5-13 宵闇の襲撃者
――焼いちゃうなんて、可哀想だよ!
泣いていた。
――やだ! 燃やすなんてやだ!
泣いていた。
アスカの涙は、アスカの言葉は、母も泣かせた。
祖母が亡くなった時は、まだアスカは7歳で何が何だかわからなかった。
ただ悲しいだけで、悲しんだ。
父が死んだのは10歳の時。
物もわかるし、祖母の葬儀を思い出した。
骨を拾い、並んだ墓に納めたことを覚えている。
同じことをするのがイヤだと泣き喚いた。
――魂がね、自由になるように。
遺体が腐敗するとかそういう理由ではなく、母はそう言った。
――日呼ちゃんの……お父さんの魂が自由になって、地球に帰れるように。
母もまた、自身に言い聞かせていたのだと思う。
――地球に……帰りたい?
アスカは地球を知らない。
けれど生まれた故郷に帰りたいという気持ちは、想像できる。
――みんなで、ね。きっとお祖父ちゃんやお祖母ちゃんたちも待ってるから。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、お父さんのお父さんとお母さんだ。
待っているなら、きっと帰りたい。
アスカだってそうなのだから、きっと父も。
――それに、このままにしてたらお父さんが幽霊になって化けてでるかもしれないわ。
それは祖母の生前の言葉だった。
ちゃんと弔わないと化けて出るわよ、と。
ヤマトがお化けやら幽霊やらが苦手なのは、そうやって祖母や母が怪談話を聞かせたせいだと思うけれど。
だけど。
――お父さんの幽霊なら、会いたい……会いたいよ。
※ ※ ※
なぜ、今になってそんな夢を見たのか。
理由はわかる。
この廃村の光景のせいだ。
街道沿いには宿場町もあるけれど、そういう風情とは違う農村もあった。
何かの事情で故郷を離れた人々を国が集めて、新たな村を興す。
食い詰め者などが増えれば治安が悪くなる。
ある程度まとめて村づくりという仕事を与えて、またそこから税収が生まれる。
似たようなことは過去の地球でもあったのではないだろうか。
そうした村の一つが、風雨にさらされ打ち捨てられていた。
壊れた家屋の木材の切断面が、それほど古くない。
そして、ほとんどの家屋が何かしら破壊されている。
人間の仕業ではないだろう、と。フィフジャがそう言った。
破壊の跡が刃物などによるものではなかったし、無秩序に暴れたように見える。
人間ではなく、何か獣のようなものがこの村を襲ったのではないか、と。
そんなことがあるのかと聞いてみたが、フィフジャもエンニィもわからないという顔をしていた。
絶滅したわけではない。
それがわかったのは、やはり古すぎない様子の墓があったから。
村の墓地らしい場所に、いくつか最近作られたのだろう簡素な木の墓標があった。
リゴベッテでは一般的に土葬らしい。
ズァムーノでもそうだ。火葬やそれ以外の習慣の所もあるとは言う。
それを聞いたヤマトが顔を青ざめさせていたのは、まあいつものことだけれど。
最近作られた墓。
それを見た夜だったから、あんな夢を見た。
頬に残る涙を拭い、体を起こす。
廃村だが、壁と屋根が残っている。
その一角に間借りして、夜を明かした。
グレイが何かを気にしていたのに気づく。
「どうしたの、グレイ?」
廃村の端の建物で、壁の臭いを嗅いで牙を見せた。
敵意。
だが周辺には何もいない。壁に臭いが染みついているだけか。
「ここを襲った魔獣か何かが、まだ近くにいるんですかね」
きょろきょろと落ち着かない様子で首を回すエンニィ。
「……行こう」
フィフジャの言葉に反対する必要はなかった。
街道は次第に海岸線から離れて、海は見えなくなっていた。
緑は多い。
通り過ぎた廃村も、農地として有力だったのではないだろうか。
「蛍草が多いね」
足の短い草が茂るのを見てネフィサが言った。
「なぁに、蛍草って?」
「その辺のそれ。ズァムーノにもよく生えてるけど」
どこにでもありそうな草で、大森林でも見たことはある。
