第十九話 闇ギルド「クロガネ」(1)
街を歩きながら、エデルとミーシャは今起きた出来事について話し合った。
「『ボーツギンの亡霊』の正体は、人さらいだった。夜道を歩いている一般人を後ろから襲って気絶させているんだろうな。もちろん、亡霊探しに来たギルターはいるが、奴らもある程度は戦いに慣れているだろうし、人数も多い。実力のあるギルターはくだらない噂話のために動かないだろうし、それで今まで真相がわからなかったってところだろうな」
「っていうことは、フィーマーさんの娘さんも?」
エデルは沈鬱そうな面持ちで頷いた。
「さらわれた可能性が高い……というか、同じ被害に遭っていると考えるのが妥当だろうな」
「じゃあ、早く助けなきゃ……!」
「問題はそこなんだよ」とエデルはため息を吐いた。「そもそも、犯行グループが何者なのかわからないし、どこに潜伏して、どんなルートで人さらいをしているのかもわからない」
それに、とエデルの表情はさらに暗くなる。
「おまけに、人さらいの目的が人身売買だとして、まだ娘さんが無事でいるかどうかもわからない」
さらに、二人の身に追い打ちをかけるような出来事が起こった。
待ち合わせの時刻になっても、ティナとリオンは現れなかった。多少の遅れはあるものかとそのまま待っていたものの、二人が現れる気配は一向にない。そして、そのまま朝陽が昇ろうとした頃には、エデルたちは信じがたいような気持ちでその場に佇んでいた。
「あの二人が、さらわれたのか?」
「そんな……あんな程度の奴らに? ありえないよ」
「俺も同じ気持ちだよ。リオンにしたって、足手まといにならない程度の配慮はできるはずだし、同じ状況でもティナ一人で何とかできるはずだ」
「もっと数が多かったとか?」
「五十、対、二、とか?」とエデルは失笑した。「こんな住宅街でそれだけ派手な戦闘をしたら、すぐに役人が駆けつけてくるだろ」
「じゃあ、どういうこと?」
ミーシャの問いに、エデルは答えることができなかった。二人の身に何が起こったのか、まったく想像することができなかった。苦笑いしながら、エデルは適当なことを言う。
「『ボーツギンの亡霊』ってのが本当にいて、話にあった通り、二人はそれに取り憑かれて、神隠しにあった」
そう言ったエデルの表情は重たく、絶望に沈んでいた。
同じように肩を落としてしまうミーシャだったが、自分まで落ち込んでいてはいけないと思った。思慮深くはあるが、考えすぎて勝手に落ち込んでしまうのが彼だ。せめて自分だけは、希望と前向きな気持ちを持っていなければならない。
「きっと、大丈夫だよ」
泣いている子供を慰めるような優しい声音で、ミーシャは語りかける。
「ティナちゃんも、リオンも、そう簡単にやられるはずがないじゃない。きっと二人は無事だし、二人のために、私たちが今何ができるのかを考えることの方がよっぽど大切でしょう?」
ミーシャの言う通りだ、とエデルは気持ちを持ち直した。落ち込んでいたところで、何か変わるわけではない。自分たちに今何ができるのか。そのことについて考えて行動を起こさなければならないのだ。
「……ああ。悪いな、ミーシャ。たしかに、そうだ。まずは、敵の居場所を突き止めて、それからさらわれた人たち、ティナやリオンがどこにいるのかを吐かせないとな」
肉体的にも精神的にも疲れ切った一夜だった。今の状態では頭も回らないだろうということで、まずは仮眠と取ることに決めた。その後、ミーシャが「役所に行って昨日のことを話しておこうよ」と提案するも、エデルは首を振った。
「それはだめだ。これが公にされるのはまずい」
「どうして?」
「奴らだってバカじゃない。街中でこのことが公にされて警戒されている中で、わざわざ行動を起こすとは思えない。そうなると、敵の足取りをつかむのがますます難しくなるからな」
