第十話 「ラブコメディ」は戦争小説?(4)
怒りの後に彼女を襲ったのは、筆舌に尽くし難い虚無感だった。そもそも、今までの人生で莉奈がここまで感情的になることなんてなかったはずだ。
(どうしてここまで熱くなっちゃうんだろうな、私……)
莉奈は何となくもやもやした気持ちを抱えながら、それでもティナに対する対抗心を燃やしていた。
「悪い、東雲。この子は、ちょっとした知り合いなんだ。……そう、オンラインゲームで知り合った友達なんだよ。今日会う約束してたの、すっかり忘れてた」
映画の約束を取り付けるという爪痕こそ残したものの、ティナが優馬と一緒にいるところから一人で離れていくのには、やりきれない気持ちの方が大きかった。
心にぽっかり空いた穴を埋めることができず、莉奈は一人ぼっちで適当なカフェに入り、しばらくぼうっとしていた。
(そもそも、どうして私はそこまでして桜井くんのことを追っかけてるんだろう。別にすごい格好良いってわけでもないし、数学オリンピック連覇するような天才でもないし、地味だし)
莉奈は、彼女のこれまでのキャラクター性を丸ごとひっくり返すようなことを考えていた。
そうか、ニッチを狙って幸せな結婚生活がどうとか……、と莉奈は思い直した。
(でも、それだったら、この前会った日野くんがいるんだからいいんじゃないの? 間違いなく、桜井くん以上に平均点に近い人だし、シスコンやら何やらって特別変なところがありそうもなかったし。それに、あのママが選んだんだもの。文句のつけようもない人であるはずよ)
そして再び思った。
(それに、ティナちゃんと敵対するのってデメリットの方が大きいし、あんな神がかりが恋い焦がれる男を狙うんなら、日野くんに乗り換えた方がはるかに効率的なんじゃないのかな)
(どうしてだろう。っていうか、私、どうしちゃったんだろう)
しばらくはタピオカティーを口にすることができなかった。
(っていうか、私、どうして一人なのにタピオカなんか注文してるんだろ)
正直なところ、莉奈はタピオカティーよりもコーラの方が好きだった。それから再度思い直す。
(そうか、ここは一応公衆の面前。ばったり知り合いに遭遇するという可能性はありえなくはない)
そんなとき、コーラなんか飲んでいたらどう思われるかわかったものではない。
『わあ、東雲さん、「タピオカ大好き!」とか言ってたのに、一人だとコーラ飲んでる〜』
『もしかして、感動もの映画見てなくのも全部嘘泣きなんじゃないの〜』
『キャラ作りとか、やば(笑)』
これまで積み重ねてきたものが、すべて崩壊する。
(でも、なんか疲れたなあ)
莉奈は頬杖をつき、物憂げにため息を吐いた。けれど、もしブサイクなところを優馬に見られたりしたら……。
それが頭に浮かんだ途端、莉奈は真っ赤にした頬に手を当て、首をふりふりと振った。
(好きになった人には「可愛い」って思ってもらいたいのは普通でしょ! 私のは、別にキャラ作りでも何でもないわ! 女の子としての当然の努力なのよ! 頑張るのよ、私! 頑張って、私!)
……ん?
莉奈はふと冷静になり、自分の考えに眉をひそめた。好き? この私が?
「ねえ、君、可愛いね。その制服、公生でしょ?」
すると、隣に見知らぬ男が座ってきて、声をかけてきた。ナンパ。ときどきあることだ。東雲莉奈は、そこそこ可愛い。しかし、近寄りがたいほどの美人ではない。軽薄な男からしたら、ちょうどよく声をかけやすいレベルなのだ。
初めてナンパされたときは、ちょっと怖かったんだけどな。そう思いつつ、莉奈は微笑をこぼした。
× × ×
(それでも私は、自分にだけは嘘を吐いていなかったんだ)
× × ×
走馬灯の記憶が流れている間、莉奈はきょとんと目の前の男のことを見つめていた。
「ど、どうしたの、大丈夫?」
(そうか。私……)
そして再び現実に帰ってくると、莉奈は前よりも少し明るい気持ちになった。
そして、無視するのが一番の対処法だと知りつつも、莉奈はあえてそのナンパ男に不満そうな顔を向けた。
「いや、お前じゃないんだけど」
私が「可愛い」って思ってほしいのは、あなたじゃないの。
ぷい、とそっぽを向いて立ち上がり、莉奈はカフェを出ていった。そんな簡単に諦めたら、心の底から「好き」だなんて言えないでしょ。そういう前向きな気持ちになった。そして、前向きなときほど、ひょんな偶然に出会いやすいものなのだ。
(あれ、この子……)
ごみ捨て場を通り過ぎようとしたとき、莉奈は「ヒィ、ヒィ」と苦しそうな声を出している何かを見つける。それは、優馬との下校をティナに邪魔されて言い争いをしていたとき、彼の脚にくっついていた女の子だった。




