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第十八話 ボーツギンの亡霊(3)

「人が良いのも大概にせんと、その内痛い目を見るぞ」とリオンは腕を組み、面倒臭そうにため息を吐く。

「でも、それがエデルくんの良いところなんだけどね」とミーシャは困ったような顔をして言った。

「俺たちは魔王を倒したパーティなんだぜ。亡霊ごときに負けるわけないだろ」

「今のパーティには、魔王様本人もいることだしね」とティナは意地悪そうな顔でリオンの頭に手を乗せる。「そんな威厳なんて欠片もないけど」

「貴様は破蛇の森でのわしの大大大活躍を見ておらんかったのか?」

「結局、その後はまたチビに戻っちゃったじゃない」

「何じゃと?」


 バチバチと火花を散らす二人に、エデルは呆れてしまう。


「それより、どうやって正体を確かめる?」

「しらみつぶしに行くしかないじゃろ。今夜、四人で街中を徘徊していればいいだけの話じゃ」

「ま、仮に亡霊がいたとしても、四人全員が一気に取り憑かれるなんてことはないはずだものね」

「それじゃあ、夜になるまではそれぞれ他の依頼を引き受けていようよ。お金を稼がなきゃ、今度はシーナさんみたいな人が現れてくれるかどうかもわからないんだし」


 ミーシャの提案に一同は頷き、亡霊が現れるという時間まで四人は魔物退治などの依頼をこなした。そこそこのお金が貯まり、夜ご飯を食べた後、日を跨ぐまではカプセルホテルで休息を取った。


「リオンは?」


 しかし、集合時間になってもリオンは現れなかった。


「まさか、すでにボーツギンの亡霊に取り憑かれたとかじゃないだろうな?」

「まだベッドで寝てるんじゃない?」

「だいぶ疲れてるみたいだったしね」


 単に魔物を倒すだけであればエデル、ティナ、ミーシャの三人がいれば事足りたし、リオンは今の小さな体では少し歩くだけでも疲労を感じてしまうみたいだった。夕食時に一番疲れた顔をしていたのは、むしろ何もしていないリオンだっただろう。


「じゃあ、そのまま寝かせておいてもいいんじゃないか?」


 戦力というよりはむしろ、邪魔になるだけだし。

 ひそかにそう思いつつ口にすると、カプセルホテルの玄関口からけたたましい足音が聞こえてきた。


「ちょっと待ったあああああ!!!」


 リオンの叫び声に、エデルは眉をひそめる。


「わしを置いて先に行くとは何事かぁ! 隣の愚か者が壁を蹴ってくる音で目覚めんかったら、今頃わしは置いてけぼりになっておったところじゃぞ!」

「一番うるさいのはお前だっつうの」


 ため息混じりに、エデルはリオンの頭を軽く叩く。


「もう夜遅いんだから、うるさい音を立てるな。大声を上げるな」

「あい……ごめんなさい」

「わかれば、よろしい」


 結局、リオンも連れて行かなければいけないのか。

 仮に俺たちの話が小説化されたときに、小さな子供を夜中に連れまわすのはコンプライアンス的にいかがなものか、との批判を恐れつつ、四人で「ボーツギンの亡霊」探しのために歩いた。

 しかし、いくら歩いても大した変化が訪れることはなかった。やはり、街の人々が適当に吹聴した噂話に過ぎなかったのではないか、と互いに顔を見合わせ、もう一度話し合うことに決めた。


