第十四話 ビルヴェンシア、再び(2)
「……あれ、ティナはまだ来てないのか?」
どうやって謝ろうかと考え込んでいたせいか、昨夜はよく眠ることができなかった。いつも我が物顔で桜井家に居座っているティナの姿が見えないことには少し違和感があったが、この日に限っては優馬はほっと胸を撫で下ろした。謝ろう、謝ろう、とは思うものの、「いきなり」では心の準備が追いつかない。
「いつもならもうそこでテレビ見てるのにね。優馬くん、呼びに行ってくれる?」
「えぇ、どうして俺が……」
面倒臭そうにぼやいたところで、すみれの意味ありげな視線に気付いた。誘い水なのだ。二人きりになれるチャンスをあげるから、そこでしっかり謝ってきなさい。その視線に気付き、優馬は一度大きく深呼吸をした。
「あー、顔洗った後までに来なかったら呼んでくるよ」
「優馬のくせに、やけに素直じゃん」
雪菜がちらりと見て悪戯っぽい笑みを見せた。優馬は強がって、済ました顔をしてみせた。
「やっと俺の本性に気付いたか? 素直で親切、男らしくてイケメンな優馬様の素顔に」
「自分で言っちゃうあたり、女々しくて情けないよね」
優馬は肩をすくめ、洗面所に向かった。歯を磨き終え、簡単な着替えを済ませた後でも、ティナはやってこなかった。さては、すみれちゃんが何か仕込んだな、と優馬はため息を吐きたくなった。
(そこまで気ぃ使わなくてもいいのに)
アーリスト家の呼び鈴を鳴らす。しばらく経っても反応がなかったので、もう一度押した。
(もしかして、まだ怒ってんのか?)
あー、面倒臭ぇ、面倒臭ぇ。
そう思いながら、優馬はティナの家に向かって大声で叫んだ。
「おーい、ティナー! 昨日は悪かった! 面と向かって話がしたいから、一回出てきてく」
「お前が勇者エデルだな」
優馬の言葉を遮る声が聞こえた。低くて太い男の声だった。見ると、優馬の横にはプロレスラーみたいに筋骨隆々とした男が立っていた。外見だけでも不気味だが、さらにその右手には物騒な鉄パイプが握られている。
「お前は新たな世界にとっての危険因子になりかねん。ここで通り魔に殺されてもらうぞ」
男は優馬に一歩迫り、鉄パイプを振りかぶってきた。何のことだかさっぱりわからなかったが、とりあえず「ヤバい」ということだけはわかった。しかし、地球での穏やかな生活が続いていたせいか、優馬は大声を上げて尻餅をつくしかできなかった。
「〈蔓魔法〉!」
しかし、優馬の背後から勢いよく伸びた蔓が相手の手首を絡め取り、そのまま軌道を逸らした。
「〈連続・火球魔法〉!」
続いて繰り出された二、三の火球が胸や腹に辺り、男は呻き声を上げた。
「優馬、早くこっち!」
「ティナ!」
切迫した表情のティナに手を引かれ、優馬は慌てて後を付いていく。
「おい、ティナ、これは……」
「私にもわからないわ!」とティナは叫ぶように言った。「突然家にやってきて、私のことを捕まえようとしてきたの!」
二人は細い通路に入り、電柱の陰に身をひそめて呼吸を落ち着かせた。
しかも、そいつ、とティナは震えた声で言った。
「私を迎えに来た天使だって言ってた。天界の天使たちよ。お父様が私のことを首を長くして待ってるって。ちゃんと天使に変身して、証拠も見せてくれた」
「ああ、そういえば、あいつの口からも『勇者エデル』ってワードが出てたしな」
ティナは歯がゆそうに顔を歪め、優馬を見た。
「でも、不思議じゃない?」
「何が?」
「だって、もし私のことを迎えに来ただけなら、どうして優馬を殺そうとする必要があるの?」
「おいおい。まさか、俺がティナを拉致した誘拐犯だとでも思われてるんじゃねえだろうな」
「それはないわよ。私と優馬の関係は、天界のみんなが知っているわ。それに、仮にそうだとしても、何の話も聞かずにビルヴェンシアを救った勇者を殺すなんてことがある? そんなの、むしろ魔王のやり方よ」
優馬は思わず噴き出した。
「天界の天使が、魔王のやり方、か」
さらに頭を回転させた後、優馬は「あ」と声を上げた。
「そういえば、あいつ、俺が新たな世界の危険因子になりかねんとか言ってたな」
「新たな世界? 何、それ?」
「俺が知るかよ」
「いたぞ、こっちだ!」
まずい、見つかった。
優馬は奥歯を噛み、二人で反対方向へ逃げようとする。しかし、そちらからも数人の男たちがやってきた。
「戦うしか、ないみたいね」とティナが諦めたように言った。
「言っておくけど、俺は武器も何もない、運動音痴な一般人男性だぜ」
「私がやる」
「やれるのか?」
「やるしかないでしょ。優馬は下がってて」
自然とティナの後ろに隠れる形になる。戦ってやりたい気持ちは山々だった。しかし、相手は身体的には自分より明らかに強いであろう合計五、六人の男たち。おまけに全員鉄パイプを握っている。この平和な世界「地球」で殺人事件を起こす気満々だった。いくら魔術が使えるとはいえ、ティナ一人で対処できるのかどうか。
「うがぁ!」
そのとき、男の一人が地面に倒れた。そこに現れた黒マントに白仮面は、軽快なステップで鉄パイプをかわし、回し蹴りや正拳突きで男たちを倒していく。そして優馬たちの方を見て、開いた道の先を指差し、優馬たちに逃げるようにと合図をした。
優馬とティナは顔を見合わせて頷き合い、その白仮面に従うことにした。男たちはまず初めに白仮面を潰すことに決めたらしい。数人でたかって白仮面に鉄パイプを振り回した。しかし優馬の背後で聞こえたのは、男たちの悲鳴だけだった。
「何だったんだ、あいつは」
ティナは黙ったまま、白仮面がまだいるであろう方角を見つめていた。
「もしかして……」
そして、白仮面はふたたび優馬たちの前に現れた。正体がわからない分だけ若干の警戒心はあったが、彼が仮面をはずすと、「やっぱり!」とティナは歓喜の声を上げた。
「ズーリャム! あなた、ズーリャムね!」
「何だ、ティナの知り合いなのか?」
「うん。彼は、私の小さいときからの遊び相手なの」
「ってことは、こいつも天界の天使。俺たちを襲ってきたのも、天界の天使」
どういうことだ?、と優馬が頭を悩ませていると、ズーリャムは微笑を浮かべた。
「お久しぶりです、ティナーリア様」
ズーリャムは注意深く左右を見回してから、もう一度仮面をつけた。
「しかし、他の天使たちに俺の正体がバレてしまうのはまずい。どこか、ゆっくりとお話できる場所はありませんか? たとえば、ティナーリア様、いや、ティナ・アーリストさんのご自宅とか」




