第二十一話 「親父」と「息子」(2)
ドーブルクは、リョゼに向かってその拳を向けた。リョゼは攻撃をかわし、〈肉体強化〉で強化した拳でドーブルクの頬を殴った。ダメージはあるものの、一発では致命傷にはならないようだった。
「ミーシャは、リョゼのサポートを頼む」
「了解!」
エデルはティナとリオンの傍に駆け寄り、剣を構える。少なくとも、この状態であれば、カイルとラミーの二人とも対等に戦えるはずだ。
「お前たちは、何のために人をさらっているんだ?」
純粋な疑問だった。すると、カイルは不思議そうに眉を上げた。
「何のためにって、まさか、まだわかっていないのか? 父さんが求めているからだ」
「そうじゃない」とエデルは怒りのこもった調子で言った。「そこまでして、別の誰かを犠牲にしてまで、お前たちはどうしてあの化け物に尽くそうとするんだ?」
「化け物……」とラミーはかすかに笑みを浮かべた。「たしかに、そうね。あれは化け物よ。おそらく寿命ももう、長くはない」
「それがわかっているのに、どうして」
ティナのつぶやきに、ラミーは無表情で返す。
「子が親を思う気持ちに、理由なんて必要?」
ラミーが手をかざすと、重たい圧力を持った水の光線が放射された。エデルたちがかわすと、それは後ろの壁にぶつかって激しい音を立てる。
「〈人形の武闘劇〉!」
カイルが召喚した土人形が空間を舞い、次々と二人に襲いかかってくる。今までの経験からわかる通り、この土人形は触れると爆発する。ティナは〈火球魔法〉を単発でいくつも放ち、土人形たちを一体ずつ確実に処理していった。それを止めようとしたラミーにはエデルの方が斬りかかっていく。
「ぐっ……」
接近戦には弱いのか、ラミーは右の上腕あたりに傷を負う。追い打ちを掛けようとしたエデルだが、カイルの〈連続・岩弾魔法〉を食らって弾き飛ばされてしまう。
「ここまで来るだけあって、さすがに能力が高いな」
カイルが鬱陶しそうに言った。その頃、リョゼとミーシャも均衡のある戦いをしていた。ドーブルクの一撃は重い。一度でも食らったらアウトだろう。ミーシャが〈岩壁魔法〉で動きを止めつつ、隙を見てリョゼが打撃を加えていた。
勝負が決まるのは一瞬だろうというのがエデルの憶測だった。誰かが致命傷を負った瞬間、この均衡は一気に崩れる。それを考えると、ラミーに傷を負わせたことは大きいな、とエデルは思った。まずはラミーを潰し、それからカイル。そしてティナとともにドーブルクに集中する。
ティナに目配せし、エデルはラミーへと剣を振りかざした。しかし、カイルはラミーを助けようとはしなかった。新たな土人形を召喚し、向かったのはーーリオンの方だった。一瞬の動揺を見せて動きが止まったのを見逃さず、ラミーはエデルに水の光線をぶつけた。吹き飛ばされ、壁に激突する。マークチェンジが見事だった。カイルは攻撃対象をリオンからエデルに変更し、彼を助けようとするティナは、ラミーの魔法が妨害した。リオンも魔法を放って援助しようとするものの、その一助にはならない。
「ちっくしょう!」
体の奥から無理やり魔力を引き出し、〈肉体強化〉で対抗する。何とか立ち上がり、体勢を整えることができた。
「まさか、今のを防がれるとは思わなかったな」
「卑怯だぞ、なんて言葉は言わない。リオンのことが完全に頭から抜けていた俺のミスだからな」
申し訳なさそうにエデルの方を見つめているリオンに目をやり、一言「大丈夫だ」と言った。長期戦に持ち込まれて体力を削られるのは嫌だな、と思った。
「一気に決めるぞ」
魔力で全身を覆い、剣を構える。カイルは新たな土人形を召喚し、両腕を岩の剣の形とした。互いに駆け出し、斬り合う。土人形を含めた相手の数はたしかに多いが、〈肉体強化〉によるエデルの人間離れした動きが、一体、一体を確実に処理していった。しかし、一体を消すごとに一体が召喚されるため、キリがない。
