5-14 意味の見えない殺し合い
なぜこんなことを、などと聞くことはない。
ヤマトも多少はわかってきた。
世の中というのは、大した理由がつかないこともある。
つまらないから殺す。楽しいから殺す。
気に入らないから殺す。気に入ったから殺す。
そんなこともあるのだと。
そんな人間もいるのだと、わかってきた。
命令だから、金が欲しいから、強さを顕示したいから。
そんな理由で戦う人間もいるだろう。
それとて、大した理由ではない。
親の仇だとか宿命だとか、そんな劇的な話はそれほど転がっていない。
ましてヤマトもアスカもこのリゴベッテにそんな因果を残しているはずがない。
クックラやネフィサもリゴベッテに来たのは初めて。
ズィムにしても殺されるような恨みを買っているとは思えない。
もし何かそんな過去を持っているとすれば、フィフジャかエンニィか。
それとて、やはり大した理由でもなさそうだが。
「ヤマト、弟の方を」
フィフジャの指示の意図はわかる。
双子の戦闘力のどちらが高いか、必ずしも女が弱いとは限らない。
同等と見做した。
女に対して、ヤマトが躊躇するのではないかと。
ならば自分が姉を相手にして、ヤマトに弟を任せようということだ。
アスカがそのフィフジャをフォローする。
「グレイ、やるぞ!」
声をかけたのは、グレイを促す為だったのか、自分の心を進めるためだったのか。
容赦はしない。躊躇もしない。
殺さなければ、死ぬのは自分や大切な家族だ。
「……狩りと同じだ」
話が通じる人間でないのなら、先日殺した角壕足と変わらない。
命を奪うことには慣れている。
「なにマジになっちゃってるんだか、ガキんちょが」
ふざけて人を害するような奴に言われたくない。
面白半分に他人を攻撃するなど。
父や母が育った地球には、そんな人間はいなかったのだろうか。
「人を傷つけずに生きていくつもりは?」
「うんうん、そういうのもいいと思うぜ」
「嘘つき!」
言いながら間合いを詰めようとしたミドオムを、槍先で牽制する。
近付かせたくない。
人殺しに慣れていて、熟達していて、どんな手管を弄するかわからない。
「随分警戒するじゃねえの」
「当り前だ」
横に歩き出すミドオムに、相対しながら足を運ぶ。
後ろにはクックラたちがいるのだから、回り込ませるわけにはいかない。
「っと、おっかねえ」
踏み込みかけたグレイに気付いて、一歩半後ろに下がった。
ヤマトと向き合いながらグレイにも気を配っている。
おそらくこのミドオムの実力はヤマトよりも上だ。
町で襲われた時にも感じた。
ヤマトは、自分より明らかに上手の戦士を、ゼフスしか知らない。
脅威をそれで表現しただけだが。
暗がりの中でも意識を研ぎ澄ませば見える。
足運びも、剣を持たぬ方の手の仕草も、時折意味ありげに視線を逸らす様子も。
この男は嘘ばかりだ。
ヤマトが釣られて意識を割けば、その隙を狙おうとしている。
こんな駆け引きは獣にはない技術であり、人殺しとしてのミドオムの経験値。
姑息で狡猾。
不愉快な相手だと腹が立つとしても、真正面から戦って勝てるとは思わない。
グレイとヤマトなら、負けない。
二対一で相手をする。
「あー面倒なガキだね、お前は」
舌打ち混じりに苦々しく呟くと。
「しゃあない、本気だ。姉ちゃんに怒られんからな」
「っ!」
ヤマトの間合いを一瞬で詰められた。
何気ない言葉と共に、不自然な姿勢からの踏み込みで。
(身体強化か)
重心が後ろにかかっていたような姿勢から、刹那の一歩でヤマトの目の前にいた。
いつか聞いた、残像という技術なのかもしれない。
「死――」
無造作な袈裟懸けの剣だが、速度が尋常ではない。
ただの振り下ろしが必殺の一撃になる。
――ね。
言い終わる前に切り裂いたのは、ヤマトがいたはずの空間。
「お?」
陽炎を切った。
暗くて陽炎は見えなかったか。
敵が不自然な体勢から瞬時に動けるとして、同じようなことがヤマトに出来ないわけではない。
半歩左にずれたヤマトを驚きながら、それでも剣の軌道を鋭角に変えて腹を切ろうとする。
その剣を、ヤマトの槍が撥ね上げた。
腕を上げ、がら空きになった胴に蹴りを入れる。
「ぐべぇっ」
突き殺すには、槍が上を向いてしまっていて出来なかった。
ヤマトの蹴りを受け、潰れたような声を上げながら、だがミドオムの体は揺るがなかった。
力強く大地を踏みしめ、撥ね上げられた剣を即座に振り下ろす。
ヤマトの蹴り足に。
「っ!」
蹴り込んだ右足と、大地にふ残っていた左足で後ろに跳んだ。
不自然な体勢で無理やり跳ぶせいでバランスを崩してしまう。
手を着いたヤマトに、続けてミドオムの刃が迫った。
