第七話 優馬と雪菜の初デート(?)(3)
「お兄さん方、ゲームセンターっていうのは、とっても神聖な場所なんだ。遊ぶんなら、学校のグラウンドにでも行ってやってくんねえか?」
盛り上がる大胸筋と、丸太のような腕。図体は見上げるように大きく、髭を蓄えて鬼のような形相を浮かべるその人の噂は、軽く耳にしたことがある。
ゲームマスター山田。またの名を「ゲームセンターの守護神」。
ゲームと筋トレをこよなく愛し、ゲームと筋トレにこよなく愛された男。ゲームマスター山田は、カツアゲやインチキなどのゲームセンターにはびこる悪を絶対に許さない。悪・即・斬で成敗する。俺と月垣がやっているのは、三百六十度どこから見ても迷惑行為だ。ゲームマスター山田がいれば、目をつけるのも無理はない。
「……ご、ごめんなさい」
俺と月垣は、悪・即・謝で土下座をする。息ぴったりに謝罪するところが、何とも微妙な感じがする。ゲームマスター山田は、一人ずつじいっと見つめ、何度かうなずくと言った。
「次からは気をつけろよ」
そう言い残し、ゲームマスター山田は去っていった。雪菜は汚物でも見るような目で俺たちを見下ろし、肩をがっくりと落とすとともに深いため息を吐いた。
「はあ……。情けない……」
あろうことか、月垣はゲームマスター山田がいなくなった後も再び絡んで来ようとしたが、雪菜が「早く去れ」と威圧を飛ばすと、ゴキジェットを噴きかけられたゴキブリみたいにピューと走り去ってしまった。
月垣と「遊んでいる」内に、いつのまにか夕方五時を回っていた。バス停まではここから離れているし、そろそろ帰らなければならない。
「優馬って、変な人と友達なんだね」
「勝手に友達にすんなよ」
「だって、めっちゃ楽しそうに遊んでたじゃん」
「俺が遊んでたんじゃねえ。月垣が遊ぶのに付き合ってやっただけだ」
「どーだか」
雪菜が適当な調子で言って、俺たちは出口の自動扉を潜り抜ける。そのとき、雪菜は唐突に「あ」と素っ頓狂な声を上げた。
「すみれお姉ちゃんのプレゼント買うの、忘れてた」
そこで、俺も雪菜の真似するみたいに「あ」と声を漏らした。
「そういや、月垣の野郎にずっと邪魔されてたから忘れてたけど……。ったく、俺たちは何しにここまで来たんだよ」
「私、買ってくるね」
「仕方ねえな。とっとと買って、早く帰ろうぜ」
「優馬はここで待ってて」
俺が雪菜の後に続こうとすると、彼女は振り返ってぴしゃりと言った。ちょっと強烈な言い方に、俺は目を丸くしてしまう。雪菜もそれがまずかったと思ったのか、「あう……」と変な声を出してばつが悪そうな顔をした。しかし、すぐにいつもの子犬みたいな顔つきで俺に噛み付いてくる。
「私がプレゼント選んで、私が買うの忘れたんだから、私が買ってくるの。だから、優馬はここで待ってて」
「二人で来たんだから、二人で買いに行けばいいだろ。俺も行くよ」
「だから、優馬はここで待っててつってんじゃん」
本気の剣幕だ、と俺はわけがわからない思いだった。雪菜との間に淀んだ空気が流れ、俺は口を「へ」の字に曲げて首の後ろをさすった。それから、面倒臭そうに再び雪菜の顔を見る。
「わかったよ。行ってこいよ」
「うん」
雪菜が戻って来るまでの間、俺は近くのベンチに座って本を読んでいた。本を読んでいる間はそこまで時間のことなんか気にしてはいないけれど、もしかしたら必要以上に時間がかかっていたのかもしれない。他に良さそうな物を見つけて、プレゼント選びに迷っているのだろうか。「ごめん、遅くなっちゃった」と言った雪菜は、膝に手をついて肩で呼吸をしていた。
「どこまで行ってたんだよ」