互いに集中していた二人は、ティナとラミーのことが視界に入っていなかった。ティナは冷静だった。ラミーの水の光線をかわし、呪文を詠唱する。そして。
「〈大・火球魔法〉!」
ティナが放った魔法は、ラミーではなくカイルの方へと一直線に向かっていった。カイルが気付いたときには、火球はすぐ目の前まで迫っていた。
「ぬぐううううう……」
重たい一撃を受け、完全に隙を見せてしまったカイル。すでに勝負は決していた。立ち上がろうとした眼前には、エデルが剣を振りかざす姿があった。
「〈一撃必殺〉!」
魔力をこめた渾身の一撃は、防御を一切取ることのできなかったカイルを完全に戦闘不能の状態へと追い込んだ。接近戦の苦手なラミーを倒すのは容易だった。カイルが倒されたことに動揺も見せず、エデルに立ち向かおうとしたラミーだったが、近接戦に関しては圧倒的な実力の差があった。腹部を横に切り裂かれ、ラミーはその場でぱたんと倒れてしまう。
一方、リョゼも完全に優位な状況となっていた。隙を見計らった一撃が確実にダメージとして蓄積しているようで、ドーブルクの動きは最初よりも鈍くなっていた。ドーブルクの拳をひらりとかわし、リョゼは魔力で強化された一発を、そのこめかみに打ち込んだ。
「リョゼ、額の魔業核を破壊するんだ!」
エデルが叫ぶ。リョゼは頷き、ドーブルクとの距離を詰める。目の前まで来て、拳を振り上げた。
「…………」
しかし、リョゼは、その拳を一向に振り下ろすことができなかった。右腕を上げた状態のまま、まるで石像のように固まってドーブルクの姿を見続けていた。
「リョゼ!」
エデルの呼びかけにハッと目を見開いたときには、もう遅かった。ドーブルクは隙を見て体を起こし、カイルの元へと駆け寄っていった。
五人全員が同時に息を呑んだ。ドーブルクは、カイルの襟首をつかむと、頭からその男を食べ始めたのだ。強靭な顎で首元からかぶりつくと、肉が抉れ、ドロドロとした血が流れ落ちる。それに加えて恐ろしかったのは、食されるカイルの表情だった。それは、むしろ食われることを望んでいるかのような奇妙な恍惚に満ちていた。「動かなかった」というよりは、「動けなかった」のかもしれない。数々の視線をくぐり抜けてきたエデルたちではあったが、さすがに人間が仲間の人間を食う瞬間など見たことがなかった。食われたときの恍惚の表情など、目にしたことがなかった。
「ああ。お父様……」
カイルを食い終わった後、ドーブルクはラミーの元へと向かった。ラミーもまた、ドーブルクの「餌」となることに喜びを感じているかのような笑みを貼り付けたまま、その化け物を見上げていた。
「さようなら……」
「……っ!」
ラミーは、ちらりとリョゼの方を見た。ふっと微笑をこぼすと、次の瞬間にはその胸をドーブルクの腕に刺し貫かれていた。ドーブルクは、アスパラガスを爪楊枝で刺して食べるみたいに、ラミーの体を持ち上げ、その右の肩から食らっていった。
その空間は、不気味なまでの静寂に包み込まれていた。ドーブルクは、いまだに口元から滴り落ちる血を拭い、喉の奥から低い声を出した。エデルたちの方を振り向いたとき、そこから放たれるオーラは、明らかなまでに邪悪であった。
「ゴゴ……ゴ……」
魔業核の両脇に二本の角が生え、牙が鋭く尖っていた。筋肉はさらに増強し、両腕には白い体毛が、髪も同様にして伸び、悪魔のような羽と尾が生えた。
「親父……」
リョゼは自然と呟き、人であった頃の面影を完全になくしてしまったその化け物を、ただ呆然と見つめていた。
「……ぅぅ」
血にまみれたその光景が、かつての残酷と重なった。大切な物を失ってしまったときのすっぽりとした空虚感が、まざまざと回想の中に蘇ってきた。リョゼは、肉体がただそこに存在しているだけの、うろの空いた巨木のようにぼうっと佇んでいた。