「調子に乗んなよ!」
避けられない。
咄嗟に槍を構えて受け止めるが、筋力でもヤマトが不利。
「っと」
押し込まれるヤマトだったが、ふいっとミドオムが下がった。
『グルァァ』
ヤマトの槍と押し合いになったところにグレイが牙を剥き、それを嫌って飛びずさる。
「そいつ、ただの犬じゃねえのな」
「……」
軽口のようなミドオムの言葉に沈黙で答えて、構え直す。
隙をついたつもりが、受け止められて窮地になってしまった。
やはりこの男は強い。
「助かった、グレイ」
言葉にしたのは、少し気持ちを落ち着ける為に。
言ってみて、案外と自分の心が平静なことにも気が付く。
生きるか死ぬか。
初めてのことではない。
今までにも何度か経験してきている。
初めて石猿と戦った時。黒鬼虎と戦った時。
森でバムウや煤け鬼を相手にした時もあったし、ゼフス・ギハァトに斬られた記憶も。
安穏と生きてきたわけではない。
強敵で危険を感じるが、身を竦めるような恐怖は感じなかった。
この男が狂っているのなら、ヤマトもどこかズレてしまっているのかもしれない。
「にしても、その槍なんで出来てんだよ。硬すぎるっての」
「……父さんの魂だよ」
「ああ、そういうのいいねえ」
上っ面の表情は暗くて見えないが、その声音に嘲りを感じる。
どこまでも軽薄で、人を馬鹿にした態度を取るミドオム。
会話を挟み、先ほどヤマトが蹴り込んだ脇腹辺りを擦った。
多少なり痛みは感じているらしい。
その隙を突こうとすれば、きっとまた何かしらの手で返されるのだろうが。
ヤマトから仕掛けるのは危険。
ミドオムは、相手の攻撃からの返しを得手としているようだ。
戦いながら敵を知る。
初めて戦う魔獣と同じ。敵の特性を観察する。
しかし本当に、何をやっているのだろうか。
遥々海を渡って、その先でこんな意味もない殺し合いなど。
馬鹿々々しい。
だとしても、降りかかる火の粉は払わねばならない。
ヤマトが望むように穏やかには、世界は回ってくれそうになかった。
※ ※ ※
「フィフ!」
投げ飛ばされたフィフジャにアスカは声だけを飛ばす。
敵から目は逸らさない。
「ったぁ……何考えてんだい、こいつは」
フィフジャを投げ飛ばした――というか、振り回して遠くへ投げた女が、自分の腕を擦りながら憎々し気に呻いた。
右手首辺りが赤く、左手首辺りが赤黒くなっている。
暗がりでよく見えないが、両手首を痛めて追撃をしなかった。
恨めしそうな声の中に、理解に苦しむという感情も混ざる。
「……」
ダガーを握るミイバの両手首を掴んだフィフジャだったが、筋力で劣っていた。
そのまま短剣の切っ先をフィフジャに押し込もうとするミイバが、ぎゃっと悲鳴を上げてフィフジャを振り払った。
「……それじゃあんたも火傷してんだろうに」
「不器用なんでな」
ミイバの両手首を掴んだ状態で、代償術を使ったのか。
左手周囲の温度を奪う代わりに、右手の周囲を熱く。
凍てつく痛みと焼け付く痛みの両方を受けて、ミイバは混乱しながらフィフジャを投げ飛ばした。
「こんなバカ初めてだよ」
「……」
フィフジャは何も答えない。
答える義理もないだろう。
バカさ加減については、アスカも否定はできないけれど。
立ち直るフィフジャと、挟み込むように立つアスカ。
今の攻防の隙にアスカが近づけば、きっとフィフジャはアスカに向けて叩きつけられた。
実力ではアスカとフィフジャよりも上。
連携しなければ勝てない。
宵闇の中に襲い掛かってきたミイバの二刀を、フィフジャは掴んでいた。
彼は目がいい。
戦闘技術では劣るとみて、自分にもダメージのある手段で削る。
その判断も冷静で、迷いがない。
「死なぬフィフジャ・テイトー」
ミイバの口から洩れた。
「……」
「はっ、噂には聞いたけど本物かい」
ケルハリも言っていた。フィフジャは一部で名が通っていると。
写真などが出回っているわけではないから、顔を見ただけで本人とわかるはずはない。
「ラボッタ・ハジロの直弟子ってのは本当らしいね」
「迷惑な話だがな」
やや嘆息気味に応じた。
この狂人姉弟は、リゴベッテの著名人を調べていたのだろう。
ラボッタ・ハジロの弟子として名前のあがるフィフジャ。
アスカたちが名を呼んだし、ミイバに抗するだけの力がある。
正解に辿り着くのはそれほど難しくはないか。
くっく、とミイバが喉を鳴らした。
「あんたを始末したら、ラボッタともやれるかねえ」
「……仇討とかする人じゃないぞ」
「さあ、どうだか」
どちらでも、いいのだろう。
名のある人間を殺すということに悦びを感じているだけ。
(……だけ、かな?)
