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名も無き獣

 黒鬼虎の毛皮での獣避けも万能ではない。


 トマト(という名前だと教わった)の野原を抜けてしばらくしたら石猿の群れに襲われたし、ニトミューという巨大な飛ばない鳥には効果がなかった。

 成人男性の倍ほどの背丈に強靭な足を持ち、主に樹上の木の実を噛み砕いて食べる顎をもつ鳥だ。ここまで大きいものはフィフジャも初めて見たが。



 進行方向に現れたその巨大な鳥ニトミューは、自身の進路上に見つけたフィフジャたち一行を気にも留めずに進んできた。

 ヤマトもアスカも背負っていたリュックはすぐに投げ出して、それぞれ武器を構える。

 ヤマトは槍を、アスカは鋭く尖らせたナイフ――兎の牙で作った彫刻刀。


「グレイ SAGATTE!」

 アスカが何事か言うと、身構えていたグレイはさっと身を翻してニトミューから離れた。

 ニトミューは歩いてきたそのままの速度で何のためらいもなく強靭な足で前蹴りを放ってくる。


「って、なんてやつだよ!」

 逃げるとか戦いの雄たけびを上げるとかでもなく、歩く速度を変えずに射程内に入ったら攻撃。

 フィフジャたちも別に何事もないと思っていたわけでもなかったので、攻撃モーションを見た瞬間に距離を取って回避したが。


「KONO DACHYOU!」

 前蹴りを避けた次には、その足で踏み込んだニトミューは強靭な筋力で一気に間合いを詰めて、なにやら毒づいていたヤマトに襲い掛かる。


 踏み込んだのと反対の足での膝蹴り。

 丸太のような太い足が恐ろしい速度で襲い掛かるのを、ヤマトは横に転がって避けた。

 通り過ぎていったニトミューに対してヤマトはすぐに立ち上がり、槍を構える。


 構えるヤマトとニトミューの距離は近い。そのニトミューの後ろにアスカの姿がある。

「アスカ FUUSEN!」


 距離を詰めるのは難しい。このニトミュー、巨体の割りに足技は達者で、前蹴りからの回し蹴り、ソバット、そして上から叩きつける嘴での一撃と多彩な攻撃手段がある。

 近づいたら、思わぬ方向からの攻撃を受けることになり、その一撃が命取りになりかねない。


 ヤマトがアスカに援護を依頼したのはわかるが、フィフジャはそれに反対だ。

「アスカ、そんな武器じゃ近すぎる!」

 フィフジャの心配そうな声に首を振りながら、アスカはポケットから何か茶色っぽいものを取り出して、口に当てた。


「何を?」

 ふううううっとアスカが息を吹き込むと、それは見る間に丸く膨らんだ。濃い茶色だった物が、空気で膨らんで薄い茶色になる。


 アスカはその膨らんだ丸いものをくるっと手元で回してから、ニトミューの頭に向かって投げつけた。アスカから見たら自分の背丈の三倍くらいの高さの頭に。


 ふわ、と。

 狙いは正確で、ヤマトに再度襲い掛かろうとしていたニトミューの後頭部にぽんっと当たる。

 当然、ダメージはない。


(何を期待してんだ、俺は)

 不思議な力で事態を好転させるのでは、とフィフジャは思わず見守ってしまっていた。

 振り返ったニトミューが、挑発されたとアスカに襲い掛かるのは当然のことだ。

 あの太い足での一撃を受けたら、アスカの小さな体などバラバラになってしまうのに。



「YAH」

 アスカが手にしていたナイフを投げつける。

 破れかぶれのその行動は正確ではなく、狙いは外れて木の上に――


 ――ダンッ!


