第十九話 闇ギルド「クロガネ」(3)
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ゆっくり話を聞くために宿屋で一部屋を借り、二つあるベッドの上で向かい合うようにして座った。
「ちょっと、混乱しているんですけど、あいつらの仲間って……」
「今は仲間ではないけれどな」
「それで、クロガネって言ってましたよね。その組織の名前か何かですか?」とミーシャが尋ねた。
「クロガネは闇ギルドだよ」
エデルとミーシャは同時に息を呑んだ。闇ギルドの存在は、話には聞いたことがあった。盗みや暴力など、利益のためならば人道に反する行為も厭わない人々が集った組織である。目立つような悪行をすることは少なく、今回の「ボーツギンの亡霊」事件のように、真相を突き止めようとすれば、組織の力で簡単に消されてしまう。かつての旅の中では一度も関わることがなかったし、エデルたちにとってはほとんど架空の存在であったため、ここで関わることになるとは、内心驚いていた。
「闇ギルド……っていうことは、やはり人身売買か何かが目的で?」
エデルが問うと、リョゼは首を振った。
「こっち側からすれば、人身売買の方がまだマシさ。それだったら、人間がグロテスクに殺されていく姿を見なくて済むのだからな」
二人の眉間のしわが深くなる。リョゼは、怒りとも悲しみともわからない沈鬱そうな面持ちをしていた。
「さすがの俺も、もうあの男には付き合いきれない。あいつは変わってしまったからな」
まだ彼の言っている内容がわからず、エデルたちは黙ったまま耳を傾けていた。
「クロガネのリーダーは、ドーブルクという名の男だ。世間的に見れば酷い男かもしれないが、それでも今ほどではなかった。あいつは、変な魔石に出遭ってから、なぜか人を食うようになった」
「人を食う?」
変な魔石というのも気にはなったが、エデルの注意はまずそちらに向かった。
「人を食うことで魔力を吸収できるって言うんだから、もう立派な化け物だよ。あいつを化け物にしたのは、おそらくはその魔石だろうが」
リョゼは憎々しげな瞳をしていた。怒りのために、体全体に力が入っていることが見てわかった。
「人間の味を覚えた熊と同じさ。あいつは、人間が体内に持つ魔力の味を覚えたんだ。理性を失った化け物を制御することはできず、かと言ってリーダーを殺すこともできず、俺たちはあいつを鎖でつないでおくことに決めた。そして、定期的に人間の肉を欲し、食えなければ暴れ出すあいつを抑えるために、俺たちの活動は『餌』を取ってくることが中心となった」
「餌?」
「人間の肉……つまり、ボーツギン市内で行方不明になった人々のことだよ」
「それが、人さらいの目的だったのか」
「もちろん、しょっちゅう持って来れるようなものでもないから、魔物の肉で我慢してもらっているときも多いが、やはり一番は人間の肉らしい。それも、お前たちくらいの魔力の持ち主ならば、あいつにとってはものすごいご馳走だろうぜ」
「それで、リョゼさんは、そんなリーダーに耐えられなくなって、組織を抜けてきたっていうことなんですよね?」
ミーシャは、ひとつの答えを求めるような若干押し付けがましい調子で尋ねた。リョゼはちらりと一瞥し、それから自嘲気味に笑った。
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「どういうことですか?」
リョゼは肩をすくめた。
「俺も、完全な善人ではないということさ。ただ、目指す場所はお前たちと同じだ。俺の目的は、クロガネのリーダー、ドーブルクを処理すること。間接的には、さらわれて今生き残っている人々を助けることにもなる。エデルたちの仲間も、最近奴らにさらわれたばかりだと言っていたな?」
宿屋まで歩いて来る途中、エデルたちは名を名乗り、ティナとリオンがクロガネにさらわれた旨を話していた。リョゼがこちら側の人間だというのはわかっていたし、戦いの様子を見ていれば、彼の協力を得られればこれほど心強いことはないと思ったからだ。そして、その意図はリョゼにしても同じみたいだった。
「俺は、今までクロガネの連中と戦ってきたギルターを見てきたが、兄さんと姉さんを引き出して……」
「兄さんと姉さん?」
エデルに尋ねられ、リョゼはハッと目を丸くしてこほんと咳払いをした。おそらく、リョゼはカイルやラミーとは近しい間柄にあったのだろう。そして、かつての愛称がふとしたときに出てしまったのだ。もっと言えば、ドーブルクのことも不自然に「あいつ」呼ばわりすることも気にはなっていた。まるで「俺とあいつは敵同士なのだ」と誇示せんばかりに。小説の読みすぎかもしれないが、エデルはひとつの可能性に思い当たってしまった。
「俺たちは、本当にお前を信じていいんだろうか?」
リョゼは複雑そうな面持ちのままエデルを見ていた。少し目線を逸らして答える。
「お前たちの気持ちはわかる。クロガネの味方だった男を最初から信じるという方が難しいかもしれない。しかし、だからこそ、俺は最初からクロガネの『元』メンバーだと言ったんだ。隠しておいたまま行動に移し、後からバレる方がよっぽど混乱するだろう」
「あいつらは、リョゼとは知り合いみたいな反応を見せた。それを踏まえて考えれば、あえて自分から『元』メンバーだと言った方が、相手を信じさせることができる」
リョゼはしばらく何かを考え込んでいる様子だった。
「俺にとって、兄さんや姉さん、それに、あいつ……親父も、たしかに大切な存在ではある」
ただ、と注意深く付け加えた言葉と瞳の奥には、嘘偽りのない力強い意思が感じられた。
「それよりももっと大切なものができてしまった。それだけの話だ」
こんな程度のことで信じてしまうのはバカげているのかもしれない。しかし、いずれにしても、今クロガネにつながる手がかりは彼しかいない。もたもたしていれば、ティナとリオン、それにさらわれた他の人々がドーブルクの餌となってしまう。悠長に悩んでいる時間などなかった。
エデルは警戒を緩めない眼差しのままで言った。
「少しでも妙な真似をしたら、わかっているだろうな」
「さすがの俺も、お前たち二人を相手に勝てるとは思わない。だったら、条件として、最初にお前たちの仲間を助けてやろう。それでどうだ?」
「わかった。ティナたちの安否が確認できれば、俺もドーブルクを倒すことに協力する。ティナたちが加われば、もっと戦力も増えることだしな」
「アジトへ侵入するための策はある。それじゃあ、まずは……」
「エデルだ」とエデルは改めて名乗り、手を差し出した。「一応、俺はお前のことを信頼することにはした。だから、俺たちは仲間だ」
リョゼは失笑した。
「疑ぐり深いのか、信じやすいのか、わからない奴だな」
リョゼも手を差し出し、握手に応じた。信じやすいから、疑り深くなるんだよ、とエデルは苦笑する。
「私はミーシャ。よろしくね」
「ああ。よろし……」
続いて、リョゼはミーシャに向けて手を差し出す。「あ、ミーシャはやめておいた方が……」というエデルの忠告も間に合わず、突如ボディタッチを図ろうとしてきた男性に対して、ミーシャの警戒心が作動した。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!! へぇんたぁぁぁぁぁい!!!」
「ぶふぉぉぉぉぉ!!!」
鈍い音が宿屋の中に響き渡り、リョゼは突き飛ばされてしまう。顔を手で覆うエデルと、「ごめんなさい!」とすぐに謝罪を試みるミーシャ。果たして、相手を警戒するべきなのはどちらの方だったのであろうか。




