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第十一話 砂星先生の休日(3)

 そして、終わりのときはやってきた。

 「ええ! 今、めちゃくちゃ最後までやり抜く的な感じで締めたじゃん!」とお思いの方もおられるかもしれないが、神でもなければ運命を操作することなんてできないのである。終わるときは終わるのである。

 ある週末のことだ。砂星はいつものように出勤をして、いつものように普通の仕事をしていた。砂星は、朝の占いで魚座が一位だったこともあり、「今日は良いことがありそうだな〜♪ ルンルン〜♪」といった感じで電車に乗った。しかし、砂星は気づかなかった。朝の占いで魚座が一位であったことが死亡フラグであったことに。「今日は良いことがありそうだな☆」と思ったときに嫌なことがあるのが「人生」というものなのだ。


「お帰りなさいませ、ご主人さ……まっ……!」


 そして、砂星は、目の前でにこやかな笑みを浮かべるその人を、驚愕の眼差しで見つめていた。砂星は震えた。自らの死を察してしまった。


「お……お前……どうして、ここに……」


 砂星は無意識に歯を食いしばっていた。そして、その名をぼそりと呟いた。





















「二年一組、出席番号五番、東雲莉奈ぁ……」


 莉奈は、穏やかそうな笑みを崩さぬままに言い返した。


「こんなところで出欠確認ですか? 砂星先生?」


 砂星が唖然としていると、莉奈は続けて言った。心なしか、次第に笑みの中に腹黒さが透けて見えるような気がしてきた。


「早く席に案内してほしいんですけど、メイドさん?」


 屈辱。

 平日は教師として生徒に指導しているはずなのに、この日はメイドとして生徒に奉仕をしている。莉奈の標的を捉えた豹のような眼差しにビクッとするが、彼女はすぐに微笑んでみせた。いつもの莉奈の顔ではあるのだが、砂星にはとても恐ろしいものに感じられた。


「それにしても、びっくりしたなあ。砂星先生が休みの日にメイドをしていただなんて」

「東雲……お前、どうしてこの場所がわかった?」

「砂星先生の可愛いところが見られるなんて最高だなあ!」と莉奈は砂星の言葉を無視して言った。「あ、そうだ! 陽子たちにも教えてあげよっと!」


 悪気なさそうにスマホを取り出す莉奈を、砂星は必死で止める。


「わかった。余分なことは何も訊かない! だから、それだけはやめてくれ!」

「楓ちゃん、その子は知り合い?」

「……っ!」


 どこか様子のおかしい砂星を訝しんで、神田が彼女たちに近寄ってくる。ちなみに、砂星は神田に「普段はアニメグッズ関連のショップで働いているんです」と言っている。


「私は、砂星せ……」

「この子は、イベントで知り合った友達なんだ!」


 頼む、話を合わせてくれ!、と目顔で懇願するが、莉奈は「いつでも『友達? 私は、砂星先生が受け持つ公生高等学校二年一組の生徒じゃないんですか? ところで、「公生の学生として恥ずかしくない行動を取るように」と普段私たち高校生に厳しく指導してくださっている砂星先生は、こんなところでメイドの格好をして、一体何をやっているんですか? さすがに、あの砂星先生が副業をするなんて思いませんけど……。時には厳しく、時には優しい、人情味溢れるクールな女教師である砂星先生にメイドの格好、あるいはコスプレの趣味があるとは思いませんけど……』ときょとんとした顔で言う準備はできているんですよ」と言わんばかりに悪戯っぽい微笑みを浮かべている。


「ほら、コスプレが好きな子って、若い子が多いだろ。彼女くらいの年齢の友達がいたっておかしくないじゃないか。せっかくだから、私に接客させてほしいんだ」


 詳しいことは後で話すから、と神田に耳打ちをする。


「ふうん……そっか。それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 神田は莉奈に軽く頭を下げてから、また奥へ入っていった。