 音は衝撃であり、物理的な威力がある。

 と同時に、不意の大きな音は生き物を混乱させる効果がある。


 すぐ頭上、つまり耳元で空気が割れる音がすれば、どんな生き物でも動きが止まる。

 竦む。

 何があったのか、わずかな硬直の次にはその方向を確認せずにはいられない。危険があると感じる場合の自然な行動。


 その二拍の間があれば、ヤマトには十分だった。


「――っ!」


 声は出さないが、全力で踏み込んで槍の一撃をニトミューの膝の裏に突き刺す。


 膝の表側は硬く、鋭い石槍でもうまく突かなければ表面を滑ってしまう。

 だが、足の裏側は柔らかく、特にこの膝に深手を負わせると立っていられなくなるはずだった。


『ギエエェェエッ!』

 狙い通り、左の膝裏を貫かれたニトミューは地面に倒れる。ヤマトとアスカは倒れこむ巨体に巻き込まれないよう後ろに飛ぶ。

 巨体が倒れて地面に積もっている木の葉が舞った。


 ヤマトの槍は、膝に突き刺さったままだ。

『ギィエエエェェ』

 のた打ち回る巨鳥ニトミューに追い討ちをしようと、アスカは腰に下げていた鉈を手にする。



 ニトミューから目を離したその瞬間。

「危ないっ!」


 横倒しになり、地面をもがいていたニトミューの、無事だった方の右足が近くの木を掴んだ。

 木の幹を思い切り蹴った巨鳥の体が、土ぼこりを巻き上げながらアスカに。


「っ!」

 間に合わない。フィフジャは息が止まった。

「YOTTO」

 見ていなかったはずなのだが。


 その質量が肉薄したところで、アスカは助走もないままに宙返りしてそれを躱す。

 後ろに束ねた尻尾のような黒髪が、美しい円を宙に描く。


『グゲエエェェッ』

 アスカをすり抜けたニトミューの巨体が、その先の木に激突して太い幹を圧し折りかけて止まった。


「YAAAH!」

 止まった巨鳥のちょうど真上から、宙返りして落ちてきたアスカの鉈が振り下ろされる。

 ざしゅ、っと音がして、ニトミューの嘴と目の間辺りに鉈の先が突き刺さった。


 くひぃという息が漏れる音を最後に、その目は力を失っていった。




「アスカ DAIJOUBUKA」

「だい、じょうぶ」

 ヤマトの問いかけに、アスカは戦闘のことなど何でもないというように、それより覚えた言葉を使ってみせてフィフジャに向けてにへっと笑う。


 笑い事ではない。

 言葉が出てこない。と、そこでフィフジャは、自分が呼吸を忘れていたことを思い出した。


「あ、ああ……大丈夫か。よかった」

 今の戦闘では何の役にも立っていないフィフジャだったが、言葉を教えることは出来ている。

 使い慣れない言葉を使ってみせるくらいの余裕があるのなら、心配はいらないだろう。



 戦闘から離れていたグレイも戻ってきて、息絶えたニトミューの臭いを確認していた。

 巨体で正面側が硬い。自身の重量を武器にした戦闘を得意とするので、グレイでは相性が悪いのか。

 彼らはそれを知っていて、こういう戦闘を選んだのだ。つまり、以前にも倒しているということ。


「フィフに、走った、とき、よくない」

 ヤマトが突き刺さったままだった槍を引き抜きながら、そう言った。


 ――ニトミューが、フィフジャの方に向かっていったらまずかった。


 そういう意味なのだろう。


「むぅ、馬鹿にするんじゃないぞ。俺だって、これくらいなら平気だった」

「だい、じょうぶ?」

「大丈夫だ」


 どうやらこの子供たちは、フィフジャの戦闘能力については疑念があるらしい。

 成人男性のおよそ三倍の重量のこの巨大な鳥の死力を振り絞った突進に対して、対処ができるのかどうか。


(……まあ確かに、頼りになるような姿は見せられていないよな)

