第十八話 ボーツギンの亡霊(2)
「あなたたち、さっきから揉めているみたいだけど、何かお困りのことでもあったの?」
いかにも人の良さそうな感じの女性だった。大人びた茶髪の長い髪に、ふんわりとした優しそうな顔立ちをしている。エデルはすぐに前に出て謝罪を試みた。
「すみません。こんな街中でうるさくしてしまって。でも、もうすぐに引き上げますから、大丈夫ですよ。実は今、破蛇の森を抜けてボーツギンまで来て、腹ごしらえをしようと思っていたんですけど、まさかの『お金がない』という事態に遭遇しまして…sな点」
エデルはばつが悪そうに苦笑いする。
「それで、ご飯を食べるためにギルドで依頼を引き受けようって話になったんですけど、誰も戦いたがらなくって」
(いや、だから戦いたがらなかったの、エデル(くん)じゃん!)
ティナとミーシャは、二人して顔を見合わせる。
「その話も落ち着いてギルドに行こうとしたんですけど、今度はこの子が『先にご飯食べたい』って駄々こねるもんだから」
「なるほど。そういうことだったんだ。若いのに、苦労しているのね」
「あはは。まあ、それなりに……」
無論、その原因はエデルが多額の軍資金をすべて慈善団体に募金してしまったことにあるのだが。女性は顎に手を当ててエデルの話を聞き終えた後、「わかったわ」と四人に微笑みかけた。
「私、小さいながらも夫婦でレストランを経営しているの。だけど、今は事情があって休業していて。もし良かったら、うちで何か食べていかない?」
「オムライスもあるのか!?」とリオンが前のめりの姿勢になる。エデルが嗜めようとするものの、女性は「いいのよ」とリオンの目線に合わせて言った。
「ええ、あるわよ」
「本当に、大丈夫なんですか?」
ミーシャは申し訳なさそうな顔で尋ねる。
「うん、気にしないで。私はシーナ。お店はすぐ近くだから。みんな、付いてきてくれる?」
それから四人はシーナに連れられ、大通りからはずれたところにある小さなレストランへと辿り着いた。先ほどのレストランとは打って変わってこじんまりとしたお店ではあったが、シーナの趣味なのか、店先に並べられた花が可愛らしく、親しみやすい趣があった。店内には四人掛けのテーブル席が四つと、六人掛けの席が二つ並んでおり、奥のキッチンの明かりは消えていた。二階と三階が自宅になっているらしく、「シェフを呼んでくるから、ここでちょっと待ってて」と言い残して、シーナは外階段から自宅に戻った。
やがて戻ってきたシーナの後ろにいたのは、誤って山賊でも連れてきてしまったのだろうか、と思ってしまいそうな厳しい顔つきをした男性だった。髪質の硬そうな茶髪がハリネズミのように立っており、顎にもヒゲをたっぷりと蓄えている。見上げてしまうような巨大な体躯に、エデルは思わず息を呑んだ。その反応は見慣れたものなのか、シーナは口元に手を当ててクスッと笑った。
「熊みたいでしょ。うちの夫」
「い、いや、そんなことは……」
それが冗談であるということに思い至らず、エデルは両手を振って否定する。男性も困ったような微笑を見せたが、何も口にすることはなかった。
「ジョンはね、こう見えてもとっても料理上手なの。……ほら、ジョン、この子たち、オムライスが食べたいんだって。いいじゃん。作ってあげてよ」
もともと無愛想なのか、あるいは感情表現が苦手なのか、ジョンは眉根を寄せてシーナを見たが、「わかったよ」と言うと奥のキッチンへと消えていった。シーナは悲しそうな目でその後ろ姿を見送り、キッチンの明かりが点いてがちゃがちゃと準備の音が聞こえると、六人掛けの席へと彼らを案内した。
「あの、お金のことは、気にしないでください」とエデルは言った。「お腹いっぱいになって余裕が出たら、代金を払えるくらいのお金はすぐに稼いでくるので」
「こう見えても、元気いっぱいになった私たちって、すごく強いんですよ」とティナも同調する。
シーナは笑った。
「あなたたち、さっきからずっと元気そうだったけどね」
くだらない言い争いをしたり、リオンが騒いでいたりしたせいでそのように見えたのだろう。
「だから面白くって、それで声をかけてみたの。エデルくんたちがお腹が空いてるって聞いて、ちょうど良かったわ」
「ご迷惑をおかけします」
「ううん。あのさ、こんなことを初対面のあなたたちに言うのも何だけど、うちの夫、すごく落ち込んでいたでしょう」
「ああ……はい……」
返答に窮して、曖昧な相槌となってしまう。
「ちょっと事情があってね。それでお店も休業することになったの。私としては、お客さんが入ってくれて賑わう方が前向きな気持ちになれるんじゃないかって思ってずっと説得していたんだけど、どうしても本人がその気にならなくてね。そのときに、エデルくんたちに会ったの。お客さんがいてくれれば、嫌でもキッチンに入るだろうし、そしたら何か変わるかもって思って。あなたたちくらい元気が良いと、なおさら」
どんなに気分が乗らなくとも、長年染み付いた技術は失せることなく、手際良く調理が進行しているであろう美味しそうな音が聞こえる。
「だから、代金はエデルくんたちの元気な姿。ご飯を美味しそうに食べてくれるだけで構わないわ。リオンちゃんみたいに楽しみに待ってくれてると、私もすごく嬉しいもの」
よだれを垂らしながらキッチンの方を見つめているリオンに目をやり、エデルはばつが悪そうに苦笑した。たしかに、彼女の姿は見ているだけでも微笑ましい。
