5-21 魔導師の教え
妹も成長しているのだな、と思う。
取り巻く環境の変化で、否応なく変わらざるを得ないだけだとしても。
船でクックラの話をしていた時には、他人のことをほとんど考えていないような話しぶりだった。
生まれてからずっと家族だけしかいなかったのだから、本の中でしか知らない他人と自分との関係など構築しようがなかった。
竜人の村。ボンルたちやクックラ。ギュンギュン号の船乗りなど。
その合間にロファメト家でラッサたちと関わったヤマトの方が、少しだけ他者との距離を見直す材料は多かったか。
別に他人を深く思いやるわけではない。そういう性分でもない。
だが、生きている人間として他人を見る自分の見方と、ラボッタのように無関心な考え方との違いを感じて、心を不安定に揺らす。
それも成長なのだろう。ヤマト自身もまた、アスカと話すことで自覚したところもある。
人間と獣の違いは、たぶんコミュニケーションが取れるかどうか、だ。
獣でも意思疎通できるグレイのようなものもいるが、野生の獣とは出来ない。普通は。
人間なら、同じ言葉を話せば、初めて会う相手とでも関係を築ける。相手を知ることも出来るし、こちらの考えを知らせることも。
言葉が通じない場合。
地球でも、民族ごとに争うことが多かった歴史というのは、言葉の壁が大きかったのではないだろうか。
ただでさえ他人の心中などわからないのに、言葉も通じないのなら理解が進まない。理解が出来ないから怖くて、怖いから排除しようと。
逆に、ある程度知ってしまった相手に関しては、よほど嫌悪感でもなければ、その命に価値を見出してしまう。重さが生まれる。
だから知った人が死ぬのは気持ちを沈ませる。
関りが深ければそれだけ重く、深く。
浅くても、臍を噛む程度には陰鬱な気持ちに。
「これからは、俺がこの村を守るよ」
まだ赤い目で気丈に言ってみせるベイフ。
父、ビエサを失った翌日だというのに。悲しんでいても生きていけないこともわかる。きっとヤマト以上に彼の方が分かっている。
「うん、気を付けて」
「柵を二重に回しておけたら安全になると思う。立ってる木を利用するのもいい」
言葉の少ないヤマトに続けて、ネフィサがそんな助言を残す。
ネフィサが気遣ったのはヤマトのことだろう。親を亡くしたというベイフの胸中につい共感してしまい、憂いの色が強い。
考えすぎても仕方がない。この開拓村の人々の未来を背負ってやれるわけでもない。
結局はラボッタの言う通りだ。ヤマトにそんな力はなくて、その無力さに後味の悪さを覚えているだけ。
そう考えれば自分も幼い。全てを思い通りに出来るような超人でもないくせに、あれもこれもどうにかしたいなど。
(ラボッタ・ハジロなら……)
この男なら、全てとは言わなくとも、ヤマトより多くのことが出来るのではないか。
一人で教会勢力と戦ったという実力があり、見聞も広いだろう。
ヤマトやネフィサよりも、もっと役立つことが出来るはずだ。
そうしない彼を責めるのは、また幼稚だ。
自分が出来ないことを代わりにやれと。そう言える資格はない。
彼はヤマトの部下でも親でもない。ヤマトの代わりに彼らを助けてやって下さいなどと言える立場か。
関わらせたくない。
そう言っていたフィフジャの気持ちは理解できた。
他人への配慮が希薄なこの世界にあっても、ラボッタのそれはやはり異常性。
だけど。
「私には光弾の魔術使えない?」
「ああ、火種の魔術も出来ねえならそうだな」
だけど、関わってしまった。
だから、利用する。活用する。
妹は本当に、色々と成長したものだ。
理解しがたい相手でも、自分のさらなる成長の為に利用しようと一晩で切り替えられるのだから。
大魔導師ラボッタ・ハジロ。
数少ない魔術の研究者で、教会と敵対して生き延びた男。
生き延びたというのとも違う気がする。聞いた話からの想像だが、教会側が折れたのではないかと思える。
勝ち抜いた、のだ。
それだけの男がこちらに関心を抱いたというのなら、その知識を得ようと。
