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第一話 異世界からの帰還。帰ってきました、我が祖国(3)

「おい、大丈夫か! ティナ、おい! くそっ……」


 回復薬を飲ませても効果がなく、俺は必死だった。なにせこいつが死んでしまったら、俺は地球に帰れなくなってしまうのだ。それに、人を勝手に異世界連れてきて「魔王倒せ」とか言っといて、竜魔人のいる洞窟に置き去りとか普通にないだろ。

 この洞窟は地味に魔物も強いのだ。ティナ抜きで地上に戻れるわけがない。それに、そのとき他の仲間とははぐれてしまっていたのだ。

 俺は何としてももう一度家に帰って「ヴェネツィアの死神」の続きを読む。そして、すみれちゃんの唐揚げを食べる。そんな強い意志があった。だから、俺は必死でティナを助けようとしていた。


「ごめんね、エデル。私、こんなに弱くて」

「ああ、大丈夫だ。だから、簡単に希望を捨てるんじゃねえ! お前、約束しただろ! もう一度『神の娘』に戻って、この魔物に支配された世界を救うって! それができるのは、俺たちしかいないんだろ? なあ、しっかりしろよ。なあ!」


 俺は涙を流しながらティナへの愛を叫んだ。アニメだったら、2クール目終盤くらいの一番感動するシーンだったと思う。


「俺には、お前がいなきゃだめなんだ。お前が死んだら、俺はこの先、一体どうやって生きていけばいいんだよ! 愛してる。なあ、愛してる! 頼む。だから、死なないでくれぇぇぇ!!!」


 いま思えば、よくあんな痛いセリフ吐いたよなあ、と思う。それだけ桜井家に戻りたかったのだ、俺は。

 そんな風にして彼女への愛を叫びまくっていると、次第にティナの顔が赤くなってきた。


「ねえ、エデル……」


 ティナは、かすれた声で言った。


「どうした? 回復薬の残りは少ないが」


 ティナは首を振った。


「あのね、エデル」

「なんだ」


 朱色に染まった頬に手を当て、恥ずかしそうに言うことには。


「……この戦いが終わったらさ、つまり、魔王を倒したら、私と結婚してほしいの。約束通り、優馬は地球に戻す。だから、一緒に地球で結婚をしよう」


 俺はしばらく沈黙した。今の俺にも、地球に戻った後の俺にも、基本的に結婚願望はない。若い内は、できるだけ自由に色々なことをして遊んでおきたい気持ちがあった。


「それは、どういうことだ?」


 だから、俺はとりあえず時間稼ぎの質問をした。必死で頭を回転させ、色々な物を天秤にかけた。ティナと結婚はしたくないけど、ここでティナが死んだら、地球に戻れないし。そしたら「ヴェネツィアの死神」の続きも、すみれちゃんの唐揚げも、雪菜の可愛い怒り顔もぱーになってしまう。

 ティナは弱々しい瞳で、俺を見つめた。


「いつからだろう。私ね、エデルのことが好きになっていたんだ。妹なのに、悪い子だよね。でも、エデルが地球に戻ったら、『エデル』から『優馬』になったら、私たち、きっと結婚できるよね。だから、私と結婚してほしいの」


 そして、俺は覚悟を決めた。ティナが、家族やら住む家やら、戸籍的な色々な問題のために地球に来ることができませんでした、という可能性を信じることにしたのだ。


「ああ、わかった。結婚しよう」

「……本当?」


 そう答えるしか、この場を切り抜ける手段がないと言うのなら……。


「ああ、本当だ。指切りしよう。地球では、破ったら針千本を呑ませるっていう伝統的な約束の仕方があるんだぜ。こうなったら、俺はもう約束は破れない。だから、死ぬな」

「……うん!」


 気力で元気になったティナとともに、ちょうどその後に合流できた仲間たちとともに、俺たちは竜魔人ドラニゴスを倒した。

 しかし、励まして復活してもらうためとはいえ、俺はどうしてあんな余分なことを言ってしまったのか……。


× × ×


 ティナは、俺に抱きついて頬をすりすりしながら言う。


「だって、優馬がいけないんだよ。ビルヴェンシアであんまりにもかっこよく戦うから、私を守ってくれるから、愛の言葉をささやきかけてくれるから、私、どんどん優馬のことが好きになっちゃったんだもん」

「そりゃ、守るに決まってんだろ。お前が死んだら、俺は地球に帰れなくなるんだから」

「どんなに好き好きアピールしても振り向いてくれないじゃん。だから、私が死にかけたあの場面はチャンスだって思って。優馬なら、どんなことをしてでも私を助けてくれると思ったんだもん」


