5-19 肝の味
破壊。
無数の足で一斉に跳ねながら、回転しての突進。
異常な巨体のバムウなら、それだけで十分な破壊力があった。
体も、他のバムウよりも硬いらしい。家屋の壁を砕いて中に突っ込み、何事もなかったようにそこから這い出てくる。
「……やばい、かな」
後ろから駆けつけてくるフィフジャの気配。
別のバムウに噛みついていたグレイも、そのボス級バムウへの警戒を強くするが。
「やるしかないでしょ」
逃げるという選択肢もあるとは思うのだが、妹はやる気だ。
巨大な異常個体を前にしても、怯む様子はなかった。
(黒鬼虎に比べたら)
異様には驚かされても、迫力ではもっと恐ろしい相手と戦ったことがある。
「油断するな」
「お互い様」
妹が心配な反面で、心強いと思うのも事実なのだ。
それもきっと、お互い様で。
※ ※ ※
予想はしていたけれど、苦戦を強いられた。
思った以上に時間がかかった。ヤマトの息もかなり荒くなっている。
巨大なバムウは、息絶えていた。
ヤマトの槍を深々と、縦に割れる口の下あたりに突き刺されて。
「はぁ……ふぅ……」
見渡す。
惨状を、見渡す。
「うぅ、いてぇよぉ……」
「足がぁ……」
呻き声を上げる浮浪民たちの惨状を。
巨大なバムウに時間がかかってしまったのは、こうしてみれば痛恨だ。
理由はある。
体の大きさに比例して、非常に生命力が強かった。
また、楕円形の体の明確な急所がわからず、何度突いてもなかなか足を止めることが出来なかった。
刺されるたびに甲高い悲鳴を上げて突進していたので、痛覚がないわけではない。
その悲鳴もまた厄介な性質で。
他のバムウを集める習性があるのか、あちこちからバムウが寄ってくる。
ヤマトもアスカも、フィフジャとグレイも合わせて必死で対処するが、それでまた手間を取られた。
年若いヤマトやアスカが戦う姿は、浮浪民たちの心を動かした。
意図せず、動かしてしまった。
――よその若いのにだけ戦わせてられるか! 俺たちの村だぞ!
どういう事情かで住む場所を失くしてきた彼らの心情も、行動する理由になっていたのだろう。
唆されたとはいえ、襲ってしまった相手が自分たちの村の為に戦っているということも、後ろめたかったのかもしれない。
あるいは、手早く魔獣を始末していくヤマトたちを見て、容易いと判断してしまったのか。自分たちにも出来ると。
手にした鍬や鎌で、湧いてくるバムウに向かった。
通常のバムウという魔獣は、大きさはそれほどではない。
厄介なのは、体の下に生えた無数の足で予測しにくい動きをすることと、その牙。岩をも噛み砕く咬合力を持つ。
それに加えて、間合いの計りづらい尻尾の毒針。
戦いの素人が相手にするには難しい魔獣だった。
それでも、彼らはよく戦ったと思う。
数人掛かりでバムウを殴打し、突き刺し、反撃を受けながらもそれを仕留める。
自分たちの村を取り戻すという目的があったにせよ、勇敢に戦った。
倒したのは数匹だったが、十分な戦果だと言いたい。
これからこの村で暮らすのに、見ていただけで与えられたというよりは良い。
けれど。
負傷した者や、足に毒針を受けて麻痺している者もいる。
「父ちゃん! うあぁぁぁ……」
犠牲者も。最小ではあるけれど、犠牲者もいた。
数字にすれば1だけれど。
だがそれは、家族にとっては他に替えようのない一人。
「……」
泣いているのは、アスカが脅したベイフ。ヤマトと大体同じくらいの年齢の少年。
半年ほど前に、母を失い雨の中で泣いた自分と同じ姿を、こうして目にする。
痛恨だった。
「あらかた片付いたな」
「……」
つい、きつい視線になってしまった。
睨まれた当人は、肩を竦めるだけ。
「そんな泣きそうな顔すんな」
「あんた……あんたは、なんで……」
途中で気が付いた。
ラボッタ・ハジロは遊んでいるのだと。
この状況を利用して、ヤマトやアスカを観察していた。
「恨むってぇのはお門違いだな。俺が一番たくさん仕事したんだぜ。大物はお前さんらに任せたけどよ」
その言い分は事実だ。
巨大バムウに弾き飛ばされた後、壁に叩きつけられたように見えたラボッタだったが、受け身を取っていたらしい。
そのまま壁を背に、視界に入ったバムウを魔術で次々に仕留めていた。
彼の使う魔術は光弾をさらに凝縮したような印象で、高熱の弾丸がバムウに小石ほどの穴を穿つ。
そうして仕留めたバムウの数は、数十になるだろう。
大物に手間取っていたヤマトたちよりも、明らかに多くの戦果を挙げている。
仕事をしていないわけではない。
手を抜いていただけで。
「腹捌いて燻しとけばしばらく食い物には困らんだろ。さっさとやれ」
怪我のない浮浪民たちに声を掛けて、倒したバムウの肉を処理するよう促した。
悲しんでいる暇があるのなら、やるべきことをやれという。
ラボッタ・ハジロの言葉は合理的で、情はない。
「……」
正しい。
生きている彼らはこれからも食料が必要とするし、魔獣の肉は彼らの糧になる。
季節的に気温も高くなりつつあるから、放っておけば肉が傷む。早く処理すべきだ。
処理の仕方は乱暴で、味は損なわれるかもしれない。
それでも食料の確保は住居の確保と共に必要なこと。味など二の次でもしょうがなかった。
「あぁ、お前らも食いたいんじゃなかったのか?」
「……食べたくない」
倒したバムウに向かう浮浪民――住居を確保したのだから開拓民か――たちの顔は、複雑だ。
