5-26 獣の群れ
「あんた、仲間じゃあないのかい?」
異常な犯罪者にさえ、人としての在り方を問われる妹。
呆れた顔で問い掛けられても平然としているアスカに、兄として何と言ったらいいのだろうか。
「平気よ。ちょっとくらい見られたからってあんた達に負けるような人じゃないもの。ねえ」
「何がねえってんだか、全く……」
呆れているのは、ダシにされたラボッタも同じく。
――一緒に戦いなさいよ。そうしたら、ラボッタの戦いぶりも見られて都合がいいでしょ。
使えるものは何でも使う。
確かにそう言っていたが、ラボッタも含めて使えるものの範疇だったらしい。交渉材料に、ラボッタの戦いを見せると。
双子はラボッタ・ハジロに興味を持っていた。どんな戦い方をするのか実戦で観察できるのは、向こうにも利点だと言える。
だからと言ってそれを手伝わせる理由にするだろうか。普通。
「別に魔獣相手が苦手ってわけじゃないんでしょ」
「……ちょいと見くびってたみたいだね、嬢ちゃん。ビビッてないのかい?」
「怖いに決まってるじゃん。間違ったら死ぬんだから」
馬鹿なことを言うなと、真っ正直に言い返すアスカ。
「魔獣相手でも、人間が相手でも。間違えたら死ぬのよ」
戦いに臨む以上、死の危険は隣り合わせ。慣れたと思っても何かの間違いで命を落とすことも有り得る。
町で、通り魔のような何かにぶつかって死ぬことだってあるかもしれない。そういう人間もいるのだと、この双子で知った。
地球ならそんな突発的な死因はないのかもしれないが、この世界ではそんな危険が転がっていて、そんな間違いが降りかかることを怖れる。
「ちっちぇのに、尖がった生き方してんなあ」
「あんた達みたいな奴がいるからじゃないの」
「はっ、そりゃそうだ」
ミドオムは口先だけで笑い、表情は大して面白くもなさそうなまま。
ミイバの方は、軽く口笛を吹いて感嘆を表した。
「いいさ。あたしらもここを出るのに手が増えた方が楽だしね」
損得を計算して、この場で手を貸すことには頷くけれど、どこまで本心なのかヤマトは信じていない。
アスカとて信用しているわけではないだろう。
この建物に残していかないことと、ついでに魔獣の相手をさせる為の交渉。
「すまない、アスカ。俺が……」
「いいよ、フィフは喋るの下手だもの。私が話す方が早い」
事実かもしれないが、そこまではっきり言うのもどうなのかと。
交渉を任せてしまった形の同行者の謝罪を、容赦のない言葉で気にするなと言って。
(余裕がない、か)
双子に気を払っていて、フィフジャの心情にまで配慮している余裕もない。
交渉が抉れれば、ここで命のやり取りという可能性もあった。
間違えれば死ぬ。
兄としても、アスカの立ち回りに感謝するところだ。
「しっかしまあ肝の据わった小娘だね。ほんとに可愛げのない」
「怖くても、ビビッてたら死ぬだけだったのよ。昔からね」
「大したもんだ。ミドオム、今はやめときな」
生まれ育った大森林だって、気を抜けば死ぬ場所だった。
アスカの気概にある程度の重さを見たのか、ミイバが弟を制するようなことを言う。
おそらく弟の方が、より自制の利かない性分。
「で、どうする? あたしらから先に出ろって言うかい?」
「そう言いたいけど、そこまでは言わないわよ。フィフとヤマトが先に出る」
この双子に背中を見せるのは落ち着かないが、一番危険な先頭に立てというのも気が引けた。
「最初に飛び出してもらうけどいいよね?」
「いいよ」
「魔獣を引き付ければいいんだな」
役割を確認して頷いた。
「出来るだけ離れて。その後ろからこの二人に行ってもらう。妙な動きをしたら、私とグレイとで何とかするし、ラボッタも見ててもらうから」
「信用されてねえや」
「当たり前でしょ。変なことしたら殺すから」
「そいつも悪くないね」
睨まれて、冗談だよと片手を振るミイバ。本当に冗談かどうかはわからない。
利用はするが信用はしない。
彼女の方もわかっているだろう。この双子と自分たちは決して相容れないものだと。
「ヤマトたちが出てから十を数えてからあんた達ね」
「はいはい、お好きなように」
魔獣を相手にしている時に後ろから襲われてはかなわない。アスカの取り決めに面倒くさそうに頷く。
「じゃあ、行く」
後ろはアスカたちに任せた。グレイとラボッタもいるのだから、さすがに双子も妙な真似はするまい。
ドア近くの魔獣を少しでも離すように、少し離れた両脇の壁を内側から叩いてもらう。
音のする壁の方に、外の魔獣が釣られていく気配があった。時折、壁の向こうから大きな振動も。
扉の前で、フィフジャと視線を交わした。
集中する。
どんな魔獣がどこから襲ってくるかわからないのだから、神経を研ぎ澄ませて。
(神経を?)
