していた。


 投石も警戒すべきだが、その力で掴まれたら頭蓋骨でも砕けるくらいの握力がある。

 銀狼の最大の武器は俊敏性だと理解しているグレイは、一撃を加えた後は深追いしない。

 いたはずの敵の頭がなくなり、猿は自分の傷口に爪を立ててしまう。


『ウゲァ』

 呻いたボス石猿が憎々しげに噛み付いたグレイを探そうと首を回した時には、足元のグレイは既に地面を蹴っていた。

 そして、首をひねったことで伸びていた首筋を爪で深く切り裂く。


 子分の石猿たちを片付けたヤマトたちが見た時には、すでにボス石猿は事切れて、返り血を浴びたグレイが気持ち悪そうに体をぶるぶる振っていた。



  ※   ※   ※ 



 少し進んで川原に出て、血まみれになったグレイを川で水浴びさせる。

 ついでにアスカも水浴びをするというので、フィフジャとヤマトは少し離れた場所で座りこんで軽く柔軟運動をしていた。



「どうして石猿はいつも4、5匹くらいなんだろうな」

 休憩がてら待ちながら、フィフジャは誰にともなく呟いた。


 襲われる時もそうだが、町などで聞く話でもだいたいそれくらいの数の群れだと言われる。

 生息数は少なくないのだから、もっと大きな群れを作ってもよさそうなものだが。


「石猿、は、HAAREMU」

 フィフジャの疑問がわかったのか、ヤマトがそれに答えた。

 話すことはまだまだ拙いが、聞き取りはある程度できるようになったようだ。


「え、なんだって?」

「おおきい、さる。つよいさると、おんな……おんなの、さる。こども、のさる。いっしょ」

 ヤマトの説明を聞いてみて、なんとなく話が見える。


「ああ、大きくて強い石猿のボスがいて、女というかメスの石猿ね。メスと、子供がいる。家族単位なのか」

「ボス……と、メス」

 合わせて新しい言葉を覚えるヤマト。


「おおきいさる、ボス、にひきは、たたかう」

「なるほど。ボスは一匹だけでないと争いになる。だからこのくらいの数になるのか」


 言われてみれば自然な理屈だ。

 大きな群れを形成しないのは、成体になったオス同士は争いあうので、自分のハーレムのメスとその子供しか群れにならないのか。



 魔獣や妖獣の生態の研究をするものがいないので、こういった知識は広まっていない。

 こういうものだ、という知識だけで、なぜそうなのかと考える者がいない。


「NAWABARI ……じぶんの、ばしょ、はいると、たたかう」

「襲われるのはそうか、やつらの縄張りに入った時か」

 黒鬼虎の毛皮での獣避けの効果よりも、石猿の縄張り意識の方が強いのだろう。


 それにしても、とフィフジャは思う。

(森の中で人間社会と触れずに育ってるのに、本当にきちんと教育されてるんだよな。物事の結果だけじゃなくて、原因や理由を考えて知っている)


 フィフジャが知る自分の生まれ故郷でも、教育といっても精々が数の数え方や最低限の礼儀作法というのが大半だ。

 それすら教育されていない庶民も多く、ただ労役をして日々の糧を得ているような人々の方が多い。それで国が成り立っている。


 支配階級やそれらに召抱えられている従者、芸術家などと、教会に所属する一部の教導者などはもっと多くのことを学ぶが。

 他には、建築物や工作道具を作るような者も学ぶことは多いが、これらは主に職人だ。

 わずかにいる学者や、フィフジャの師のような魔術研究者は希少な存在になる。


(師匠は研究者というよりただの変人の趣味だけど)

