第二十三話 勇気の一歩(2)
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ナルキサで行われていたクロガネ内部戦争も、ドーブルクの死とともに終わりを告げた。アジト本部の屋上に堂々と立つリョゼと、エデル、ティナ、ミーシャ、リオンの勇者一行。それは、紛れもない彼らの勝利をすべての人々に示していた。敵であったクロガネのメンバーを牢獄に閉じ込め、代わりにドーブルクの餌であった十一人を解放し、三つの馬車に分けて戻した。
「こんなに多くの人々が捕らえられていたんだな」
沈んだ調子でエデルが呟くと、リョゼがそれに答える。
「少なくとも、『被害がこれだけで済んだ』と前向きに捉える方が建設的だとは思うがな」
そう言ったリョゼの横顔がどこか寂しそうで、エデルはついにかける言葉を見つけることができなかった。
「とにかく、親父を救ってくれたこと、礼を言うぞ」
親父を「救ってくれた」こと。
殺したのでも、処理したのでもなく。ドーブルクは、その呪われた肉体を失うことで、初めて「化け物」から「人間」へと戻ることができたのだ。
エデルは、首を振って微笑を浮かべた。
「いや、俺の方こそ、リョゼのおかげで、ティナとリオンを助けることができたよ。ありがとう」
リョゼは恥ずかしそうに頬の筋肉を緩めた。それから、エデルを見た。
「エデルは、見たところ冒険家風の装いをしているが、何か旅の目的でもあるのか?」
「ドーブルクを操っていたあの額の魔石、あっただろ」
「ああ……あれか」
「あの元凶を潰しに行くんだ。ドーブルクみたいな奴が、二度と生まれないようにな」
「そうなのか」
「リョゼは?」
エデルが尋ねると、リョゼはふいを突かれたように目を丸くした。
「リョゼは、これからどうするんだ? だって、クロガネは……」
「ああ、その心配ならいらないさ。クロガネは新しく生まれ変わる。この手で親父に別れを告げたとき、決めたんだ。俺は、この世界に生まれ落ちたときから今まで、ずいぶんと罪深いことをしてきた。だから、その分だけ、罪を滅ぼしていくことができるように、何かをしていきたいと思う。その『何か』っていうのは、今のところはまだわからないけど、そうだな、手始めには迷惑な魔物の討伐、とかかな」
「それはいいな」とエデルは笑った。「これからのクロガネには期待だな。今度はクロガネについての良い噂を聞けることを、楽しみにしているよ」
リョゼは小さく笑った。
「それじゃあ、エデルたちをボーツギンまで送っていくよ」
ボーツギンに着き、エデルは再びリョゼと向かい合った。
「ナルキサには戻らない方がいいぞ。『ボーツギンの亡霊』事件の説明をしなくちゃいけないから、すぐにナルキサに国の捜査が入るはずだ。真っ赤な嘘を言ってそれがバレたとして、俺たちが疑われるのはリスクが高すぎるから、基本的には事実ベースで話すつもりだ。もちろん、リョゼのことは言わない」
「わかってるよ。俺たちはもう、ナルキサには戻らないつもりだ。放浪のサーカス団でもないし、しばらくは仲間たちとも別れて、それぞれに活動をしていくつもりだ」
「そうか。それなら良かった。元気でやれよ」
「ああ。エデルたちも、達者でな」
一緒にいた期間は確かに短かったが、協力して危険な相手を倒したことは、彼らの絆をいつのまにか強固なものにしていた。またいつか、会えるといいな、と言い残し、リョゼたちはそのままボーツギンを発ち、どこでもないどこかへと向かっていった。エデルたちは、かつてドーブルクの餌であった人々を気遣いながら、ギルドハウスへと向かった。
「もう大丈夫だから、安心して」
人々は皆、体力を消耗しているからだろう、顔は俯きがちで、足取りも重かった。ティナやミーシャらも積極的に声掛けしており、エデルも泣きじゃくりながら歩いている十四、五歳と見える女の子の傍に寄った。
「ぐすっ……あだ、あだし……本当に怖かったの……もう死んじゃうのかと思って、もうパパとママに会えないのかと思って」
「うん。怖かったね。でも、もう大丈夫だから」
「ごんなごどになるんなら、家出なんがしなぎゃよがっだ。会いだいよ……パパとママに、早く会いだいよ!」
ギルドに着き、連れてきた人々を「ボーツギンの亡霊」事件の被害者だと説明すると、近くにいた人々が驚きの眼差しを彼らに向けた。それから詳しく事情を聞かれ、「ボーツギンの亡霊」の正体は、ナルキサを拠点としていた魔人と、それに付き従っていた者たちで構成された宗教団体によるものだと説明した。その宗教では、魔人が生贄として人肉を欲し、幾人かはすでにその犠牲になってしまった。しかし、すでに魔人は倒し、他の者は地下の牢獄に閉じ込めてあるから、後のことは組織で何とかしてほしいと言った。それから、行方不明だった人々の名前との照合が行われた。
「……ナナ・フィーマーです」
先ほどまで泣きじゃくっていた少女が名を名乗ると、エデルはぎょっと目を丸くした。
「君、フィーマーさんの娘さんだったんだね!」
「……え?」
「良かった……。まだ生きていたのか……」
そして、エデルは自分たちとフィーマー夫妻との関係を彼女に話した。彼らがお腹を空かしていたところ、シーナに声をかけられ、そのまま夫婦の店で食事をご馳走になったこと。その後、ギルドでフィーマー夫妻の娘が「ボーツギンの亡霊」事件に巻き込まれたらしいという話を耳にし、真相を確かめようとしているところをティナとリオンが被害に遭い、リョゼと出会って……。
「そんなことがあったんですね。……ありがとうございます」
「いや、君が感謝するべきなのは、お父さんとお母さんだよ」とエデルは言った。「もしあのとき、シーナさんが僕たちに声をかけてくれなかったら、ギルドで『フィーマーさん』ってラストネームを耳にしても反応できなかっただろうし、それで僕たちが一連の『ボーツギンの亡霊』事件に関わることはなかった」
母であるシーナの無差別な親切心が、彼女の命を救ったのだ。
それを心で感じ、ナナは再び涙ぐんだ。しかしそれは、先ほどまでの恐怖心から来る涙ではなく、両親に対する深い慈しみの心から溢れ出た感情に他ならなかった。
「ママ……パパ……」
ナナは自らの胸をぎゅっと抱きしめる。エデルは微笑み、そして声をかけた。
「さあ、お父さんとお母さんのところに戻ろう」