「それじゃあ、私たちだけでやるってこと? でも、私たちのことだって……」
すでに顔バレしているではないか、と意見を述べようとしたが、エデルは得意気に人差し指を振った。
「その心配ならいらないさ」
× × ×
「ねえ、エデルくん……」
ミーシャは恥ずかしそうに苦笑いをする。
「これはちょっと、うるさすぎるんじゃない?」
彼女が身につけているのは、ヒョウ柄のカーディガンに白のシャツ。黒いホットパンツというなかなか派手な格好である。レンズの赤いサングラスを見て、エデルは満足そうに頷いた。
「いや、このくらいでちょうど良い。どう考えても昨夜戦った大人しそうな女の子には見えない」
「ま、まあ、それは……そうなのかもしれないけどさ。でも、ちょっと恥ずかしいよ」
「恥ずかしがるから余計に恥ずかしくなるんだよ。その方が、夜遊びしてる風に見えるし、絶対にあいつらは襲ってくる。そこを叩く」
「エデルくんの本気具合は、たしかによく伝わってはくるけど」
もちろん、エデルも似たような服装を着ている。ドクロのシャツに、シマウマみたいな柄のジーンズ。これらはすべて、昼間の内に買い揃えておいたものだ。
「いや、でもその遊び人風の服に剣を帯刀してるのは絶対おかしいって!」
突っ込まれ、エデルはもどかしそうに頭を掻く。
「そういうファッションってことにしておいてくれよ。剣がなきゃ戦えないし」
「無理やりだなあ」
「こんなところでファッションセンスについて語っていても仕方ない。早く行こうぜ」
不安がっていたミーシャではあるが、エデルの狙いは見事に的中したみたいだった。派手なナリをした男女二人を見つけ、男が襲ってくる。そしてその男は、エデルは顔を覚えていなかったが、昨夜の七人の内の一人みたいだった。
「お、お前は……!」
エデルは絶対に逃すまいと、表情ひとつ変えずに剣を引き抜き、相手に斬りかかっていった。しかし、もともと実力差がわかっていたためか、男はすぐにバックステップで距離を取って逃げ出した。しかし、ミーシャは即座に〈蔓魔法〉で男の体を捕らえる。
「くそう!」
男は〈火球魔法〉を放ったが、それはまったく的外れな方向へ飛び、空高くへと消えていった。
「今度こそ逃さないぞ」
自分から死ぬこともさせまいと、男から目を離さない。
「まずは……」
「ねえ、エデルくん」
ミーシャが不安そうに呼びかけてきたので、エデルは男を見つめたまま「どうした?」と尋ねる。
「もっと目立たない場所に行った方がいいんじゃない? ここだと、どこから襲われるかわからないし、集中できないよ」
たしかに、ミーシャの言う通りだ。こんな目立つ場所で尋問をしていては、「どうぞ、ご自由に攻撃してきてください」と言っているようなものだ。
「…………」
しかし、それだけではない気がした。ミーシャはやけに周囲を気にしている。ティナたちをさらわれた怒りのために目の前の男のことしか意識していなかったが、エデルもようやくその違和感に気付いた。
敵であることは間違いない。しかし、それにしても……この身の毛もよだつような魔力の気配は……。
「〈人形の武闘劇 (コムバ・ド・プーヴォ)〉」
すると、四方八方から何者かが二人を襲ってきた。両手には小型のナイフが握られており、ミーシャが全方位に〈岩壁魔法〉を展開したことで何とか防ぐことができた。しかしーー。
パカァァァァァン!!!
次の瞬間、「何者か」は一斉に小爆発を起こし、エデルたちはそれに呑み込まれて吹き飛ばされてしまった。辺り一帯には土煙が舞い、それを吸い込んでさらに咳き込んでしまう。苦しい中で体を起こすと、目の前には見慣れぬ顔の、しかし昨日の相手とは明らかに違う雰囲気を放った男女が歩いてくるのが見えた。




