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第十一話 砂星先生の休日(4)

「私は、実は高校の数学の先生なんだ。アニメグッズのショップ店員だというのは嘘だ」


 裏の事務所でその話を聞き、神田は腕を組んで「なるほどなあ」と唸った。


「言われてみれば、納得できるような気はするなあ。楓ちゃん、プライベートで話してみると、何だか真面目そうだったし」

「それで、今日店に来たあの子は……」

「楓ちゃんの教え子ってわけかい?」


 砂星が途中で言い淀んでしまったのを、神田が拾った。砂星はばつが悪そうに小さく頷いた。しばらくは顔をうつむけて互いに沈黙の時間が続いたが、砂星は「それで……」と言って顔を上げて神田の顔を見た。


「私、今月でこの店を辞めたいと思うんだ」


 神田は眉を曇らせて「そうか」と言ったきりだった。砂星は続けて、自分の思いの丈を述べる。


「そもそも、私は今までずっと自分に嘘を吐いて生きてきたんだ。昔から『真面目』だと言われ続けていたし、自分でもそのキャラクターを演じなければいけないと思っていた。中学生の頃に初めて見たドラマで『クールな女教師』というものを格好良いと思って、憧れを抱いて、そこに辿り着けさえすれば自分を……『真面目な砂星楓』という存在を肯定できると信じていたんだ。私は常に孤高のクールな砂星楓でいるべきだと嘘を吐いて、本当はもっと友達とバカ騒ぎをしたかったし、くだらない冗談を言い合いたかったし……恋愛もしたかったし」砂星はぶんぶんと首を振った。そして、少し崩れたような無理のある笑みを見せた。「だから、私は神田さんと出会って、この店に居心地の良さを感じたのかもしれないな。本当の自分を解放できるこの場所を」


 だけど、それももう終わりだ、と切なさと明るさを同時に含んだ調子で砂星は続ける。


「いつか、こんな日が来るのではないかと思っていた。私ももういい歳をしたおばさんだ。私が社会に出て実感したのは、大人になると自分に嘘を吐きながら生きていかなければならないということだ。私の得意分野ではないか。本職が教師であることには変わりはないし、今の職業に誇りだって持っているつもりだ。だから、これ以上、こういう形で素の自分を出すのは()めにしようと思うんだ。それに、今年中のどこかで辞めたいって前に言ったばかりだったしな」


 砂星が自重気味に笑ってみせると、神田は至って真面目な様子で答える。


「たしかに、楓ちゃんには今の職業があるわけだし、素の自分をそのまま仕事にするのは難しいのかもしれないね。だから、僕は楓ちゃんの判断は間違っていないと思うよ。だけど、だからと言って素の自分を丸ごと隠す必要はないんじゃないかな。楓ちゃんはもっと趣味を謳歌するべきだし、そこに罪悪感を感じる必要だってない。あまり難しく考えすぎなくても大丈夫だよ」


 そこで、会話が途切れた。砂星は両の拳を握りしめてささやくように言った。


「なあ、神田さん」

「どうした?」

「私がここに来なくなっても、また会ってくれないかな? それは、その……」

「もちろん」と神田は嬉しそうに言った。「今まではこの仕事の話ばっかだったけどさ、今度は楓ちゃんの本職の方の話も聞かせてよ」


 すると、砂星の表情にやんわりと光が差してきた。


「あ……ああ! それじゃあ、アニメや漫画の話もたくさんしよう!」

「決まりだね。楽しみにしてるよ。また連絡する」

「こちらこそ……」

「それじゃあ、残りのシフトはよろしく頼むよ」

「任せておけ!」と砂星は自分の胸をトンと叩いた。


 帰り道、電車で地元の駅まで戻ってくると、夕陽の差しこむいつもの街並みに物悲しさを覚えた。毎週末になるといつもの光景ではあるが、一日の終わりと人生の転換点みたいなものが重なって肌に触れた気がしたのだ。けれど、同時に自分の中で新しい何かが始まった気もしていた。


