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5-25 薄暗い出自



 待ち構えていたわけではない。本当にただの偶然だ。


 先日襲ったのは仕事を依頼されたから仕掛けただけで、終えればそれまでのこと。殺しを愉しむのもいいが、出来れば殺すなという注文をつけられた。

 ミイバたちのことを知る人間で、殺すなという依頼も珍しい。ちょっかいを掛けてみて適当に引っ掻き回せと。

 出来ればというだから、勢い余って殺してもいいという解釈もしていたが。連れを含めて思う以上のしぶとさだった。

 やれなくもないが、依頼人が必ず殺せと言ったわけでもなし、これで十分だろうと。

 ミドオムは不満もあるようだったが、こちらが死んではつまらない。次はあれらを暗殺しろという仕事でも受けられたら面白いけれど。



 国境を超えていくのに、街道を大手を振って歩けるような評判ではない自覚もある。

 主要な街道を離れた間道を進んでいたら、魔獣の群れに出くわしてしまった。


 戦いに不慣れなことはないが、魔獣相手はつまらない。魔獣は死の際に命乞いをするわけでもなく、後悔して嘆くわけでもない。

 数の多さに辟易しながら逃げていると、集落に行き当たった。

 当然のように集落を襲う魔獣ども。逃げ惑う村人の様子も見物ではあったが、それらの魔獣を倒してみせると彼らはミイバたちに感謝を述べるのだ。

 滑稽だった。


 ミイバたちが魔獣を案内してきたようなものだが、その災厄から命を拾った人間がミイバに感謝する。笑える。

 魔獣どもを村人に押し付けて逃げてしまうことも可能だと考えて、切り替えた。

 もう少し楽しもうかと。

 村人を適度に庇いながら集会所まで避難した。



 実にいい光景だった。

 死を目の前にした人間を見ることが好きなわけだけれど、これだけ多くの人間がまとめて死の恐怖に震える様を、のんびりと眺めていられる。

 ミイバとミドオムとすれば、今まで見たことのない余興のようなもの。

 いよいよとなれば、魔獣がこの村人たちを襲っている間に自分たちは離れてしまえる。

 そんな考えのミイバたちに対して、彼らは縋るように、媚びるように、備蓄の食べ物を分け与えてくれるのだ。

 神様というやつの気分がわからないでもない。こういう気分か。


 それでも一日、二日と経てば飽きてきた。

 そろそろ終わりにするかという目配せを、双子の弟としたところだったのだが。

 まさか、まあ。

 なるほど。神様というやつは本当に楽しいことが好きなのだと。


「はぁい」

 生意気な小娘を無視して、唖然としている可愛いボウヤに手を振って見せた。



  ※   ※   ※ 



「あたしのダガー、返してほしくってさぁ」

「馬鹿言わないで、誰が――」

「うちの親の形見なんだぜ、あれ」


 僅かに息を飲む音と、腰辺りに手を添えるアスカ。

 親の形見という言葉に釣られて。

「なぁんて、嘘よ嘘。ただのお気に入りってだけ」

「っ、ふざけて……」

 からかわれたと、怒りで声が震えるアスカの隣にヤマトが立った。


 こんな場所でこの双子と出くわすことになるとは思わず、つい相手のペースに乗せられてしまっている。

「どうしてここに」

「外は魔獣だらけだからねぇ。どうしようかと」

 さすがにこの双子でも、この数の魔物の相手となれば簡単ではないらしい。


 別に真正面から相手をする理由は、こいつらにはないだろう。

 タイミングを見て逃げ出すつもりでいて、そこにアスカ達が来ただけ。

 なのか。それとも本当に作為的なものなのか。


「あ、あんたら……知り合いか?」

 集落の男が、険悪な雰囲気のアスカたちとミイバを見比べて訊ねた。

「ミイバさんたちは、俺らを助けてくれたんだ。悪い人じゃない」

「……」

 嘘だ。悪い人だ。

 そう言いたい気持ちを飲み込む。


 彼らにとっては、おそらく魔獣の襲撃の中で守ってもらった恩人。

 他のことを知らなければ、こんな言い方になるのも仕方がないだろう。

「アスカ、今は」

「わかってる」

 後ろからフィフジャに声を掛けられ、ミイバ達から目を逸らさずに答える。


 今、ここで揉め事は起こすべきではない。

 この双子の正体を、大声で言うような状況でもない。

 集会所で怯える村人たちの気持ちをさらに掻き回して、どんな事態になるか。予想がつかないけれど、碌なことにはならないことはわかっている。


「いつからここに?」

 知り合いかと確認した村人に、双子がいつからここにいたのか聞いた。

「村が襲われた時だ。二日前に」

「……」

 二日前からここにいる。

 だとしたら、この再会は意図したものではないと見ていいか。

 魔獣から逃げ延びた村人がアスカたちに助けを求めたのも、助けるとヤマトが言い出したのも、この双子の意図ではない。



「ミイバ、ねえ。聞いた覚えがあるな」

「師匠、今はやめてくれ」

 ラボッタが空気を読まないことを言い出すのではないかと、今度はフィフジャが後ろに向けて制する。

 途端に、ミイバの目が丸く見開かれ、ミドオムの表情が消えた。

「あんたがフィフジャ・テイトーの師匠かい?」

「ラボッタ・ハジロ」

 熱を帯びた瞳の姉と、冷え切った声音の弟。


「有名人はつれえなぁ、おい。お互いによ」

 聞き覚えが、とか言っていたけれど、わかっていたのだろう。この双子がお尋ね者の狂人だと。

 余計なことを言い出したのは何の意図があってのことか。

「出来りゃあ魔獣を片付けてあったけえメシでも食いたいところだからよ。今はやめとこうや」

「今は、そうだねぇ」

「……」


 ラボッタとて人間だ。村があるのなら、まともな食事をしたいと思う。

 自分の存在を明らかにして、この場での命のやり取りに歯止めをかけた。

 前回の襲撃では双子も本気ではなさそうだったが、手傷も負っている。あの時より戦力を増したこちらと事を構えることを得策だとは思わないはず。

(そういう常識が通じるかわからないけど)