「もう眠いんじゃが。早く帰りたいんじゃが」

「置いてけぼりにするなって言ったのは、リオンの方だろ」

「ねえ、どうする? このまま歩いてても、何も起こりそうにないけど」


 ミーシャが疲れたように言うものの、ティナは納得が行かない様子だった。


「でも、フィーマーさんの娘さんのこともあるし、『ボーツギンの亡霊』って言われている『何か』は、必ずいるはずだよ」

「そうだよな。このまま諦めるのは、ちょっと悔しい気がする」


 エデルはふうむと唸り、ひとつ提案をした。


「それじゃあ、二手に分かれて探してみることにしないか?」

「二手に分かれて?」とミーシャが尋ねる。

「ああ。さすがに一人きりで歩くのは危険だけど、二人組で行った方が探せる範囲も広がるだろ。その方が、『ボーツギンの亡霊』を見つけられる可能性は高い」

「たしかに。大人数で動いてると、どうしてもだらだらしちゃうもんね」とティナが相槌を打った。「じゃあ、チーム編成はどうする?」


 そう切り出されたところで、全員が一斉にエデルを見た。


「いつだってエデルの隣にいるのは私でしょ? 私は地球でもエデルと一緒にいたんだからね?」


 有無を言わさぬ強い口調で言ってエデルの腕に絡みつくティナに、リオンが噛み付いた。


「何を言っとる! 貴様は破蛇の森でのわしの功績を忘れたのか!? わしがおらんかったら、貴様らは今頃死んどるぞ?」

「いや、全然関係ないね。もうちょっと時間があったら、普通に私がやっちゃってたし」

「仮定はいらん。必要なのは事実じゃ。エデルがピンチになったとき、一番役に立つのはこのわしじゃからな!」

「いいや、私の方が絶対エデルの力になれるね!」

「わしの方が戦闘能力は高いからな!」

「今のあんたはただのチビじゃない!」


 二人の喧嘩に加わるほどの強引さは持たず、ミーシャは苦笑いしながらそれを見ている。

 やがて、バチバチと睨み合う二人に愛想を尽かし、エデルはそのくだらない争いに終止符を打った。


「それじゃあ、ミーシャ、俺と一緒に来てくれないか?」


 きょとんとする二人に、「私?」と自らを指差すミーシャ。


「生憎、俺は周りのことが考えられない奴が嫌いなんだ。周りを見てみろ」


 ここは住宅街である。ティナとリオンが大声で騒ぎ続けていたからか、二、三の家でぽつぽつと明かりが点いて、不快そうに彼らを眺めている人々の姿がある。それに気付き、ティナはしょんぼりと肩をすくめる。


「……ごめんなさい」


 リオンは強がっているのか、ふんと鼻を鳴らして偉そうな佇まいであったが、周囲の注目に耐えきれなくなり、ぽつりとこぼす。


「まあ……悪いとは思っておる」


 結局、エデルとミーシャ、ティナとリオンの組に分かれて亡霊探しに向かうことになった。

 ミーシャは緊張していた。二人きりになると、また雰囲気が違った。エデルの緊迫感のある表情を見ていると、覚えず胸が熱くなってしまっている自分に罪悪感を抱いた。ミーシャは歩く速度を速め、エデルの隣に立った。ここぞとばかりに、声をかけてみる。


「初めてだよね。こういうの」


 エデルは不思議そうに眉を上げ、ミーシャを見る。


「初めて?」

「うん。今まで、こうやって二人きりで街を歩くことなんてなかったじゃん」

「そうだっけ?」


 エデルは興味なさそうに言った。今はそれどころではないということは、ミーシャ自身もわかっていた。しかし同時に、こういう機会でもなければ、エデルとの距離が縮められないこともわかっていた。なにせ、普段、両隣には「超」が付くほど積極的なあの二人がいるのだから。


「私がパーティに入ったときにはもうティナちゃんがいたし、私だって、ほら……」


 ミーシャが恥じらうように顔を俯けるのを見て、エデルは苦笑した。


「そもそも、男と二人きりでいることができなかったもんな」


 より一層顔を赤くして、ぎゅっと両手で服の裾を握りしめる。


「俺が言うのも何だけど、そのときに比べたら、だいぶ成長したよな」

「実際、自分でもそう思うもん」


 そう言って、また沈黙。喋らなければ、喋らなければ、という思いが先行し、顔を上げて、ぐっと近付く。


「あの、エデルくんってさあ!」

「ど、どうした?」


 沈黙。こんなことを訊いてしまうのは恥ずかしいけれど、理性とは裏腹に言葉が喉の奥から滑り出てきてしまった。


「今まで、彼女いたことあるの?」


 ビクリとした。まさかの恋バナである。それにも驚いたが、エデルはそもそも「こういう系」の話題が嫌いだった。さすがにこのくらいの年齢になってくると、「今までに一人くらいはお付き合いしたことがあるよね?」という前提で恋愛話を進めてくる輩がいる。そして、「実は、今まで彼女いたことないんだ……」と言うと、大体は白い目で見られてしまう。止むを得まい、とエデルは唇を噛んだ。


「二人、いたことがある」


 ただし、画面の中でな!