少し違和感を覚えるが、今は考えている余裕はない。
「っ!」
再び動いたのは、アスカに向けてだった。
フィフジャと対峙しながら、前触れもなく唐突に右の逆手でアスカに切っ先を突き立てる。
その手首を、アスカの鉈が斬りにいった。
「おっと」
ダガーよりリーチの長い鉈での反撃に、ミイバの体が急制動で止まる。
空を切るアスカに、急に止まった勢いから、また同じ速度で弾けるように、順手に持った反対のダガーが迫った。
頭を低くしてそれを避け、空振りした力のまま一気に前転した。
「甘いねえ」
転がるアスカに、右手のダガーを投げ込む。
その直前に。
光った。
眩い光が、ミイバの目を突く。
「うあっ!?」
アスカの手に握られたLEDライトが、闇夜に慣れたミイバの視覚を焼いた。
こんな道具があることを知らなかっただろう。
夜目を凝らしてアスカを見ていたせいで、鋭い光の影響をまともに受ける。
投げ損ねたダガーは茂みに刺さり、ミイバは顔を歪めて距離を取った。
もともと歪んだ笑みを染みつかせたような顔だが。
「なんっ――」
フィフジャがそれを見逃さない。
逃がさない。
勝機と見て、ただ大振りにはならぬように、手斧を叩きこむ。
ミイバの反応は、狂人だった。
ぼやけた視界のまま、己に止めを刺そうとするフィフジャの気配に向けて飛び込む。
「ははぁっ!」
嗤いながら。
手斧がミイバの胸に食い込むが、近すぎて十分に力が入らない。
逆に、左手に残ったダガーを密着したまま闇雲に振るう。
「つっ!」
「惜しいねえ」
鮮血が舞い、二人の体が離れた。
「このっ!」
アスカの追撃の鉈を、気配を察知して避けるミイバ。
やはりとんでもない達人だ。
だと思うが。
「ぐぁっ!?」
想定済みだ。
振るった鉈を手から離して、投げた。
その刃がミイバの腿辺りを削る。
「っくぅ、なんて子だい」
二対一なら、負けない。
ミイバは不利を悟ったのか、大きく距離を空けた。
アスカは無手になってしまったが、相手もダガーを一つ失っている。
「……っとに、面倒な仕事だよ」
逃げない。
ミイバにとって決して楽な状況だとは思えないのに、退かない。
(仕事?)
ただ偶然に鉢合わせた享楽ということではない。
やはり何かある。
「まあ、楽しもうかねえ」
胸から血を流し、足にも傷を負っているのに、嗤う。
「……」
まだ、自分が有利だというのか。
それとも、先ほど斧を受けながら突っ込んだように、傷を負うことも恐れないのか。
恐れるというのも違う。自分の傷も愉しんでいるようで。
変態。
傷つけることも傷つくことも享楽にする狂人。
気味が悪い。
アスカは不愉快さに顔を顰めた。
「怖いかい、お嬢ちゃん?」
「ふざ――」
咆哮。
そして地響き。
アスカが言い終わる前に、闇を震わせた。
「なんだぁ!?」
「姉ちゃん、わりい!」
叫びながら駆け抜けていくミドオムの後ろから、巨体が突き進んでいく。
茂みを蹴散らしながら、小さな木はその巨体に薙ぎ倒されてしまうほど。
角壕足の突進に追われていた。
「はあ? なんて間抜けだい」
忌々しそうに言い捨てて、ミイバもそのミドオムを追っていった。
姉弟を追って、大地を震わせながら角壕足の姿も闇の中に消えていく。
「……ヤマト?」
「大丈夫だった?」
角壕足の駆けて来た方からヤマトの声がする。
「こないだの巣みたいな窪みを見つけたから。あいつに踏み込ませてみたんだけど」
先日の失敗を、こんな形で利用したらしい。
さすがにあの狂人も、いきり立った角壕足の突進を正面から受け止めるだけの力はないらしい。
「角壕足は鼻が利く。当分は追い回されるはずだ」
当面の危機は去ったというように、フィフジャが息を吐いた。
だが、その声が少し硬い。
「フィフ……?」
暗がりでわからなかった。
その服が赤い血で染まっていたことに、気づかなかった。
※ ※ ※