 そう言って、ティナは再びすごい勢いで抱きついてきた。


「とりあえず、俺から離れろ!」

「ぶぃっ!」


 俺は無理やりティナを引き剥がす。そして注意深く言う。


「いいか、よく聞け。ここは俺の家だ。そして、俺には家族がいる。お前が突然現れたりしたら、普通にみんなビックリするじゃねえか」

「妻です、って紹介すればいいじゃん」


 こいつぅ……、と俺は歯ぎしりする。


「この世界ではな、十八歳未満の男女は結婚できない決まりになっているんだ」

「十八歳まで待つよ」

「お前、家はどうするんだよ。食事は? 言っておくけど、この桜井家には……」

「その心配はいらないよ」


 そう言って、ティナは窓の向こう、道路を挟んだ向かいにある家を指差した。


「あそこに引っ越してきたの。その他もろもろのすべてにおいても心配しなくていいよ。私を誰だと思ってるの?」


 にやりと口の端を上げて、親指と人差し指の間を顎に当てる。


「神様だぞ☆」


× × ×


 異世界ビルヴェンシアでの話をしたところで、信じてもらえるとは思えない。「こりゃあ言い訳はできねえな。ティナは天界に帰るしかない」と言うと、ティナは当然のように作り話を始めた。


「まあ、優馬くんが幼稚園のときにプロポーズ……。お母さんなら知っているかしら?」

「すみれお姉ちゃんも知らなかったの?」

「俺も知らなかったぞ」


 家族三人が違いに顔を見合わせている中で、俺はティナを隅っこに呼びだす。


「嘘吐くんじゃねえぞ。どういうことだ。ティナ・アーリストは日本で生まれて、最近までフランスに行ってたけど、まだ日本にいた小さい頃に、俺がプロポーズをしただと? 適当なことを抜かしてんじゃねえぞ」

「嘘じゃないよ。私の力で、地球に私の存在が入り込めるようにしておいたの。私を誰だと思ってるの?」


 したり顔で見つめてくるティナに、俺は歯ぎしりをすることしかできない。


「それで、優馬くん」


 すみれちゃんは神妙な面持ちをして、俺たち二人の顔を覗き込んでくる。俺は怒られると思い、ビクッとしてしまう。


「エッチするとき、必ずゴムはつけてる?」

「二枚重ねです」とティナは親指を立てる。

「それは素晴らしい心がけだわ」

「二枚重ねは冗談ですけどね。でも、そこらへんはしっかりしているので、ご安心ください」


 ティナが桜井家に馴染み初めている中で、話題は彼女自身のことに移った。親父は神妙な面持ちをして言う。


「それでティナさんは、ご両親の都合で故郷のフランスに帰っていたが、最近、再び戻ってきた、と」

「はい」

「ご両親の方は? 挨拶しておきたいんだが、大丈夫かな」

「両親共働きでほとんど家にいないから、すみません。けれど、近々伺うことになるとは思います。私、いつも一人ぼっちなんです。それで、つい寂しくて、優馬の部屋に忍び込んじゃったんです。今日も、そういうことだったんです」

「ものすごく積極的なのね」

「昨日引っ越して直後って、すごいね。私たちがここに住んでるって知ってたの?」

「たまたまですよ」


 ティナは神様だから、万に一つの「たまたま」を生み出すことが可能なのだ。


「ふうん。何だかラノベに描いたような話だな」と親父が不思議そうな顔をして呟く。

「まあ、とりあえず大体の事情はわかったわ」とすみれちゃんは笑顔を見せる。「また寂しくなったときは、いつでもうちにいらっしゃいな。ティナちゃんの分まで、ご飯を用意して待っているわ」


 ティナは涙目になり、ぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございますっ! お姉さまぁ!」


 それから、俺はティナを家まで送っていくことにした(すぐそこの家だけどな!)。


「それじゃあ、ティナちゃん、またいらっしゃい」

「私も、待ってるよ」

「俺たちに、そんなに気を使わなくてもいいからな」

「ありがとうございまーす!」


 大切な長男の発育家庭を、もう少し繊細に見守ってくれてもいいんじゃないか?、とため息を吐きたくなった。


「あ、それと、二人とも」

「何だ?」

「何ですか?」


 すると、すみれちゃんは、「もう一度確認するけれど……」と人が生きていく上で最も重要な事実を確認するかのような重みのある表情で言った。


「エッチするときは、必ずゴムを付けるのよ」

「すみれちゃん……」

「はぁい」


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