5-17 フィフジャの師
それにしても。
「……私、そんなに怖かった?」
浮浪民たちは、やたらとアスカに怯えている。
確かに少しばかりきつい言葉を使ったりしたけれど。
遠巻きにちらちらと送られる目に、恐ろしい魔獣でも見るような怖れが。
「アスカはそうですねえ、ちょっと怖いですよ」
エンニィは、悪意はないのかもしれないが遠慮もない。
「う、ん……まあな」
ズィムは曖昧な表情で、だけどエンニィの無遠慮な言葉を否定しない。
「アスカは綺麗な顔で容赦ないから、ちょっと怖いかも」
ネフィサが言葉を繕い、苦笑いを浮かべた。
「……」
ヤマトとフィフジャはコメントしない。
「そんなに怖かった?」
生来無口な性分のクックラは、アスカを見上げてしっかりと頷いた。
「ん、かっこよかった」
「……ありがと」
まあ、それならいいか。と。
「俺だけじゃない。幼い子や船乗りの見習いもいる。昔みたいなことはやめてくれ」
フィフジャはラボッタに多少の文句をぶつけたが、あまり多くは言わなかった。
言っても聞かないと思っているのかもしれない。
実際に、言われたラボッタはまるで聞いている様子がない。
ラボッタ・ハジロ。
フィフジャの師匠で、リゴベッテでも有名な魔術士――魔導師と言うのか、変わり者の危険人物。
噂には聞いていたけれど、本当にまともな人間ではない。
「それよ、連れな」
フィフジャの抗議を聞き流してから、思い出したように顎で指す。
アスカたちを。
「一緒に行った探検家連中とも違うような、知らねえのを連れてるもんだから。別人かと思ったぜ」
「僕もいたんですけど」
「ああ、いたのか」
知らない連中扱いされたエンニィが口を挟むと、へっと鼻で笑った。
エンニィとは顔見知りらしい。
そういえば、バナラゴ・ドムローダを通してラボッタに依頼が行ったのだから、知り合いでも不思議はない。
「小物すぎてまるで気付かなかった」
「ひどいですよ、ラボッタさん」
口の悪いラボッタに不満そうに言い返すが、本気で腹を立てているわけでもなさそうだ。
こういう人物なのだろう。
「女子供連れて旅なんざ、お前らしくもねえって。話しかけるのやめちまったじゃねえか」
そんな繊細な男には全く見えないけれど。
フィフジャ本人かどうか自信がなくて、見ない振りをして。
挙句に、たまたま道すがら出会った浮浪民をけしかける。
どう考えてもおかしい。
「……それは自分の勝手だろう」
ラボッタの行いがおかしいのは今に始まったことではない。
だとしても、フィフジャもそれに理解があるわけでもなく、大きく溜息を吐いた。
「10年も育ててやった師匠に対する態度がそれかよ」
「あんたを見て育ったんだ。こうもなる」
生意気だ、と笑うラボッタ。
敵対的なわけではないが、味方だと思うには不安な相手。
こんな男の言動に乗せられて旅人を襲うような浮浪民は何を考えていたのか。
不安は人を動かすらしい。
差し迫った不安というのは、特に。
嵐が迫れば急に備えるように。
住居を失い未来がわからぬ彼らは、大きな不安を抱えていた。
助けてくれたラボッタの言葉に踊らされたとしても不思議はない。
林の中、今も膝をつく彼らは、消耗している。
屋根も壁もない場所で生活するのは、慣れない者にとっては相当につらい。
満足に眠れなければ、人は気力を削られる。
そうした集団を操作するのは難しくないのだと、アスカは何かの本で読んだことがあった。
(この、ラボッタって人……)
リゴベッテでも珍しい部類の、魔術を研究している人物だと聞いている。
学問という概念が一般的ではないこの世界では少数派の人間。
地球でも、古代に民衆を扇動したのは一部の知識人だったとか。
ラボッタ・ハジロもその手の人間なのかもしれない。
「まあ、酔狂で連れて来たってわけでもなさそうだな」
試しに襲撃させたと、そう言っていた。
それはフィフジャのことではなく、連れていたアスカたちのことだったか。
値踏みするようにアスカとヤマトを見て、グレイに目をやるとにやりと口角を上げた。
「こいつらを、俺に鍛えさせようってか?」
「そうなの?」
不敵な笑みで頷くラボッタの様子に、ヤマトがフィフジャを見上げるけれど。
フィフジャは顔を顰めて首を振る。
「いや、全く違うが」
「ぶっ……くく」
偉そうにしたり顔で言ったラボッタに対して、まるで気のない返事。
思わずアスカが噴き出し、ラボッタは渋面を作った。
「お前なぁ……」
「関わらせたくないと思っていた。会うこともなければよかったんだが」
心の底から嫌そうなフィフジャの顔に、ラボッタは早とちりだと気が付いたのか頬を掻く。
「見込みがあるから連れてきたってんじゃねえのか」
「仮に見込みがあっても、あんたに預ける理由がない」
やれやれ、とお互いに。
似た者師弟なのか、まるで性格が違うのか。
「強くなる素質があるから拾ったんだろ?」
まだ、自分の考えが完全に間違いだと認めたくないのか、そんなことを聞くが。
「そんなもの、俺にわかるわけがない。違う」
素質なんてものを見極められるのなら、フィフジャはもっと違う仕事をしているだろう。