『クゥゥ』

 元気出せよ、というようにグレイが喉を鳴らした。


「いや、俺がおかしいんじゃなくて、君らが普通じゃないんだからな」

 なぜ慰められないとならないのか。

 グレイだって役に立ってなかったじゃないか、と。言ったら大人気ない。いくらなんでも。



「これは、ニトミュー」

「DACHYOU?」

「ニトミュー。ニトミューって呼ばれてる。こいつは大ニトミューかな」


 物のついでにこれの名前を教えておく。

 二本足の飛ばない鳥。ニトミューは一般的によく知られている生き物だ。


「飼いならされたもっと小さいのもいるんだが、野生のこれは別物みたいだ」

 町ではこれを荷馬車に使っている商人や軍がある。

 強靭な足腰で荷を引くので便利なのだが、大きさはこんな巨体ではない。


 8尺(2.4m)程度までだ。これは10尺を越えている。

 1尺は手の平を広げた親指から小指の先端まで程度の大きさで、成人男性のそれが大体の基準として使われている。


「にとみゅー」

「そう、ニトミュー。飛ばない、鳥」

 手でぱたぱたと羽ばたく仕草をしてみせてから、バツをする。


「とばないとり」

「ニトミュー、飛ばない」

 言葉を繰り返したヤマトに、再度伝える。


 アスカが上を見渡して、遠くの空に何かを見つける。

「とり?」

「そう、鳥……鳥?」


 遠くの空に、三色の大きな鳥が飛び去っていくのが見えた。

 見たことがない鳥だ。

 何気なく空を見上げただけなのに、異常な大きさの生き物がいる。さすが秘境ズァムナ大森林というところか。。


「え、いや……妖獣、かな?」

 距離感が掴みにくいが、羽ばたく様子がフィフジャより大きいような気がした。この仕留めたニトミューと同じくらいの大きさなのではないかと。


 この森に住む大きな鳥の種類なのかもしれない。だが、フィフジャは自分の倍の大きさの空を飛ぶ鳥は見たことがなかったので、自分の目が信じられなかった。



「よーじゅうかな?」

 フィフジャの言葉を素直に繰り返すヤマトに苦笑して首を振る。

「いや、ごめん。鳥、鳥、だよ。飛ぶ、鳥。飛ばない、鳥」


 交互に指差して、飛ぶと飛ばないの言葉を教えてみせる。彼らは覚えが早いので、こうして実地で教えていけば飲み込んでくれるだろう。

 今しがた飛び去っていったものが鳥なのかどうか自信はなかったが。


(この森だしな。何がいても不思議はないということで)

