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5-16 襲撃の黒幕



 襲撃は、北と南に山脈が途切れている辺りで。

 通ってきたヒルノーク王国と、内陸の国の国境付近で、平地だが林のように木々が視界を遮っていた。


「アスカ!」

 兄の声には戸惑いがある。

 アスカに向けて、なんと言ったものかと。


「わかってる」

 余計な心配を。

 兄はどうにも過保護だ。


 この弱すぎる襲撃者たちを、アスカが問答無用で殺してしまわないかと心配をしている。

「盗賊団なんていないって言ってたじゃない!」

「ぼ、僕に怒られても」


 苛立ち紛れに言いながら、襲ってくる男を投げて背中から地面に叩き落とす。

「げぶっ」

 容赦はしていないので、しばらくは呼吸困難で動けないだろう。


竜人(りゅうびと)より弱いな)

 ズァムーノで暮らしていた竜人は、普通の住民でもっと強靭だったと思う。

 戦ったわけではないので感覚的なものだが。



 十数人で囲んで襲ってきたものの、その手つきは素人そのものでひどい。

 恐る恐る迷いながらか、逆に迷いを断ち切ろうと極端に大振りか。

 手にしているのも農具などがほとんどで、戦う為の武器とは言えない。


 フィフジャたちもアスカと似たように敵を無力化していく。

 クックラとズィム、エンニィは、ネフィサとグレイに庇われていた。

 ネフィサの魔術光弾とグレイの牙を見て、襲撃者は近寄ることも出来ない。


「っとに、次から次に」

 いらっとした所で、次に襲ってくる者の背丈がアスカと大差ないことに気付いた。

 子供か。


「だああぁ!」

「るっさい!」

 振り回す鎌を躱しつつ、突っ込んでくるその腹に拳を叩きこんだ。


「ぼ、べ……」

 鳩尾に入った拳にあっさりと沈むその少年の腕を取り、背中に捩じる。

 そして首筋に鉈を突き付けた。


「抵抗をやめなさい! この子を殺すわよ!」


 はっと、襲撃者たちの目が集まる。

「あんたの名前は?」

「……うぁっ! べ、ベイフ……」

 黙ろうとした少年の腕を痛むようにひねれば、あっさりと吐いた。


「ベイフの命が惜しいなら武器を捨てなさい! 最初に耳を削ぐ!」

「アスカ……」

 平和的な解決方法だと思ったが、兄の感想は違うかもしれない。


「や、やめてくれ! 抵抗はしない。だから……」

 中年の男が泣き声混じりに武器を捨てて膝を着いた。

 他の襲撃者も同じように。



 ほら、うまくいった。

 戦う気構えも技術もないただの烏合の衆だ。

 少し痛めつけて恫喝すれば戦意を失くすだろうと思って。


(……あれ?)