「何か漫画でも買って帰るか」


 いつもなら変装をして自分とバレないように買いに行くのだが、この日は「素のまま」で本屋に入った。気持ちが浮ついていたせいか、不思議と恥ずかしさも緊張も感じることはなかった。


〈次回予告〉


 東雲莉奈は、生まれたときから東雲莉奈だった。

 隙間(ニッチ)を狙い、時には計算高く、夢や理想よりも現実的な幸せを手に入れようとする人間性は、あるいはこの家に生まれたときから決まっていたのかもしれない。

 「幸せな人生を送るための英才教育」を受けた莉奈にとっては、母親の言葉こそがすべてだったし、何よりも現実的に、物質的に豊かであることこそが究極的な幸せであるという価値観の中に生きてきた。しかし、そんな絶対的な価値観は、今ではろうそくの灯のように揺らめいていた。

 優馬を狙うライバルの存在。ヨーロッパからやってきた美少女で、語学に堪能、勉強も運動もできる神様のような存在。それを相手にするならば、もっと別の男にアプローチした方がいいはずだ。それなのに……。


(どうしてここまで熱くなっちゃうんだろうな、私……)


 ちょうどそのとき、母である昌子が莉奈に縁談を持ちかけてきた。母が紹介するからには文句のない相手だし、会ってみた印象も悪くない。だけどその男は、優馬とは何かが違う。

 そして、今までの価値観と自分の本音との間の葛藤に揺れていた莉奈は、あるひとつの答えを出した。

 次回、第十二話「エースを狙え!」。

 お楽しみに!




〈あとがき〉

 まずは第十一話の更新、ひとつの回ごとに期間が空いてしまい、大変申し訳ございません。「一週間も経ったら前の話なんて忘れちゃうよ」と思われる方も多いかもしれません。「一話ごとに楽しめる短編小説」というコンセプトが台無しですよね。苦笑

 執筆状況に関しては、ただいま最終章を執筆中です。「優馬とティナのありふれた日常」は、たとえどんなに人気がなくても、ひとつの小説として最後まで書き終えて必ず完結させます。

 そして、その最終章に関してですが、今までの話とはかなり雰囲気が変わります。正直なところ、これを「刺激的」と取っていただけるか、「期待はずれ」と思われるかは怖いところですが、この小説を長編小説的にまとめると決めてから「こんな感じで完結するんだろうなあ」とずっと思っていたので、流れに身を任せてみることにします。

 しかし、例によってプロット作りが難航しているのです。一応「何となく」は決まっていて、本文は、文字数で言えば「38559字」まで書いております。けれど、僕は思うのですが、小説って中盤まで書いてみると「あ、ぜんぜん違うじゃん!」と思うことがよくあるのです。つまり、プロットの段階では「A」という設定しか見えていなくて(「A1」を書いていることに、僕は気付いていない)、実際に執筆を進めると、それは実は「A2」で、「ヤバい、俺が書いてたの『A1』じゃん!」とここで初めて気づき、それで「冒頭のこの設定、一気に引っくり返るぞ!」みたいなことが起こるのです。プロットの段階で「A」「B」「C」「D」とある中から「A」であることはつかみ取れるのですが、それが「A1」なのか「A2」なのか、実際に中盤あたりまで書いてみないことにはわからないのです。

 その作業が苦しいので「気軽に短編小説を書きたいなあ」と思って始めたこの小説ですが……。


 つまり、そういうことです。


 たしかに僕は第三部を「38559字」のところまで書いていますが、実際には「0字」と大差ないのです。第二部を完結させた瞬間に、しばらく更新ができなくなります。さらに、第二部の話も残り少なくなって参りました。なので、止むを得ず「ひとつの話を間を空けて投稿する」という苦肉の策を取っているのです。

 しかし逆に言えば、本文の完結が見えたところからは、かなり更新頻度を上げられます。もう少し……あともう少しなんです! 数多ある素晴らしい小説の中からこんな底辺の作品をブックマークしてくださった方々には感謝しかありません。絶対に「読んで良かった」と思えるような作品を作るために精進して参りますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 それでは、失礼します。

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