やがて料理が完成したようで、ジョンが人数分のオムライスを運んできた。威圧感のあるジョンの雰囲気とは対照的に、彼が作ったオムライスはケチャップでハートのデコレーションがしてある。「うわあ、可愛い」と両手を合わせる女の子らしい反応のミーシャに、「うまそうじゃ!」とよだれを滝のように流すリオン。しかし、ジョンは、それを見て尚のこと複雑そうな面持ちをした。エデルはそれを不思議に思ったが、余計な詮索はするまいとお礼だけを言い、四人で「いただきます」をした。
自分たちのことは「世界を旅して回る冒険家」だと言っておき、今までの旅の思い出などを掻い摘んで語った。シーナも、そしてジョンもそれを興味深そうに聞き、ティナやミーシャなども話に乗ってきて、その場は大いに盛り上がった。
「また来ますね」
気を使わせてしまいそうなので、「お金を返しに」という言葉は省略した。シーナは「ぜひ」と言って、ジョンも愛想ばかりに微笑を浮かべた。
「それにしても、運が良かったな」
「そうだね。お腹いっぱいになったし、早くギルドの依頼で稼げそうなやつ見つけて、お金を返さないと」
「ついでに、ここでお金貯めとこうよ。さっきみたいになって、また誰かに助けてもらえるとは思えないし」
ティナとミーシャの言葉に頷き、ギルドへと向かう。ギルドを訪れるのはずいぶん久しぶりではあったが、かつては毎日のように訪れていた場所であったため、特別懐かしい感じはしなかった。屈強な戦士や魔術師らしい装いのギルターたちで賑わっており、隣接するカフェでは最近現れた珍しい魔物や高額の依頼などについての情報交換をしている人々なども散見された。エデルたちも適当なファイルを取り出し、空いているカウンターで依頼を探した。
「この魔物、夜にならないと出てこないらしいじゃん。やめとこうよ」
すぐ隣で、エデルたちと同じようにファイルを繰っている女性たちの話し声が聞こえる。
「どうして?」
「知らないの? ボーツギンの亡霊の話」
「ああ、あれでしょ。夜に街を歩いていると、かつて通り魔に殺された女の人の亡霊に取り憑かれちゃうっていう」
「そうそう。最近、よく夜遊びしてた若い子たちが行方不明になったりするでしょ。噂だと、あれは全部ボーツギンの亡霊の仕業らしいよ」
「えー、そんなの信じてるの?」
「実際、行方不明になった人たちって、まだ誰も見つかってないらしいじゃん」
「あー。まー、それはそうだけどさ」
「ついこの間なんか、フィーマーさんの娘さんも行方不明になっちゃったらしいよ」
フィーマーさんの娘さんが?
そこで、エデルはページを捲る手を止め、本格的に女性たちの話に耳を傾ける。
「うん。あたし、シーナさんがギルドに捜索の依頼を出してるとこ、みたもん」
「ホント?」
「あの」
我慢できず、エデルは二人の会話に割って話しかけた。怪訝そうに彼を見つめる女性たちに、エデルは尋ねる。
「お二人は、フィーマーさんのお知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、あたしたちはあのお店の料理が好きでよく通っていて、いわゆる常連って感じです」
「お店が暇なときはそこそこ話すし、そういう意味では仲が良いとも言えますけど……」
「そうなんですか。いや、あの、僕はつい最近ボーツギンに来たばかりで、お金もなくお腹を空かしていたところをシーナさんに声をかけられたんです。それでジョンさんの手料理をご馳走になったんですけど、お店はしばらく休業しているみたいだったし、ジョンさんも元気なさそうだったから、何か理由があるのかな、とは思っていたんです。そこで、今の話を聞いたものだから」
ああ、なるほど、と二人は顔を見合わせる。
「フィーマーさんの娘さんが行方不明になったって話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
彼らは空いていたテーブルに付き、「ボーツギンの亡霊」についての話を聞いた。要するに、ここ最近の失踪事件に尾ひれがついて、その噂が一部の人々の間に変な形で広まっているらしい。「ボーツギンの亡霊に取り憑かれるから、夜は外を出歩いちゃだめだよ」というのが決まり文句で、それを信じずに従わなかった少年少女たちが見事に行方をくらましているのだ。フィーマー夫妻の一人娘ナナもその一人で、娘を溺愛していたジョンはそのショックから立ち直れず、それ以降お店を閉めてしまっているということだ。
「ジョンさんもシーナさんも良い人だから力になりたいって気持ちはわかりますけど、あなたたち、エクソシストでもないんだから、間違っても亡霊退治をしようなんて思っちゃだめですよ。ボーツギンの亡霊は、本当にいるんだから」
「亡霊が本当にいるかどうかはさておき、夜に街を歩かないっていうのは、私も賛成です。行方不明になっている人がいるっていうのは事実ですし」
「とか言って、あんたもさっきは夜の魔物退治の依頼を引き受けようとしてたじゃん」
「だって、報酬が高かったんだもん。それに、私たちなら大丈夫でしょ」
「そういう油断が命取りなんだよ」
二人の会話に苦笑いをしつつも、彼女たちと別れた。顎に手を当てて悩むエデルであったが、彼がこれからどうするのか、ティナも、ミーシャも、リオンも、考えずともわかることであった。
「確かめるんでしょ? 『ボーツギンの亡霊』の正体を」とティナははっきりと言った。




