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第八話 魔王様、降臨!(「元」付きだけどね)(3)

 黒く艶やかに光る長い髪。ティナに劣らないヨーロッパ風の薄い肌、優馬たちを見上げて浮かべる笑みの中には八重歯がきらりと輝き、七、八歳くらいに見える年の割には何だか偉そうに見えた。


「久しぶりじゃな、神の娘よ。まさかこんなところで再び争うことになるとは、運命とは皮肉なものよのう」

「……いや、だから誰よ、あなた」

「貴様、世界をひとつ賭けた戦いをしたわしのことを忘れたじゃと!」

「いや、こんなちっちゃい女の子と世界をひとつ欠けて戦った覚えなんてないし」

「ちっちゃいって言うなあ!」と女の子は声を張り上げた。「今となってはこのような情けない姿になってしもうたがな、わしはすでに何百年も生きた魔人なのじゃぞ」

「小学生が中二病だったら、『マセガキ』って呼ぶべきなのかな」


 ティナは顎に手をやり、訝しそうに目を細めて幼女のことを見つめていた。それは優馬も莉奈も同じことだった。どっかで見たことある気がするなあ、と思いつつ、優馬はその幼女のことを頭から、足のつまさきまでじいっと眺めていた。すると、幼女は恥ずかしそうにもじもじとする。


「そ……そんなにわしのことを見つめないでくれないかの?」


(……いや、やっぱり誰だ。こいつ?)


 頭の中に何となく引っかかるものはあるものの、やはり心当たり自体はない。そのはずだ。

 優馬がずっと悩んでいると、次第に幼女はがっくりと肩を落としてため息を吐き、こほんと咳払いをした。


「そこまで考えてわからんと言うのならば、本意ではないが、あえてわしの方から名を名乗ってやろう」


 幼女はきりりと目の力を強め、姿勢をピッと正し、その恐ろしい名前を名乗った。


「わしの名はリオン。まあ、お主らからすれば、『魔王リオン』と言った方が、はるかにわかりやすいかの」


(はっ……! そうか……)


 魔王リオン。それは、優馬たちには決して忘れられるはずのない名前だった。かつてビルヴェンシアを魔物の巣窟と化し、世界を支配した魔族の王。

 『王』と言うからには太ったおっさんが出てくると思ったら、妖艶な美女が出てきたから驚いたものだった。「ボン!」「キュ!」「ボン!」のモデルのようなスタイルで、そのときに優馬が言った「だめだ。……今の俺には、とてもじゃないがこんな奴と戦うことなんてできない」というセリフは、実は魔王の覇気に足がすくんだのではなくて、当時パツパツのズボンを装備していたので、魔王のおっぱいに目が行って勃起してしまうのが仲間にバレるのを恐れたからだ。仲間のミーシャは異性に対して潔癖で、魔王に興奮しているのがバレたら即座に戦力がひとつ削れるのは必至だった。

 いかん、いかん、と優馬は邪念を必死で振り払った。魔王のおっぱいを思い出して、あやうく鼻血が出てしまうところだったのだ。


「あれ、桜井くん、鼻血出てるよ」


(手遅れかよ……)


 優馬はポケットティッシュをちぎって右の鼻腔に詰め込み、再びその幼女を見た。

 とにかく、魔王リオンは、とてもおっぱ……美しい女だったのだ。

 幼女は、凛々しい瞳で俺のことを見つめている。そうか。こいつは、あのときの……。





















「って、嘘吐くんじゃねえ、このクソガキィィィィィ!!!」





















「わぁぁぁぁぁ! 声でかぁぁぁぁぁい!!」


 たとえツッコミだとしても、コンプライアンス的に幼女を叩くことはやめた。

 自称「魔王リオン」の幼女は、優馬の声圧に吹き飛ばされてしまった。近くのティナと莉奈も耳を塞いでいた。


「お父さんかお母さんに『人に嘘を吐いてはいけません』って教わらなかったのか? 俺の知っている魔王リオンはな、こんな子供じゃない。もっと妙齢の麗しき乙女でな、こう、そう、もっとボン! キュッ! ボン! のスタイルで、何よりおっぱ……」


 と言いかけて、優馬はやめた。優馬くぅ〜ん、こんなちっちゃい女の子に変なことを教えちゃだめでしょう?、とすみれが拳を鳴らす音が聞こえたからだ。優馬を取り巻く世界における「コンプライアンス」の定義は確かに曖昧ではあるが、とにかく幼女だけはそれによって守られていた。


「ふう、危うく地雷を踏むところだったな……」

「ボン! キュッ! ……ぬぐふっ! ひはっ! ひはーのふゃ!」

「あー! あー! そんなことを言っちゃいけませーん!」


 どうも世の中の子供というものは、すぐに変な言葉を覚えては使いたがる傾向にあるらしい。リオンが真似しようとするのを、優馬は何とかして口を塞いで止めた。窒息させそうになったので慌てて手を離すと、リオンは「何をするのじゃ!」と元気に怒鳴り声を上げた。


