第十七話 蛇王リオン(1)
にやりと笑みを見せ、エデルは剣を引き抜く。
「向こうから出向いてくれるんなら、ちょうどいいじゃないかティナは俺と一緒に前衛を、ミーシャはリオンを護りながら後衛を頼む」
「了解!」とティナ。
「うん、わかった!」とミーシャ。
その間にも、支配者はエデルを食らおうと凄まじい勢いで迫ってきた。巨大な図体にも関わらず、器用に木の隙間を潜る。ミーシャの〈岩壁魔法〉にぶつかって動きが止まるおかげで、何とか攻撃を回避することができてはいるが。
(このままじゃキリがねえな)
「〈蔓魔法〉!」
エデルが右手を木の太い枝に向けると、生じた魔法陣から伸びた蔓がひゅるひゅるとそこに絡みつく。その後を追おうとする支配者に向かって、ティナがいくつもの火球を放つ。
「〈肉体強化〉!」
さらに、エデルは魔力のオーラを両腕と両足に集中させる。その勢いのまま、木の幹を足場にして一気に枝のところまで登った。
「カァァァァァァァァァァ!!!」
支配者はとても理知的には見えず、馬鹿のひとつ覚えみたいに体を起こしてエデルを食らおうとする。単調な動きをしてくれるだけ、わかりやすくていい。
「〈一撃必殺〉!」
そしてエデルは、大蛇の体を口から斬り裂きながら、木の幹から飛び降りていった。
「こいつ、マジで硬ぇな!」
しかし、その一撃もちょっとした切り傷になったくらいで、大蛇は憎々しげに光る赤い瞳をエデルに向けた。ぺっ、と唾を吐いたのに気づいてかわすものの、飛び散った一滴が左手に付着してしまう。
「ぐぅっ!」
痛みに顔をしかめ、思わず剣を手放してしまう。大蛇は再び狂ったみたいな雄叫びを上げると、エデルに向かって体当たりをかまそうとした。
「〈風魔法〉!」
ティナの魔法はエデルの体を吹き飛ばし、大蛇はいきおい地面にぶつかる。一難を逃れたものの、剣はエデルから離れたところに落ちている。大蛇は、今度は近くにいたティナの方に顔を向ける。
「キシャァァァァァァァァァァ!!!」
けたたましい雄叫びにティナが耳を塞いだ瞬間、大蛇は大口を開けて彼女に向かって突進していった。しかしそれよりも先に、小さな影が命懸けでティナの前へと飛び出していた。
「静まれぇ!」
彼女の体を丸呑みにしてしまう刹那、支配者の動きが止まった。リオンは気品と威厳を備えた瞳をもって、まっすぐに支配者を見つめた。
「破蛇の森の安寧を護り、人族と魔族との中立の立場を貫くお主ともあろう者が、いつ己の矜持を失ってしまったのじゃ?」
支配者は一切の身動きをすることなく、石像のように固まってしまった。
「本当は貴様の力を借りたいと思っておったのじゃが、今ではそれももう無理かの? それにしても皮肉じゃな。破蛇の森の支配者たる貴様が邪悪な魔石ごときに心を支配されてしまうとは。果たして、どちらが支配者なのかの?」
リオンの口撃に、支配者がピクリと小さく反応を見せる。一瞬、にやりと笑ったのが見えた気がした。
「……その声は、リオンか」
その声の主は、紛れもなく支配者だった。とはいうものの、声は今にも消え入りそうで、弱々しく震えていた。リオンはわずかに口の端を吊り上げた。
「やっと目を覚ましてくれたのか?」
「その様子では、かつての力は失ってしまったみたいだな」
「じゃからこそ、貴様の力を借りに来たんじゃがな」
支配者は、ぎろりとリオンの瞳を見た。
「それならば、時間がないからひとつだけ言うぞ。わしの巣に、最後の卵を残してある。それを食い、邪悪な心を持ったあの天使を……」
支配者の声はテレビのボリュームを少しずつ下げていったみたいに小さくなり、やがて顔を落とした。額の魔業核だけが、静謐な森の中で派手な装飾品みたいにけばけばしい光を放ち続けている。再び顔を上げたとき、その表情は大蛇の魔物のそれに戻っていた。
「キシャァァァァァァァァァァ!!!」
大蛇は毒の唾を連打で吐き散らしてくる。ミーシャの〈岩壁魔法〉が、それらを何とか受け止めた。エデルはリオンに顔を向ける。
「おい、リオン! 今こいつが言ったことって?」
「エデル」と言って、リオンは唇をぎゅっと引き結んだ。「少しの間、生き延びていてくれるかの?」
「おいおい、まるで俺が殺されるみたいな口ぶりだな」
「お主こそ、支配者相手にずいぶんと余裕そうな口ぶりじゃな」
そういうところも、そっくりじゃわい、とリオンは一人言のようにつぶやく。
「お前、まさか……」
支配者の言ったこととリオンの表情を総合して考えてみれば、彼女の頭の中を想像することは難くない。
「わしは今から支配者の巣へ行き、卵を食ってくる。さすれば、暴走した支配者じゃて止めることができるはずじゃ」
「一人で行くつもりかよ」
「追われながら、たどり着けるとでも言うのか?」
「エデルくん、もう無理!」
大量の毒唾攻撃を受けた〈岩壁魔法〉が割れ、攻撃が二人に飛散してくる。エデルとリオンはそれぞれ別の木の幹裏に隠れた。
「おい、リオン!」
リオンはエデルをちらりと見ると、すぐさま森の奥へと走り抜けていってしまった。エデルはその後を追う余裕もなく、続いて来た大蛇の突進をかわす。
「少しの間、生き延びる……か」
「エデル、大丈夫だよ」
隣を見れば、ティナが自分に力強い眼差しを送ってきているのがわかる。エデルはふっと微笑をこぼし、そして頷いた。
「ティナ、ありがとう」