 だんだんとフィフジャも慣れてきた。常識の外の世界なのだと。




 ヤマト達は、狩った獲物を無駄にするつもりはないらしい。

 アスカがおもむろに、ニトミューの嘴に石を叩きつけて砕いた。


「っ、何を?」

 何度か叩きつけて、砕けた嘴から零れた牙を回収する。

 二種類の歯があった、片方は平べったく潰れた形で、もう片方は鋭く尖っている。


 飼育されているニトミューにこんな歯があるとは聞いたことがない。似ているが少し違う種類なのだ。

 アスカは尖った歯をいくつか拾って、落ちている木の枝に挟み込んで投げナイフのように作ってしまった。先ほど投げてしまったナイフの代用なのだろう。


 ヤマトは、大腿部の肉を切り取っている。せっかく狩った獲物なのだから食べられるのなら食べる。

 当たり前のことではあるが、何の迷いもなく行動できるあたりが逞しさだ。フィフジャは不甲斐ない自分が情けなくなってくる。

 それなりの実力はあるつもりだったが、なんだか自信を無くしそうだ。



『ウォンッ!』

 情けない自分を誤魔化すように周囲を見回していたのが幸いだったと。

 グレイの吠え声とほぼ同時にフィフジャは反応できた。


「んのっ!」

 武器を手にしている時間がなかった。

 だから蹴りだ。踏み込みと同時に中空、しゃがんでいたヤマトの後ろの中空に蹴りを放つ。


『――ッ』

 蹴りを受けたそれは、フィフジャの蹴り足を蹴って木の上に舞い上がった。



 舞う。

 まさに、ひらりといった音がするような軽やかな仕草で木の枝の上に乗る。

 金色の――


「狼……?」

『グルルルゥゥゥ!』


 フィフジャの蹴りがなければ、グレイの爪が襲い掛かっていただろう。

 その場合はどう対処したのかわからないが、少なくとも身のこなしは卓越している。やはり躱すか反撃するかしていたのではないか。

 ヤマトはグレイの吠え声を受けて即座に横に転がって槍を構えていた。


「NANDA……?」

 その木の上の姿を確認したヤマトが疑問の声を上げた。


 木の上で唸る獣は、身軽ではあったが、大きさはグレイより一回りほど大きい。

 くすんだ金色の、狼なのか。


 だがグレイとは違う。色だけではなく、顔全体が少し潰れたような印象で、目鼻が横に長い。

 グレイたちは耳が三角に立っているが、この金色の獣は耳がやや丸く、顔の横についているようだ。

 北西のユエフン大陸から渡ってきた犬の一種なのかもしれないが、フィフジャにもわからない。



「HAIENA」

「知っているのか、アスカ?」

 何かの名前を呟いたようなアスカに聞いてみるが、気配からすると首を横に振ったようだ。視線をこの獣から外せないので確認まではできない。


 木の上からほとんど気配もなくヤマトの背中に襲い掛かろうとしていた。

 グレイはその気配に気がついて迎撃しようとして、たまたま周りを見ていたフィフジャが先に気がついて対処できた。



「んっ!」

 アスカが、つい先ほど作成したニトミュー牙の投げナイフを投げつける。

 やはり軽やかに、別の枝へと飛び移ってその攻撃を避ける金色の獣。


「YA!」

 避けられるのは想定済みだったらしく、その着地の足に向けて二本目が投擲された。

 正確な投擲だ。さっき適当に作った投げナイフなのだが、見事にその一点に向かう。


『クァッ』

 初めて金色の獣が声を出した。

 完全に命中コースだったそのナイフを、着地前に木の幹を蹴って自分の軌道を変えて避ける。


 さすがに別の木に飛び移るのは無理だったのか、地面に。

「KONO!」

 ヤマトが突く槍の速度は速いし、正確だ。

 まともな生き物なら避けられるとは思えない。


 だが、この獣はわずかに身を伏せて躱すと、槍を持つヤマトの手に牙を向けた。

