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5-20 兄妹と姉弟



 眠りが浅い性質ではない。

 覚醒してから判断、行動するまでの時間が短いのだ。

 グレイが近くにいれば、アスカよりも早く他の気配に気づくのだから、無闇に心を尖らせて疲労が抜けないようなことはない。


 だが、今夜は少しばかり寝つきが悪く、目が覚めてしまった。

 バムウの噛み跡が残る家屋でも、屋根と壁があるだけマシな寝床だ。


 近くで眠る他の仲間も気が付いたかもしれないが、静かに外に出る。

 まだ残ったバムウがいるかもしれないので、警戒しつつ。

 どうやら巨大なバムウの妖獣に率いられていたようで、ボスを失って散っていったようでもあったが。



「……眠れないのか」

 外には先客がいた。

「まあね」

 兄妹だけで話すのは久しぶりのような気がする。


 ヤマトもアスカと同じく、気になったのだろう。

 ノエチェゼでは気にする余裕もなかったが、この世界の人々の考え方に違和感を覚えて。


 結局のところ、アスカたちの成長過程で教わった常識は、両親や祖父母が暮らした日本に根差している。

 地球でも日本以外の地域であれば、生き死にについて価値基準が違っただろう。

 日本の中でさえ違ったかもしれない。


 ここでは日常が死と隣り合わせだ。だからなのか、自分以外の命に対しての気持ちが後回しというか、薄いというか。

 そういう違いは、違いとして理解出来ている。

 所詮は他人事。気にし過ぎたら自分が死ぬ。



 それともまた違う。後回しどころか、後にさえ回さずに扱う人がいる。

「……あの双子」

 ヤマトの方から話し出した。


「異常だと、思った」

「……」

「人殺しを愉しんで、暴力に躊躇わなくて……異常者だと思った」

 箍の外れた人格破綻者。

 間違っているとは思わないが。


「……ラボッタ・ハジロの方が、おかしい」

「そうだね」

 アスカも同じ気持ちで、だから落ち着かなくて寝つきが悪い。



 人の命を奪うことを愉しむ双子のミイバとミドオム。

 あれらを許せるわけでも共感することもないけれど、他者を傷つけることに愉悦を覚えるタイプの人間だと理解できた。

 大した理由もなく人を傷つけて、他人の不幸を悦ぶ。


 理由がないわけでもない。仕事だと口走ったのを聞いた。それも追及したいところだが。

 趣味と実益を兼ねた襲撃だったと考えたら、双子の言動はアスカたちが想像できる人間の範疇に収まる。



 ラボッタ・ハジロは、その範疇にいない。

 彼は他人のことを虫けら……とさえ思っていない。

 自分の言動で生きようが死のうが気にすることもなく、ただそこにいた人間に使い道があるなら使うかと。物扱いだ。


 浮浪民たちを魔獣から助けたと言うが、この道中で見つけたから都合が良かっただけ。フィフジャと共にいた自分たちにけしかける為に。

 魔獣では話が通じないが、人間なら自分の思惑で動かせる。

 彼らの心の弱い部分をつついて襲わせた。

 それで誰が死のうが気に掛けない。ラボッタの興味、関心を満たせるかどうかというだけで、悪いなどという意識はないのだ。


 日本ではこういうタイプの人間を何と呼ぶのか、言葉があったように思う。

 現実に存在すると思わなかったので、アスカも思い出せなかった。物語の中だけの存在ではないのか。


「狂科学者っていうのか、そういう感じだよ」

「本当に危険人物みたいね」

 聞いてはいたけれど、実感した。世の中には関わってはいけない人がいるのだと。

 あんな男に育てられたというのに、フィフジャは真っ当な人間に育ったものだ。他人の心を思うことが出来るのだから。



 落ち着かないのはそれだけではない。

 ラボッタはあれでヤマトに気遣いを見せたのだ。少なくとも本人はそのつもり。

 ビエサを死なせたことを悔み、自責するヤマトに向けて。思い上がるなと。


 ただ事実だと思ったからそう言っただけ、とも感じたが。

 それでも、興味がなければそんな言葉を掛けることもなかっただろう。

 ラボッタの心中に、ヤマトに対して教示めいたことを言うだけの関心があるということ。

 それがまた落ち着かない気分にさせる。


 悪い人の手口で、使い道のある相手に対して親切にするという話を聞いたことがあった。

 弱い者に対しては高圧的に。

 利用価値がある相手には贈り物をしたり、あるいは魅力的な異性を融通したりして恩を売る。

 そうやって断ち切りにくい関係を築いて、いざ必要な時に利用するのだとか。


 ヤマトやアスカにそれだけの価値があるのか自分たちでは判断できないが、ラボッタの眼には言葉を掛けるだけの意味は見出されたらしい。