 ヤマトとアスカは、この年齢でかなりの知識を有していて、物事のなぜなにを考えるという癖がある。



 この世界の大半の人々は、そんなことより明日の食事を、あるいは今日の食事を心配して暮らしている。学問などということに時間を割く余裕がない。


 狩人なら、獲物の習性をそういうものだと知っているだろう。

 農民なら、季節による天候の移り変わりを知っているだろう。

 だがそれらは、事実がそうだからそういうものだと知っているだけだ。何が理由でそうなっているのか、考えているわけではない。


(考える余裕がないからそうなのか、そうして目の前のことしか見えていないから余裕のある暮らしができないのか)

 あるいは、と。


(大半の人間が、そんなことを考えない方が都合がいい誰かがいるのか)

 支配する者からすれば、下民は考えずに日々を送って決められた税を納めてくれればいいのだ。毎年変わらずに。

 そうした誰かが、考える余裕を奪うような調整をしているのかもしれない。




「おわった、もどった」

 考え事をしていたフィフジャに、アスカの声が掛けられて我に返る。


「あ、ああ。おかえり」

 濡れた髪をぎゅーっと絞っているアスカに返答する。

 彼らの使う手ぬぐいは異常なほどの吸水性を持っていてふわふわだが、無限に水を吸うわけではない。水気はなるべく払っておく。


 水気を帯びたアスカは、普段より少し大人っぽく見える。フィフジャは視線を逸らした。

 グレイは少し遠くで体をぶるぶるやっていた。

 おそらくアスカのすぐ傍で水滴を飛ばして怒られたのだろう。少し寂しそうだった。



 休憩しながら、以前の戦闘中にアスカが使った球体について尋ねてみる。

 フーセン、というらしい。

 アスカのポケットにはいくつかそれが入っていた。


 ぶよぶよと柔らかい素材で、伸縮性があって空気を吹き込むことで丸い球体となる。

 膨らませたそれを手元でくるりと返して、吹き込んだ口を結んでしまうと球体になった。


 しばらくそれを投げたりしてグレイとアスカが遊んでいる様子を眺めていると、ヤマトが森の木から樹液を採取してきた。

 器にいれたその樹液に、荷物の中にあった酸っぱい調味液を混ぜて、適当な石の表面につけて乾かす。

 石の表面にねっとりとついた樹液が乾くと、そのフーセンになるということだ。厚みの調整が難しい。


 空気を詰めたそれを割ると、瞬間的に大きな音を出す。それを狩りに利用しているのだった。

 直接的な攻撃にはならないが、注意を引くということでは非常に有効な手段だ。あの破裂音は無視できるようなものではない。


 森にある色々なものの特性を知り、生きる為に活用する。

 改めてフィフジャは、この子供たちの持つ知恵に驚かされるのだった。



   ※   ※   ※ 



 家を出て三旬も過ぎれば、日中の気温はかなり高くなってきた。

 夏至を過ぎて25日ということだから、暦で言えば夏五旬の五日という言い方をする頃。これからまだ気温は上がる。


 森の中はそれでも過ごしやすい。日差しも弱いし、夜になると涼しいくらいだから旅には助かる。

 雨が降った日は、あまり動かないことにした。


 出来るだけ開けた場所に、彼らが用意した優れたテントを張って過ごす。水を通さない素材の不思議な布だ。

 雨が降ると足元もぬかるむし、雨音のせいで物音も聞こえにくいし視界も悪い。危険度が高い。


 一度だけ、雨の中で白い巨体のブラノーソという魔獣に出くわしてしまった。

 先にグレイが気がついてくれたお陰で、ヤマトの槍がその足を突くことができたけれど。

 負傷したブラノーソは、数でも不利と見たのか逃げ出してくれて助かった。まともに正面から戦ったら被害が出ていた可能性も低くない。



「SHIROKUMA」

 彼らはそのように呼んでいたが、一応名前を教えておいた。珍しい魔獣なのでそうそう出くわすこともないだろう。


 フィフジャも、この森に生息するという話は事前に聞いていたから知っていたという程度で、初めて見た魔獣だ。

