第九話 クズな前世のいいところ(5)
わしらにはお金がなかったし、ヘミンは人間の社会で財を築くのは不可能だと考え、ハンターとしての成功を志した。ハンターは実力至上主義。つまり、どんなに「クズ野郎」でも、実力さえあれば人は頼らざるを得ないと考えたのじゃ。そして、魔物と戦ったり、修行をしたりすることが多くなった。時にはぎりぎりの戦いを強いられることもあったが、そのときも何とか二人で切り抜けることができた。
しかし、わしらは強くなろうとして、あまりにも無理をしすぎたのじゃ。その日は、たしか朝は晴れていたが、だんだんと雲行きが怪しくなって、最後には雨が降っておったな。わしらは危険度の高い魔物の討伐のために山の奥へ入ったが、魔物の群れに囲まれてしまった。回復薬の類は底を尽き、必死の健闘をしたものの、勝ち目も逃げ場もないことが薄々わかり始めてきた。すると、ヘミンはわしの方を振り返ってこう言った。
「リオン、お前、空飛べるんだろ? 僕のことはいいから、早く逃げろよ」
「え、どうして……」
「どうせ僕は逃げられないし、二人して死ぬんなら、生き残れる方が生き残った方がいいだろう。それに、僕はさんざんリオンのことを利用してきたし、死ぬ手前くらい、良い奴で終わらせたいんだ。僕の最後のわがまま、聞いてくれよ」
言い争いをしている時間はなかった。「早く行け」というヘミンの言葉を聞き、わしは逃げた。ヘミンは諦めたようにため息を吐き、剣をぎゅっと握りしめ、物々しい雄叫びを上げた。
いずれにしても、それがわしとヘミンとの最後じゃった。
× × ×
「まさか、あの最低男ヘミンが最後良い奴で終わるなんて思わなかったな」
「優しいって部分で言ったら、優馬と共通しているところがあるかもしれないね」とティナは相槌を打った。
「まあ、もし当時のわしがヘミンの言っていることを一字一句すべて理解していたら、あるいは離れていくこともあったかもしれん。しかし、わしは既にヘミンのことを心の底から愛しておったし、ヘミンがわしにとってのすべてじゃった。だから、あの場から逃げるのは、正直に言って苦しい決断じゃった。最後にヘミンが言った言葉は、わしの心の中に一番に残っておるよ」
「何て言ったんだ?」
何の気もなしに尋ねると、リオンは優馬の瞳の奥をまっすぐに見据え、にやりと口の端を上げた。胸の奥まで貫いてくるような眼光に、優馬は自分のすべてを見通されてしまった感じすらした。
× × ×
「お前は、生きろ」
痛々しい笑みとともに言ったヘミンの言葉を、わしは一生忘れないじゃろう。何せ……優馬ならわかるじゃろう?
