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第二十三話 勇気の一歩(3)

× × ×


「「ナナ!」」


 娘が姿を見せると、ジョンとシーナは同時に彼女の名を叫んで駆け寄ってきた。ジョンが抱きしめようとするのが見事にかわされたことには思わず苦笑したが、ナナとシーナは抱き合い、そしてお互いに涙を流した。


「ママ、本当にごめんね……ママ……」

「いいのよ。私は、あなたが戻ってきてくれて、本当に良かった」


 ジョンはエデルたちの方を向き、恥ずかしそうにはにかんだ。寡黙なのは普段からなのだろう。笑顔を見せることには、あまり慣れていない様子だった。


「エデルくん、ティナさん、ミーシャさん、リオンさん。みんな、本当にありがとう。ナナがいなかったら、僕はこれからも仕事に意識を集中させることができなかったかもしれない」

「ナナさんだけでも無事でいてくれて、本当に良かった」とエデルが言った。

「そのおかげで、他の人たちも助けることができたわけだしね」とミーシャ。

「お礼は飯を作ってくれれば良いからの。とりあえず、腹が減ったわい」


 平然として言うリオンに、「あんたは何もしてないでしょうが」とティナが嗜める。たしかに、とエデルとミーシャは苦笑した。ジョンは首を振って笑顔を見せた。


「今日は娘も長い家出から戻ってきたことだし、お祝いだ。ささやかな気持ち程度ではあるかもしれないけれど、僕たちにできる精一杯の料理はご馳走させていただこう。準備まで少し時間がかかるから、ちょっと待っててくれないかな」


 それまでは各々のの時間を過ごそう、という話になり、ティナは「エデルゥ〜、ずっと閉じ込められていたせいね。なんか、体調が悪いの。一緒にベッドに行こうよ〜」なんて甘い声を出しながら抱きついていたが、エデルは面倒臭そうに「お前は病院へ行け」とあしらった。「頭の病院にな」と冷たく言われてしまうと、ティナはしゅんと落ち込んでしまう。リオンは、元魔王と言えど小さな体では本当に体力的に辛かったらしく、ナナのベッドを借りて、寝かせてもらうことにした。


「ミーシャは、どうするんだ?」

「私は、ここに残ってるかな」


 本当は、エデルくんと一緒にいたかったんだけどな、と心の中で付け足した。あの初めてクロガネに襲われた夜ーー夜のボーツギンでエデルと二人きりになり、ささやかな会話を交わしたあの夜ーーのことは、今でも鮮明に思い出すことができた。

 どうしたら、私、せめて男の人と手を……。

 そんな場合ではないのに仕掛けた恋バナ。たぶん、二人きりになれる機会はこれ以上訪れないだろうからーー加えて言えば、夜の魔力も手伝ったせいだろうかーーつい口に出してしまったのだ。だから、うまく行かなかったんだろうな、とも思う。話を深めようとしたところで、クロガネに遮られてしまった。

 あのとき言った「男の人」っていうのは、エデルくんのことなんだよ。

 言いたかった。伝えたかった。でも、もしクロガネが襲って来なかったとして、果たしてそんな大それた話をすることができただろうか。むしろ、話があそこで終わって良かったのではないか。でも……。


「俺は、一人でそこらへんを歩いてるよ」

「へ?」


 自分の中で水掛け論をしていたせいで、エデルの突然の言葉に虚を突かれてしまった。


「ちょっと、何も考えずに外の空気を吸いたいからさ」


 自分の心情を悟られないように「うん、わかった」と明るく相槌を打つ。ティナも疲れたから休みたいと言って、シーナの部屋のベッドを貸してもらうことにした。ナナは健康状態を確認しなければならず、シーナに付き添われながら病院へ向かった。しかし、家族に会えた安心感からか、精神も先ほどよりは落ち着いていた。

 お祝いの会を催すのなら日を改めた方が良いのは間違いのないことではあるが、ただそれだけのためにエデルたちをボーツギンに足止めしておくのは悪いから、簡単に食事だけでも、というフィーマー夫妻の気遣いであった。


「私、何か手伝いましょうか?」


 ジョンと残され、ミーシャはくるりと彼らの方を振り向いて言う。


「君も疲れているだろう。ゆっくり休んでいるといい」

「いえ。純粋に、お料理とか、家事とか、そういうの、結構好きなんです。どうせ暇だから、何かやりたいなって思って」

「……そうか。それじゃあ、よろしく頼むことにするよ」


 足りない材料を市場で買ってきて、野菜を切ってサラダを作った。手伝うと言ってもその程度だけれど、いかんせん人数が多いので、ジョンもミーシャが手伝ってくれることを喜んだ。


