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第二話 ライバル登場!? ひまわりの挑戦状(1)

「どうしたの、桜井くん。元気ないね?」


 東雲(しののめ)莉奈は、公生高校の俺と同じ二年一組のクラスメイトである。一年生のときも同じクラスで、半年くらい経ってから隣の席に座っていた彼女が「宿題貸して」とせがんできたことを切っ掛けに、しばしば話すようになったのだ。宿題を貸す代わりに、友達に焼いてきたクッキーをひとつ分けてくれることがあるので、俺としては「まあ、いいか」くらいに思っている。


「そう見えるか?」

「うん。なんか、少しげっそりしてるような気がする」

「朝から家でバタバタしててさ。なんつうか、昔の知り合いが、最近近所に引っ越してきたんだよ」


× × ×


「あ、すみれちゃん、おかわり」


 その知り合いは、今朝、当然のようにうちで朝食を取っていたのだ。俺はしばらく口をぽかーんと開けたまま彼女を見つめ、そして叫んだ。


「どうしてお前が桜井家で朝ご飯を食べてるんだよ! つーかそこ、俺の席だぞ!」

「昨日、すみれちゃんがご飯食べさせてくれるって言ってくれてたじゃん。だから、来ちゃった☆」

「『来ちゃった☆』じゃねえよ。すみれちゃん、何も言わなくていいの? っていうか、『すみれちゃん』って呼ぶな」

「えー、いいじゃん。すみれちゃん、だめ?」


 ぶー、と不満そうに頬を膨らませるティナに、すみれちゃんは「そんな顔をして言われたら、だめなんて言えないじゃない」と照れた顔をした。まったく、「可愛い」は犯罪だと思う。


「優馬くん、別にいいじゃない。ティナちゃんのおかげで、朝から賑やかで楽しいし。それに、そんなにテンションが高い優馬くんなんて、初めて見たわ」

「怒りで興奮してるだけだよ」


 と俺は不貞腐れる。雪菜は、俺の顔も見ずに無愛想に言った。


「優馬、うるさい。静かにして」


 まったく、可愛いティナとはすごい違いだ。


「雪菜……俺じゃなくてこいつに言ってくれよ」


 雪菜は、俺のことなんか無視して黙々とご飯を食べ続ける。ツンツンしてるところも可愛いよ、マイハニー。

 代わりに、親父が嫌らしい声で言った。


「ちっちっち、お前は阿呆か。なぜティナちゃんの魅力がわからん。この天使が着るウエディングドレスのようなワンピースに刮目(かつもく)せよ! まるで天使様が舞い降りてきたかのような柔らかな白い肌、長い睫毛をまばたくと溢れんばかりの青い瞳。シルクのような高質な長い髪、ぷるんと震える唇に、極め付けは華奢な体とは不釣り合いなこのおっぱ……」


 バシィィィィィン!!!、とハリセンの音が響いた。親父は床に突っ伏していた。打たれることを覚悟して、食事の並ぶテーブルではなく床に倒れるようにしたところが流石だよ。すみれちゃんは、親父にツッコむ用のハリセンを常に携帯しているのだ。これは桜井家の伝統というか、お決まりのやりとりみたいなものである。