 嬉しくない。

 出来れば付き合いたくない相手に高く評価されても嬉しくない。

 こういう感覚も初めての経験だ。




「これから、どうする?」

「どうするって……サナヘレムスに」

「その後のこと、だよ」

 サナヘレムスに行くのはアスカだってわかっている。

 それからどうしようかと、初めて話題にした。


「リゴベッテの方が安全だからって来たけど、何だか違うじゃん」

「確かに」

 フィフジャの言ったことは嘘ではない。

 リゴベッテに渡ってから闘技場、双子の襲撃、浮浪民の襲撃、魔獣の群れとの戦い、と。

 物騒なことばかりが続いていて、自分たちを取り巻く状況だけで見るとまるで安全だとは思えないけれど。


 町での生活水準などを見れば、ズァムーノよりも文化的な様子に見える。

 安定した社会生活の基盤がある。

 闘技場にしても、ある程度の安全が約束された町だから成り立つ。日常的に暴力が蔓延るような社会なら、闘技場など作られもしないだろう。


 ウェネムの港町で出会った軍人のモルガナにしても、ノエチェゼの町の兵士と比べて規律が守られているようだった。

 国に定められた法があり、それに沿って生きる人々。

 双子の殺人狂だとて、その法に反しているから手配されているのだし。

 フィフジャが嘘をついたわけではない。少し、何か巡り合わせが狂ってしまっているだけで。



「サナヘレムスで、フィフがそれからどうするかだけど」

「私は町で暮らすのは嫌かな」

「それは……そうだな」

 アスカの言葉にヤマトは少しだけ不思議そうに口を開きかけてから、自問してみたのか、苦笑して頷いた。


 生まれ育った環境のせいなのだろう。あまり人が多い生活に慣れていない。

 それなら、魔獣が多い方が何だか落ち着いてしまう。というのも変な話だが。

「……帰りたいか?」

「どうだろ。まだわかんない」

 ホームシックという心境なのだろうか。それも少し違うような気がする。


 他人がたくさんいることにも慣れていない。

 その他人の悪意や善意、死や嘆きにも。

 そういうものに少し眩暈を感じているのかもしれない。目まぐるしくて。


 アスカも所詮は十二歳の少女に過ぎない。ここまでは流される中で気にならなかったけれど、精神的な影響がないはずがなかった。

 思春期の子供に家族の死や引っ越しなどが相次いだとしたら、それで何も感じない方がおかしいのだから。

 これまではそれを理由に疲れただとかもう嫌だだとか、甘えたことを言える状況でなかっただけ。


「ちょっと疲れたのかも」

「そうだよな、僕もだった」

 生きる為に戦うことは苦手ではないけれど、自分たちが十代の少年少女であることを思い出す。

 思い出したら少しおかしくて、気持ちが軽くなった。


「出来たらさ、入納銭を払ってどこかの開拓村で暮らしたらいいんじゃない?」

 町よりは自分たちの性分に合っているのではないだろうかと。

 農作業にも心得がある。リゴベッテの農業は違うこともあるだろうが、全て異なるわけでもなかろう。

「僕の分の入納銭も払ってくれるんなら、な」

「私の言うことを聞くならね」


 冗談を言い合って浮かべる笑顔。

 一緒に生まれ育った兄妹だから共感できる気持ちもある。

 互いに似たようなモヤモヤを抱えていたと話してみれば、多少なり気持ちの整理も出来た。

 知らない世界の見知らぬ文化の中で、一人で思い悩む必要はない。


 互いに相談して、無理のない道を選べばいい。

 ただそれだけのこと。

 異常な殺人狂や、他者への配慮を欠く研究者などに気を囚われすぎずに。


「クックラも、その方がいいでしょ」

 治癒術士の力を隠して生きるべきクックラも、町で暮らすより辺境に住む方が心配は少ないのではないか。

 彼女も農園の出身だし、適応しやすいと思う。

「グレイもだな」

「そうね」



 頷いて、周囲を見回す。

 月明かりの中に見える、あちこち壊れた家屋が目立つ開拓村。

 きっとここは選べない。ここで暮らすには、苦い記憶が刻まれてしまった。


 ここではない、別のどこでもいい。

 適度に静かな田舎の村で、クックラとグレイと共に暮らせればそれでいいだろう。

 フィフジャにも相談してみないといけないが、反対はしないのではないかと思った。


 改めて、村の様子を見回して気が付いたことがあった。

「……なんか、違うね」

「何が?」

 ヤマトに問われて、バムウに噛み砕かれたらしい壁の破壊跡を指差す。


「途中で見た廃村の壊れ方と違うなって」

「言われてみればそうかも」

 邪魔な壁を食い破るように砕くバムウの破壊跡と、道中で見た廃村の痕跡とは異なっていた。