得難い教材だ。人格はともかく、その力と知恵を糧と出来るのなら、妹の判断は正しい。
ヤマトとアスカには、一つの目的がある。
地球、日本とのつながりを見つけたい。
異界の龍という存在があったというのだから、異なる別の世界が存在するという認識があるはず。
魔術などを研究するラボッタなら、何かしら手がかりになるものを知っている可能性もあった。
必ず果たせる目的だとは思っていないが、可能性があるのなら聞いてみたい。
直接聞いて教えてくれるとは限らないので、まずはコミュニケーションから、だ。
開拓村を出てからの道中、ラボッタもサナヘレムスに向かうということで同行していた。
「でもさ、ほとんどの人は身体強化のことを魔術だってわかってないじゃない」
「目に見えねえからな。光弾はわかりやすいだろ」
「だから教えやすい?」
「そうだ。見えねえもんを教えるってのはセンスがいる」
代償術が流行らない理由の一つはそれか。
教える側にも、教わる側にもセンスが必要。
アスカのように、電気エネルギーの置き換えと理解する人間が少ない。だから。
「珍しいですねぇ」
「ああ」
エンニィとフィフジャに顔を向けると、二人は苦笑しながら頷いた。
「機嫌が良さそうなんで。子供好きってわけでもないはずなんですけど」
アスカの質問に応じているラボッタの様子が意外だったと言う。
人柄からすればそうかもしれないが、何となく理由はわかる。
アスカは利発だ。
ラボッタの人格は異常だとしても人間の研究者。自分の得意分野について話をすることは嫌いではなくて、それを理解するアスカの姿に気をよくしているのだろう。
時折、アスカが独自の考察を述べることも面白がっているように見える。
似た部分もあるということだ。一般社会から外れたところで。
「俺には……」
ぼそりと口にしてから、フィフジャは一旦口を噤んだ。
言葉にするつもりはなかったのかもしれないが、そこで黙られてはヤマトもエンニィも気になる。
「……俺には、ほとんど言葉では教えなかった。やって見せて、やってみろと」
「フィフジャさんは可愛げがないからじゃないですかね」
仏頂面になるフィフジャだが、反論はしなかった。そういう自覚があるらしい。
ラボッタも中年男性なのだから、無愛想な男の子よりもアスカに対しての方が饒舌になるところもあっても不思議はない。むしろ当然か。
「50、過ぎてるんだっけ?」
アスカとの会話に興じているラボッタを改めてみるが、とてもそんな年齢には見えない。30代という感じだ。
「うそぉ?」
「まじかよ」
ネフィサとズィムも驚きの声を上げた。
「ん」
クックラが声を発したのはグレイに向けて。
林の中から何やら小さな獲物を取ってきたグレイに、食べてもいいよと。
小さな鳥、ベジェモだっただろうか。クックラの許可を受けて咀嚼するグレイ。
最近のグレイはクックラの護衛のように振舞う。家族の一員と認めたのだと思う。
「あれで50過ぎなんて……」
「若さの秘密とかあるんですかねぇ」
羨むようなネフィサ。まだ気にするような年齢とは思えないが、それはヤマトの主観だ。
若さを望む女性。
時と共に年齢を重ねるのが自然だとはいえ、ずっと若くありたいと思うのもまた自然なこと。
そんな秘密があるのなら知りたい、という気持ちもわからないでもない。
(あれも身体強化、なのかな)
魔術の研究者で、一般的な魔術、代償術、身体強化。他にも色々な知識があるだろう。
身体強化の系統で、もしかしたら細胞の老化進行を留めるような技術があるのかもしれない。
「代償術はそれだけってわけでもねえな」
不意に、ラボッタが振り向いてフィフジャの顔を見ながら言う。
「あいつはセンスがねえから使えねえけど」
「だろうよ」
魔術に関わる技術全般について、フィフジャにはセンスがない。
あえて言われるまでもないと、応じる態度は素っ気ない。
立ち止ったラボッタに、皆の足も止まる。
「熱の入れ替えな、それもそうなんだが。突き詰めれば……」
言いながら、ほい、とアスカに手を出した。
悪戯を思いついたような顔だが。