喜びではない。
しかし、安堵もある。
生き延びたことを安堵している。死んだ仲間がいたとしても、自分や自分の家族ではない。
命を長らえ、住む場所を取り戻して、とりあえずの食料も手に入った。
死んだ仲間のことや、嘆くベイフを見れば、喜ぶわけにもいかない。
けれど、その不幸が自分ではないことを安堵する彼らを責めることは出来なかった。
ヤマトだって、アスカや自分の大切な仲間に怪我がなかったことに安堵しているのだから。
「他人のことに随分と入れ込んでいるようだがな」
はあ、と呆れたようにラボッタが息を吐いた。
「師匠」
「口を挟むな、阿呆」
止めようとしたフィフジャに、引っ込んでいろと手を振る。
「ヤマトって言ったか。お前はそんなに強くねえぞ」
「……」
近くで聞いていたアスカから、溜息が漏れた。
否定ではない。どこか納得するような、そんな吐息。
「誰も彼もの人生を背負ってやれるほど強い奴なんざぁいねえ。こいつらは、こいつらの人生の為に戦って死んだ。それだけだ」
訓示なのか、説教なのか。
ただの事実を言っているだけなのかもしれない。
「俺はマシな生き方だと思うがな。自分の為にも戦えねえやつも多いってんだから」
「……わかってる」
反発する気持ちもあるけれど、ラボッタの言い分は正しい。
開拓民の人生は、彼ら自身が切り開くべきこと。手助けは出来ても、全てを背負ってやれるわけではない。
村を取り戻す。
ヤマトとアスカの気持ちはただのお節介だ、
見放すのが居心地が悪くて、世話を焼いただけ。
そこに責任感はない。
予想外の魔獣の攻勢に手古摺り、本来なら戦わせないつもりの彼らを奮い立たせてしまった。
彼らが自らの為に戦う選択をしたことを悔やむのも、それもまた筋違い。
そうではない。
悔むのなら、そこではなくて。
「僕がもっと強ければ……もっとうまくやれてたら、死なせずに済んだ」
力の無さを、悔む。
母の時とは違う。
ヤマトに力があれば助けられた命を、こうして失わせた。
己の無力さを悔やむ。
「そう言ってるじゃねえか。お前は弱いってな」
「……うん」
ラボッタが手抜きせずに力を振るえば、どうにでもなっていたのかもしれない。
だがそれもヤマトの勝手で、無責任な言い様になってしまう。
俯くヤマトに、アスカもフィフジャも声を掛けなかった。
クックラが少し心配そうにアスカを見上げるが、アスカはその頭をそっと撫でるだけで言葉は返さない。
結果は出した。
魔獣を駆除して、彼らがまた村で住めるように出来たと思う。
犠牲を出さずにやりたかったと、ただそれだけのこと。力不足のヤマトの傲慢だと言ってもいい。
「はあ……」
深い溜息と共に、ヤマトに近付く気配があった。
ヤマトの視線は地面に向いたままで、その頭に衝撃がぶつけられた。
「……」
軽く、ぽかりと。
「……うん」
「私が言うのもなんだけど、さ」
そんな前置きをするネフィサは、ヤマトよりも年上だ。
「海での生き死にの責任を他人に押し付けるな……ってね」
気恥しそうに、お姉さんぶって。
以前に自分に向けられた言葉を、今度はヤマトに向ける。
「それってさ。海に限らないんじゃない」
「……」
サトナが教えてくれた海の掟。
あの時は、友人の死を納得できずに荒れていたネフィサが言われて、耳を塞いだ言葉だったはず。
「ヤマトは出来ることをした。死んじゃった人も、自分が出来ることをやろうとした」
まるで自分に言い聞かせるようにネフィサが言うのを、俯いたまま聞く。
母以外の女性に、こんな風に言い聞かせられる記憶がない。
「助けられなかったことは残念だけど、その人の生き方までヤマトが背負おうとするのは、違うのよ。たぶん」
ネフィサは、きっといつまでも納得は出来ないだろう。友人の、ミシュウが死んだ不幸を。
若すぎる友の死など納得できるはずがない。
けれど、その死の責任を他人に……ヤマトに求めるのは、ミシュウの生き方も辱めることになる。そう考えるようになったのか。
戦わされたのではなく、自分の為に、ネフィサの為に戦ったのだ。誰かのせいにしたくないと。
「……ありがとう、ネフィサ」
「ま、まあ、私が言うのも本当に何だかあれだけど」
慌てるように言い募るネフィサに、アスカの口から笑いが漏れた。
本当に、なんだかあれだ。
ラボッタの言うことは正しい。彼の考え方は、好きか嫌いかで言えば嫌いだけれど、その考え方には理がある。
所詮はただの若造でしかないヤマトが、他人の生き死にに対して責任を取れるはずがない。
こんな形でネフィサが自身の中のわだかまりに答えを見つけられるとは、それも皮肉な話だ。
死んだビエサと、嘆くベイフ。
同情する気持ちはある。無力な自分への悔しさもある。
けれどそれ以上は、お節介の領分を越えて侮辱になりかねない。
「……バムウを捌くの、手伝うよ」
「そうね」
自分の未熟さを噛み締めながら、まだ潜んでいるかもしれない魔獣を警戒しつつ作業へ向かった。
「師匠……」
「らしくもねえ、か」
「……意外だとは思う」
後ろで交わされる師弟の会話を耳にしながら、せめて今のヤマトが彼らに出来ることをすることにした。
出来ることをやるのは、お節介かもしれないが、傲慢ではないだろう。
結局、口にしたバムウの肝は、珍味だったのだと思うが、苦い記憶ばかりが残ってしまった。
※ ※ ※




