5-24 焼け出しもの
危険なことはしないと、船でそう言ったのではなかったか。
クックラのこともあるのだから、怪我などしないよう生きるのだと。
――他人が正しくせずとも、あなたが正しくしない理由にはならない。
祖母と一緒に捲った日めくりカレンダーの言葉の一つ。
この世界の人々の価値基準はヤマトと大きく違って、それが当たり前なのもわかる。
だけど、それを理由にヤマトが出来ることをしないのは、それは違うのではないか。
助けてと言われて、助けられる力があって。じゃあ助けるべきじゃないかと。
単純なのだ。
ヤマトは自分が単純に出来ていると自覚している。アスカならもう少し考えるだろうが、自分はどうもそういう性分ではない。
正義感ばかりでもない。勝算も考えた上で。
ノエチェゼではまだ世の中のことがわかっていなかったが、ここまでの旅路で理解した。自覚した。
自分やアスカはそれなりの力を有している。魔獣の群れに対処するだけの実力は備えていると、ここまでに確認できた。出来ることをやるだけ。
「ラボッタさん、手伝って」
「お……おう」
正面から言うと、ラボッタは面食らったように頷いた。
助けられる力ならヤマトよりも大きいラボッタにも協力を仰げば、より危険は減る。
自信がないわけではないけれど、過信はしない。
「っとに、お前らは……兄妹揃って面倒な性質だな」
頷いてしまった手前、今さら断るのも性に合わない。そういう様子でラボッタは諦めたようにもう一度頷いた。
「前ので少しは懲りたかと思ったのによ」
「懲りたよ。もう、懲り懲りだ」
ぎゅっと槍を握り締める。
苦い思いを噛み締める。己の力不足を。
「だからやらないっていうのは、もっと嫌なんだ」
「ま、いいんじゃねえか。お前にはそれなりの力はあるみたいだしな」
ラボッタから、それなりに認められるような言葉をもらう。
ふっと彼を見ると、皮肉気に笑った。
「へこたれねえってのは嫌いじゃないぜ、ヤマト」
名前を呼ばれて、肩を掴まれた。
「だから、こいつはおまけだな」
「っ!」
びゅくんっと、腕が痺れた。
筋肉が痙攣して、槍を握る腕が自分の意思とは無関係に必要以上に強く握り締める。
「な、にをっ……」
「お前はフィフジャより見込みがありそうだからな。これもわかっとけ」
腕の神経が、痛みを脳に伝える。
痛い。
痛いほどに、強く信号を伝える。
「その感覚、忘れんな」
痛みを残して、ラボッタはそれ以上は言わずに離れていく。
速足で先導するのは、街道まで逃げ延びた中では元気だった青年。
途中からは間道というか獣道というか、言われてみれば道だと思うような林道を進んでいる。
国境近くの開拓村が街道沿いにないのは、宿場町とは違うからだとエンニィが言っていた。
国境近くに急に新しい町などを作り始めたら隣国といらぬ緊張を増すだろうし、立派な町などを作れば今度は自国民からも不満が出る。浮浪民などの為に。
辺鄙な場所を与えて、そこで勝手に暮らせという厄介払いの政策。策というよりは、場当たり的な対応。
稀にうまく機能することもあるし、隣国に流れて犯罪者になることもあるとか。こういう場合、なぜか自国ではなく他国で犯罪行為に走る傾向が多いのだと。
明確にそういう決まりがあるわけでもないけれど、リゴベッテでは一般的な風習というのか、そんな話だった。
「子供がいなければ一日もかかりません」
向かい始めたのが昼もだいぶ過ぎてからだったので、一度野営をしている。強行軍で疲労した状態では、助けるどころか今度はこちらの危機になりかねない。
村から逃げて来た青年が一人、道案内に。他は街道に残してきた。
あまり危険な場所に連れて行きたくないと思うクックラだが、置いていくわけにもいかない。置いていくことが安全だというわけでもないのだから。
魔獣もだけれど、村を追われたという人間だって、心に魔が差すこともあるだろう。
手の届く場所に、目の届くところにいてほしい。