 ブラノーソの白い毛皮は非常に厚く、生半可な刃では通さないという噂だったが、ヤマトの技量がそれを上回っていたのだろうか。

 もしかしたらフィフジャと一緒に森に来たメンバーの何人かは、あれの食事になってしまったのかもしれない。



 そう、フィフジャはこの森で死ぬほどの目に遭っているのだ。

 ヤマトとアスカの様子に少し感覚がおかしくなっていたが、この森は熟練の探検家の集団を全滅させるほどの危険な場所なのだから。

 さすがにヤマトも、雨の中での遭遇戦で彼らにとっても初めて見た敵に驚いたのか、雨の中を進まないといったことに異論はなかった。



  ※   ※   ※ 



 雨が数日続くこともある。

 川の増水も考えて、森の中に雨宿りの場所を作った。


 木から木に枝を渡して、その上に大きな葉をかぶせて作った簡単な屋根だ。

 四方は開けてある。近づいてくるものが見えるように。

 敷いたシートに水が流れ込まないように、周辺に溝を掘って水が流れていくようにしておく。完全には無理だが、それなりに出来たとヤマトは思う。


 とりあえず交代で休憩しようということで、ヤマトは槍を抱えて座って周囲を見ている。反対側にグレイがいるはずだ。

 アスカとフィフジャは雨のかからない中央側で横になっている。ここまでの行程で疲労も溜まっているだろうから、こういう休息も悪くない。



 雨のせいで火を焚くことも出来ないが、フィフジャが鍋に湯を沸かしてくれた。


 代償術。

 彼がそう呼ぶそれは、等価交換のようだ。冷やす代わりに熱する。


 湯沸しの変わりに、食料として捕った肉を凍らせてもらった。それを断熱の保冷バッグに入れておいたので、ある程度は日持ちするだろう。

 沸かした湯を水筒に入れておく。雨の生水を飲まないように、加熱した湯を飲むようにしているからだ。この魔法瓶の水筒についてもフィフジャは強い関心を示していた。



 ただこの代償術、結構不便だとヤマトは思った。

 何しろフィフジャが触れていないとならないので、鍋に触れている片手は火傷っぽくなるし、反対の手は凍傷っぽくなる。薄い皮手袋程度ならはめていても使えるようだが。


 彼自身は慣れているのか、手の皮がずいぶんと厚くなっている。

 それでも痛い痛いと言っているのが哀れで秘伝のアロエ塗り薬を塗ってあげたら、翌日にはその効能に感動していた。


 しかし、使うたびに自分も傷むのでは使い勝手が悪い。

 あまり長時間使い続けることもできず、やり過ぎると頭が痛くなるという。もっとひどい時は激しい吐き気だとか。



 ヤマトたちは父や母から、都合のいい魔法みたいなものがあれば、と聞いたこともある。

 それがないから知恵や技術で補って生きるのだと。


 結局、フィフジャの使う代償術も、一方的に都合よく使えるものではないのだろう。

(必殺技みたいなのは無理かな)

 ヤマトの憧れる漫画の必殺技のような使い方は出来そうにない。地味な魔術。

 森の中でも、巨大な火の玉や氷の槍などを使う魔獣もいなかったのだから、それで助かったとも言える。


 この世界での魔術というのは、地球の科学の道具程度の利便性までにもなっていないのだと思われた。

 やはり自分を鍛えることが強くなる一番の近道なのだと。近道などないのか。



 いつかは父のように、一人でもあの黒鬼虎を倒せるくらいに強くなりたい。

 そういえば父は魔術など使っていないのだから、やはりヤマトの記憶の中の父の背中はヒーローのそれだ。


 魔術が使えるのにぺしゃんこにされて倒れていたフィフジャは……まあ、カッコ悪いけれど、ヤマトたちにとっては頼りになる先生と言っていい。


 彼は優しい。

 一緒に進みながら、目に付いたさまざまな知識を伝えようとしてくれる。

 手間だろうし、別にそんな義務もないだろうに。


 ヤマトは、こんな風に丁寧にアスカに何かを教えようとしただろうかと言われたら、面倒で適当にあしらっていたように思う。兄妹なんてそんなものだ。

(面倒見のいい兄、みたいな人なのか)


