第十四話 ビルヴェンシア、再び(3)
三人はティナの家に戻り、リビングのソファに腰掛けている。もちろん、鉄パイプを持って街中を駆け回る不審者を目撃した人たちもおり、近くでは警察が聞き込みを開始していた。優馬はティナと大事な話があるからと言って、すみれも彼女の家は近いからということで、それを承諾したのだった。
「それじゃあ、ズーリャムは私が地球に行ったこと、最初から知ってたんだ」
ティナが呆然として言うと、ズーリャムは苦笑した。
「俺がどれほどティナーリア様のことを見ていたか、まさか知らないわけではないでしょう?」
「そりゃ、長い付き合いだとは思うけど」とティナは唇を尖らせる。「だからって、手の平で踊らされていたみたいで、なんか気持ち悪い」
「そういうつもりは、本当になかったんです」とズーリャムは焦ったように言った。「俺だって、最初はただティナーリア様の意思を尊重しようとしていただけなんです。その後なんですよ。俺が父上の『歪み』に気付いたのは」
× × ×
魔王が倒れ、ビルヴェンシアに平和が戻った後、天界は再び大きく混乱した。なんと、神の娘ティナーリアが行方不明になったのだ。ティナーリアが自らの意思で地球へ降りたと思う者はいなかった。なぜなら、地球とは「あまりにも大きすぎる力を持つ勇者を封印して置いておく場所」であり、地球の魔封じの力は天界の者たちにも影響を及ぼし、神の娘でさえも魔力がかなり制限されてしまう。おまけに、道端を歩いて後ろからナイフで刺されてしまえばそこでおしまい。天界に比べたら地獄みたいな場所。
「ティナーリア様、無意味な追いかけっこなどやめましょう!」
「ティナーリア様、早くお姿を現してください! せっかく落ち着いたと思ったのに、人を困らせるのはおやめください!」
「ティナーリア! 愚かな娘よ、今ならまだ許してやる。しかし、これ以上出てこんかったら、さすがのわしも許さんぞ!」
天界のどこに行ったのやら、あるいはビルヴェンシアで遊び呆けているのか。困ったお転婆娘だと神王ロルセンプは頭を抱え、部下たちに命じてティナーリアの姿を捜させた。
ただし、ズーリャムだけは別だった。「ねえ、ズーリャム。私、どうやったらエデルと結婚できるかな」と相談をされ、「ティナーリア様も、勇者殿と一緒に地球に行けばいいんじゃないですかね」と冗談半分で適当なことを言った後のことだ。もしや、と思い地球を探ってみると、「優馬ぁぁぁぁぁ!!!」と神の娘の威厳の欠片もない桃色の声を上げて、ティナ・アーリストは愛しの人を追いかけていたのだ。
ズーリャムは額に手を当ててため息を吐いたが、生き辛い地球での生活と、どこに魅力があるかわからない一般人男性A (桜井優馬)に飽きて、「ズーリャム、久しぶり!」と何でもないように戻ってくるだろう。そう思い、しばらくは誰にも黙って、ティナーリアの自由にさせてやることにしたのだ。しかし、この神の娘の幼馴染にしかできない「放ったらかし」は、意外にも功を奏したのだった。
「まさか、生贄に逃げられてしまうとはな」
ある部屋で声が聞こえる。そして、次に聞こえた声に、ズーリャムはハッと目を見開いた。
「神王様を生贄にするというのはなかなか厳しい。警備の目もあるし、そもそも神王様ご自身の戦闘能力もなかなかのものだしな」
声の主は、神王——つまりティナの父である——ロルセンプの側近であり、彼の父であるマールスのものだったのだ。
(生贄に、逃げられた? 神王様を、生贄にする?)
混乱して、すぐに真意を問いただしたい衝動を抑え、ズーリャムは息をひそめて耳に神経を集中させる。
「いや、これはむしろ『好機』と捉えるべきかもしれんぞ」と、もうひとつの声は言った。
「好機?」
「ああ。他の者どもよりも早く神の力を継ぐ娘を見つけ出し、捕らえるのだ。さすれば、神の娘は永遠に行方不明のままで、貴様の一族がうまく新たな神王の座に位置することができるからな」
「なるほど……なかなか難しいことではあるが、やってみる価値はあるか」
しばらくの沈黙(おそらく、マールスは何事かを思案していたのだろう)。そして、マールスは口を開いた。
「わかった。秘密裏に部下たちを動かしてみることにしよう」
「貴様の息子には伝えたのか?」
「いや」とマールスは静かな口調で言った。「奴は神の娘に対してそれなりの情を持ってしまっているからな。あくまでも『自然の流れ』として我々の動きに従ってもらうべきだろう」
「知らぬ内に『神の息子』となれるとは、貴様の息子は幸せ者だな」
「それはどうだかね」
「…………」
マールスたちがティナーリアを生贄にしようとしていると聞いた後すぐに、ズーリャムはその場を去っていた。長居して自分の存在が明らかとなってしまうのもまずいし、何より「彼らがティナーリアを害そうとしている」以上のことは、今のところは知る必要がないと思ったからだ。
(今はティナーリア様を天界にお連れするべきではない。しばらくは、地球で「ティナ・アーリスト」として身を隠していただく他はないか)
少なくとも、それが今のところ、最も安全で最良の策である。




