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第二十一話 「親父」と「息子」(4)

 それはリョゼにとって、初めて手にすることのできた幸福だった。外に魔物の討伐に行った際、時には魔物の肉や野山の山菜を食らい、凶暴な魔物を倒して、その毛皮などを売ったりもした。カイルやラミーを兄姉と慕い、彼らもまた、可愛い弟としてリョゼの面倒を見てくれた。ドーブルクは子供たちに戦い方の指導をしてくれ、元々センスのあった三人はすぐに成長した。

 ドーブルクは、クロガネにおいていわゆる「幹部」とされる存在だった。幹部はその他にも二人おり、十五代目の死後、次期リーダーを決めるための幹部同士の一対一での戦いが行われた。その結果、ドーブルクが勝利し、彼が十六代目クロガネのリーダーとなった。そして新たな幹部として据えられたのが、リョゼとカイルとラミーの三人だ。いずれは争う運命にあるとしても、三人は互いに協調し合ってクロガネとしての仕事をこなした。

 しかしあるとき、彼らの運命を変える出来事が起こった。


「親父?」


 リョゼは、ドーブルクが「何者か」と向かい合っているところを目にした。「何者か」はちらりとリョゼの方を見たが、何も言うことなく姿を消した。抜けるための通路は一本しかないはずなのに、透明になって文字通り「姿を消してしまった」のだ。


「どうした? 大丈夫か?」


 リョゼはすぐさまドーブルクの元に歩み寄った。振り向いたドーブルクを見て、リョゼは背筋が凍った。


 ドーブルクは、人間を食べていたのだ。


 それは、化け物が人間の味を覚えた瞬間だった。口元から血をどろどろと流し、ぐしゃっと人間が噛み砕かれる気分の悪くなるような音がする。


「ウマソウナニオイガスル」


 リョゼの魔力の強さが、ドーブルクの嗅覚を刺激した。リョゼは思わず、足を一歩退いた。その刹那、ドーブルクが獣のように大口を開けて、リョゼに掴みかかろうとしてきた。リョゼがその攻撃をかわすと、ドーブルクが追撃をする。頭が完全な混乱状態に陥り、何もすることができなかった。


「リョゼ……? ……と、父さん?」


 異変を感じたカイルが広間を覗き込み、先ほどのリョゼと同様に目を見開く。しかし、彼はすぐに頭を切り替え、戦闘の態勢に入る。


「〈人形召喚プーヴォ〉!」


 カイルの判断を受け、リョゼもようやくドーブルクと戦うことを決める。カイルは、呼びつけた手下に頑丈な鎖を持ってくるように言いつけた。

 ラミーも現れたおかげで三人は優勢に立ち、手下が持ってきた鎖によって、ようやくドーブルクを封じることに成功した。化け物をさらに牢獄に閉じ込めておき、リョゼ、カイル、ラミーの間で話し合いが行われた。


「どういうことだ、リョゼ?」

「俺にもわからん。俺が来たときには、親父はすでに人を食っていた」

「人を食っていた?」


 ラミーが気味悪そうに眉間にしわを寄せると、リョゼも同じ表情をした。


「俺にだってわからんよ。ただ、親父と一緒にもう一人、誰かがいた」

「誰だ?」

「俺が知るか。しかも、そいつは壁をすり抜けて消えていったんだよ」

「…………」

「ねえ、ところで、これは何なの?」


 そこで、ようやくラミーが額の魔業核に注目を向けた。そもそもの身体的変化が大きかったために、今まで意識することができなかったのだ。もちろん、リョゼとカイルがその答えを出すことはできなかった。しかし、とりあえずはこの「謎の魔石」が原因だと当たりをつけ、何とかして取り出してみることを試みた。

 あらゆる手段を投じてみたものの、その魔石を取り出すことは叶わなかった。後は頭ごと取り出してみるしかないということになったが、それは即ちドーブルクを殺すことになる。その上ーー。


「ニンゲン、タベタイ」


 ドーブルクは特に人肉を欲した。それも、できるだけ魔力を十分に含んだ肉体を。時には魔物の肉で補うこともあったが、一番はやはりそれを欲した。「ボーツギンの亡霊」が街に噂されたのも、ちょうどその頃だった。

 初めこそあまり気が進まなかったものの、「それが親父の望むことならば」という思いから、リョゼたちもボーツギンでの人さらいに加担した。それでも、食事の現場さえ見なければ心が痛むことはなかった。

 その人間は、初めからこの世に存在しなかったのだ。

 そう思っている内に、人さらいの仕事にも慣れた。


× × ×


 ある日、リョゼは、さる高名な医師がいるというウィヴァンの街へ行くため、数名の手下を連れて山中を歩いていた。しかし、途中で変な臭いがしたかと思うと体が急に重くなり、そこに山賊が現れたのだった。


「厄介なことをしてくれたな……」


 ハンデを負っていたにも関わらず、リョゼは自分たちよりも数の多い山賊たちをすべて倒してしまった。その代わりに仲間たちは殺されてしまい、自身も深い傷を負った。


(くそう……。このまま山を越えられるかどうか……)


 視界が揺れ、足もぐらついていた。気持ちだけで歩を進めていたものの、リョゼはその場に倒れこんでしまう。もうだめか、と感じた瞬間に、体の力が抜けていった。このまま死んでもいいのかもしれない、と思ってしまったからかもしれない。

 幼いあの時にも同じようなことがあったな、と回想をした。死にかけた自分に手を差し伸べてくれた男を救うための方法はわからず、半ば死んでしまったようなものだ。ボーツギンにも腕のある医師がいくらかいたが、彼らにもその原因すら突き止めることが叶わなかった。その内の一人は、途中で突然目を覚ましたドーブルクに食われてしまった。もう何をしても無駄なのではないか、とリョゼも諦めた気持ちが大きかった。


(「親父」が人を食う化け物になってしまった今、もう俺に生きる意味なんてないのだ)


 視界がぼんやりと霞んでいく。頭も、体も、暗闇の中に閉ざされていく……。


「おじいちゃん! この人だけまだ生きてるよ!」


 そのとき、大きな叫び声が、リョゼの耳元で小さく聞こえた。ちらりと見ようとしたが、その声の正体の人物を見ることは叶わなかった。次第に、リョゼの視界は、暗闇の中に落ちていった。


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