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第八話 魔王様、降臨!(「元」付きだけどね)(1)

「ビルヴェンシアに、もう未練はないのか?」


 木々が鬱蒼と茂る山奥に、二つの影があった。一方は黒髪に黒衣を纏った女の姿をしており、もう一人は背中から白い羽を生やした男だった。


「まったくないと言えば、嘘になってしまうかもしれないな。今では大したことがないとはいえ、地球に行けば、わしの魔力はすべて消えてしまうのじゃろう?」

「そうだな。その上、お前はその美しい容姿も失ってしまうことになるかもしれんぞ」

「どういうことじゃ」

「今のお前の姿は、強大な魔力によって若さと美貌を保っているだけに過ぎん。それを失ってしまうということは、つまりその容姿要望を保つことができなくなるということだ。お前は魔族の年齢にしても結構な年だろう? 醜い老女の姿となり、頼りにする者の誰もいない世界を独りでさまようことになる。あるいは、お前は死ぬよりも苦しい目に遭うのかもしれんのだぞ」

「構わん」


 女は天使の話を最後まで聞くことなく、きっぱりと言いきった。


「少なくとも、わしは自分から『死ぬこと』を選択したくはないのじゃ。あの男に言われた。わしは『生きることでこの罪を償うべき』じゃと」


 そして、女は幸福そうな微笑を浮かべて続けた。


「わしの愛したあの男、その生まれ変わりに言われてしまえば、聞かないわけにはいかんじゃろう」


 大層なことだ、と天使は鼻で笑った。


「それにしても、びっくりしたよ」

「何がじゃ?」

「あの極悪非道の魔王リオン様が、まるで別人みたいに丸くなってるんだものな」


 リオンはばつが悪そうに表情を歪め、ぷいと天使から視線をはずした。


「申し訳ないとは思っている。ただ、あのときのわしは、魔業核に操られていただけなのじゃ」


 ため息を吐き、小さな声で付け加える。「今さら言っても、仕方のないことではあるがな」

 天使は複雑そうな面持ちで、じいっとリオンのことを見つめていた。


「お前が悪なる魔族の内情や魔業核と出会った経緯を話し、これからの天界の防衛に新たな光を差してくれたことに、天界は少なからぬ経緯を払っている。だから、お前に『死に方を選ばしてやる』と言っているんだ。それを踏まえて、最後にもう一度だけ問おう。このまま安楽死をすること、あるいはビルヴェンシアという世界そのものを追放され、孤独な世界で苦しみながら生きながらえて、そして死ぬこと。お前はどちらを選ぶ?」


 リオンはきりりと目の力を強めて言った。


「わしの考えは変わらん。それが、勇者エデルに与えられた罰じゃからな」


 すると、天使は柔らかく相好を崩した。悪の象徴に向けるにしては、友好的な笑みだった。


「……勇者エデルがお前を生かしたのも、何となくわかる気がするよ」

「どういう意味じゃ?」

「別に元魔王の肩を持つ気じゃないが、お前は根は曲がってないような気がする……って、こんなこと言ってたら、また神王様に怒られちまうか」


 天使が苦笑すると、リオンもそれに応じて笑った。


「わしを買いかぶりすぎじゃぞ」

「ま、とにかく、地球じゃ人に迷惑をかけるようなことをせず、世のため人のためになることをするんだぞー」


 軽々しい感じで、まるで子供に言い聞かせるように、半ばバカにしたかのように言ったのだが、リオンは怒ったようなそぶりなど一切見せなかった。


「ああ、わかっておる」

「それじゃ、さようなら。元魔王様」


 天使が呪文を唱えると、リオンの周囲に白い魔法陣が現れ、光がその体を包み込んだ。その状態のまま、リオンは体ひとつで天界から冥界を通り、そして地球へと飛び立っていった。


× × ×


 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とでも言うのだろうか。ティナが桜井家にやってきてから一ヶ月ほどが経ち、朝の食卓で彼女が「すみれちゃん、おかわり!」と叫んでいるのもすっかり日常の光景になってしまった。成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗なのに気取ったところのないティナは、学校でも人気者だし、いつも大勢の友達に囲まれている。そのおかげで、優馬は学校ではティナに(まと)わり付かれずに済んでいた。


「桜井くん、良かったら一緒に帰らない?」


 ティナは陽子と奈美恵に連れられてお手洗いに行った。あの二人は、確か東雲と仲が良かったはずだよな、と不思議に思っていると、東雲莉奈その人が現れた。良いタイミングで来るなあ、と優馬はつい驚いてしまう。莉奈は、ティナが忙しそうにしている隙間を()うようにして来るので、優馬はいつも会話をする羽目になっていたのだ。誘われたのは初めてだったが、それを断るにしても理由が見当たらず、「ああ……わかったよ……」と優馬は曖昧な返事をした。


「それじゃあ、早く帰ろう、桜井くん!」


 莉奈は、何度も教室の入り口の方を確認しながらしきりに優馬の腕を引っ張る。そして、優馬は何だかんだで教室から連れていかれてしまった。


「急ぎの用事があるんなら、一人で帰った方がいいんじゃないのか?」


 ぶっきらぼうに言うと、莉奈ははにかむように笑った。


「早くしないと、ティナちゃんが来るでしょ? っていうのもさ」と莉奈はほんのりと頬を桜色に染めて、上目で優馬のことを見つめる。その表情の中に多少の計算が入り混じっていることは否定できないのではあるが。「私、桜井くんと二人きりで帰りたかったの」


 しかし優馬は、難しそうに眉根を寄せて思案するばかりだった。


「今日は……別に宿題とか出てないよなあ」


 莉奈が優馬に奇妙な近付き方をしてくる理由と言えば、それ以外に思い当たる節はなかった。


「いや、そういうことじゃなくて……」と莉奈はぶんぶんと首を振った。


(なんでそっちの方向に行くの! 「こいつ、俺のこと好きなのかな?」みたいな感じにならないの?)


「っていうか、いつも思ってるんだけどさ、宿題見せてもらうにしても、俺よりも白崎とかに見せてもらった方がいいんじゃないか? その方が正答率だって高いだろうし」

「だって、多少間違ってる方が自分でやった感があるでしょ?」

「俺と同じ部分を間違ってる方が怪しいような気はするんだけど」

「偶然ってこともあるでしょ」

「よく重なる偶然だな」

「その偶然のことを『運命』って言うんだよ」


(ほらほら、「運命」だよ! 女の子が男の子に向かって「運命」とか言っちゃってるよ! 気づいて!)


 莉奈の必死の願いも虚しく、優馬は疲れたようなため息を漏らした。


「何とも強引な運命だな……」


 その後も、特にトークテーマなどを決めることなく、二人は適当な雑談をしながら帰り道を歩いていた。

 しかし……。


「優馬ぁ!」


 優馬と莉奈が二人で歩いていると、後ろから眉を八の字にしたティナが走り寄ってきた。莉奈は目をくわっと見開いた。


(何でこのタイミングで来るのよ! このフラグクラッシャーめ!)


次の話は、今週の金曜日か土曜日あたりに更新します。

「話」ごとに(たとえば第八話を)一気に更新した方が良いかとも考えましたが、今回は報告も兼ねての更新とさせていただきます。

できるだけ設定に矛盾が生まれないようにと見直しをしながら書いているので、少し時間がかかってしまいます。ご了承いただけると嬉しいです。

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