「あっぶねえ。危うく犯罪を犯すところだったな……」


 半分くらいアウトだろなんてツッコミは、ティナも莉奈も入れることはなかった。

 優馬が安堵の息を漏らしていると、そこへティナがひっそりと近寄ってきた。


「ねえ、優馬」


 優馬はティナの方をちらりと見た。ティナの表情を見て察した。実際、優馬もリオンに対して引っかかるところはあったのだ。


「ああ、わかってるよ。あいつが魔王リオンの存在を知ってるってことは、少なくともビルヴェンシアに関連する何者かであることは間違いないだろうしな」


 そして、もう一度リオンの方に向き直った。


「まず、ひとつ訊きたい」

「何じゃ?」

「お前はビルヴェンシアのことを知っているのか?」

「当然じゃ。そもそも、ビルヴェンシアから来たのじゃからな」


 優馬はティナと顔を見合わせた。それからリオンの方に向き直って尋ねた。


「お前は、一体何者なんだ?」


 すると、リオンは「水曜日って何曜日?」なんてアホらしい質問をされたかのように深いため息を吐いた。


「じゃぁから、さっきからずっと言っておるじゃろう」


 リオンは、偉そうな態度を崩さないままに言う。


「わしが魔王リオンなのじゃと」


 それでも、優馬もティナも不審そうに眉根を寄せたままだ。


「でも、俺の知っている魔王リオンは、そんな子供みたいな姿はしてなかったぜ。それに、背中に羽根があったり、もっと魔族っぽい格好をしてた。それとも、魔人ってのは、成長すると大人から子供になるのか?」


 皮肉っぽく言うと、リオンはしょんぼりと顔をうつむけた。


「わしは、世界を脅威に陥れた罰として、魔族としてのすべての力を奪われ、ビルヴェンシアを追放されたのじゃ」


 優馬はティナと再び顔を見合わせた。


「ビルヴェンシアを……追放された?」

「普通の魔族にしてみれば、世界からの追放というものは死ぬよりも辛い罰じゃからな」

「ねえ、桜井くん、それって何の小説の話? 漫画か、映画か……それともゲーム?」


 莉奈が会話に加わろうとしているのに気付いて、優馬は「あ」と素っ頓狂な声を上げた。エデルとティナとリオンの会話に、「純ジャポ」ならぬ「純アース」の莉奈が付いてこれるはずがない。


「悪い、東雲。この子は、ちょっとした知り合いなんだ。今日会う約束してたの、すっかり忘れてた」

「え? でも、さっきまで『お前は何者なんだ?』とか言ってなかった?」


 確かに!、と優馬は莉奈の推察に感心した。この場を切り抜ける術は……、と思案し、優馬は恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、適当な作り話をした。


「この子は……そう、オンラインゲームで知り合った友達なんだよ。今日初めて会う約束をしてたんだけど、向こうから来てくれたみたいだな。それで、初めて会うネットの友達なんだ。顔がわからなくちゃ仕方がねえだろ。だから、俺っぽい奴を見つけたら、合言葉代わりにミニコントを仕掛けてほしいって言ったんだよ。もし俺じゃなかったら気味悪がって逃げてくだろうし、俺だったら反応する。これ以上やりやすい手はないと思ったんだ。……あ、この子はスマホ持ってないらしくてさ」


 莉奈はにっこりと笑みを浮かべた。





















『って、嘘吐かないで、バレバレェェェェェ!!!』





















『お父さんかお母さんに『人に嘘を吐いてはいけません』って教わらなかったの? 何? その即興で無理やり作り上げたような話! もはやツッコミどころしかないじゃん! っていうか、最後の『……あ、この子はスマホ持ってないらしくてさ』って、絶対アレだよね! 『じゃあ、どうしてライン交換しなかったの?』ってツッコまれることに気づいて付け足したやつだよね! いや、バレバレだから! それ以前の問題ですから!』


 心の底から叫びたかった。全力で揚げ足を取りたかった。しかし莉奈は、そんな激しい感情をすんでのところで抑えた。


「ああ、なるほどー。そういうことだったんだね」


 もちろん、莉奈がそんな空気の読めないツッコミをするはずがない。莉奈は天然っぽい騙され顔をしながらこくりと頷いた。


「悪い。それじゃあ、また今度一緒に帰ろう」


 必死で謝罪を入れてくる優馬を見て、当然のことながらこの状況を利用した。


「ねえ、それじゃあ桜井くん!」

「お……おう……、何だ?」

「この前は断られたけど、今度は二人で一緒に映画見に行こうよ!」

「それはだめ!」とティナが割って入ってきた。

「ティナちゃんには関係ないでしょ。私は、桜井くんに訊いてるの」


 優馬は内心、ため息を吐きたい気持ちでいっぱいだった。しかし、前も映画に誘われて断ったばっかだし、今日だって途中で放り出してしまうことになるのだ。ここまで連続すると、さすがに悪い気がしてしまったのだ。そして、優馬はしぶしぶ首を縦に振った。


「わかったよ。それは約束する」

「えー、優馬ぁ……」

「うん、約束だよ」


 収穫はあった。無駄な時間ではなかった。

 そう思い、莉奈は晴れやかな笑顔を浮かべて去っていった。


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