「へえ、コスプレが好きなんですね、先生は」

「頼むから、先生って言うのはやめてくれ」

「それじゃあ、何てお呼びすればいいんですか? 公生高校二年一組の担任さんですか? それとも公生高校二学年の数学教師さんですか?」

「字余り甚だしいことは、自分でも気付いているよな? 下手な小説家が作るキャラクターみたいな説明ゼリフになっていることには気づいているよな?」


 砂星は頭を抱えた。

 もちろん、それが莉奈の皮肉であることくらいはわかっていた。しかし、胸の内に透けて見える黒さに、砂星はどうしても疑問を感じざるを得なかった。


「っていうか、お前は本当に東雲なのか?」


 学校での莉奈は、どちらかと言えばちょっと抜けたところのあり、可愛げのある生徒である。穏やかで、心優しく……


「とてもじゃないが、胡散臭い自称実業家みたいな悪そうな笑みを浮かべる少女と東雲が同一人物とは思えないのだが」


 すると、東雲は泣きそうな声でこう言った。


「……先生、どうしてそんなひどいことを言うんですか?」

「っ……!」


 そして懐から取り出したのはスマートフォンだった。よく見れば、現在ボイスレコーダーで録音中の状態だった。東雲は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ボイスレコーダーを停止させる。


「き、貴様! 私をハメたな!」

「ハメた? 何を言っているんですか? もともと墓穴を掘っていたのは先生の方じゃないですか」


 そう言われてしまえば、ぐうの音も出なかった。たしかに、教師の身分を隠して「萌え萌えキュン☆」をしていたのは自分である。別に莉奈に「やれ」と言われたわけではない。

 しかし、砂星は納得がいかなかった。


「何が目的だ? 私は、見つかるとしたら、妙に勘が鋭くて謎めいたところの多いアーリストの方だと思っていたんだがな。東雲は、どちらかと言えばおっとりした奴だったし、完全にノーマークだった。それとも、お前も私と同じ類の人間なのか?」

「先生と同じ類の人間?」


 ああ、と言って、砂星は顔を赤らめながら言った。


「ドラマに憧れてキャラ作りをしたはいいものの、心の底ではコスプレとかメイドが好き……とか」


 おっとり天然な東雲はキャラだったのか?、という問いの答えは大正解である。しかし、それはドラマに憧れたわけではなく、男ウケするための生物学的生存戦略である。


「ええ! 学校でのクールで格好良い砂星先生はキャラだったんですか! びっくりしたなあ!」

「すまん、今のは忘れてくれ」

「びっくりしすぎて、明日陽子ちゃんとか奈美恵ちゃんにうっかりしゃべっちゃうかもしれないなあ!」

「わかった。私が悪かった。お前の言うことは何でも聞こう。目的はなんだ? 次の数学のテストの中身か? ぐっ……しかしそれは教師として……」


 だが、莉奈はおもむろに首を振った。


「いえ、私はそんなものには興味はありません。卑怯は嫌いですから」


 ボイスレコーダーまで使ってよく言うよ、という言葉を、砂星は喉の奥に飲み込んだ。

 砂星は目を丸くした。学校の教師の弱みを握って何かをするとすれば、成績操作以外に何があるのだろう。


「だったら……」


 もちろん、莉奈の目的はただひとつだった。


「私と桜井くんのデートを成功させるために、ティナちゃんを止めておいてほしいんです」


 東雲莉奈は、とうとう勝負に出ることにしたのだ。

 莉奈は、たしかにあからさまな卑怯は好まない。しかし、ティナ・アーリストに勝つためには、もはや手段など選んではいられないのだ。人の弱みを握って(セリヌンティウス)と化し、それを巧みに利用し、戦略的に駒をぶつけていく。たとえ卑怯だろうが姑息だろうが、力のない者が力のある者に勝つには、頭を使い、徹底的に「勝ち」に拘らなければならないのだ。ルルーシュがブリタニアという大国家を潰すために黒の騎士団を作ったように、莉奈はティナ・アーリストという超人に勝つために「セリヌンティウスの騎士団」を作り上げようとしているのだ。

 砂星が隣町の某メイド喫茶で働いているらしいという情報は、学校の裏掲示板から入手していた。その掲示板は現在では使われていないのだが、独自の調査によって一応調べてみたところ、見事にビンゴだったのだ。そこまで来れば、話は簡単だ。あとは弱みを振りかざし、砂星を新たな「(セリヌンティウス)」とすればいいだけなのだから。


(準備は整った。私は桜井くんとの映画デートの日に告白をし、絶対に頷かせてみせる。そのために、絶対にティナちゃんに私の邪魔はさせないわ)


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