「来世になって僕が生まれ変わって、リオンがボン! キュ! ボン! の美人になったときには、また僕の前に現れてくれよな」
自嘲気味な調子で付け加えたセリフに苦笑いしながら、わしは全力で生きることに決めた。
たしかに、いま考えてみればちょっとおかしいところもあったが、誰が何と言おうと、わしにとってヘミンは最高の男じゃったし、とびきりクズな部分も可愛らしく思えたりするのじゃ。あれでも、決して悪い奴ではなかったからの。過ごした時間の分だけ、ヘミンとの別れはわしにとって悲しいものじゃった。
何より、ふと気づいたとき、わしはまた独りになっていたのじゃ。
そこでわしは誓ったのじゃ。もう誰にも負けない存在になろうと。誰に守られることもなく、一人でも生きていける魔人になろうと。強くなり、守られる側ではなく守る側の存在になろうと。もうわしが愛したものを、二度と失ってなるものか、と。
それからのわしは、強さばかりを求め、様々な魔物を倒しては食らった。もちろん、それらの魔物の血肉がわしのものとなることで魔力は増えたが、それだけでなく戦闘技術も向上したし、多種多様な魔術が使えるようになったりもした。そのおかげで、わしは大抵の魔物や魔人なら一人で倒せるようになった。同時に、わしはわしを殺そうとする多くの人間をも殺して食らった。
気がつくと、わしは魔族の中でも「老人」と呼ばれるほど年老いていた。全盛期に比べれば力は衰え、「強くなりたい」という欲も薄れておった。何より、わしは有名な魔人じゃったし、わしの首を取ろうとする者はまだ多くいた。わしが生きている内にわしを仕留め、名を上げたいと思っておったのじゃろう。そして、わしはついに窮地まで追い詰められた。
「それにしても、こいつの元は〈ヴァンピア〉なんだよな? ここまで強い〈ヴァンピア〉がいたなんて……」と青年剣士が言った。
「そもそも、〈ヴァンピア〉で魔人化しているものなんて初めて見たわ」と丸眼鏡の女魔術師が訝しそうに目を細める。
「もともと〈ヴァンピア〉の戦闘能力は高くない。本来なら、洞窟の奥の魔力が多い場所に潜んでいる魔物なのだがな。きっと、〈ヴァンピア〉以外でこいつに協力した酔狂な魔人でもいたのだろう」と大柄な男大剣士が持論を述べる。
半分正解。
正解のもう半分は、「酔狂な魔人」ではなく「強欲な人間」じゃ、とわしは心の中で付け加えた。
「もし別の種族の魔族同士とかだったりしたら、面白いことよね」と女魔術師が思案げに顎に手を当てる。
「そういう話は後にしようぜ。とりあえず、早くこいつの首を持って帰ろう。そしたら、俺たちはちょっとした有名人だ」
青年剣士が剣を構えると、後ろの二人も一斉にわしの方を見る。
わしにはもう戦う力は残っていなかった。ああ、ここで死ぬんじゃ。わしに向けて剣を振りかぶる青年を見ていたが、不思議と生に対する執着は生まれなかった。きっと、どこかで死ぬことを覚悟していたのじゃろう。そのときだった。
「本当にそれで良いのか?」
わしの心に、何かが語りかけてきた。それこそが魔業核じゃ。
「私には見えるぞ。貴様の中に燃えたぎる復讐の炎が。すでに胸の奥に隠してしまった、『生』や『強さ』に対する渇望が。その恨みは、死んでしまってからでは晴らすことができんぞ」
わしは魔業核の誘惑に、つい乗っかってしまったのじゃ。わしの中で、この世のすべてに対する復讐の炎が再燃した。それは「記憶が走馬灯のように駆け巡る」という表現が正しいのかもしれない。
そのとき、わしの魂に生まれてからこれまでのすべてが蘇ってきたのじゃ。
人間に栖を襲われ、外の世界に飛び出したあの日。ヘミンと出会い、ふざけ合いながら過ごした幸福な日々。他の魔族に襲われ、ヘミンを置いて逃げ出した雨の日。自分の弱さを恨み、強くなりたいと願いながら戦い抜いた孤独な日々。こんなくだらない死に方をして良いのか、とわしは自問した。そして自答した。
いや、こんなところで死ぬわけにはいかない。
「うあっ!」
「きゃぁぁぁ!」
「ぬぐぅぁぁぁぁぁ!」
三人の悲鳴が、飛び散る血飛沫とともに森中を巡った。わしは魔業核の力を借りることで魔力を取り戻し、あっという間に三人の戦士たちを殺してしまったのだ。
それが魔王リオンの誕生じゃ。
わしは若い肉体を取り戻し、全盛期と同じ、いやそれ以上の戦闘能力を手に入れた。
しかしやがて、わしは魔業核に意識を乗っ取られ、力によって魔族を支配して統率し、その軍勢を率いて天界を占領した。ビルヴェンシアの神になり、その世界すらも支配した。
それからのことは、お前たちの知っての通りじゃ。