 心の中でそう付け足すことによって、エデルは自分の発言を正当化した。すると、ミーシャはかなり驚いた表情を見せた。


「え、そうなんだ!」それから、彼女はしょんぼりと肩をすぼめる。「実は、私、今まで男の人とお付き合いをしたことはおろか、手をつないでみたことすらないんだ」

「あ、そうなんだ……」


 正直に言うミーシャに、エデルは自分の小ささを感じた。


「ごめん。引いたよね……」

「いや、そんなことはないぞ!」とエデルは語気を強めた。「それはつまり、純潔を保っているっていうことだろ。悪いわけないじゃないか。尻軽よりもよっぽど良い」


 自分だって彼女がいたことがないのだ。そもそも、そのことに関して否定できるわけがない。しかし、エデルの優しい言葉を耳にしたミーシャは、ふっと口角を上げた。


「ねえ、私、どうしたらいいと思う?」

「どうしたら?」

「あの……その……」


 胸の奥からは、言葉では表現しようのない熱いものが込み上げてきていた。その熱いものを喉の奥から絞り出そうとするものの、目覚めた理性がそれに歯止めをかけている。自分の右の手の平を見つめ、ちらりとエデルを見る。


「どうしたら、私、せめて男の人と手を……」

「……!?」


 体と体がぶつかり合う鈍い音がした。ミーシャもハッと我に帰り、後ろを振り返る。すると、手刀を食らわせようとした男の手を握るエデルの姿が見えた。


「ミーシャ、まだもう一人いるぞ!」


 エデルの声に神経を研ぎ澄ませる。魔法が放たれる前の魔力の気配を感じ、ミーシャは反射的に〈岩壁魔法ロムール〉を張った。それとほぼ同時に、奥の暗がりから放たれた火球がぶつかって弾ける。


「亡霊探しのギルターか。面倒臭ぇ」


 男が蹴りを放ってきたので距離を取り、エデルとミーシャは互いに構えた。手刀の男は腰の剣を抜き、にやりと笑みを浮かべた。


「だが、残念だな。『ボーツギンの亡霊』は一体や二体ばかりじゃないんだ」


 エデルは眉をひそめた。隠れていた仲間たちが姿を現し、背後からもエデルたちの周囲を覆う。


「なるほど……こいつらが『ボーツギンの亡霊』の正体だったのね」

「二、三、四……七人か。ミーシャ、行けるか?」

「この人たちが街中で上級魔法を放ってくるような常識はずれじゃなければ」

「わかった。まずは前にいる奴らから片付けるから、防御全般は頼む」

「了解」


 エデルは神妙な面持ちのまま、剣の柄をぎゅっと握りしめる。


「悪いな。数が数だ。手加減はできないかもしれない。っていうか、できない」

「ガキのくせに、舐めた口を……ぐぉっ!」


 ただの若いカップルだと油断していたのか、エデルが動き出したと思った瞬間には、男は腹から血を流して倒れた。他の仲間たちは驚き、焦って構えを直す。エデルから放たれた殺気に、この二人がそこらの普通のギルターではないことに気付いたからだろう。だからと言って、ちょっと戦闘訓練を積んだ程度の人間が彼らに太刀打ちできるはずなどなかった。二人は、かつて世界中を旅して数々の強力な魔物を討ち倒し、世界を救った勇者たちなのだ。あらゆる方向から飛んでくる火球や蔓などの魔法はミーシャが器用に防いでしまい、エデルの圧倒的な剣術には太刀打ちできない。


「やべえぞ……こいつら」

「いったん退くぞ! カイル様に報告せねば!」


 まだ五人残っていたが、ほんの少しの動作で実力差を悟ったのか、一歩退いたかと思えば、瞬間の内に闇夜に紛れて消えてしまった。


「エデルくん」

「大丈夫だ」


 逃げていった男たちの後ろ姿を見送り、倒れている二人に目を移す。


「二人捕らえられただけでも、大きな収穫だ。こいつらを役所に引っ張っていって、何者なのかを吐かせよう」

「ねえ、エデルくん」


 近くで男の様子を確認したミーシャに呼ばれ、エデルもその傍に歩み寄る。同様に確かめて、エデルは唇を噛んだ。


「……この人、もう死んでる」

「薬でも飲んだか。だいぶ訓練されているな」

「もう一度する? 亡霊探し」


 エデルは少し考えてから首を振った。


「いや、探したところで、奴らがもう一度俺たちを狙ってくる可能性は低いだろうな。また機会を改めた方が良い」

「うん。わかった」

「とりあえず、ティナたちと合流しよう」


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