 跪き、許しを請う襲撃者たち。

 その目に浮かぶ怖れは、まるで。


「私が悪者みたいじゃん」

「……そうだな」

 フィフジャは否定したのだろうか、肯定したのだろうか。

 誰も死なずに済むようにと思ってやったのに。


「う、うぅ……命だけは、助けて……」

 涙と涎で顔をドロドロにしながら命乞いをするベイフ。

「……あんたらの態度次第ね」

 悪役然としたセリフを吐きつつ、ついにやりと笑みを浮かべてしまうアスカだった。



  ※   ※   ※ 



 話を聞けば、ただの農民だった。

 国境近くの開拓村に集められた村人たち。

 それがなぜ集団で旅人を襲うような真似をしていたのか。


「魔獣に村を潰されて……」

「だからって人を襲うことないじゃない」

「す、すいません」


 並んで膝を着く人々は、アスカの言葉にびくりと震えた。

 半数以上は先ほどの襲撃でかなり痛い目を見ている。

 適う相手ではないと知り、かなり従順だ。


「他の村で働くとか出来ないの?」

「その……入納銭(いりのうせん)が支度出来る者は、そうしたんですが」

「入納銭?」

 聞いたことのない言葉にフィフジャを見るが、フィフジャも説明に迷ったようでエンニィに視線を送る。


「身元の不確かなよそ者が村に入るのは住民に危険もありますからね。その集落に支払う税金みたいなものですよ」

 来た者がろくでもない悪人かもしれない。

 悪事を働いてどこかから追われているかもしれない。

 そういうリスクを踏まえて入居の許可をもらう為の金。

 逆に、金で解決できるという言い方も出来るか。


 地球に該当するものがあるのかわからないが、リゴベッテでは珍しくない習慣らしい。

 そうした仕組みからあぶれた者。

 浮浪民。



「生きる為にでも人を殺してきたっていうなら」

 相応の裁きが必要だろう。

 アスカの目が細められると、中の一人が慌てた様子で腰を上げて首を振る。


「違う! あんたらが初めてだ」

「……」

 その言葉を信じられるほどの根拠はない。

 襲撃がお粗末だったことを除けば。


「本当だ。今の時期なら山で食べ物は手に入るから、とりあえず食うだけは出来てた」

「人間を襲ったりしてない。本当だ」

 口々にそう訴える浮浪民たちだが。


「でも私たちを襲ったじゃない」

「それは、その……」

 アスカの言葉に尻窄(しりすぼ)まりになって口を閉ざす。

 否定のしようがない事実。


 しゅんと静まる浮浪民たちを見渡して、アスカは溜息を吐いた。

 どうにも、見境のない荒くれものの集団という雰囲気ではない。

 人に武器を向けることにも怯えていたので、今回が初めてだったと言われればそうなのだろう。



「で、なんで私たちを襲ったの? 今までやらなかったって言うなら」

 黙り込まれても仕方がない。

 理由があるなら聞いてみようと促す。


「……頼まれたんだ」

 口を開いた中年の男は、先ほどアスカが人質に取ったベイフの隣にいる。

 ビエサと言う名の、ベイフの父親だった。


「頼まれた?」

 不穏当な話になる。

 それまで黙って聞いていたフィフジャとヤマトが、周囲を警戒するように視線を走らせた。

 ビエサは訊ね返すアスカに頷いて、続ける言葉はやや早口に。


「このままじゃ冬を越せない。全員か、誰かが死ぬ。いつまでもこんなことをしていられないって」

「そういうのはどうでもいいの。誰に何を言われたって?」

 事情を聞きたいのではない。事実を聞きたいだけだ。


「あ、ああ、もうすぐここを通る連中は、女子供連れで金になるものを持っているって」

「誰に!」

 質問ではなく恫喝するアスカに、ビエサは慌てて首を振った。

「し、知らない! 見たことのない奴だった」

 他の浮浪民たちも同様に、頷いたり首を振ったり。

 口裏を合わせているという雰囲気には見えない。


「若い双子の男と女じゃなかった?」

「い、いや……」

 心当たりを言ってみたが、それにははっきりと否定の表情が返される。


「若くは……俺よりは若かったが、30は過ぎていたと思う。男だ」

「……」

 ミイバとミドオムの差し金かと思って聞いてみたのだが、どうやら違う。

 彼らは20歳そこそこの若者だった。別の男ということになる。


 あの双子が、別の誰かを通じて待ち伏せ……足止めをしようとしたのではないか、と。

 アスカの想定はそんなところだが、違うのだろうか。

 他に、アスカたちを知りながら襲わせるような心当たりはないのだが。



「……他には、なんて言ってたの?」

「金が手に入れば、他の村や町に住めるって……」

 ビエサの返答には特に意味がない。

 彼らの不安を煽り、その解決策として女子供を襲えと言っただけ。


「……見ず知らずの男の言うことなんて、よくもまあ信じられるものね」

 見知らぬ男の言葉に乗せられて、のこのこと。

「つ、強かったんだ。ものすごく」

 呆れるアスカに、今度はベイフが答える。

 その声には少しばかり興奮の色もあった。


「山で襲ってきた石猿の群れから俺たちを助けてくれたんだよ」

 言いながら、手を翳す。

 妖しい動きをしたので警戒したアスカだったが、ただ物真似をしてみせただけらしい。


 手を翳して。

「ばしゅーって魔術を使って、あっという間に」

「……」

 ベイフは、アスカより少し年齢が上のようだが、その仕種は幼い。

 憧れのヒーローの技を真似る少年そのもの。


「ばしゅー、か」

 フィフジャが呟く。

 彼は魔術を使えない。何か思う所があるのかもしれない。


「ついでに倒したブーアを一緒に食いながら、このままじゃ生きていけないだろうって」

