第九話 クズな前世のいいところ(2)
わしが生まれたのは、もうどれほど昔のことじゃったろうか。わしは、生まれたときは魔人ほどの魔力を持たない一介の魔物に過ぎなかった。わしらの種族は生まれつきの戦闘能力が低く、洞窟の奥でひっそりと隠れて、そこに流れている魔力を食って生きる生活をしておった。魔物というのは、最低限の魔力さえあれば生きることのできる存在じゃからな。
しかしある日、わしらの暮らしておる洞窟に人間たちが訪れたのじゃ。たぶん、あれはギルドで依頼を引き受け、わしらを捕らえにきた人間たちじゃよ(ギルドの存在を知っておるのは、後に人間たちの生活を見てからのことじゃ)。戦闘力の差は歴然じゃった。人間たちは強力な武器や魔術を使い、わしらの種族を捕らえていった。わしら家族ももちろん逃げたが、運悪く人間どもに見つかってしまったのじゃ。両親はわしに「逃げろ」と目顔で合図をし、わしは本能的にそれを理解し、その場から逃れ、何とか生き残ることができた。ただの魔物だった頃のわしは、理性もなければ言葉も知らないし、両親の合図をそのまま純粋に受け取ることこそが唯一の選択肢じゃったからな。
その後、わしは隠れ家の洞窟にいることを嫌ったのじゃろう、初めて外の世界に足を踏み出した。その間、他の魔物に襲われて死ぬようなことがなかったのが不思議なくらいじゃが、わしは逃れ逃れて森の奥まで行った。
そのとき、わしはある男と出会った。
それこそが優馬の前世の男、ヘミンじゃ。
ああ、わしはここで殺されるんじゃ、と思った。すでに逃げられる距離ではない。ヘミンは、剣を力強く握りしめてわしの元に駆け寄ってくると、それを思い切り振り下ろした。
「ギャィィン!」
しかし聞こえたのは、わしの背後にいた魔物の断末魔じゃった。
その男は、わしが魔物に襲われそうになっているところを助けてくれたのじゃ。それから、男は何も言わずにくるりと背を向け、歩き去ってしまう。しかし、わしは本能的にその後ろに付いていった。特別に許しや契約を交わしたわけではない、ごく自然な成り行きじゃった。側から見れば奇妙な関係じゃったかもしれん。わしらは種族も違えば、本来であれば敵同士なのじゃから。しかし、男はわしが付いて来ることに何も文句を言わなかったし、餌となる魔物を捕らえては分け与えてもくれた。そのおかげで、わしはかなりの魔力を蓄え、魔人へと進化することができた。わしの中で理性や知性が目覚め、言葉を覚えるとともに、その男とコミュニケーションが取れるようになった。基本的なしゃべり言葉は、ヘミンと一緒にいる内に覚えてしまった。
「ねえ、ヘミンはどうして私を助けてくれたの?」
すると、ヘミンはくるりと振り返って、こう言った。
「いや、前に魔人化したメスの〈ヴァンピア〉に出会ったことがあってな。そいつがめちゃくちゃボン! キュッ! ボン! の美人だったんだ。だから、お前も成長したらボン! キュッ! ボン! になるんじゃないかと思って」
× × ×
(何か嫌な予感しかしねえんだけど、気のせいだよな。気のせいで終わってほしい)
優馬の額から、たらりと汗が流れた。すると、リオンは懐かしそうに微笑を漏らした。
「それにしても、さっきは優馬の口から再びヘミンの口癖を聞くことができて、わしはとても嬉しかったぞ。ボン……キュッ……」
「思い出に浸らなくてもいいから、早く続きを話やがれ!」
× × ×
「そういえば、お前にはまだ名前がないんだろう。だったら、名前を与えてやらなくちゃいけないな」
「名前! ヘミンがくれるの?」
「ああ」
わしは、「リオン」という名前をヘミンからもらった。そのときから、ヘミンがわしの育ての親になったのじゃ。
「人間界では、好きになったオスとメス同士は『結婚』するんでしょう。だったら、私はヘミンと結婚する!」
ヘミンは驚いた顔をしていたが、わしの無垢な願いに苦笑いを浮かべた。
「それはできないんだよ」
「どうして?」
「理由は三つある。その一、もし僕とリオンの子供ができたら、その子は魔人になってしまうからだ。その二、お前はまだ子供じゃないか。もし僕がリオンとエッチをしたとして、リオンの気が変わって警察に通報されたら、僕は強制性交罪でつかまってしまうからな。その上、お前がそれをネタに僕を揺すってくるリスクだって考えられる。その三、僕は巨乳好きなんだ。だから、お前みたいなまな板つるぺったんな子供は抱けない。だから、まずはボン! キュ! ボン! の美人になることからだな」
「どういうこと?」
当時のわしには、ヘミンが何を言っておるのかよくわからんかった。すると、ヘミンはとても愛おしそうな顔をして、こう言った。
「つまり僕の言いたいことは、僕がリオンをとても愛しているということだよ」
× × ×
「おい、ちょっと待て」
リオンが気持ちよさそうにしゃべっているところに、俺は耐えきれずに口を挟んだ。リオンは不満そうに眉根を寄せて「何じゃ?」と言った。
「お前、もしかして遠回しに俺のことディスってんのか?」
「何じゃ。でぃすって?」
「ディスる。悪口言ってんじゃねえのかって訊いてるんだよ。だって、ヘミンは俺の前世なんだろ。こいつ、どう考えても言ってること最低じゃねえか。全部、お前の作り話何じゃねえのか?」
「そんなことはない。街で買った録音用の魔石にヘミンの声を録っておったし、その前のことだって大体覚えておるし」
「っていうか、俺の前世って、何か詐欺師みたいなやつだな……」
「いや、最高な男じゃったよ。わしのことを『好き』って言ってくれたし」
「お前は本当に幸せな考え方をしているよな」
しかし、ふとティナの方を見ると、彼女だけは抑えきれない嫌悪の表情を浮かべていた。ひょっとして、詐欺師みたいな前世を見て、俺のことちょっと嫌いになってくれたのかな? そのまま神の国に戻ってくれるのかな?、と思っていると、ティナはぼそりと呟いた。
「……優馬、最低」
俺は申し訳なさそうな顔をして、ティナに言う。
「こんなでも、俺の前世なんだ。まあ、これでお前が俺のことを嫌いになるのも仕方がないかもしれない。これでティナが神の国に戻るって言ったとしても、俺には引き止めることはできないな」
「優馬のことを嫌いになるわけないじゃない」
「え?」
「優馬、最低だよ。どうして私以外の女の子に『好き』なんて言うのよ」
そっちかい。
俺はがっくりと肩を落としてうなだれた。
「……だめだ。こいつら」
「続きを話しても良いかの?」




