第十三話 ここにニッチが送ります。エース級の大告白!(1)
平日の朝。
全国のお母さんは家族の朝ごはんを慌ただしく作り、夫や子供を外に送り出した後も洗濯物の山を見てため息を吐く。全国のお父さんはどちらかと言えば憂鬱な心持ちとともに目を覚まし、「いってきます」と無感情な言葉を言い残して会社へと向かう。
そしてある一人の女子高生は、「いってきまーす!」と元気に言って、眩しい朝の日差しに目を細め、家の玄関を飛び出した。
朝の教室は心地よい。涼しげな風が緑の葉を揺らし、主張しすぎない柔らかな朝陽が一日の始まりを感じさせる。眠気まなこをこすりながら教室に入ってくる生徒や、終わってない宿題を必死で片付ける生徒、友達同士でくだらない話をしている生徒たちまで、様々な姿を見ることができる。
「陽子、奈美恵、おはよー」
「あ、莉奈、おははー」と陽子が軽い調子で言う。
「おはよう、莉奈」と奈美恵も反応する。
「莉奈、数学の宿題やった?」
「やってないよ」
莉奈が当然のように答えると、陽子は訳知り顔で今にも噴き出しそうに唇に力を入れた。
「今日も桜井くんに見せてもらうんだもんね」
「もちろん」
「莉奈って、実は結構やり手だよね。そのためにわざとやってないんでしょ?」
奈美恵の探るような言葉に、莉奈も困ったような笑みで返す。
「だって、話す機会が頻繁にあるわけじゃないんだから、仕方がないじゃん。こういうことでもしないと、さ」
そのとき、教室によく目立つ金髪の少女が入ってきた。特にクラスの男子生徒たちなんかは必ず目を奪われてしまうような美少女だ。三人もその異様な雰囲気を察し、そちらを振り返った。
「あ、ティナちゃんだ」
ティナは三人の姿を見つけると、迷うことなくそちらに向かって歩いていく。
莉奈もまた、ティナをまっすぐに見据えて歩き出した。お互いがお互いにゆっくりと近づいていく。そして——
「ティナちゃん、おっはよ〜☆ やっぱり、今日も可愛いな〜☆」
「莉奈ちゃん、ボンジュール! 昨日別れたときから、ずっと会いたかったよー!」
ときゃぴきゃぴした声で言いながら、二人は愛おしそうに抱き合った。
「二人って、本当に仲が良いよね」
奈美恵が呆れたように言うと、陽子も不思議そうに二人を見つめる。
「好きな相手が同じなんだから、ライバルのはずでしょ?」
表向き、莉奈とティナは友達ということになっている。転入生いじめ——つまり、ティナを仲間はずれにすることが自分にとって不都合が大きいことを莉奈は知っていた。人間とは都合の良い生き物で、それで快楽を得られれば平然といじめを行うくせに、ある場合には突然正義感を振りかざしてくるのだ。ティナのような完璧超人美少女をいじめようとすれば、かえって「ティナちゃんが可哀想じゃん」という正義感で自分がいじめられる可能性が高い。そもそも、莉奈は誰かを攻撃して利益を得るやり方は好まない。どちらかと言えば無駄な争いを避け、隙間を狙うやり方を得意としているのだ。
しかし同時に、ティナ・アーリストと真正面から戦うなんてもってのほかである。
人望でティナに勝つことは不可能だ。自分に桶狭間は起こせない。
(私は信長ではなく家康よ。ウ○コを漏らしながら敗走する恥を忍び、必ず天下統一をする。そして、十五代、いや、百五十代だろうが千五百代だろうが、永遠に血を残し続けてみせる)
歴史上の偉人で言えば、莉奈は信長よりも家康の方が好きだった。信長派の人間はドラマの見過ぎだろうと鼻で笑っているくらいであった。どんなに華々しくて男らしくても、死んだら終わりである。莉奈はむしろ、そういう綺麗事が大嫌いだった。
そして、莉奈もティナに迎合する恥を忍んだ。ウ○コを漏らそうがゲロまみれになろうが、ティナに勝つつもりだった。
「それが勝てない相手であるならば、相手ごと丸め込んでしまえばいいのだ」と莉奈は名言を残した。
包容力。
それこそが荒々しい現代社会を生き残る上での大きな武器になることを、莉奈は知っていた。放っておいたところでティナがクラスカースト上位に行くことは自明の理。それならば、彼女が転入生という弱い立場にいるからこそ、あえて上から抱きしめてあげることで、今の内に同じ立場に立っておくという先見の明。こうしておけば、ティナが自分より上に行ったとしても、世間体を考えて、簡単にポイ捨てするのは難しくなる。
もちろん、あの東雲莉奈が単純にフラットな戦いを望むはずがない。
先ほども言ったが、ティナと真正面から戦うなんてもってのほかである。それは戦闘機を見上げながらひのきの棒を振り回すようなものである。
莉奈はその日、ついに勝負をかけることにしていたのだ。そのための準備もしてきた。そのために、(元)魔王リオンや砂星という手札だって用意した。
「ねえ、今度みんなでカラオケに行かない?」
あえて友達になることで相手の予定をコントロールすることもやりやすくなる。陽子や奈美恵が「いいよ!」と乗り気で返事をするのに、断ることなどできまい。
「わかった。じゃあ、私も行く!」とティナも快活に返事をした。
(……計画通り)
ノリノリで頷いているけど、チェックメイトよ。
そして莉奈は、右手の拳を口元に当てた。
「けほっ! けほっ!」
東雲流究極奥義「張り巡らされた伏線 (ドロップド・アン・アドヴァンス・ヒント)」。それは○ケモンで言えば「ソーラービーム」や「ゴッドバード」と同じ。金曜日(一ターン目)に準備をしておき、日曜日(二ターン目)に発動する大技。
(ティナちゃんがカラオケで陽子たちと個室に閉じ込められている間、私は桜井くんと映画デートを楽しむの)
「莉奈、珍しいね。こんなときに、風邪?」
莉奈は、普段の体調管理にはアスリート並みに気を使っていた。なぜなら、あまり多く風邪を引きすぎると、さすがに「張り巡らされた伏線 (ドロップド・アン・アドヴァンス・ヒント)」を発動するのに不自然であるからである。ポ○モンで「破壊光線」が五回しか使えないのと同じようなものである。ポケ○ンと違い、現実世界にはポケモ○センターは存在しない。使いどころは慎重に選ばなければならない。
「ううん、大丈夫。こんなの、すぐに治るよ」
「あんまり無理しないでね、莉奈ちゃん」
「うん。ありがとう、ティナちゃん」
「あ、あとさー」と莉奈はふと思い出したように言った。
「どうしたの?」
「知り合いの女の子も連れていきたいんだけど、大丈夫かな? まだ小学生くらいなんだけど、世話するのを頼まれちゃってさ」