やはりヤマトのやっていることは、感情や状況に流されやすい若造の、ちぐはぐな行いなのだろうか。
浅慮な正義感。
そう言われても仕方ないが、それでも嫌なものは嫌なのだ。助けられる命を見捨てていくのは。
先日のこともあって、余計に鋭敏になってしまっている。
親を失う子も、子を失う親も。そんなもの、出来るだけ少ない方がいい。
「いいんじゃない、勇者っぽくって」
野営中、迷いを見せたヤマトにそう言ってくれた。
同じ記憶にある漫画の中の主人公なら、きっと困った人を助けるのに大した理由は設けなかっただろう。
違うのは、ヤマトの行為によって妹や連れも危険な目に遭うかもしれないこと。
「出来ると思ったならやればいいんだよ。ぴょんぴょん勇者なんだから」
「……うん、そうだな」
改めて言われてみれば、何のことはない。自分に似合いの呼び名だ。
浮ついて地に足の着いていない感じが、自分らしい。
ヤマトが助けたいと思ったことを、アスカやフィフジャが助けてくれる。今はラボッタもいるし、ネフィサだって手伝ってくれるのだろう。
『クゥ』
小さく鼻を鳴らすグレイ。そうだ、いつも助けてくれる相棒もいる。
「グレイ、頼むな」
まだ朝と呼んで差し支えない時間のうちに、目的の集落と思しき柵が視界に捉えられた。
――うあぁぁぁ……
悲鳴が聞こえた。
聞こえるということは、まだ生きているということだ。
案内してくれた青年の話では、危険が迫った際には集落の中央の一番頑丈な集会所に集まる避難計画があったのだと言う。
逃げ込めなかった彼らは村から離れたが、生きている村人はその集会所に逃げ込んだだろうと。
それ以外の、自分の家屋などに逃げ込んで息を潜めている人もいるはず。
「どうすんだ?」
「焦らず、固まっていく。建物の陰もあるから全員で周囲を警戒して。クックラとあんたは真ん中にいなさい」
無闇に突っ込んだりはしないとアスカが指示した。あんた、と呼ばれたのは道案内の青年だ。
先頭をヤマトとフィフジャが。左右にアスカとグレイ、ラボッタが立って、少し間隔を空けた。近すぎると動きにくい。
フィフジャ目掛けて屋根の上から飛んできた石を槍で叩き落とす。
「石猿」
『ギィッ!』
投石が無効になり、屋根から飛び降りてくる石猿。大きなそれに続いて別の石猿も左右から襲い掛かってくる。
こういうのは森の石猿と変わらない。
だが、ここまでに見たように少しいきり立っているようだ。攻撃性が増しているというか。
襲ってくるそれらを倒しながら疑問に思う。
「縄張りでもないのに」
「ああ、妙だな」
続けて現れたのは、ヤマトが知っているものとは毛色の違うブーア。
大森林で見知っているブーアは灰っぽい茶色だったが、こちらは赤みが強い。体格はやや小さく、その代わりでもないだろうが下顎から鼻に向けて伸びる牙が分厚い。
突進してくるブーア。鼻先の牙でぶちかますような突撃。
後ろにはクックラたちがいるのだから引くわけにはいかない。
「俺が」
フィフジャが突出した。
走り出して、ブーアの目の前で滑り込むようにしながら手斧で片足を叩き切る。
『ブギャァ!』
バランスを崩して、その鼻先で大きく地面を削りながら横に逸れた。
「しゃがんで!」
スライディング状態のフィフジャの頭上に、左右から飛びかかる四つ足獣。
やや大きめの狐のような魔獣。野狐と一般的に呼ばれている。
群れを成して家畜を襲うこともある害獣で、倒したところで食う部位もない。
フィフジャに食いつこうとする片方を貫き、そのままもう片方を薙ぎ払う。
『グビェッ!』
「助かった」
ヤマトが手を出さなければそのまま地面を蹴って躱していただろうが、その先にも何がいるかわからない。
「なんで魔獣が協力してんのよ!」
毒づきながらネフィサが放った光弾が、屋根の上にいた石猿の片目を潰す。
言う通り、おかしい。
「協力してるってわけでもねえ」
ラボッタはまだ余裕がありそうで、目に付いた魔獣をやはり光弾で貫きながら答えた。
