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第九話 クズな前世のいいところ(7)

 しかし、痛々しいセリフだったかもしれないが、エデル時代、優馬は確かにリオンに対して感傷的な気持ちを抱いたのは覚えていた。


「お前は、ヘミンなのか?」


 初めて魔王リオンと相対したとき、彼女に言われた言葉だ。そのときは何のことだかわからなかったのだが、その答えはいずれわかることになる。


 つまり、リオンの愛したヘミンとは、俺のことだったのだ、と。


 そのときは、まさかヘミンがあそこまでクズな部分があったなんて思わなかったのだけれど。

 優馬は最後の戦いのとき、魔業核に取り込まれそうになった。そのとき、一緒に魔業核に取り込まれたリオンの記憶にわずかに触れたのだ。その感触と、今のリオンの物語が頭の中で微妙にリンクした。具体的な中身までは見えなかったものの、リオンの感じた心の痛みを知り、「お前は、ヘミンなのか?」という言葉の意味を直感的に理解したのだ。


(そうか。そういうことだったのか)


 ビルヴェンシアでは、魔王リオンは単なる悪なる存在であったのかもしれないが、その裏では様々な苦悩を抱え、たまたま心の隙を魔業核につけ込まれてしまっただけなのだ。


「……ゆ、優馬?」


 思わず、瞳から涙がこぼれた。

 彼女を救ってやりたい。優馬は心の底から思った。彼女に「幸福」というものを教えてあげて、さらには「人を幸福にする幸せ」というものを味あわせてあげたい。


「なあ、リオン」


 優馬はリオンに優しく声をかけた。


「何じゃ?」と恥ずかしそうにリオンは答える。

「ねー、優……」

「貴様は黙っておれ!」

「ふがっ!」


「何じゃ?」とリオンは何事もなかったかのように尋ねる。


 優馬は、少し壊れた感動の空気を気にしつつも、リオンに言葉をかける。


「何か困ったことがあったら、いつでも助けてやるからな。地球じゃ、一人ぼっちで寂しいだろう。お前をもう、一人ぼっちになんてさせないさ」

「優馬……それって……」リオンは顔を赤らめ、ちらりと上目で言った。「わしのことを、優馬にとっての大切な存在だと思ってくれる……ということかの?」

「ああ、もちろんだ」





















(作戦通りじゃ……)





















 優馬が話を聞く意思表示を見せた時点で、すでにリオンの勝ちは確定していた。この悲しみに満ちた過去の話に同情しない人間なんて人間じゃない。おまけにコンプライアンスの盾を装備した幼女の姿も、リオンにとっては都合が良かった。これで自然と優馬の家に潜り込み、ティナよりも早く彼との距離を縮めることができる。


「お前はもう、俺の家族みたいなものなんだ」

「それはつまり、わしと結婚……」


 「家族」とまで言ってくれるとは、どうやら優馬は共感の能力が非常に長けているらしい。

 庇護欲が愛情に変わり、そしてわしらは結ばれるのじゃ。

 そう思って勝ち誇ったような顔を向けたが、なぜかティナも口の端を吊り上げていた。そのことに違和感を感じていると、優馬は言った。


「お前はもう、俺の娘みたいなものだ」

「娘っ!?」


 リオンは、その場で四つん這いになった。


「ん、どうした?」

「娘? 妻とかではなく?」

「ああ。娘『みたいなもの』だ」


(優馬は確かに優しくて情の深い人間ではあるけど、こと恋愛に関しては、とことん空気の読めない男なのよ!)


