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第十四話 ビルヴェンシア、再び(4)

「だから、俺がするべきことはただひとつ。そして、それを今成し遂げることができました」


 ズーリャムはゆっくりと深呼吸して胸を撫で下ろし、ティナに微笑みかけた。


「ギリギリのところではありますが、こうしてティナーリア様をお守りすることができて良かった」


 ティナのことを親身に思う男の微笑に、優馬は心をチクッと棘で刺されるのを感じた。とにかく話題を変えたい一心で、優馬はズーリャムに言った。


「それはわかったけどよ。でも、あいつらだって、俺たちの居場所はほとんど掴んでるんだろ。だったら、俺たちはこれからどうやって生きていけばいいんだよ」

「お前とティナーリア様には、ビルヴェンシアに身を隠してもらう」とズーリャムは改まった口調で返した。「ビルヴェンシアに戻れば、お前は勇者エデルだ。いくら父上の部下に襲われたところで、簡単に殺されたりするようなことはないだろう」

「なるほど、な」

「そして、もうひとつ。調べていく内に、父上の『歪み』の正体がわかったんだ」

「その正体って?」とティナが不安気に尋ねる。


 ズーリャムは二人の目を交互に見て、言った。



「魔業核です」



 優馬もティナも、同時に息を呑んだ。


「そんな……魔業核って。だって、あれは天界のずっと奥地に封印したはずでしょ!」


 ティナの叫びに、ズーリャムは力なく首を振った。


「魔業核は、封印されたときから父上の管理のもとにありました。迂闊だったと言われればそうかもしれない。しかし、誰も思わないでしょう。神王ロルセンプ様の第一の側近である父上が裏切るなど」

「天界って、もっと平和なところじゃなかったのかよ」

「わからん」とズーリャムは肩をすくめた。「なにしろ、これは天界始まって以来のことであるからな。ただ、父上は何らかの『魔』を呼び寄せようとしているらしい」

「『魔』?」

「もっと言えば、魔業核の中にあるものだ。魔王リオンを倒した後に、出てきただろう」

「そんな……何の目的で?」

「それがわかったら苦労はせん」とズーリャムはため息混じりに言った。「しかし、父上がビルヴェンシア全域に巨大な魔法陣を張り、後は生贄を捕らえるだけだと言っていた。つまり、魔法陣はティナーリア様を捕らえれば完成、というわけだ。場所は、ひとつだけわかっている。それさえ破壊すれば、とりあえずのところは安心できるだろう。

「だったら、破壊すればいいじゃねえか」

「それが簡単にできればな」

「と言うと?」

「魔業核は邪悪な魔物によって守られていた。それを倒そうとして大きな動きを見せれば、すぐに父上に勘付かれてしまうはずだ。そうすれば、いくら俺とて無事では済まんだろう」


 嫌な予感がするな、と優馬の額からは冷や汗が流れ落ちた。ズーリャムはひとつ深いため息を吐き、申し訳なさそうに優馬を見た。


「もちろん、『できれば』で構わん。ビルヴェンシアに戻るついでに、その魔業核を破壊してきてくれないか? 魔法陣さえ消えてしまえば、ティナーリア様の安全もしばらくは保障できる。父上が再び魔法陣を作ろうとする動きを見せれば、必ずボロが出るだろう。俺はそこを捕らえるつもりだ」

「で、その魔業核がある場所は?」

「まずひとつは『破蛇の森』。ふたつ目は『ナルキサの洞窟』。三つ目は『ボルサーム山』。最後は『バーサの巣』だ」


 優馬に頼むということは、彼に付いてビルヴェンシアに行くことになるティナにも協力してもらうということだ。それは神の娘の安全を願うズーリャムとしては、本意ではなかったのかもしれない。しかし、信頼のおける人物で魔物を倒すことのできるほどの実力を持つ者は、彼ら以外にはいなかった。


「勇者エデルの肉体は、とある場所に安置してある。その場所から最も近い場所は『破蛇の森』だ。そして、その周囲には結界を張ってあるから、魔物に襲われる心配はないだろう。もちろん、一番の目的はティナーリア様の安全の確保だ。このまま地球にいれば、お前も、ティナーリア様も、必ず父上の部下の天使に害されることになるだろう。だから、ひとまずは『避難』という形でビルヴェンシアに行ってもらうだけだ」


