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第二十二話 愛を知って(2)

 そう言って、老人は部屋を出ていった。魔法薬で気配を消していたとはいえ、さすがにあの山へ薬草を採りに行っていただけのことはある。あの老体でも、それなりの戦闘能力を持っているであろうことは一目でわかった。

 先ほどルイーナが呆れ顔で言ってきた言葉が頭に浮かんだ。


(バッカじゃないの?)


 それはお前だろ、とリョゼは浅いため息を吐いた。


「リョゼくん!」


 脚で器用にドアを引き、両手にお盆を持ったルイーナが部屋に入ってきた。


「蜜柑もあったからさ、うちの庭で採れた林檎と一緒に、蜂蜜につけて持ってきたの。バナナジュースも作ったから、食べなよ。甘くておいしいし、元気出るよ」

「すでに元気だから、お前が心配する必要はない」


 冷たくあしらおうとすると、ルイーナは不満そうに唇を尖らせる。


「せっかく作ったんだから、食べてよ」

「お節介な女だな。お前は」

「お節介な女だなんて、失礼な!」

「じゃあ、厄介な女だ」

「もう!」


 サイドテーブルに置かれたお皿をちらりと見る。ルイーナから浴びせられる視線には、いつも魔物や他の闇ギルドの連中から送られるものとは違った圧力があり、どうにも肌が粟立つ気持ち悪い感覚がした。そして、リョゼはとうとうお皿を手に取り、フォークで林檎を刺した。サクッと瑞々しい音がして、口に含めば蜂蜜と一緒に柔らかな甘みが口内に広がった。


「……うまいな」

「でしょう! うちの林檎は特別なんだから!」


 太陽みたいな彼女の笑顔に惹きつけられた。けれど、それはリョゼにとってあまりにも眩しすぎて、思わず目をそらした。


「リョゼくんって、好きな食べ物何?」

「好きな食べ物?」

「うん。好きな食べ物」

「どうして?」

「お話しようよ」

「なぜ?」

「お友達になりたいから」


 リョゼは疲れたように目を細めた。


「俺のことについて、オットーから聞いたんじゃなかったのか?」


 彼女がどうして自分の心に迫ってくるのか理解できず、尋ねてみた。彼女の反応を伺っていたが、ルイーナは「うん。聞いたよ」とあっけらかんとして答えた。


「でも、そんなの、おじいちゃんの勝手な想像でしょ? 私には、あのときのリョゼくんの目が、どっちかと言うと寂しそうに見えたから」

「オットーは、『生気が宿っていなかった』と言っていた」


 ルイーナは口元に手を当てて笑った。


「おじいちゃん、昔から警戒心が強いのよ。なんか、数十年前はそれなりに活躍してたギルターだったみたいで、危険な山奥や洞窟なんかに行ったりして、たくさん魔物を狩ってたんだって。その中でいろんな人を見てきたし、だから人を見る目にも自信があるって言ってるのよ」


 自信満々になるだけの目は確かなものだけどな、とリョゼは思った。


「だけど、それで言ったら、人を見る目だけは絶対に私が正しい気がするの」


(いつもは知らないが、今回はオットーの方が正しかったんだけどな)


「根拠はあるのか? オットーには、かつて様々な修羅場をくぐり抜けてきたという裏付けがある。ルイーナには、そんな何かがあるのか?」

「あるわよ」


 ルイーナは、人差し指で自分の頭を差し、自信に満ち溢れた表情で答えた。





















「女の勘」





















 あまりにも得意気に言うので、リョゼは思わず笑ってしまった。


「お前、やっぱりまともな人間じゃないだろ」

「そうかな?」

「オットーがルイーナのことを心配するのも、わかる気がするよ。ああ。それじゃあ、これが助けてもらった恩返しだ。俺もひとつ忠告の格言をやろう」

「何?」

「『君子危うきに近寄らず』だ。余計なことにいちいち突っかかっていると、その内痛い目を見ることになるぞ」

「ああ、ごめん。私、危うい者に近付いて味方にしちゃうタイプだから」

「これだから、痛い思いをしたことがない奴は嫌いなんだ」

「私だって、辛い思いくらいしたことあるわよ」

「たとえば?」

「たとえば?」


 ルイーナは顎に人差し指を当てて思案してから言った。


「この前のテスト赤点で、学校で補習受けさせられたの。そのせいで、友達と遊ぶ約束が潰れた」


 リョゼは鼻で笑った。その反応に、ルイーナは膨れっ面をする。


「いま絶対バカにしたでしょ。リョゼにとっては大したことないかもしれないけど、私にとってはめちゃくちゃ痛い出来事だったんだからね」

「痛い出来事、な」

「ねえ、リョゼくん」

「何だ?」


 すると、ルイーナはピンクの花柄のハンカチを取り出して、彼の口元を拭った。


「さっきから気になってたんだけど、ほっぺに蜂蜜ついてるよ」


 言いながら自分の口元を拭ってくる少女の自然な表情に、思わずドキリとしてしまった。隙を見せてしまったのは、怪我のせいで集中力が落ちてしまったからだろうか。しかし、「やめてくれ」と振り払うことはせず、ただ彼女の瞳を見つめていた。

 それから、ルイーナは部屋の時計を確認し、申し訳なさそうに両手を合わせた。


「あ、ごめんね、リョゼくん。私、これからちょっとやることあるんだ。またご飯とか持ってくるから、そのときにゆっくり話そうよ」

「……ああ。ありがとう」

「それじゃあね!」


 そして、ルイーナはひらひらと右手を振って、部屋を出て行った。一人取り残されたリョゼは、拭われた頬に手を当て、たった今自分の胸に表出した不思議な感情の正体を探した。


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