 優馬が恋愛脳だったら、とっくに私が落としてるわよ!、とティナは内心で高笑いをした。


「とりあえず、俺の家に来いよ。みんなに紹介しよう」


 だめだ。娘はだめだ。「娘」の烙印を押された時点で、一生「嫁」の地位には立てなくなってしまう。リオンは「良い女」ではなく、「家の女」になりたかったのだ。良い人止まりではだめである。


「お、おい、どうした? リオン?」


 リオンはおもむろに立ち上がると、玄関へ向かってふらふらと歩いていった。優馬はそれを止めようと立ち上がるが、リオンは「大丈夫じゃ」とか細い声で言った。


「ちょっと、風に当たりたいだけじゃからの」


× × ×


 これがわしに与えられた罰なのか。

 必然にせよ、偶然にせよ、仲間となるべき者はおろか、この地球には魔族すらもいない。閉ざされた世界での完全なる孤独。せっかく優馬から愛してもらえると思ったら、それは彼女が望んでいたものとは少し形の違った愛だった。

 西日が差し込み、陰りのある夕暮れの道をとぼとぼと歩いていると、その前に一人の女が立っていることに気づく。それを見て、リオンは眉をひそめる。


「……何じゃ。神の娘か」

「その、『神の娘』って呼び方、ちょっと嫌なんだけど」とティナは不満そうに言った。「私は『神の娘』じゃなくて、『ティナ・アーリスト』なんだから」

「ふん、そんなの、どっちでもよいわ」


 リオンは皮肉っぽく笑った。


「それより、まさかこの地球でも貴様と相対することになるとは思わんかったの」


 ぐっと拳を握りしめたが、ティナの表情には心なしか罪悪感が含まれているようだった。


「私だって、あなたに同情しないわけじゃないわよ。でも、優馬と一緒の家で暮らすなんて絶対にだめ」

「それなら、力づくでも優馬の隣に立ってみせるわ」

「ふん。今のあなたに、そこまでの力があるの?」

「ぐぬ……」


 ティナの言う通りだ。今のリオンでは、メジャーリーガーの投球を大根で打ってホームランを狙うような話なのだ。

 しかし、ティナは諦めたように笑みを見せた。


「その代わり、言ったでしょ? 私だって、あなたに同情しないわけじゃないって」

「……え?」

「私の家になら、あなたを住まわせてあげることができるけど?」


 リオンから目線をそらし、何とか絞り出すような調子でティナは言った。

 優しさに溢れた言葉に、リオンは次第に大きく目を見開いた。


「お主は、本当に優しい奴じゃの。さすがは神の娘じゃ」


 それは、まるで神様に慈悲をかけられた修道女のような尊敬の眼差しに見えた。


「だから、『神の娘』って呼び方はやめなさいって」





















 しかしそれは尊敬の眼差しに「見えた」だけで、リオンは内心、大爆笑したい気持ちでいっぱいだった。


(バカじゃ! こいつバカじゃ! 今までさんざんわしに敵対しておきながら、結局わしの話に共感しとる! バカじゃ! こいつ、ほんまもんのバカじゃ!)


 ティナの家は、桜井家のすぐ向かい側。そこに寄生することができれば、少なくとも、スタート地点を優馬の近くに設定できる。それだけで、だいぶ勝機はある。


(神はまだ、わしを見捨ててはおらん! 本当の意味で、な!)


「あなたが優馬とずうっと一緒にいるなんて、私には考えられないわ。だけど、それだったら、あなたに行き場所がないじゃない」

「そんなに気を使わんでも良いわ。わしは……独りでも生きていけるわ」


 と、リオンは死ぬほど悔しそうな顔をして、死ぬほどくしゃくしゃに顔を歪めた。もちろん演技である。


「……貴様に慈悲をかけられるくらいなら、死んだ方がマシじゃ」

「そんなこと言わないでよ」とティナは一歩リオンに歩み寄った。「ますます放っておけなくなるじゃない」


 ねえ、とティナは明るい口調で言った。


「だったら、私たち、仲直りしましょうよ。まずは握手から」


 ティナはリオンの目の前まで来て、手を差し出した。


「もう戦いは終わったの。私たちは敵じゃないわ。これからは、お友達よ」


 リオンはハッとして顔を上げた。そして、ゆっくりと自分も手を出した。

 かつて魔業核に意識を奪われ、天界を手中に収めた魔王リオン。

 かつて魔王によって天界を追われ、地に堕ちた神の娘ティナ。

 二人は、この地球という舞台において堅い握手を交わした。それは、あるいはビルヴェンシアにおいては歴史的な瞬間だったのかもしれない。


「まさか、こんなところで和解するとはの」


(貴様がわしをただの小動物だと思って油断しておる隙に、わしが優馬を手に入れてみせるわ! ふはははは! バーカ! バーカ!)