「だったら、地球での俺はどうなるんだ?」

「しばらくは行方不明になってもらう」

「行方不明って、そんな雑な……」

「父上が天界にいる以上、お前たちをもう一度地球に戻す魔法も使えんしな」とズーリャムは面倒臭そうに言う。「しかし、それ以外にお前とティナーリア様が生きる道はないのだ」

「選択の権利はないってわけか」と優馬は肩をすくめた。

「でも、ズーリャム、どうやってビルヴェンシアに戻るって言うの?」とティナが尋ねた。

「一応、そのための仕掛けも用意してあります。あの元魔王ですよ」

「元魔王……リオンのこと?」

「ええ。まずは連れてきた方が話は早い。勇者エデルよ、まずは奴をここに呼んできてくれないか?」

「どうして俺なんだよ」

「バカを言うな。もしティナーリア様がお外に出られたところを襲われたりしたら、どうしてくれる?」

「俺は身代わりかよ」


 呆れながらも立ち上がり、優馬は外に出た。どうせすぐ向かいの家だから、ちょっと外に出るくらい心配はいらないだろうと思ったのだ。


「優馬! 話とは何じゃ? ついに告白かの!?」


 子供のように騒ぎながらリビングに入ってきたリオンは、しかし重たい視線をぶつけてくる二人の威圧感に尻込みした。


「何じゃ……神の娘もおるのか。それに、その男もどこかで見たことがあるような気が……あ!」


 そして、ビルヴェンシアで最後に見た天使の顔と目の前の男の面立ちが、リオンの頭の中で一致した。


「何じゃ、何なんじゃ、まさか、優馬! わしを騙して、ここで殺す気じゃな。嫌じゃ! わしは死なんぞ! 優馬と結ばれるまで、絶対にわしは死なんぞ!」


 ズーリャムが逃げようとするリオンの襟首を後ろからつかみ、優馬は前に回り込んで両腕に手を当て、穏やかな口調でなだめる。


「大丈夫だ。仮に殺されそうになっても俺が守ってやるから、とりあえず落ち着いて、話だけでも聞いてくれよ」

「本当かの?」とリオンは不安気に優馬を見つめる。

「ああ、本当だ」

「わかった。優馬がそう言うなら、話を聞く」

「これで役者が揃ったな」とズーリャムは相変わらず落ち着いた口調で言った。「俺はこいつを地球へ飛ばす際、返還の魔法を付け加えておいた」

「返還の魔法?」

「仮にビルヴェンシアで新たな問題が起こった際、勇者をすぐにビルヴェンシアに召喚できるようにするためのものだ。まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったが、念には念を入れておいて良かったよ。あと、こいつは魔業核探知機でもあるから、存分の使うがいい」

「は?」


 きょとんとした声を上げるリオンを無視して、ズーリャムは続ける。


「『魔業核探知機』と言うのはあくまでも比喩に過ぎないが、一度魔業核を受け入れた経験のあるこいつなら魔業核の気配に敏感であるということだ」

「めちゃめちゃ利用されてるな」


 ただ地球に追放されただけでなく、ここまで「都合の良い物」にされているとは、リオンも相応の罰を受けているのだと優馬は憐れを感じた。

 さて、勇者よ、とズーリャムはリオンに目をやった。「そして、ティナーリア様も」


「こいつの右手の人差し指を握ってください」


 二人は、とりあえずズーリャムの言った通りにした。ズーリャムは小さく頷くと、リオンの額に手を当てて、一言だけ何か呟いた。すると、二人は自分の体がふわりと軽くなるのを感じた。かと思えば視界が真っ白になり、竜巻に巻き込まれたかのような強い衝撃の中をぐるぐると回った。


「うわああああああああああ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 姿は見えないものの、隣にリオンがいるのがわかる。


「人差し指はやめて! 手首! 手首にして!」

「…………」


 たしかにリオンだ。優馬は、リオンの手首を掴み直した。


「優しく! もっと優しくつかんで!」

「無理」


 そうしたら、きっとリオンとは離れ離れになってしまうだろう。ズーリャムという天使もひどい。他にもっと楽なやり方はなかったのだろうか。

 そんなことを考えていると、三人はどさりと地面に投げ出された。痛みにうめき声を漏らしながら体を起こす。ゆっくりと目を開き、優馬はあたりを見回した。そして、疲れたように肩を落とした。