『ガァァッ!』

 それはグレイが許さない。

 ヤマトに襲い掛かろうとしたところに鋭い銀線が走り、金色の獣はバックステップで距離を取る。


 迂闊だったヤマトも、槍を引いて今度は低く構えたまま踏み込まない。グレイと並んで対峙する。

 一瞬の睨みあい。



 金色の獣の判断は早かった。即座に狙いをヤマトから変えて、アスカに向かった。

 たんたんっと二歩のステップで距離を詰めるとアスカの喉笛に噛み付こうと飛び掛る。


「させるかよ!」

 グレイがヤマトのフォローに向かった時点で、フィフジャはアスカの援護に意識を割いていた。

 飛び掛ろうとした獣に、水筒から手にした水を叩きつける。


『フア!?』

 身軽とは言え、()()()()は避けられない。


 一瞬視界を失って、身を躱したアスカを見失う。

 だが所詮は水滴。大したダメージになるわけではない。着地して再び獲物の位置を確認する。


『カ』

 意外に、獣からしたら、想定外の距離に。

 異常に近くに、標的ではなかったフィフジャの姿があった。


()()()()!」


『クァゥ!』

 いきなり目の周りに何かが突き刺さった、と感じただろう。

 突き刺さるような痛みに、悲鳴を上げる。


 フィフジャの翳した手が、目の前で霜の棘のようなものを出したように獣には感じられた。

 たまらず悲鳴を上げて、だが次に迫ってきた風圧に後ろに飛びずさって回避する。


「ちっ」

 右の一撃を避けられたフィフジャが舌打ちをする。



 獣は距離を取って頭を振っていた。

 ずいぶんと軽快な動きをする獣だ。

 ヤマトとグレイも、アスカに駆け寄って並んで獣と対峙する。


「MAHOU?」

 アスカに何を聞かれたのかわからないが、今はそれどころではない。

 金色の獣は、視界を取り戻すと、自分の敵を再度確認する。


『クァオオオオォン』

 一声鳴くと、警戒したフィフジャたちが身を固くした。


 そのわずかな躊躇の隙に、身構える一行の斜め前に走り出して、さきほどヤマトが切り出していたニトミューの肉を咥えてそのまま走り去っていった。




 肉を奪って、走り去った金色の獣。

 唐突な逃走に、思わず何も出来ずにそのまま見送ってしまって、三人と一匹は顔を見合わせてから肩で息をついた。


「なんだった、んだろうな」

「HARA HETTETTA DAKEKANA」

 ヤマトが槍を地面に立てて、わけがわからないといった風なことを言う。

 恐ろしい敵だったと思うのだが、ただ食い物がほしかっただけなのか。


「あれ、は、なに?」

「知らない。知らない、生き物」

 アスカの質問に首を振る。


「たぶん、妖獣」

「ようじゅー?」

 少し前にも出た単語を聞き返してくるヤマトに、フィフジャはなんと言ったらいいのか途方にくれる。



 妖獣。

 通常の獣と魔獣の違いは、魔術的な肉体強化を得意とする種族かどうかという違いだ。

 黒鬼虎や銀狼、石猿などは魔獣になる。


 牙兎はただの獣だと分類されるが、実際には脚力を強化しているようでもあって、魔獣なのかもしれない。

 そういう研究をするような学者やら暇人などがいないので、ただ世の中で言われてるだけの分類でしかない。


 それに対して、妖獣、妖魔は種族ではない。

 魔獣などの中から稀に変異した個体が生まれたりして、種族として存在するわけではないそれらをまとめて妖獣とか妖魔とか呼ぶ。


 知能が高いものを妖魔、知能が獣並みのものを妖獣。

 元となった生き物と近い形態のものもあれば、まるで違った姿になるものもある。

 なので分類のしようもない。もしかしたら研究すればできるのかもしれないが。



(とはいえ、俺だって見たのは三度目だからな。ああ、さっきの馬鹿でかい鳥を含めれば四度目だけど)

