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第九話 クズな前世のいいところ(6)

「私だけが天界から逃げ出し、ちょうど死んでふらふらと彷徨っていた優馬の魂に飛びついて、一緒にビルヴェンシアの地上世界で生まれ変わった。エデル・アーリストとティナ・アーリストとして」


 と、ティナが言った。


「その通りじゃ」とリオンは頷いた。「しかし、魔王を倒した勇者が、魔王を生かしておくほどの善人じゃったとは驚きじゃがな」とリオンは顔をほんのり朱色に染めながら言った。「ま、勇者エデルの魂の色を知っておったから、同時に不思議なことではないとも思っていたがな」


 優馬は黙って聞いていた。リオンと初めて相対したとき、彼女がぽつんと言った言葉を覚えている。最後に魔王を殺すことができなかったのは、前世のクズ野郎が関係あるのかもしれないな、と優馬は思った。


「わかるじゃろう。魔王リオンは生まれるべくして生まれたものじゃし、わしのような辛さを持っておる魔族は、他にも五万とおる。つまり、いくら魔業核を封印なり破壊なりしたとして、『第二の魔王リオン』はいつでも生まれる可能性があるということじゃ」

「つまり、またあなたが天界を襲ったときみたいな出来事が起こる可能性はあるっていうことね」

「その通りじゃ。この機会じゃから、何かの教訓としてわしのことを知っておいてほしいと思って話したのじゃ」

「なるほどな」


 俺が神妙に相槌を打つと、リオンは「そして!」と声を大きくした。急に興奮気味に身を乗り出してきたので、優馬もティナもビクッとしてしまった。


「ここからが大切なところじゃ。わしと勇者エデルとの出会い、偉大なる魔王の恋愛譚を聞きたいかの?」


 迫ってくるリオンを、ティナが無理やり引き離した。


「それは、あなたの言う『教訓』ってものとは関係ないでしょ。別に話さなくてもいいわよ」


(ティナ、たぶんそんなことを言っても無駄だと思うぞ。だってこいつ、訊く前から話す気満々なんだもの)


「そこまで言うなら仕方がない。特別にわしと優馬の愛について、話してしんぜよう」


 リオンはきらきらと瞳を輝かせながら、さらに続きの話を始めた。


× × ×


「お前は、生きろ」


 わしが今でも胸の奥に留めておる、勇者エデルの大切な言葉じゃ。

 魔業核の力を借りることで天界を我が物とし、新たな神となったわしは、すべての人の魂の色が見えるようになったとはさっき言ったじゃろう。そして、初めて目の前に現れた勇者エデルの魂に、わしはとても懐かしい感触を覚えた。そう。わしは、忘れたくても忘れられないヘミンの姿を、勇者エデルの奥に見てしまったのじゃ。じゃから、初めてお主と会ったあの日、わしは勇者エデルを殺すことができなかったのじゃ。まあ、お主らはわかっておるとは思うが、わしはそのうち完全に魔業核に意識を奪われてしまったのじゃがな。そして次に目が覚めたとき、目の前には剣の切っ先をわしに向けたエデルがおった。


 ああ、これでようやく、わしは死ぬことができるのじゃ。


 それも、愛するヘミンに殺されることで。

 恐怖よりはむしろ、安堵の方が大きかった。愛した男に看取って(殺して)もらえることは、わしにとっては幸福なことじゃった。生まれてからそれまでの長い長い記憶が、一瞬にして頭の中を巡った。今度は逆に、「幸福な走馬灯」じゃ。あのビルヴェンシアの地に生を受け、実の両親と洞窟で暮らしていた日々。もう両親の姿はほとんど覚えていないが、彼らはわしを育て、人間たちからわしを守ってくれた。次にヘミンという欲深いがどこか憎めない男と出会い、振り回されながらも刺激的な日々を過ごした。奴のことを好きでいて良かったと思うのは、やはり最期の瞬間じゃな。わしのことを道連れにすることだってできたのに、そうすることはしなかった。わしは独りで生き、再び人間たちに殺されそうになっているところを、何の因果か魔業核によって生かされた。

 そして……。



「お前は、生きろ」



 そう言うと、勇者エデルはわしに突きつけた剣を引っ込めて鞘に収めた。


「ここでお前を殺してしまうのは簡単だ。だけど、俺はなぜか、ここでお前を簡単に殺してしまってはいけないような気がするんだ」

「そんな、エデル! 何を言っているの!」と神の娘が声高に叫ぶ。「そいつは、ビルヴェンシアをめちゃくちゃにした魔王なのよ!」

「そいつの言う通りじゃ」とわしは弱々しい声で言う。「わしは、ここで死ぬべきなんじゃ」


 わしの言葉を聞き、勇者エデルは眉をひそめた。


「生きることから、逃げるんじゃない」


 その力強い言葉にヘミンの影がぴったりと重なり、わしは思わず顔を上げた。


「自分が今までしてきた罪を背負いながら生きていくこと。それこそが、俺がお前に与える罰だ。お前の人間らしい容姿なら、人間の社会でも充分に通用するだろう」

「ちょっと、エデルくん、もしかしてそいつを人間界に紛れ込ませる気?」と仲間の女が言った。

「ああ」と相槌を打って、勇者エデルは仲間の方を向いた。「こいつは魔業核にほとんどの魔力を奪われ、もう人を襲うだけの力なんて持ってはいないだろう」

「お前、正気かよ!」と仲間の大男が怒鳴るように言った。


 それでもなお、勇者エデルは毅然とした態度を崩さなかった。


「俺は、こいつにまっとうな生き方をしてほしいと望んでいるんだよ。俺には、どうしてもこいつを殺すことができないんだ」

「私も」と神の娘が勇者エデルに同意した。「私も、エデルが決めたことなら、エデルが信じたことなら、それでいいと思ってる。だって、私は決めたんだもの。私は……


× × ×


 げふん、とリオンは無駄に大きな咳払いをした。


「以下略」

「どうしてよぉぉぉ! 今の、私の一番いいところのセリフじゃない! 一度言いかけたことなんだから、最後まで語りなさいよ!」

「理由は簡単じゃ」とリオンは人差し指を立てた。「この先の話に、わしが出てこんからじゃ。おまけにエデルの愉快な仲間たちが無駄に長いやりとりをするせいで話のオチに行くのに時間がかかる。わしの出てこん話をしたところで、わしがつまらんからじゃ」


 優馬としては、むしろ喜ばしいことだった。苦難の旅を経てようやく魔王を倒した、物語にしてみればエピローグにあたる部分なのだ。どれほど痛々しい振る舞いをしたかわかったものではない。正直に言って、リオンに向かって自分が「お前は、生きろ」とか「生きることから、逃げるんじゃない」とか「中二病」の類義語みたいなセリフを吐いたあたりで、恥ずかしすぎて街中を駆けずり回りたい気分だったのだ。あれはマジで言ったセリフである。今改めて聞いてみれば、黒歴史以上の何物でもない。


「もういいんじゃないか? 俺たちは、十分面白い話を聞くことができた」


 優馬が何とかしてなだめると、ティナは唇を尖らせつつも言うことを聞いた。


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