「……まさか、またここに来る羽目になるとはな」


 そこはティナの家でもなければ、日本の街並みでもなかった。鬱蒼と茂る木々、目の前には小さな湖。虫の声や鳥の羽ばたきの音がどこかで聞こえた。しかし、直感的にここが地球ではないことがわかった。


「優……」


 そこまで言って、ティナは口をつぐんだ。自分の目の前に立つその男が、すでに優馬ではないと気付いたからだ。


「ねえ、そこの池で自分の顔を見てみて」


 きょとんとしていた彼は、言われた通りに池の鏡で自分の顔を映してみた。その途端、彼は驚いて大きな声を上げる。


「誰、このイケメェェェェェン!!!」


 自意識過剰な発言と取れてしまうが、彼がそう思うのも無理はないだろう。そこに映し出されたのは、金髪碧眼の整った凛々しい顔立ちをした青年だ。そしてその美貌は、絶世の美女であるティナ・アーリストの兄と呼ぶのに相応しいほどのものだ。


「私たち、また兄妹に戻っちゃったね、エデル」


 ティナが少し悲しそうに苦笑すると、エデルは悪戯っぽい微笑を浮かべた。


「これで結婚を迫られずに済むと思うと、むしろせいせいするけどな。それとさ、ティナ」

「どうしたの?」


 ティナが不思議そうに目を丸くすると、エデルはほんの一瞬視線を逸らし、それから覚悟のこもった眼差しをぶつけた。


「あのときは、ごめん。ちょっと言い方がきつかったとは、自分でも思ってるよ」


 ほんの些細な口喧嘩。放っておけばいずれは忘れられるはずだけれど、しっかりとけじめを付けるべきだと思った。

 ハッとして、ティナもばつが悪そうに顔をそむける。


「私の方こそ、ごめんなさい。あなたの気持ちを何も考えずに、ひたすら私のことばっかり押し付けて」


 重たい雰囲気になりかけたが、エデルはティナに軽くデコピンをした。


「謝ったら、終わり。それ以上深いことは気にしなくてもいいだろ。それよりも、俺たちが今何をするべきかを考えるんだ」

「破蛇の森……」


 ティナがつぶやくと、エデルは力強く頷いた。


「ここまで来たら、ただ天使たちから避難してるだけってわけにもいかねえだろ。それに、少なくとも魔法陣を破壊した方が、ティナが安全でいられる確率が高まるんだし」

「エデル……」


 その温かな微笑に、ティナの顔がほんのりと赤らんでいく。かと思えば、ティナは突然エデルの胸元に飛びつくようにして抱きついた。


「地球に戻ったら、すぐに結婚式を挙げようね!」

「おう……おう……」


 適当に流しておいた方が楽だとは思ったが、そこで承諾すればどうなってしまうのか、すでに痛いほどわかっていることである。


「考えとくわ」


 奥義「考えておく」。面倒臭い約束が取り付けられそうなとき、とりあえずその場では言葉を曖昧にしておき、直前になって急に用事が入って断る大技である。「考えておく」とは言ったけど、「する」とは言っていない。


「やったあ!」


 しかし果たして、その言葉の含蓄をティナがどう捉えたのかは謎である。





















「っていうか、わし、めっちゃ空気じゃん」


 二人のやりとりを眺めていたリオンは、木陰でぼそりとつぶやいた。


〈次回予告〉

 すっかり戦いは終わったはずだと思っていたはずなのに、再びビルヴェンシアで冒険をすることになったエデルとティナ。おまけに、今回はかつての敵であったリオンまでが一緒の旅である。

 そしてエデルは、破蛇の森の近くにマーリヤ村があったことを思い出した。マーリヤ村と言えば、かつての仲間だったミーシャの住む村だ。彼らが飛ばされた山を下り、マーリヤ村に着くと、二人はミーシャとの再会を果たす。エデルは嬉しさのあまりミーシャのもとへ駆け抜けて行くが、彼女に注意するべき性質があることを完全に忘れていた。

 次回、第十五話「再会」。

 お楽しみに!


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