 普通に生活していたら、一生に一度見るかどうかという程度なのだから、研究するには個体数が少なすぎる。


 本当に変異して生まれた妖獣なのか、ただ単に希少すぎてほとんど見つからない獣なのかも判別が難しい。

 言ってしまえば、正体がよくわからない害獣が出たら妖獣だと呼ばれる。


「ええと、そうだな。魔獣……このニトミューは、まじゅう」

「まじゅう?」

「そうだ。魔獣。グレイも魔獣。魔獣」


 呼ばれたグレイが、ちらっとフィフジャの顔を見て、また金色の獣が去っていった方角に顔を向ける。まだ警戒している。

 多分、気配を察知するのが遅れたことでプライドが傷ついたのだろう。

 次はあんな接近は許さない、という気概が見えるような気がした。


 とりあえず警戒するのをグレイに任せて、フィフジャは座り込んで地面に枝で絵を描きながら説明する。


 狼、ニトミュー、黒鬼虎。

「俺ってけっこう絵はうまいんだよ」

 細かな表現はともかく、特徴を書いたそれらをまとめるように丸をして、

「魔獣」

 字も書きながら、読み上げる。


 文字を教えるのはさすがに時間もかかるので、とりあえず書いてみせるだけ。

「まじゅう」

 復唱する二人に頷いて、続けてババリシー(ヤマト達のいうウシシカ)、牙兎、少し考えてネコの絵も描く。


「獣」

「けもの」

 二つのグループを描いて、そこから弾きだされるようにくるくるっと線をひく。


 そして、そこには足がたくさんあったり目がたくさんあったり角があったりする不思議な生き物の絵を描いてみる。

 異常な生き物。


「これが、妖獣。妖獣」

「よーじゅー」

 ついでにさっきの金色の獣っぽい絵も描く。

「妖獣」

 二つのグループの、どちらにも属さないもの。

 それで意味がわかってくれたらいいのだが。



「NEE フィフ」

 くいくい、とアスカがフィフジャの袖を引いた。

「魔獣、獣……なぜ?」

 二つのグループを指差して、何が違うのかと尋ねる。ヤマトも不思議そうにフィフジャの答えを待つ。


「ええと、そうだね。魔獣のほうが、強い?」

 両腕に力瘤をつくるようなポーズで、魔獣のグループが強いのだとアピールしてみる。

 だが、ヤマトには不審そうな顔をされただけで、アスカには苦笑いをされた。


「嘘じゃないんだけど……魔獣は、肉体強化の魔術を使う。ええと、魔術っていうのは……」

 言葉で説明するのは難しい。彼らが魔術をなんという言葉で伝えているのかわからない。

 実践して見せるしかない。



 フィフジャは仕方なく、右手と左手を皿のようにして、アスカに水筒から水を注いでもらった。

「代償術以外は才能なしって師匠に言われてるんだけど……まあ何でもいいか」

 先ほどもやったように――少し気乗りはしないが、自分が使える代償術を実演する。


「左よ、凍れ」


 見つめる少年少女の目の前で、左手に溜めた水が白く霜が降りるように冷えていく。

 その様子を見つめる二人の瞳が真ん丸になっていく。

 目の前で、どういう原理かわからないのに水が凍り付いていくのだ。不思議体験に違いない。



「――ってあちちち」

 二人の顔の変化を面白く見守っていたら、ついうっかりしていた。

 右手に溜めた水がかなりの高温になり、慌てて払い落とす。


「SUGOI!」

「MAHOUMITAI!」

 冷えた左手も痛くて、両手をふうふうしているフィフジャに、もっともっとというような期待の目で迫る二人の少年少女。

 興奮と喜びに満ちた二人の深いブラウンの瞳。


 あまりに嬉しそうな顔に、じゃあもっとと言ってしまいそうになるが、慌てて首を振る。

「いや、痛いからね。本当に」


 緊急時以外はほとんど使わない術だ。色々と代償が大きい。

 その割りに効果は、普通に他の方法でも出来ることだけだ。まあ冷やすことに関しては、他の方法というのは少ないとしても。


 フィフジャの体の触れている点で、どちらかを熱してどちらかを冷やす。

 あるいは、片方の流れを止めて、片方の流れを進める。空気や水を、幅広の板を使って流れを変えたり強い風を一定方向に向ける程度のことが出来る。


 ただ、その程度のことでも役に立つことがある。

 命のかかった戦闘中に不意に足元に異様な風圧を感じれば、どうしたって気を取られる。少しの集中の乱れでも隙にはなるのだから。



 フィフジャが魔獣と相対したよく使うのは、水しぶきを凍らせて相手の目を攻撃する方法。

「MAHOU?」

「ええと、魔術だよ。魔術」

「まじゅつ?」


 広義でなら、代償術も魔術のひとつだ。

 肉体強化系の魔術なら、普通の村人だって無意識レベルで多少は使う。筋力を強化して作業をする。

 ヤマトとアスカも無意識的に強化した身体能力を発揮しているのだと思う。そうだとしても彼らの体格でこの筋力は非常識なのだが。無意識なので自覚はしていないのか。



「そう、魔術。魔獣は魔術を使う。獣は、魔術を使わない」

 再度、魔獣のグループの絵を丸で囲む。

 魔術を使うことで、己の戦闘能力を向上させるのが魔獣。というように言われている。


「DOUYARUNO?」

 ヤマトの質問だが、何を聞かれているのかわからない。

 だが、言いたいことは何となくわかる。


「わたし、まじゅつ、できる?」

「ま、そうなるよなぁ」


 いくら物覚えがいい教え子だとはいえ、言葉が通じない中で、無数にある魔術の種類の中で彼らに適したものを教えることはできるのだろうか。


(魔術のことをまるで知らなかったとはね。そうかもしれないとは思っていたけど。俺がまさか魔術を教えてと頼まれるなんて、師匠が聞いたら笑うだろうなぁ)

 フィフジャには魔術の才能がないと見切った師匠の仏頂面を思い出して、少しおかしく思う。

 いったい何から教えたらいいのか、まるで目処がつかないが。


 とにかく、教えなければならない最優先は、

「先に、言葉を、覚える」


 うんっと強く頷く二人の目は、これまで以上に輝いていた。



   ※   ※   ※ 



 金色の獣は、伊田家で吸血ムササビと呼ばれる生き物から産まれた妖獣だった。


 変異して生まれたのが狼に近い形態(アスカにはハイエナと呼ばれたが)だったことに意味があるのだとすれば、単純に強くありたかったからだというだけのこと。


 実際には、吸血ムササビは銀狼を狩ることもある。地面に近い位置に頭があるので得意ではないが。

 特に苦手とするのが、より地面に近い場所にいて、顔から鋭い牙が飛び出している牙兎だ。


 銀狼はこの牙兎をいともたやすく狩ってしまう。それを見てきた記憶からなのか、銀狼のように強くなりたいと願った結果生まれた。……のかもしれない。


 変異した個体であるそれに同じ種族はいない。

 彼なのか彼女なのか、それすらわからないその固体は、黄狢(こうばく)という名を持つ。

 それを呼ぶものはいないが。



  ※   ※   ※ 


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