「ああ、冬になったらどうするつもりだって言われたから」

「俺は反対だったんだ。人を襲うなんてヘレムがお許しにならない」


「少し黙りなさい」

 口々に、見知らぬ男に責任を押し付けようとする浮浪民たちを、再度アスカが睨みつけた。

 彼らの中の何人かはアスカに叩きのめされていたし、殺すと宣言されたこともある。

 すぐに静かになる。



「どう思う?」

 フィフジャが訊ねたのはエンニィに向けてだった。

「どうですかねぇ。例の殺人狂って感じじゃないみたいですけど」


「あいつらが人を襲う魔獣を退治とかしないだろ」

 ふん、と鼻を鳴らすズィム。

 他の面々も、微妙な表情で頷いた。

 人助けして肉を振舞うなど、あの双子のやりそうなことではない。

 そもそも人相が違うようでもある。


「あ、あの……」

「なに?」

 恐る恐る口を開く浮浪民の一人だが、アスカの視線にびくりと体を小さくする。


「……気が付いたことがあるなら言って見なさいよ」

「アスカ、そんなに怖がらせるな」

 ヤマトが呆れたように言って、口を閉ざしてしまった浮浪民に再度頷いて見せた。

「何か思い出したなら教えて」

「私もそう言ってるんだけど」


 じとっとヤマトを睨むが、どうも雰囲気はヤマトの方が柔らかく感じられるらしい。

 浮浪民はアスカの目を気にしながら、ヤマトに向けておどおどと。

「……殺すつもりでやれ、って言われたんです」


 何を今さら、と思わないでもないが。

 しかし、確かに違和感を覚える言葉だった。


 殺すつもり(・・・)で。


 殺せないことが前提になっているのではないか。

 だとすれば、相手はアスカたちのことを知っている。

 こんな素人の集団では殺せないだろうと、知っていてけしかけた。



「なんだかわけわかんないけど」

 やはりあの双子の差し金なのではないだろうか。

 考えても答えは見つからなそうだが。


「……いや」

 フィフジャが深く息を吐いて、頭を掻いた。

「悪い。俺の都合に巻き込んだらしい」

 自分に心当たりがあると、そう言って謝る。

 フィフジャになら、このリゴベッテで何かしら襲われる理由があるのかもしれない。


「30過ぎとは、随分とまた」

 襲われたというのに、フィフジャの声音はどこか他人事のように響く。

 少し呆れた様子で。

「若く見られたもんだ」



「生意気を言ってくれる、馬鹿弟子が」


 声は、思いの外に近くから聞こえた。

 浮浪民を並べて座らせている、そのすぐ隣の木の陰から。


 いつからいたのだろうか。

 最初からいたのかもしれない。

 それほど自然に、その男はそこに存在していた。


 声が聞こえた瞬間、グレイが毛を逆立てた。

 グレイでさえ感知していなかったということになる。

 そんなことが人間に可能なのかと疑問だが、実際にその男は唐突にそこに存在した。


「そんな女子供を連れやがって、呆けていないかと試してやっただけだ」

「……趣味が悪い」


 30過ぎと言う印象だったと言われたが、確かにそんな風にも見えるし、ずっと上にも感じられる。

 浮浪民を暴れる魔獣から助け、それでいてアスカたちにけしかけた張本人。

 灰褐色の服を着た、すらりとした体型の男。


「ラボッタ・ハジロだ」

「勝手に俺の名を名乗るんじゃねえよ、馬鹿弟子」

 皮肉気に口角を上げてフィフジャを罵る男。


 唐突に現れたそれが、本当にフィフジャの師だというのか。

 あまりにも唐突で、脈絡もない。

 世の中そんなものかもしれないが、それにしても。


(弟子を、食い詰め者に襲わせるなんて……)

 試すためだとか何だとか、そんなことが理由になるのか。

 場合によってはフィフジャが死んだかもしれないし、襲撃した方にこちらが手心を加える必要もなかった。

 殺していたかもしれないのに。


 それもどうでもいいのだろう。

 思い出してみれば、フィフジャは言っていたではないか。


 ――師匠は変人で危険人物だから関わってほしくない。


 身内を謙遜してだとか、その人物を誇張してだとか、そういうことではなく。

 実際に(たが)の外れた人格で、関わり合いになるべきではないと。

 そういう意味だったのだろうと実感する。



「しかしまあ、なんだ。面白かったぜ」

 アスカを見ながらラボッタ・ハジロは実に面白そうに笑った。

 あまり気持ちのいい笑顔とは思えない。

「馬鹿弟子が、ズァムーノで女子供を拾ってきたのかと呆れたんだが」


 どこから見ていたのか。

 この男は、いつからアスカたちを、フィフジャを見つけて監視していたのだろうか。

 少なくとも、こうして先回りして襲撃を仕掛けるほどの時間があるほど以前から、見られていた。


「本気で耳を削ぎ落そうとしてやがった」

「……」

「肝っ玉が据わってるんだか、どっかぶっ壊れてるのか知らねえが、とにかく面白れえ」

 この男に言われたくないと思うけれど。


 本気で凄んでみせたから襲撃者を萎えさせるだけの迫力があったのだ。

 あのまま襲ってくるようなら、本当に耳でも鼻でも削ぎ、その悲鳴を聞かせてやろうかと。

 アスカとて、自分より明らかに弱い人間を殺すのは避けたいと、そう思った上での宣言だった。


「俺がそこの馬鹿弟子の師匠のラボッタ・ハジロだ」

「……そう」


 よろしく、とは言えなかった。

 普段なら小言を言いそうなヤマトも、そんなアスカを責めることはなかった。



  ※   ※   ※ 


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