最初に、自分の魔術の素養について見極めるべきだとも思う。
「助けられたんだ。この子たちに」
「……お前が、ねえ」
半信半疑という顔で、もう一度アスカを見る。頭からつま先まで。
「お前みたいな間抜けが、ズァムナ大森林から五体無事で帰ってくるとは思っちゃいなかったが」
「じゃあなんで行かせたのよ」
視線を向けられているので、フィフジャの代わりにアスカが文句を言う。
無事で帰れると思わない場所に、なぜ行かせたのか。
口を尖らせるアスカに、ラボッタは苦笑いを浮かべて、
「フィフジャは死なねえからな」
「……」
「その点じゃ、俺以上のしぶとさだ。事実、こうして帰ってきてやがるし」
ケルハリも言っていた。
死なぬフィフジャ・テイトー。
運命的に死にそうな状況で、けれど死なない。
本人の実力とは別に、そういう運を持ち合わせているのか。
フィフジャに言わせれば悪運ということになるだろうが。
「見た限り、こいつを助けたってのも法螺話じゃなさそうだな」
「私が見つけた時は死にかけていたんだけど」
「アスカ……出来れば、言うな」
フィフジャが、アスカの言葉を遮る。
「なんだよ、面白そうな話じゃねえか」
聞きたがるラボッタだが、フィフジャが止めたのはおそらく。
(大森林の中で暮らしていたのは、知られちゃいけないのね)
伝えない方がいいとフィフジャが窘めた。
「どんな目に遭って死にかけてたのかは、本人から聞いたらいいんじゃない」
言うなと言うのであれば、そうしよう。
きっとこのラボッタという男は、決して善人ではない。
「ああ? こいつは昔っから話下手だからなぁ」
胡乱な目でフィフジャを見るが、フィフジャの方は素知らぬ顔。
エンニィも言っていたが、フィフジャは無口なのだとか。
話下手だというラボッタの評価も、嘘ではないのだと思う。
アスカの印象とは大きく違うけれど。
大森林では、アスカたちに言葉を教える為に、色々な語り掛けをしてくれていた。
話すのは苦手だったのに、他に誰も教えられる人がいなかったから。
その時のフィフジャの心中を想像すると、少しおかしい。
同時に、優しさだと感じる。
フィフジャの命を救ったアスカたちに対する恩義。
エンニィやラボッタの言い様では、あまり情の深い性格ではなさそうなのに。アスカたちに対しては随分と親身になってくれている。
それはもちろん有難いのだけど、フィフジャの過去を知る人の様子からは齟齬を感じる。違和感が拭えない。
大森林で、フィフジャの性格を変えさせるような何かがあったのだろうか。
それとも別の理由でもあるのか。
死ぬほどの体験をしたのだから、性格に変化があっても不思議ではないとも言える。
そういうことならそれでいい。
「お前らこれからどうするんだ?」
尋ねられるが、白々しい。
ズァムナ大森林を調査する依頼が教会からだったことは、この男は知っているだろう。
進んでいる道から見ても、ヘレムス教区を目指していることくらい容易にわかるはず。
「どうって、サナヘレムスに……」
「違うわよ、ヤマト」
素直に目的地を言おうとするヤマトに口を挟んだ。
彼が言いたいのはそういうことではない。
「違った、っけ?」
兄の美点なのだと思う。素直なところは。
ラボッタはヤマトの反応に笑みを浮かべ、アスカを横目に見て眉を上げる。
いちいちこちらの反応を試す態度が鬱陶しい。
溜息交じりにヤマトの目を、浮浪民たちに向くよう顎で促した。
「この人たちを、このままにしていける?」
「あ……そうだな。うん」
していける、けど。
どうにかしてやる義理はない。
捨て置いても構わないのだけれど、後味が悪い。事情を知ってしまったから。
「ほぉ、男気があるじゃねえか。フィフジャにも見習わせたいところだな」
「こんな可愛い女の子に向かって男気はないでしょ」
違いない、と笑う一同。
男気がない引き合いに出されたフィフジャも、別に気を悪くした様子もなく笑っていた。
「魔物を退治しちゃえば、まだ暮らせるんじゃないの? その村でも」
「あ、ああ……」
アスカの言葉を聞いて、浮浪民たちからどよめきが漏れた。
村を取り戻す。
万全な状態ではなくとも、半壊していても住める家があれば、助けになるだろう。
「大して遠くじゃないだろうし」
「い、いいのか? 礼も出来ないのに……」
「別にいいよ、そんなの」
だって、とアスカは笑顔を浮かべた。
やられっぱなしは性に合わないので。
「このラボッタ・ハジロの実力を、私が確かめたいだけなんだから」
浮浪民たちを、物の試しにアスカたちにけしかけたというのなら。
アスカたちと浮浪民たちの両方から、仕返し代わりに押し付けてもいいのではないかと。
「リゴベッテ最強、なんでしょ」
「……そういう名乗りをしたことはねえんだが、はあ」
仕方なさそうに、だが拒絶はしなかった。
アスカを見て、それからフィフジャに視線を移す。
「意外と面倒なの拾ってきやがったなぁ」
「失礼ね」
ねえ、とフィフジャを見るが、苦笑を浮かべるだけで。
ヤマトも、ネフィサたちの顔にも、似たような表情が浮かぶのは、本当に失礼な話だと思うのだった。
※ ※ ※




