第十三話 ここにニッチが送ります。エース級の大告白!(3)
『駅に着いたよ!』
待ち合わせ時刻の五分前に着き、莉奈は優馬にラインを送った。桜井くんはまだ来てないのかな、意外に時間にルーズだったりして、なんて思っていると、優馬はその一分後に莉奈の前に現れた。
「桜井くんも、今来たところ?」
ラインには既読だけがついており、莉奈が目を丸くしていると、優馬は苦笑してすぐそばのカフェを指差した。
「いや、ずっとそこの店で本を読んでいたんだ。待つのは嫌いじゃないからさ」
なるほど、と莉奈は相槌を打った。余裕があるなあ、と感心した。
「待ち時間の過ごし方で、人間性ってわかるよね」
優馬は小さく笑った。
「名言だな」
「名言を残すのは得意なんだ。私、現代に蘇った紫式部だから」
優馬はベージュのチノパンツに白シャツのシンプルな格好をしていた。白色無地のトートバッグは薄く、余分なものを持ち歩いてはいないみたいだった。やぼったい感じはなく、細身の優馬はいつもよりスタイリッシュに見えた。
(ファッションに関しては悪くはない。しかし……)
「こんなバッグ、普段は持たないからな」と面倒臭そうにする優馬を見たところ、今日の服装には他の誰かの手が関わっているらしいと莉奈は思った。おまけに、バッグには優馬の趣味らしくないフクロウのマスコットキャラっぽいアクセサリーが付いており、年上の女性が身につけるにしては幼い感じがして、たぶん一枚嚙んだのは雪菜ちゃんの方だな、と推測をつけた(実際、雪菜には莉奈との約束のことがバレ、厳しいファッションチェックが入っていた)。優馬の服装をチェックしながらくだらない想像を働かせていると、優馬は「紫式部か」と言いながら笑った。
「俺は、どっちかと言えば、東雲は江戸川乱歩っぽいと思うぞ」
「え、どうして……?」
「なんか東雲って、ときどきすごい探偵っぽい目で周りを見ていたりしないか?」
ギクリとした。
(バレてる!? もしかして天然がキャラだって、バレてる?)
莉奈はすぐに観察を中止し、にこりーん☆ とあざとい笑顔を見せる。
「……い、いやあ、もう、そんなことないよ! 私、どっちかって言えば、いろんなことに鈍感な方だし」
「へえ。俺は、いつも東雲から頭が良さそうなオーラを感じていたんだけどな。あとさ」
「何?」
今度はどんなところに突っ込んでくるのよ。
若干の緊張感を感じながらきょとんとした顔を作っていると、優馬はばつが悪そうに後ろ手で頭をかいた。
「この前は、せっかく誘ってくれたのに、途中で放り出すようなことになってごめんな。ちょっと、最近は厄介なものをいろいろ抱え込むことが多くてさ」
そういうことか。
安心して、心が温かくなった。普段の振る舞いだけを見れば「すごく格好良い」とは言えないかもしれないけれど、些細なことでも頭の片隅に留めておいて、約束した映画にも付き合ってくれる。誠実な人であることには間違いない。やっぱり私の目に狂いはなかった、と莉奈は思った。
「正直、ちょっと東雲のことが気になっていたんだよ」
「私のことを?」
莉奈はどきりとした。もしかして、両思いだった?、なんて思いつつ。
「ああ」と優馬は神妙な面持ちで頷いた。「最近、なんか東雲と話す機会が多いなって思ってて」
胸が熱くなってきた。顔を紅潮させながら、「う、うん……」と堅苦しく頷く。
「もしかして、最近ティナとか鈴木たちと仲が悪いのか?」
「え?」
本物の「きょとん」だった。
今の話の流れから、どうしてこう切り替わってしまうのだろう。莉奈はよっぽど文句を言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
「べ、別に仲は悪くないけど。……どうして?」
「いや、俺の勝手な憶測に過ぎないんだけど、だからわざわざ俺に話しかけに来るのかなって思って。ティナとも仲が悪いのかなって思ったりするときもあれば、学校ではすごく仲が良さそうにしてるじゃないか。それがよくわかんなくてさ。俺でよければ、全然相談に乗るんだけど」
(鈍感! この人、観察眼は結構だけど、解釈がぜんぜん間違ってるよ! 考え過ぎておかしな方向に行っちゃってるよ!)