何だろうか、少しどこか引っ掛かることもあるが。
とにかく息を深く吸い込み、いつも以上に鋭敏に感覚を働かせる。
「行こう!」
「ああ」
開け放たれた扉から、二人で一気に飛び出す。
ヤマトたちに気が付いた魔獣が、左右から集まってきた。
「っ!」
素早く反応したのは、比較的小柄な魔獣が多い。それらを槍で薙ぎ払う。
「ちょっと!」
後ろからアスカの焦った声が聞こえたが、気にしている余裕はなかった。あちらで何かあったとしても、今は自分のことに集中するしかない。
信じて、建物から離れながら集まってくる魔獣を相手に槍を振るった。
※ ※ ※
約束と違う。
アスカは叫びかけて、自分の間違いに気がついた。
ミドオムの持つ剣が、ドアに手を掛けた石猿の指を切り払うのを見て。
「なんだよ、十数えんだろ」
そんな暇があるかと言うように、アスカに背を向けたままドア近くに潜んでいた石猿を相手にするミドオムとミイバ。
多少なり知恵のある石猿は、この扉が開かれるのを息を潜めて待っていた。
飛び出していったヤマトたちをやり過ごし、建物の中に侵入しようと。
アスカの感覚は鋭いが、さすがに多くの魔獣が屋外で騒いでいたら、気配を殺したものまで屋内から察知することは難しい。
この双子はそれを知覚していて、アスカの数えを待たずに、まるでヤマトたちのすぐ背中を追うように続いたのだ。それを制止しようとしたアスカの判断が間違っている。
「好きにしなさいよ」
忌々しいが、今は彼らの方が正しかった。
やはりこの双子の実力はアスカよりも上だ。それを認めて、彼らに任せる。
人としては間違っていても、戦闘に関する能力は極めて高い。
本当に厄介な双子だ。
漫画に出てくるようなやられ役とは違う。元よりこれだけの力があるから道を誤っているとも言える。
悪事や蛮行を働いても咎められないほどの力。
歯止めが効かない。
そんな種類の人間なら、もう一人ここにいるか。
「行くわよ、ラボッタ!」
「あいよ、お姫様」
戯言には付き合わず、ラボッタとグレイと共にアスカも建物を出る。
「すぐにドア閉めて!」
屋外の魔獣は、やはり多かった。
「っとに、もうっ!」
ラボッタの光弾が矢のように魔獣を排除していくのを目にしながら、手近の魔獣に鉈を振るう。
「いっぎぃぃ!」
石猿だ。わらわらと、あちこちから。
腕を斬り裂き、その腹を蹴り飛ばした。
「また増えやがったな」
ぼやくラボッタ。
アスカに迫ろうとした石猿の喉笛にグレイが噛みつき、そこに群がろうとした他の石猿を、咥えた石猿を振り回して払いのけた。
「そうねっ」
左手に手にしたダガーで、屋根から飛びかかってきた野狐の首を深く切りながら避ける。
多い。
集会所に逃げ込む前に減らしたはずだが、それと同じくらいに増えている気がする。感覚的なものなので、実際に湧いてでてきているわけではないだろうが。
先刻の騒ぎで、他の場所にいた魔獣もここに集まってきているのだと思う。
「ここら辺のを片付ければ、終わるでしょ!」
「だといいが、なっ」
獣なのだから、どういう理由があるとしても、生息している密度には限度があるはず。
狭い地域で暮らしていては食糧難になってしまうのだから。
およそこの近隣の森や山に通常生息している魔獣が、全てここに集まっているのだとしても、これ以上は増えない。
焼き出しもの、と言ったか。
何らかの理由で人間に住処を追われて敵意の高い魔獣の群れ。
こういう経験は初めてのはずだが、何となく船で太浮顎に襲われた時に似ている。
あの時よりは足場がいい。敵も空を飛んでいるわけでもないのだし。
「グレイ! 任せるわ!」
「オンッ」
船では活躍できなかったグレイも、この状況では非常に心強かった。