「種類も多いが、妙に敵意もたけえな」
言っている間にも、騒ぎを聞きつけたのかあちこちから魔獣が寄ってくる。
家の壁に牙で砕かれた跡が見えるのは、ブーアの突進か。
窓の木戸を乱雑にはぐったのは石猿の仕業だろう。
留め具一つだけでぶら下がる板が音を立てて、窓からまた石猿が飛び出してきた。
口元に、まだ乾ききっていない赤い雫が。
「っ!」
アスカの放った石礫が石猿の顔にめり込む。道中、尖った石を拾っていた。
「ヤマト! 思ったより数多い」
「ああ!」
言っている間にも集まってくる魔獣を捌きながら、やはり疑問に思う。
魔獣とて獣だ。普段からこんな密集して生活しているはずがない。
高い密度で集団生活するのは同じ群れでもなければ考えられない。同じ群れでさえ、あまりに数が増えすぎれば食料不足になる。
複数の種類の魔獣に同時に襲われる。
そういえば大森林でも、途中そんなことがあったか。
ここにいる魔獣は大森林のそれよりも個別の脅威度は低いが、数が多いのはそれが脅威だ。次から次へと。
今はまだ平気だが、いつまでも続けばこちらも疲弊する。そうすればミスも出てくる。
魔獣とて無限に湧くわけではないにしても。
『ヴァンッ!』
グレイが旋じ風のように回転すると、襲い掛かろうとした二体の野狐が喉から血を噴き出して倒れた。
旅の中で、グレイも強くなっているような気がする。
「集会所は?」
「村の中央、もう少し先です」
先日の開拓村よりも規模が大きかった。この開拓村は成功例で、いくらか年月が経っているということだ。
中央側。
おそらく人間の気配があるからだろう、魔獣もさらに増えていく。
魔獣同士も決して仲が良いわけではない。お互いに牽制しつつも、優先的に襲うのは人間。
人間に対する敵意が高いのか。理由はわからないが、だからこの集落が襲われている。
「ああ、焼け出しもんか」
「みたいですね」
ラボッタとエンニィが納得の言葉を交わすのを耳にする。
襲ってくる長細いネズミのような魔獣を倒しながら。
「森を焼かれたり山を奪われたりした魔獣が、人間の村を襲うことがあるんですよ」
ヤマトの疑念を察してエンニィが言葉を足した。
森を焼かれ、人間に恨みを抱いて。
「焼いたの?」
「そういう例もあるって話です。とにかく元の縄張りから追い出された魔獣がまとまって人間を襲うことが」
「ここ十年も聞いてなかったんだが、なっ」
人間の手で住処を奪われたから、だから人間への敵意が高い。
魔獣というのは、どうやら知能も普通の獣より高いらしい。目的を同じとして協力のようなことを。
「人間のせいかよ」
ズィムが言葉にしたのは、隣にいた村の青年の気持ちを思ってのことだ。
どこかの誰かのせいで彼の村が襲われた。助けてもらっている身で恨み言を言いにくいだろう青年の代わりに。
「って、あれ……なに?」
ネフィサが声を上げ、ヤマトもそちらに気を取られる。
「なんなの……」
アスカが言葉を失うのも無理はない。
家が全壊していた。
並ぶ家の中の一つが完全に全開して、その隣の家も大きく壁を砕かれて傾いていた。
屋根の片側が地面に着いている家の隣には、完全に倒壊した残骸だけ。
ブーアの突進で壁に穴が開くこともあるだろうが、家を丸ごと倒壊させるまでの力はないはず。
倒壊させたそれが、隣の家の壁も大きく抉って傾かせたと見て間違いないだろうが。
これだけの破壊力を有する魔獣となると。記憶に多くはいない。
大森林にいた黒鬼虎や大ニトミューなら可能だろう。巨大ブーアでも出来るかもしれない。
太浮顎なら、数回の体当たりで小さな家屋くらい潰せてしまうはず。だがここは海ではない。
「角壕足、かな?」
「かもしれん」
巨大で突進力のあるサイのような魔獣。勢い余って隣の家の壁まで壊したと考えれば妥当かと、フィフジャも頷いた。
さすがにあれが突進してきたら止めきれない。以前に仕留めた時も、脳天に槍を打ち込みはしたものの勢いは止まらなかった。