 非常識な犯罪者なのだから、損得だとかの計算をするかわからない。


 ここにいる村人たちを盾のような道具にも出来る状況で、それを有利と見るかもしれない。

 村人を盾にしたところでラボッタは斟酌しないだろうが、アスカやヤマトは動きにくい。

 警戒を解かないアスカに向けて厭らしい笑みを見せてから、また壁に背をもたれて目を閉じた。

 やる気はない、と。


「アスカ」

「わかってる。グレイ、おいで」

 ヤマトに促されて、警戒は残しつつ双子から反対の壁側に寄った。

 近くにいては気が休まらない。

 幸い広い集会所で、それなりに距離が離れた。



「こんなヤな偶然あるかよ」

「驚いたわね」

 ズィムとネフィサが、魔獣のことよりも疲れたというように息を吐く。

「ほんと、何の因縁でしょうねぇ」

「なんだお前ら、あいつらとやり合ったのか?」

「襲われたんだ。ウェネムの港からこっちに来る間に」


 経緯を知らないラボッタにフィフジャが答えると、やや感心したような呻きを漏らす。

「よくまあ無事だったもんだ。あいつら相手に」

「知ってるの?」

 そりゃあな、とラボッタが頷いた。

 国を跨って指名手配されるようなお尋ね者なのだから、知っていること自体は不思議ではないけれど。


「?」

 どうも、そういう風ではない。噂話として知っているという様子ではなく。

「ギハァト一家の呪いの双子って、この界隈じゃ有名だからよ」

「……ギハァト?」

「ゼフス?」


 ヤマトとアスカが、続けて疑問符を投げかけた。

 聞き覚えのある名前。それもまた、まさかこんな場所で耳にするとは思いもしなかったものを。

 二人の返答を聞いたラボッタが正解だとにやりと笑う。

「ゼフスは知ってんのか。ああ、ズァムーノならそっちが有名だわな」


 兇刃狂ゼフス・ギハァト。ノエチェゼに住むズァムーノ大陸最強を名乗る剣豪。

「ゼフスと、あの双子が……?」

「勘当されたって話だが実の親子だ。ゼフスの奴はなかなか強えぞ」

「……知ってる」

 改めて聞かされるまでもない。ヤマトが噛み締めるように言いながら拳を握るのを見る。


 斬られた痛みを思い出しているのか、表情は苦い。

 そんなヤマトの様子を見て察したのか、ラボッタは感心を通り越して呆れた顔を浮かべた。

「お前ら、ゼフスともやったのか? なんだ、血に飢えてんのか?」

「向こうから襲ってきたんだもの」

「その前にゾマーク……ゼフスの息子を倒したからなんだけど」

「本当に面白れえ連中だぜ」

 別に面白い話ではないのだけれど。他人事ならそういう感想もあるか。


「にしても、本当によくもまあ生きてるもんだ」

「すぐに逃げたのよ。それよりゼフスのこと知ってるみたいだけど?」

「ああ、前に一度な」

 前に一度。戦ったことがあるということなのだと、言葉にはしないが雰囲気でわかる。

 剣狂のようなゼフスとこのラボッタが、のんびりお話をしたなどと考えるほどアスカもお気楽ではない。


「負けたの?」

「逃げられたんだよ」

 言ってから何か思い出したのか、肩に手を当てて掻いた。

「痛み分け、って言ってやってもいいが」

 そう思う程度には強敵で、だから記憶にある。



「道理で、あれだ」

 納得したように呻いて、薄暗い先にいる双子に目をやるヤマト。

 強いことにも納得できるし、危険な人格であることも理解できてしまう。あの親にしてこの子あり。


「呪いの双子っていうのは?」

「予言の日に産まれたんだってよ」

「へえ、フィフジャさんと同い年ですね」

 どこか嬉しそうなエンニィだが、笑い掛けられたフィフジャの方は眉を寄せるだけ。

 まあ、殺人狂と同じ誕生日とか言われて喜ぶ理由もない。


 ミドオムは、弟という立場のせいかフィフジャより少し若く見えるが、個人差か。

 いや、違う。

「フィフ、髭が伸びてておじさんっぽい」

「それは……いや、旅の道中だったから」

「ラボッタやエンニィはさっぱりしてるじゃん」


 アスカが指摘する通り、ラボッタとエンニィの顔に無精ひげはない。ミドオムにも。

 フィフジャは、濃い茶色の無精ひげがまばらに伸びている。

「呼び捨てかよ……俺ぁ魔術でやってんだ。綺麗好きだからな」

「僕はもともと生えないんですよ。体毛薄いんで」