アスカの周囲を守りながら戦う。時折、魔獣の爪を背中に受けてもいるけれど、強靭な体毛の為かさほど深手にはなっていないようだ。
「その銀狼も大したもんだぜ」
ラボッタの目にも、グレイは十分な戦力として認められたらしい。
そういえばゼフスも口にしていた。
普通の魔獣ではない、と。剣を弾かれて。
大森林生まれの銀狼は、通常の魔獣よりも強靭な生き物なのかもしれない。
頼もしい家族に背中を任せて、襲ってくる魔獣を処理していく。
不用意に踏み込み過ぎず、敵の足や目を奪って戦闘力を削ぐか、首回りに致命の傷を与えるか。
それも適わない時は安全を確保するよう立ち位置を変えながら周囲に気を配る。
双子は離れた場所で戦っていた。
あまり近いとお互いにやりにくい。横目で見ただけでも、やはりかなりの強者であると感じられる。
無造作に切り込むようでいて、横からくる牙を空かして躱す。その後ろ手で魔獣の体を裂きながら。
視野が広く、近付く敵を傷つけるのに最適な動作を自然とする。気にしている様子もないのに姉弟の呼吸は合っていて、お互いの死角をカバーしていた。
注視しているわけにもいかない。居場所さえ把握できれば、むしろ注視しなければならないのは味方の動き。
ヤマトやフィフジャと離れすぎないようそちらに寄りながら襲い来る魔獣を倒し続けた。
(なんでだか、いつもこんなんだよね)
胸中でだけぼやいてしまうくらいは仕方がない。本当に、いつもこんな風に切った張ったの毎日だ。
世の中がそうなのか、ヤマトが引き寄せているのか。今回はあえて厄介事に飛び込んだ形だけれど。
それと同時に、安穏とした日々よりは性に合っているような気がするのも事実。
アスカも含めてこんな性分なのかもしれない。
「にしても……」
「アスカ、平気か?」
「平気よっ! 減らないじゃない!」
いつの間にか近くまで来ていたフィフジャに気遣われるが、今のところは特に問題はない。
問題は、倒しても倒しても魔獣が減っているように見えないこと。
無限に湧くはずはない。だというのに、後から後から。
「もうすぐ三十、だよっ!」
「数えてる余裕あるんじゃない」
「たぶん!」
ヤマトもまだ危機的な状況というわけでもない様子だが、それにしても多い。多すぎる。
まるで山の向こうから、さらに追加で魔獣が足されてきているかのよう。
無限ではないにしても、こちらの体力も無限ではない。
「アスカ! 反対だ!」
フィフジャの声に反応して、視界の中の安全なエリアに向けて迷わず転がった。
転がったすぐ背中を、猛烈な勢いの何かが通り過ぎるのを感じる。
アスカが立っていた場所を通り過ぎた塊。そのままその延長上にあった建物を、爆発させるように吹き飛ばして。
「な……」
避けられたのは、相手の勢いが強すぎて方向転換できなかったからだ。
フィフジャの見ていた方向。アスカの背中側から、猛然と飛んでいった。
あまりのことに、誰もが、魔獣たちさえも竦むように距離を取り、動きを止める。
家屋が半壊するほどの破壊力で壁にぶつかり、崩れかけた建物からそれが姿を現した。
「……青い?」
思ったほどの大きさではない。
崩壊した家屋に立つ土埃の中から。ゆらめく影は、アスカのへそ程度までの高さ。
全体的に青黒い雰囲気の。
「……青小人」
「俺も初めてみたが、そうだな」
フィフジャが震える声で呟き、ラボッタが頷いた。
「へえ、こいつが噂の」
「面白いじゃねえか」
双子が舌なめずりするように言う。
「アスカ、ヤマト……妖魔だ。朱紋と同じ」
フィフジャの言葉を肯定するのか否定するのか。小さな青いそれは、小柄な体躯からは想像も出来ないほどの声量で、甲高い金切り声を上げた。
※ ※ ※