「あれはなんだか殴ったみたいな……」

「屋根の方も壊れてたし」


 ここを襲ったバムウとは別の何か。

 開拓村で暮らすにしても、やはり平穏無事ではないのかもしれない。

 まだまだ世界はアスカやヤマトが知らないことばかりだけれど。

 それでも、得体の知れない人間の薄気味悪さよりはわかりやすくて、安心できる。

 そんな風に考えてしまうのは、アスカが幼いからなのだろうか。



  ※   ※   ※ 



 ズィムは、自分の幼さを知った。

 未熟で、稚拙で、視野が狭かったことを知る。

 旅というのは、そういうことを教えてくれることもある。両親はそれを期待して送り出してくれたのだろうか。


 今まで自分が生きて来た社会が、どれだけ限られたものだったのか。

 どれほど肉親に依存していたのか。

 年の変わらないヤマトはズィムよりよほど旅慣れているし、年下のアスカも驚くほど機転が利く。

 少しばかり見下していた気持ちもあったネフィサだって、ズィムと比べたら遥かに物事をよく知っていて、またズィムの周辺のことに心を配ってくれた。


 一行の中で、ズィムが一番の足手纏いだ。幼いクックラにさえ劣る気がする。

 これでは姉のサトナが船に乗せられないという言葉もわかる。納得するしかない。

 悔しいが、今の時点のズィムは半人前未満だ。

 それに気が付いてようやく半人前。



 港での仕事だって、出来ているつもりでもきっと色々な見落としや手抜かりがあっただろう。

 一丁前の気分で半人前がやる仕事など、粗雑で稚拙なものでしかない。

 情けない。


 ズィムが驚くのは、ヤマトでさえ自分自身を不足と見ていることだ。

 魔獣の群れの中、妹と共に巨大な魔獣を相手に冷静に、堂々と戦っている姿は、素直に格好いいと思った。

 ネフィサの視線がヤマトを一人前の男として映していることも、当たり前で、悔しかった。


 自分は、自分のことも満足に出来ない半人前。

 ヤマトはあれだけのことをしておいて、見知らぬ他人が死んだことに対して自分の責任だと悔む。後悔するにしても、立っている場所の高さが違う。

 それでも彼を恨めしく思うわけではない。ヤマトは本当に、ただいい奴だ。

 海の男だ。

 いや、別に船乗りとかそういうのではないけれど、ズィムが理想とする海の男というのは、きっとヤマトのような男だろう。


 仲間の為に体を張って、巨大な敵にも立ち向かう。

 少し抜けたところもあるけれど、嫌味がない。いい奴過ぎて嫌な奴かもしれない。

 羨む気持ちもあるけれど、彼と知り合えたことを幸いにも思う。

 自分もこうありたいと、そう思えたから。



 男のズィムから見て好漢で、きっと女からも好かれる。

 ネフィサに限らず、女からも好意を寄せられて当然だ。

 一緒にいるアスカが、他の女の接近を排除しているような気もするが。妹としても自慢の兄なのだろう。

 ネフィサも、アスカに遠慮しているようで、無闇にヤマトに近付こうとはしていない。


 ネフィサ、ネフィサと。

 ズィムの思考の中心に、姉と同じくらいの年齢で、姉よりも優しくズィムを見守ってくれる彼女がいる。

 優しいのは、まあズィムがネフィサの雇い主ということでの気遣いなのだとわかっているが。


「おれ……」

 自覚する。旅の中で、己を見つめ直すということを覚えて、自覚する。

 ネフィサに対してどんな感情を抱いているのか。


「……」

 だが、同時にどうしようもない罪悪感も覚えるのだ。

 よく知りもしない時に、ズィムはネフィサのことを何と言ってしまったのか。

 馬鹿なことを口走った。ネフィサとて自ら好んで騙されたわけでもないだろうに。


 姉が怒ったのは今思えば当然だ。

 愚かな弟の愚かな言動を諫め、叱りつけた。

 半人前のお前が知ったようなことを言うんじゃない、と。


「……馬鹿だな」

 後悔というのは、後になってから自分を責める。

 口から出た言葉を戻すことは出来ない。自らの行いを、なかったことには出来ない。


 次に姉に会ったら謝ろう。

 過去を変えられないのだから、そうするくらいしか出来ることはない。

 姉に謝ったら、少しは一人前に近づけるのではないか。

 一人前の男になるというのはきっと、嫌なことから目を背けていてはいけないのだろう。


 そう考えることが出来るようになっただけでも、サトナは褒めてくれるのではないだろうか。

 両親も、喜んでくれるはず。

 ズィムには幼い弟妹もいる。それらに見せるべき兄の背中は、恰好が悪くても、正しくありたいと。そう思った。



  ※   ※   ※ 


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