近くに見当たらないところを見ると、もしかしたら潰れた家屋から逃げ出した人を追って行ったのかもしれない。
「あそこだ!」
青年が指さす方向に、一際大きな建物があった。
他の家と違って丸太そのままで組んだ建物。板壁ではなく分厚い印象の建物だ。
集会所と備蓄倉庫を兼ねているらしく、他の家屋より頑丈に作っているのだとか。
「周りの魔獣を片付けて一度中に」
いつまで続くのかわからない。
一度息をつきたいということもあるし、中でクックラ達を匿ってほしいとも思う。
集会所に群がる魔獣の数は多かったが、頑丈な建物に手をこまねいていたのか、ヤマトたちが周囲を蹴散らしていくと遠巻きに警戒するように離れた。
こうしてまた人間への敵意を高めてしまうかもしれないが、今この状況では他に方法がない。
「助けを呼んできた! 俺だ、ノッドだ!」
ドアを叩く青年に、中から漏れてくる声に安堵の色が見える。絶望的な状況の中に光明が差して。
「今開ける、魔獣は大丈夫か?」
「ああ、ドア周りのは片付けてくれた」
まだ襲ってくる魔獣を警戒しながら、開かれた戸に青年とクックラ、ズィムと順番に入れていく。
庇伝いに空いた隙間に飛び込もうとした石猿を、フィフジャが叩き落とした。
「入れ、ヤマト!」
「うん、フィフも」
かなりの魔獣を片付けてきたつもりだが、それでも見る限りまだ半分程度か。
「ひっ、魔獣!」
「それは平気! 噛まない、私の家族!」
グレイのことだったのだろう、アスカが無害だとアピールした。
強い警戒をみせる魔獣を牽制しながら中に入ると、内側から太い丸太でドアを固定する村人たち。
薄暗い室内。わずかな開口の明かり窓しかないのは、ここが倉庫も兼ねている為に泥棒の侵入を防ぐ為だったとか。今はそれが幸いしている。
室内は、確かに広い。
村人数十人が逃げ込んでも十分な広さ。実際の村の人口は三百人程度だというから、ここにいるのも全員ではないだろうが。
三百人まで入ればすし詰め状態だろうが、今の人数ならそこまでではない。
家族ごとに寄り添って固まる人々。
「ノッド、よく無事で」
「ザモンはいるか? カムナとモーナは無事に街道まで逃げている」
「ザモンは……ここにはいない」
「そうか……どこかに隠れているんだろう。とにかく助けを呼んできたんだ」
連絡を交わす彼らの会話を耳にしながら、息を整える。
「大丈夫?」
「うん、平気だよ。ありがとうネフィサ」
アスカに渡された水筒から水を一口飲んで、汗を拭う。
魔獣の強さそのものはそこまででもないが、誰かを庇いながらというのはやはり疲れる。神経を擦り減らす。
大森林で一緒だったのはアスカとフィフジャ、そしてグレイ。庇うべき相手ではなく共に戦う仲間。
今はクックラもいるしズィムもいる。エンニィや村の青年ノッドも。
ネフィサのことだって、無理をさせないように気を配る必要があった。彼女がある程度弁えて支援に徹してくれていて助かる。
「ケルソウの家が潰されていたんだが、あれは……」
「わからん。儂らもここに逃げ込むのがやっとで。地鳴りのような音がしたのは聞こえとったが」
何がどうなったのか知ることなど出来なかっただろう。
有益な情報は期待できそうにない。息を整えたら、また魔獣が数を増す前に戦いに――
「なんであんた達がいるのよ!」
思考はアスカの声で掻き消された。
アスカと共にグレイも低く唸り、背中にクックラたちを守ろうと。
「何を……」
ただ事ではない。ヤマトも目を向けて、目を疑う。
「はぁい」
「そんなに警戒すんなって、ちっちぇの」
薄暗い中でもわかるニヤついた笑みで手を振る女と、つまらなそうに舌を出す男。
「お前ら……」
薄暗い屋内に、二人で壁際に寄り掛かる双子。ミィバとミドオム。
魔獣から逃れた先でより邪悪なものと鉢合わせてしまうのは、ただの偶然と言えるのか。
嗤う双子の口元は、罠にかかった獲物をどう咀嚼するかを舌なめずりしているかのようだった。
※ ※ ※