「お父さん、いくらティナちゃんが優しくて明るい性格だと言っても、表情と口調が気持ち悪いわよ」

「はい。ごめんなさい」

「ああ、もう! ホント、すみれちゃんの作るお味噌汁、すっごくおいしい!」


 ティナはこんな桜井家にすっかり馴染んでおり、すみれちゃんのお味噌汁に舌鼓を打つ。


「本当? ありがとう、ティナちゃん」


 そして、俺はティナを自分の席からどかす気にもなれず、新たに用意されていた丸椅子に座って朝食を取ったのだった。


× × ×


「っていう感じだったんだ」

「へえ、そうなんだ。大変だね。でも、何だか楽しそう」

「一日体験家族とかだったら、楽しいかもな。でも、毎日はきついぜ」俺はちらりと東雲の目を見てから言う。「ところで、俺に何か用なんだろ?」

「『すし』ちょうだい!」

「変な略し方すんなよ。数学の宿題だろ」

「さっすがー!」

「ほらよ」


 俺は東雲に宿題のプリントを渡してやる。


「その代わり、またクッキー分けてくれよ」

「任せて」


 東雲は親指を立ててグーポーズをする。すると、そこにひとつの影が現れた。その男は、俺をぎろりと睨み付けると、東雲に絡み始めた。


「東雲さん」


 月垣玲は、造花のひまわりを人差し指と親指で挟んで持ち、煌びやかなオーラを発しながら東雲の前に立っていた。


「そんなに僕に数学のプリントを貸してほしいのかい?」

「ううん。桜井くんに貸してもらったから大丈夫だよ。ありがとう、月垣くん」

「気にすることはないさ。僕は、どうしても君の力になってあげたいんだ」

「ううん。月垣くんって、そんなに勉強できないでしょ。だから、大丈夫だよ。ありがとう、月垣くん」

「どうして僕が君の力になろうと思っているのかって? はは、よくぞ聞いてくれたな、東雲さん。それにはまず、君と出会った頃の話から始めなければならないな。僕は運命の入学式のあの日、体育館という名の草原に咲く一輪のひまわりを見つけてしまったのだ。そのとき、僕は思った。ああ、太陽だ。僕は太陽を見つけてしまったのだ、と。輝く君を見つめ、僕は……」


 とっとと席に座ってプリントを写し始める東雲をよそに、月垣は一人しゃべりを始めた。時には汗を流しながら(それほど、月垣の体の動きは激しかったのだ)、時には手に持つひまわりを天に掲げ、まるで舞台のワンシーンでスポットライトを浴びているかのような月垣の奇行に、数人のクラスメイトたちが目を奪われていた。今年度に入ってからは二回目の公演だった。

 話は東雲と付き合った後という妄想にまで膨らみ、だんだんと情熱的になっていく月垣の演技を、俺はぼうっと眺めていた。他に特にすることがなかったからだ。そして、例によって月垣は、最後の決め台詞を言う。


「そして、僕は君にこの太陽の花を手渡してプロポーズをするのだ。『ひまわりの花言葉を知っているか?』と。『なに?』とつぶやく君の手を握り、君の瞳を見つめ、僕は言う」


 と近くに立っていた男子生徒の手を握り、瞳を見つめ、月垣は言った。


「ひまわりの花言葉は、『君の傍には僕がいる』だ」

「はーい、朝のホームルームを始めるぞー」


 月垣が嘘を言ったところでガラガラとドアが開かれ、担任の砂星楓が教室の中に入ってくる。教室が静かになり、生徒たちはそれぞれ自分の席に座る。最後には、教室の真ん中にぽつんと格好をつけている月垣だけが残されていた。ただ立っているだけなのに少女漫画の主人公みたいなきらきらを放っている月垣には、不思議なオーラがあった。


「月垣、早く席に座れ」

「先生、ひまわりの花言葉を知っていますか? それは、『教室にひとり佇む孤独n……』

「ひまわりの花言葉は『早く席に座れ』だ。月垣、次の数学のテスト、すごく難しくするぞ?」

「すみませんでした」


 月垣は九十度に頭を下げ、それから大人しく席につく。

 砂星先生は、こほんと咳払いをして言った。


「えー、それでは、今日はみなさんに新しいお友達を紹介したいと思う」


 教室がざわつく。転入生だ。特に興味のなかった俺は机に肘をついてぼうっとしていたのだが、ドアを開いて入ってくるその少女を見て、思わず「ぎょ!?」と言ってしまった。


「初めまして、ティナ・アーリストです。元々は日本で生まれたんですけど、一時期両親の都合でフランスで暮らしていて、再び日本に戻ってきました。慣れないことばかりで不安なことや緊張することも多いんですけど、よろしくお願いします」


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