訝し気に、けれどその手にアスカが腕を伸ばすと、手首辺りを掴んだ。
「とぉ……姉ちゃん、ちょいと」
「私?」
ネフィサを手招きした。何が始まるのか。
「こいつぁ俺も結構集中しねえと出来ねえんだが」
言いながら、歩み寄ってきたネフィサを見てから、唐突に空に視線を向けた。
「?」
思わず空を見上げるネフィサ。
アスカの手を掴んでいない方の手が、隙だらけのその胸に無造作に伸ばされる。
何が、集中しないと出来ないんだか。
「っ! 何すんのよ!」
咄嗟に叩くネフィサ。当たり前の反応だ。
「たっ!?」
声を上げたのはアスカだった。
声を上げて、自分の声に驚いている。目を丸くして。
「え、アスカ?」
「なん……なに、今の?」
信じられない、というように。
痛かったわけではないらしい。驚いただけだ。
ラボッタの手が叩かれたと同時に声が上がったということは、おそらく。
「……なんで、私の手が?」
「まあ、こんな具合だ」
ラボッタが叩かれた衝撃が、そのままアスカの腕に伝わったのだろう。
代償術を突き詰めれば、と。
自分が受けた衝撃を、別の誰かに付け替えるような。そんなことが出来るらしい。
実験に使われたネフィサには気の毒だが、フィフジャとエンニィは肩を竦めるだけ。
ズィムは面白くなさそうにむすっとした顔で、でもラボッタは怖いのか口には出さない。
「起きた現象を、他に移し替えられる?」
「人間相手じゃねえと出来ねえし、結構集中するから他のことも出来ねえ。間違っても剣で刺されたりを移し替えるのは無理だ」
「なんの役に立つの?」
「まあ、悪ふざけ程度だな」
本当にふざけた話だが。
ラボッタにしたら、つい思いついたから実践してみせただけの小技。悪戯。
誰かに教えても役に立つわけでもないことだろう。あれやこれやと質問するアスカに、こんなことも出来ると見せてくれただけ。
「私の胸」
「ごめん、ネフィサ」
なぜヤマトが謝るのだろう。
なぜかヤマトが謝って、謝る必要があるような気がして、後ろでズィムがふんと鼻を鳴らした。
この世界の魔術というのは、代償術もそうだが、とても便利に使えるわけではない。
光弾の魔術も使いすぎれば頭が痛くなるというし。
火種の魔術も、一瞬だけであればいいのだが、それを炎の塊にするようなことは非常に難しいらしい。
出来ないわけではなく、炎の矢のようなものを作り出して打ち出すことも可能だとラボッタは言う。
ラボッタでも、そんなことを二度、三度もすればぶっ倒れるとか。
それなら油を染み込ませた枝に火を着けて投げればいいのだから、魔術だけで火矢を作るようなバカはいない。
面白そうだったのは、物体を浮かせる魔術もあるという話だ。
手を触れずに物を浮かせる。地球で言うサイコキネシスのような魔術。重力や引力に作用するものだろうと後でアスカと話した。
治癒術が時に作用する力だとすれば、そういう魔術があることも不思議はない。
だがこの魔術もまた、重い物体を浮かせるには相当な労力が必要だということで。
重い岩を浮かせた魔術士がいたそうだが、目、耳、鼻から血を流して倒れたとか。
それなら数人掛かりで岩を持ち上げた方が現実的だ。
治癒術以外のことなら、ほとんど別の手段で代用出来てしまう気がする。
その治癒術とて、時間をかけて治すのか、痛みを堪えて時短で治すかの違い。やはり魔術なしではどうにもならないことではない。
今日見た、叩かれた衝撃を別の人間に移し替えること。
これは不思議な感じだ。役には立たないけれど。
夜、アスカが面白がって実験した。
ヤマトの手を握り、自分の額に向けてクックラに指を弾かせて。
何度かやっているうちに、アスカの額へのデコピンがヤマトの頭に伝わってきた。
これは代償術の応用みたいなものらしく、他の魔術と違ってアスカにも使える種類の魔術らしい。
「これ、何も役に立たないね」
「あのな」
コツを掴むまで何度も叩かれたアスカの額は赤くなっていて、くだらないことに一所懸命になっていたアスカたちに、他の面々が笑うのだった。
※ ※ ※




