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第十話 「ラブコメディ」は戦争小説?(2)

「莉奈、今度、勉強会やろうよ。奈美恵も来るんだけど、どう?」

「え……勉強会?」


 まさかテスト前最後の日曜日にそんな誘いを受けるとは思わなかったため、莉奈はたじろいでしまった。


「べ、勉強会って、どういうこと?」

「だからさ、みんなで集まって勉強するんだよ。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃん。みんなでやった方が集中できるし、一人ぼっちで勉強やるなんて、寂しいじゃん」


 莉奈は思わず、顔を引きつらせた。


(言わねえええよ! いや、言うけど、意味が全然違うし! テスト中に三人寄ってたら、それただのカンニングだし!)


 勉強会。

 それは莉奈にとって非常に厄介なものであった。「勉強会」で本当に勉強を目的とすることは少ない。そもそも、本気で勉強したいのならば、誘惑の何もない空間で一人きりで勉強をするべきなのだ。それは「誕生日会」や「クリスマスパーティー」と同じ。イベントを口実に、自然な流れで友達と遊ぶことが真の目的なのだ。誕生日会とかなら普通に参加しても構わないのだが……。


 つまり、そこに求められるのは、協調と競争の究極のバランス感覚である。


 中学に入学して、莉奈がまず最初に求めたのは、中間層のカーストに所属することだった。カースト最下層に落ちたくないのはもちろんだが、カースト上位に所属することも、むしろまずいことだった。主な理由は二つ。まずは、遊びに誘われる回数が多いことだ。毎週の休みの日に誘われることは当然だし、ひどいときは放課後にファミレスやら何やらに出かけなければならないというルールまである。そして、その国ではルールを決める女王のような存在がいる。つまりは絶対王政だ。社会性や協調性を絶対視するカースト上位層にとって、女王のルールからはみ出ることは、すなわち「死」を意味する。

 その点を考慮すれば、カースト中間層には女王が存在しない。この国では、基本的には民主主義が採用されている。みんなで意見を交換しあい、反対意見があれば申し出る。そのことで女王から無言の威圧を受け、集団から除外されるようなことはない。カースト中間層の絶対王政はすでに崩壊している。つまり、この国こそが学校内における先進国なのだ。


(くそ、どうする。考えろ、考えるんだ、私)


 莉奈は苦悶の表情を浮かべ、爪を噛みたい気持ちでいっぱいだった(実際に浮かべているのは、困ったような苦笑いである)。


「何か用事でもあるの?」


 いくら先進国といえども、ある程度のルールは存在する。それは社会規範みたいなものだ。一回くらい誘いを断ったとしても「仕方ない」と言ってはくれるが、それが何回も続くとなると、いずれ誘われなくなるのは必定。しかし、勉強会で何が行われるのかなんてのはわかりきったことだ。数十分か小一時間程度適当に勉強をした後、お菓子を食べながらのおしゃべり。そしてそこそこ「悪い」点数を取って呑気に「うげー、やっちゃったよー」などと傷の舐め合いをするのがオチ。結果的に、推薦入試で合格への道は遠ざかる。

 この勉強会は、テストがあるたびに毎回行われるだろう。少なくとも、その想定で行った方が安全だ。そこから導き出される答えは……。


「うん、いいよ」と莉奈は満面の笑みで答えた。そして困ったような顔をして「まさかこんな楽しい誘いを受けるとは思わなかったからさ、嬉し過ぎてびっくりしちゃったんだ」

「だよねー! 早く日曜日にならないかなー」


 陽子のはしゃぐ姿に同調した後、莉奈はおもむろに握りこぶしを口元に当てた。そして顔を横に向けて、それをする。


「けほっ! けほっ!」


 すると、陽子は不安そうな顔をして莉奈に尋ねた。


「莉奈、どうしたの? 風邪?」

「ううん、大丈夫。今朝からちょっと調子悪かったんだけど、日曜日までには治すから!」

「無理しなくてもいいからね。早く治してね」


 これぞ東雲流究極奥義の一〈張り巡らされた伏線 (ドロップド・アン・アドヴァンス・ヒント)〉。アントン・チェーホフいわく「もし第一幕で壁に拳銃をかけてあるのなら、第二幕にはそれは発砲されなければならない」

 東雲莉奈いわく——



 日曜日に行きたくない約束が取り付けられているとき、もし金曜日に私が咳をしたのなら、日曜日には風邪を引かなければならない。



 莉奈が風邪を治すわけがなかった。

 この日曜日、莉奈は37.8度の微妙な熱を出すことになる(もちろんそれは勉強会不参加のための方便であり、莉奈は家でテスト勉強の仕上げに入っていた)。なぜ微熱かと言うと、高熱を出したくせに高得点を取れば「そんな状態で勉強できたの!?」と突っ込まれることになるからだ。

 そして、この仕上げは、第二回のテストで完成する。


「ねえ、陽子、今回も勉強会やるの?」

「うん。やるつもりだよー! 莉奈、今度は来れそう……って、まだ気が早いか」


(やはり)


 莉奈の推測は正しかった。そして、余計なことを言われる前に先手を取る。


「それじゃあさ、勉強会は今週やらない?」

「今週って、気が早くない?」と陽子は苦笑する。

「だからこそ、だよ!」と莉奈は鬼気迫った表情を向けた。「対策は早めに取らなきゃいけないでしょ。一夜漬けみたいに、テスト前ぎりぎりで勉強する、みたいなのってあんまり好きじゃないからさ」


 その勢いに呑まれ、陽子はこくりこくりと頷いた。


「う、うん。わかった。莉奈がそこまで言うんなら、奈美恵にも伝えとくね」


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