蛍草などという名前がついているとは知らなかったけれど。
「……あれ、誰も知らない?」
ヤマトは当然のことだが、フィフジャも首を振っていた。
エンニィもズィムも、初めてそんな名前を聞いたという顔だ。
「ただの草じゃねえの?」
「そうなんだけど、あれ。うちの地元だけなのかしら」
こちらの言葉だけれど、光りそうな名前だった。
ただ、あの草が光るなどアスカは見たことがない。
いくらでも踏んづけてきたはずだが。
廃村を出た日の夜は、街道沿いの林で野宿になった。
これもすっかり慣れている。
火を落とすと、夜の闇が辺りを支配する。
危険な獣がいるかもしれないということで、交代で見張りをすることにした。
それは正解だった。
「ヤマト、アスカ。敵だ」
フィフジャの言葉は静かだが、はっきりと耳に届いた。
即座に身を起こす。
「あっれぇ?」
林の中からおどけたような声が。
「犬の鼻があるからって風下を選んできたっていうのに、なんでわかるんだか」
「気配は殺してたと思うんだけどねぇ」
聞き覚えのある、ふざけた男女の声。
双子のミドオムと、その姉に違いない。
ウェネムの町で斬りかかってきた狂人。
「何の目的なのか知らないが、立ち去らないなら殺す」
フィフジャが宣言したのは、おそらくアスカの為なのだろう。
気後れしないようにと。
この双子は気を抜いていい相手ではないし、人殺しをなんとも思っていない。
察知できたのはネフィサのお陰だった。
双子が言った通り、風上から近付いてくるのならグレイの鼻でわかる。
どれだけ気配を殺そうが、生き物の体臭は隠せない。
もし何か不届きな輩が近づいてくるのなら、風下からだろうと。
蛍草を使った。
蛍草は一見なんでもないような草だったが、使い方があった。
磨り潰して、一部のキノコの切り口にそれを塗ると発光する液になる。
木陰にあったキノコを切ってみると、その切り口が空気に触れると見る間に色が変わっていった。
そこに蛍草の磨り潰した汁を塗りつけて、木の幹に縦に線を描いた。
決して強い光ではないが、うっすらと光る。
暗がりで動くものを見分けるために、こうやって使うのだと。
グレイが嗅いでいた壁の高さは、ちょうど人間の男が立小便をかけたような位置だった。
その臭いが消えていないのなら、つい最近何者かがそこにいたのではないか、と。
ただの旅人だったかもしれないし、そうではないかもしれない。
危険な人間の可能性を考えた時に思い当たる何者かがいて、悪い予感が当たっただけだが。
警戒するのなら、蛍草を使ってみようかと。
ネフィサは、あまり知られていない植物の活用方法を自慢げに教えてくれただけだが、役に立った。
薄っすらと光る線に、ゆらと影が差す。気配を殺して。
忍び寄るそれは悪意があるだろうと、そう判断されただけだ。
「ネフィサ。ズィムとクックラをお願い。一緒に下がってて」
「ぼ、僕もですよ」
相手は二人。
気配を感じさせずにアスカたちに近付けるだけの技量を持つ狂人。
フィフジャの言う通り、生きるか死ぬかの殺し合いを覚悟して臨む必要がある。
「もう騒ぎを起こしてもいいんだよな、姉ちゃん」
「バカだね、ミドオム。ここじゃ誰も騒ぎに気付きゃしないよ」
ミイバとミドオム。
凶悪な犯罪者としてその名をモルガナから聞いた。
快楽殺人者という種類の犯罪者がいるという。
完全に狂っているのかと思えばそうではなくて、殺人を続けられるよう捕まらない方策も考えるのだとか。
「来るぞ!」
宵闇を裂くように、双子が襲い掛かってきた。
意外と、気持ちはそこまで揺らがなかった。
生きるか死ぬかの戦いなら、大森林でもそうだった。
人間に襲われることも、ノエチェゼで経験している。
闘技場で人間を相手にしたことで、向き合うことにも少しだけ慣れた。
慣れた。
こんなことに慣れるのは、あまり母は喜ばないだろうな、と。
頭の片隅でそんなことを考える余裕まで。
※ ※ ※