「ううん、こちらこそ、嬉しいわ」とティナははにかんだ。「あ、そうだ。仲直りの印に、これ、あげる」


 すると、ティナは何かを差し出してきた。


「何じゃ、これは」

「天界に伝わる伝統的な食料よ。それを食べると、体中に力がみなぎってきて元気になるの。もしかしたら、あなたも少しだけ魔力を取り戻せるようになるかもしれないわ」

「本当か? それはありがたい」

「もし魔力を取り戻したのなら、色々なところで優馬を助けてあげて。私一人じゃ助けきれないこともあるからさ」


(けっ! わしが魔力を取り戻したら、まっさきに貴様を殺してみせるわ!)


 そう思いながら、凛々しい顔をして、リオンは親指を立てた。


「もちろんじゃ」


 そして、リオンはティナからもらった飴玉を口にした。

 しかし——。





















「げえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





















 魔王リオンは「本気の」苦悶の表情を浮かべ、汗をだらだらと流しながらどこかに走り去っていってしまった。

 その後ろ姿を見送ったティナの笑みは、黒かった。人差し指をくいっと向ける。


「必殺〈針千本〉」


 そう。それはこの物語においてプロローグで伏線を張り、第一話に登場して中心的なアイテムになると思われながらもなかなか出る幕のなかったティナ・アーリストの究極奥義〈針千本〉である。

 説明しよう。〈針千本〉とは、「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますっ♪」の「針千本」のことであり、人道的にに本当に針千本を飲ますわけにもいかないので、ティナが代わりにこしらえた激辛の飴なのだ(魔術によって辛さの調節可能)。

 さて、それにしても魔王リオンは世界最強防具のひとつである「コンプライアンスの盾」によって守られているはずだった。それでは、ティナはなぜそれを回避したのか。ティナは、別に無理やり幼女の口に激辛の飴を押し込んだわけではない。友達になった幼女のために「親切で」飴をプレゼントし、リオンはそれを「自分から」受け取って舐めたのだ。

 リオンの後ろ姿を見送り、「あー、間違えちゃったー」なんて天然っぽくぼやく様は何とも恐ろしい。事実、ティナは次に、にやりと不気味な笑みを貼り付けた。


「たとえ天界は奪われても、優馬は絶対に奪わせないわよ」


 魔王リオンの長い物語は、一時は愛と友情に満ちた感動ものの「良い話」で終わりそうに思えた。しかし、そうは問屋を下ろさせないのがティナ・アーリストである。優馬に近付くヒロインたちのフラグは全力で破壊する。もちろん、ヒロインたちも様々な策をこらして優馬と結ばれようとする。あるいは、この物語の読者の中には「ラブコメ」というものを勘違いしている方もおられるかもしれない。「ラブコメ」とは、ただ単に主人公とヒロインがいちゃいちゃして幸せになるだけの物語ではない。「ラブコメ」とは、ヒロイン同士の戦争物語のことなのだ。


〈次回予告〉


 計算高い東雲莉奈は、定期テストのときにも気を抜かない。そのために、一週間前から気合いを入れてテスト勉強をしているのだ。しかし、ここでも彼女の前に壁が立ちはだかる。

「莉奈、今度、勉強会やろうよ。奈美恵も来るんだけど、どう?」

 それは陽子たちと仲良くなった当初、持ちかけられた誘いだ。もちろん、莉奈は「勉強会」とは名ばかりの「おしゃべり会」になることは大体想像がついていた。莉奈は「おしゃべり会」もとい「勉強会」を切り抜けるために頭をフル回転させ……。

 さらに、莉奈の本当の目的がテストで満点を取ることじゃなかったり、元魔王リオンとお友達になったり。

 次回、第十話「ラブコメディは戦争小説?」

 お楽しみに!

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