莉奈は困ったようなごまかすような笑い声を上げた。
「ありがとう。そう言ってくれると、私もすごく嬉しいよ。でも、これは違ってて、その……」
いや、ここで告白まがいなことをするのはまずい。全然そんな空気じゃないのに、成功するはずがない。莉奈はぶんぶんと首を振って、優馬の手を引いた。
「それより、桜井くん、早く行こうよ!」
「お、おい! 急にどうしたんだよ……」
「プロローグに十分も二十分もかけるドラマなんてどこにもないでしょ!」
「あ、ああ、わかったよ。映画だろ?」
「違う。その前にさ、ゲームセンターとか行って遊ぼうよ!」
この前の雪菜といい、どうして俺の周りには直接目的地にたどり着く人間がいないのだろう、と優馬はため息を吐きたくなった。
けれど莉奈にしてみれば、そもそもデートで出会っていきなり映画に行くなんて展開の仕方は愚の骨頂である。それは恋愛映画で言えば、物語の冒頭で主人公とヒロインが出会い、その十分後にクライマックスで感動のキスをするようなものだ。
事実は小説より小説なのよ。
起承転結。オープニングの軽妙なトークの後、「承」ではゲーセンみたいに空気を温めるような展開や遊びが必要なの。
莉奈は名言を残しつつ、頭の中で緻密な計算を組み立てていた。問題のティナはリオンと砂星の二重結界が防いでくれるだろうし、優馬はとにかく押せば言う通りにしてくれる。
しかし一緒に歩いている内に、そんな計算のことなんて忘れてしまった。会話はたくさんのスーパーボールみたいに大きく鮮やかに弾み、莉奈には優馬と二人だけの空間しか見えなくなった。トークの内容だって考えてきたけれど、それを話すことができたのかどうかもわからない。そのくらい夢中になっていた。
コミュニケーションの本質は、相手に気に入ってもらうことではなくて、二人で楽しむことにあるのかもしれない。心理学や計算云々ではなくて、いわゆる「感情の空気」の流れ方に敏感になることが大切なのかもしれない。
「この間、月垣の野郎とこのゲームやったんだよ」
二人はゲームセンターで太鼓道なるゲームをやっていた。
「ああ、砂星先生に怒られてたやつ?」
「それも雪菜とエオンに行ったときの話でさ……あ、またミスった」と優馬は悔しそうに歯噛みする。「ちょっと、ゲームに集中するわ」
本気の目になる優馬を見て、莉奈はクスッと笑った。彼が負けず嫌いで熱くなりやすい性格らしいことは、今まで知らなかったのかもしれない。
その他にも、クレーンゲームで「おしい!」とか「全然だめじゃん!」とかワーワーキャーキャー騒ぎながら遊び、莉奈がパンチングゲームであざといパンチを打って可愛らしい振る舞いをしたのを無視されたり(優馬は太鼓道が物凄くうまい人のプレイに目を奪われていた)、心臓が破裂しそうなくらい心拍数が高まったところで、二人はゲームセンターを出た。
「誰かと街をぶらぶらするのも、悪くないもんだな」
たっぷり遊んだせいで体も心も疲れたから、二人は近くのカフェに入り、飲み物を頼んで向かい合って座った。莉奈は優馬の顔をじいっと見つめた後、ぽつりと呟くように言った。
「桜井くんが笑ってるの、初めて見た気がする」
「俺だって笑うわ」と優馬は眉根を寄せた。「人を鉄仮面みたいに言うんじゃねえ。なんか格好良いじゃねえか」
あはは、と莉奈は声に出して笑った。
「そういうことじゃなくてさ、なんて言うか、桜井くんっていつもクールでしょ」
「今、『友達いない』って言うのをどうポジティブに変換するか悩んだだろ」
「違うってば」と莉奈は膨れつらをする。「だとしたら、逆に桜井くんはネガティブすぎ」
「現実が見えていると言ってほしいな」
澄ました顔で言う優馬に、莉奈は小さく噴き出してしまった。
「私もそう思うよ」と莉奈は優馬の目を見て頷いた。「本当に夢を見たかったら、それ以上に現実を見なくちゃいけないからね」
「どういうことだ?」
「夢を現実に叶えるためには、どんな方法を使えば叶えられるのかって現実的に物事を見なくちゃいけないでしょ?」
優馬は莉奈の言葉に共感を覚えたのか、好意的な表情を浮かべて何回か頷いた。
「さすが現代に蘇った紫式部だな」と冗談らしく言った。
同調とミラーリング。
音楽家が余計なことを考えず無意識に楽器を演奏できるように、莉奈もこれらの心理テクニックを身体化するレベルまで身につけていた。相手の視線を感じればその瞬間に目を合わせて「あっ! 目が合っちゃったね!」という偶然を装い、相手が飲み物を手に取ったところで自分もコップに手を添える。相手の無意識の中に入り込み、一部となることを意識するのだ。
相手の考えに同調せよ。
他人の悪口などモラルに反したことでなければ、とりあえず「確かに」とか「あー、それそれ」みたいな相槌を連呼するのだ。しかし、ただ連呼しただけでは考えなしのバカに思われてしまう。だから名言を付け足すのだ。そして「私も昔から同じこと考えてたんだよー。わー、私たち、気が合うねー!」感を出すのだ。
莉奈のこれまでの努力は、今日という日に結びつこうとしていた。二人の雰囲気は時を経るごとによくなっていった。やがて、リオンから「ぬ」と一言だけ添えられたメールが届いた。どうやら、ティナたちがカラオケを終えて外に出てくる時刻らしい。莉奈はスマートフォンをしまい、優馬に笑いかけた。
「桜井くん、そろそろ映画を観に行こうよ!」