 世間知らずのヤマトとアスカを放っておけないお人好しの貧乏性。貧乏かどうか知らないが、たぶんお金持ちではないと思っている。

 用心深い割りに抜けているところや、弱そうで案外と頼りになる感じが面白い人だ。

 少なくとも裏表のあるような人間ではない。と思う。



「…………」

 雨の中で、何かが動いたような気がした。


 ヤマトの視界の端に、何かの影が揺れたように見えた。

 雲のせいで薄暗く、雨もあって視界が悪い。あまり遠くが見通せない。


「…………」

 いつの間にかグレイもヤマトの隣に来ていた。体を低く伏せながら、注意深く森の奥を見据えている。

 黒い影が、左の木の陰から現れて、右の茂みへと消えていった。



「──っ……!」

 声は出せない。

 近くではないが、声を出せば聞こえる距離だ。


(黒鬼虎!)

 雨の中を移動していたのは黒鬼虎だった。


 幸いなことに、ヤマトたちに気づいた様子はなく、ただ自分の進む方向へと歩いていっただけだ。

 雨のお陰で物音や臭いも紛れていたのだろう。

 消えていった右の茂みから戻ってくる様子もない。いつも以上に感覚を研ぎ澄ませてみるが、あの巨体が茂みを歩けばそれだけで物音が起きる。


(……来ない)

 近づいてくる気配はない。

 ヤマトとグレイが息を殺して、その気配を見逃さぬように気を張り詰める。


 一時間、二時間。

 気がつけばそれほどの時間が過ぎていたが、黒鬼虎の気配が現れることはなかった。




 アスカが目を覚まして、雨の水滴なのか脂汗なのかわからないもので濡れたヤマトの背中を撫でた。

「大丈夫?」

「ん……うん、大丈夫みたい」

 ようやく息をつくヤマトとグレイ。


 アスカは、そう、と短く呟くとグレイの首を撫でまわした。

「黒鬼虎がいた。二時間くらい前に、あっちへ歩いていったけど」

 消えていった方角を指差すと、アスカは首を斜めにしてそちらを見やる。


「いないみたい、ね」

「ああ」


 フィフジャを助けた時には戦ったが、戦ってみてわかったことがある。

 一撃、当たったら死ぬ。


 こちらの攻撃は、強靭な筋肉と頑強な毛皮でなかなか有効打にならない。

 あちらの攻撃は、前足も、後ろ足も、牙も、その角での体当たりも、どれもまともに食らったら死ぬような破壊力だ。


 尻尾を打ち払う攻撃も太いロープで殴られたような重さだった。ヤマトは何度か槍で受け止めて、しなった尻尾で肩などを打たれたから身に染みている。


 アスカは狼と一緒にひょいっと避けていた。

 避けざまに尻尾を鉈で切り落とすタイミングは神業だったと思う。あれでバランスが悪くなってくれたのも勝因になっている。


 もう一度やれと言われて、被害を出さずに出来るかと言われたら疑問だ。

 たとえ倒せたとしても、こちらが腕や足を失ってしまうような怪我をしていたら意味がない。もっと悪ければ、誰かが死ぬ。


 その誰かが誰なのか。失ってはならない誰かなのは間違いない。自分なのかもしれない。

 何事もなくやり過ごせるのなら、その方がよかった。



 張り詰めた時間から解放されたヤマトは、アスカと交代すると眠り込んでしまった。

 アスカは、目を覚ましたフィフジャと見張りをしていたが、もう黒鬼虎の影が見えることはなかった。



  ※   ※   ※ 


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