「あの、ジョンさん」

「何だい?」

「奥さんのこと、愛していますか?」

「ずいぶんと失礼な質問だな」とジョンは苦笑した。

「ごめんなさい」

「もちろん、僕はシーナのことを愛しているよ」

「それで、あの……」


 急にこんな話をして、変な風に思われていないかな、と思うと不安にはなった。けれど、今はとにかく自分の心の中のわだかまりを解消したい気持ちでいっぱいだった。ミーシャは、顔色を伺うように尋ねた。


「ジョンさん。結婚って、幸せですか?」

「結婚かあ……」


 ジョンは鍋をかき回す動作を一度止め、宙に答えを探した。


「ミーシャさんの想像するような『幸せ』と、僕が感じている『幸せ』は、必ずしも同じ意味とは限らないかもしれないね」

「どういうことですか?」

「僕とシーナとは、生まれた家も育った環境も違うわけだから、多少なりとも価値観にズレがあるのは否めないことだし、お互いに意見が食い違って喧嘩することだってある。結婚してからわかる首を傾げてしまうような部分だってあるしーーほら、シーナは料理がまったくできないし、ちょっとおっとりしすぎているからさーー、だから、あんまり結婚を理想化するのは正しいことではないと思う。けれど、彼女にはそれ以上に素晴らしい部分がたくさんあるし、ナナが僕たちの元に生まれてきてくれたときには本当に嬉しかった。だからたとえ辛いときがあったとしても、それを乗り越えようって思うことができるんだ。そういう相手と巡り合うことができて、一緒になることができたっていう意味では、僕は幸せかな」

「そうなん……ですか……」

「ミーシャさんには、結婚を考えている相手でもいるのかい?」

「あ……いや、いえ……そんな……!」


 自分でも「わかりやすい反応をしてしまったな」と恥ずかしい気持ちになる。けれど、少しでも前に進みたいという思いで、ちょっとでも背中を押してほしいという期待で、ミーシャはぽつりとこぼした。


「私、好きな人がいるんです」

「ほう」

「でも、私、もともと男の人がすごく苦手だったから、ちょっと手が触れただけでも、恥ずかしくなって、すぐに殴り飛ばしちゃうんです」

「それは大変だね」とジョンは苦笑した。

「だから、このままじゃいけないな、と思ってはいるんですけど。それに、エデ……彼はいつもたくさんの人に囲まれているから、なかなか二人きりになれる機会がなくて。このままじゃ、私、好きな人と一生手すらつなぐことができないんじゃないかって不安なんです」


 ミーシャは自嘲気味に笑ってみせた。


「そんななのに、結婚のことを訊くなんて……。私、気が早すぎて気持ち悪いですよね」

「そんなことはないと思うよ」とジョンは首を振った。「物事にはね、どんな物事だとしても、表と裏があるんだ。それは、人間関係の軽い付き合いにも、重い付き合いにも言えることだと思う。つまりだな、付き合う前から結婚を意識されるというのは、男からしたらちょっと面倒臭いことだと思ってしまうかもしれない。手すらつなげないというのは、大変そうだなと思ってしまうかもしれない。しかしね、それは裏を返せば、君がとても純粋で一途で、素晴らしい奥さんになる可能性があるという証なんだ。愛する男性のために尽くすことができるし、他の素敵な男性に言い寄られたとしても気持ちが浮つくことはないし。奥さんとして最高じゃないか! うちのシーナみたいにね」


 冗談らしく付け足された最後の言葉に、ミーシャはクスッと笑った。


「一番大切なのは、そんな自分の良いところを決して忘れないでいることだよ。その上で、自分の悪い部分も理解しておくことだ。自分に踏み出す勇気がないと感じるならば、ちょっとだけ軽い女性になることを意識してみればいいんじゃないかな」


 ティナとリオンと再会できたとき、嬉しかった反面、これでエデルくんと二人きりになるチャンスがなくなったのか、と思うと、ほんのりと寂しい気持ちになった。そして、完全に諦めようとしていた。けれど、偶然二人きりになるチャンスがないのだとしたら、自分で作り出せば良いのではないか。今、エデルは一人でボーツギンの街を歩いているはずだ。たしかに、まだ人通りの多い時間帯ではあるし、踏み込んだことができるのかどうかはわからない。けれど、何もしないで諦めるよりかは、ずいぶんとマシなのではないか。

 ミーシャが全員分のサラダを作り終えると、ジョンは「ありがとう」と礼を言った。


「後は僕一人でもできるから、どこかで休んでおいでよ。ミーシャさんが手伝ってくれたから、ずいぶんと助かった」

「こちらこそ、変なお話をして、すみませんでした」

「いいや。久しぶりにこんな風に語らえて、とても楽しかったよ」


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