 二人はそれぞれ理由が、本当かどうかはわからないけれどある。ミドオムはきっと刃物で顔を撫でているのだと勝手に想像した。


 ラボッタが若々しく見えるのは、髭面ではないこともあるのかもしれない。

 ほとんどの村人は顔ぞりなどあまり頻繁にしないらしく、無精な髭面が多いので。船乗りなどは論ずるまでもない。

 ヤマトは年齢と体質からか、今のところ髭が伸びる様子はなかった。


「ちゃんとしてよ。かっこ悪いじゃん」

「……すまない」

「なんでお前がフィフを怒ってるんだか」

「連れがかっこ悪いのは嫌なの」

 間違っても、あのミドオムの方が小綺麗な好印象などと許しがたい。

 アスカの主張に謝ってしまったフィフジャが、ヤマトと顔を合わせて苦笑した。


 落ち着きを取り戻す。

 魔獣の群れのことと、あの双子のことと。動揺した気持ちを他愛ない会話で落ち着かせる。

 ふとクックラを見れば、避難していた子供たちと共にグレイを撫でていた。

 幼いクックラが頼もしい銀狼を撫でているのを見て、村の子供も興味を抱いたらしい。

 グレイの方は、されるがままにしながらも、双子から目を離してはいなかった。あれらは気配を絶つのも得意だと前回の襲撃で覚えている。



「で、どうする?」

「もう少し休んでから、もう一度外の敵を片付ける。ネフィサとズィムは、中でクックラを見ていてくれる?」

「僕もそっちですよね? ですよね?」

 名前を呼ばれなかったエンニィが、自分も待機側だと訴えた。


「戦わないの?」

「無理ですよ。僕をなんだと思っているんですか」

「何なのよ、本当に」

「会長の腰巾着とか昼行燈とか、ローダ行商会ではちゃんとそういう立場を確保しているんですから」

「あんたね……」


 堂々と情けないことを。

 ふと、疑問に思った。

「エンニィって、バナラゴ・ドムローダの息子とか?」

「はあ?」

「隠し子だとか、世間的にマズい子供とかじゃないの?」

「ずいぶん突飛なことを考えるんですねぇ」


 やれやれ、と肩を竦めて。

「だとしても、そうですよって言わないと思うんですけど。どうして急に?」

「小さい頃からバナラゴと同行していたんでしょ。跡継ぎとかそういうのなんじゃないかって」

 フィフジャが黄の樹園を出る時点で、既にエンニィはバナラゴの下で丁稚のようなことをしていた。

 それを疑問に思って、さっきからゼフスと双子が親子だとかいう話題と重なっただけだが。


「違いますよ。僕は貧しい家からローダ行商会に出されて、幼いながらに利発だったもので目に留まったんです」

「利発、ね」

「そりゃあもう。神童だと」

 育て方を間違ったのではないだろうか。こんな風に。

「それが今では昼行燈……」

「バナラゴ会長は若い頃に奥さんを亡くしていて。潔癖な性格で、それ以降は女っけなしなんですよ」


 そう聞けば、厳つい顔のバナラゴらしいとも思う。

 亡くした妻のこともあって、幼く利発だっただろうエンニィを我が子のように感じて近くに置いたのかもしれない。

 彼の心中まではわからないけれど。

「潔癖も何も、あんな男と添い遂げようなんて相手がいなかったんだろうよ」

「お金に不自由はしないんですけどねぇ」

 フィフジャとエンニィからの評価は酷いものだった。


「それよりアスカ。外の魔獣のことはいいが」

 ラボッタもいればかなりの数の魔獣を片付けられる。休憩を挟みながら続ければ、魔獣の駆除は可能だろう。

 フィフジャの心配は、別の方向に。

「あいつらはどうする?」


 この集会所には魔獣よりも厄介なものがいる。

 今は大人しくしているけれど、ずっとそうだという約束はない。むしろどこで騒ぎを起こすのか。

「何言ってるのよ、フィフ」

 ふん、と鼻で笑う。

「使えるものはなんでも使う。それがイダ森林流よ」

 森での生活は常にそうだった。森を出たところで生き方は変わらない。


「イダ森林流……すげえな」

 唸るズィムに向けて頷いて、

「知らなかった?」

「僕も知らなかったんだけど」

 兄はまだ、イダ森林流の真髄に辿り着いていなかったらしい。



  ※   ※   ※ 


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