「だって、真反対だったんだもん」
「何がだ?」
失言したとばかりに、雪菜は口もとに手を当てる。しかし、きゅっと眉根を寄せて、顔を赤らめながらも開き直る。
「ペ……ペットショップだよ! 可愛い子犬ちゃんがいたから、ちょっと見たかっただけ」
ああ、と俺は納得して、からかうように笑った。
「だから、俺に付いてきてほしくなかったんだろ」
「うるさいなあ! どうだっていいじゃん、そんなん!」
「ははは! まあ、俺からしたら雪菜の方が『子犬ちゃん』みたいなもんなんだけどな」
「マジでムカつくんだけど。そういうの」
「とりあえず、すみれちゃんのプレゼントは買ったんだろ。だったら、今度こそ早く帰ろうぜ」
「ああ、そうだった! 優馬と無駄話してる時間なんて、ぜんぜんなかったんだ!」
ぷいとそっぽ向くようにして、雪菜はとっとと早歩きで去っていってしまう。しかし、動揺が隠しきれていないみたいだ。
「おい、そっちは出口と反対だぞ」
うげ、と足を止めて、くるりと振り返って俺を睨みつけてくる。
「はあ? 知ってるし。優馬が騙されるかと思って、わざとやっただけだし!」
ちょっと無理のある反論に肩をすくめながら、俺たちは今度こそ徒歩でバス停まで向かい、それから家に帰った。バス停の中では特に会話らしい会話はせず、隣り合った席で、俺は窓の外の夜を眺め、雪菜はひたすらスマホをいじって誰かとラインをしていた。
俺は夜景を見ながら、ぼんやりと考え事をしていた。それにしても、久しぶりに充実した一日になったんじゃないか? いいじゃないか、異世界に行かなかった「その後」の世界。どれもこれもティナのおかげだと考えると、ちょっと複雑な気持ちにはなるけれど。だって、そもそもティナがいなかったら俺は今頃あの世に行って、知らない誰かに生まれ変わって、雪菜やすみれちゃんと同じ世界の別の場所で産声を上げたかもしれないんだぜ。ティナがいなかったら、俺はバットの攻撃をはずしてすってんころりん。そのまま通り魔に殺されていたかもしれない。ちょっと面倒なところはあるけれど、まあ、もうちょっと歩み寄ってもいいのかな、とは思う。
「今日、母の日でしょ。だから、優馬と私から、すみれお姉ちゃんにプレゼント」
翌日、機会を見計らって俺と雪菜は二人でプレゼントを渡す。
「すみれちゃんは母さんとは違うけど、いつも家事とか、俺たちの世話をしてくれてるだろ。だから、そういう意味で感謝してるってことだからな。別に、老けてるとかそういうこと言いたいってわけじゃないからな」
「優馬は余計なこと言うな!」
「あ……悪い」
「あんたは素直に『ありがとう』だけ言ってればいいの!」
「……はい。すみません」
雪菜は、不安そうにすみれを見つめた。
「それ、気に入ってくれたかな?」
すみれちゃんは袋から取り出した猫の置物を「まあ、可愛い」と微笑んで眺めていた。
「ううん。この置物もとっても可愛いし、何よりも二人の気持ちがすごく嬉しいわ。ありがとう。そうね……お客さんに見せびらかせるように、玄関にでも置いておこうかしら」
すみれちゃんは冗談らしく笑って、その日の夕食はステーキになった。プレゼント作戦の旨味を知ってしまいそうになったが、俺は邪念を振り払う。プレゼントとは、そんな邪なものではないのだ。
その後、部屋にいると、ドアがコンコンとノックされた。「すみれちゃん?」と尋ねたが、ドアの向こうにいたのは雪菜だった。
「珍しいな。お前がドアをノックして入ってくるなんて」
「人を非常識な人間みたいに言わないでよ」
「だって、本当のことじゃないか。いつも『うるさあああい!』とかでかい声で叫びながら部屋に入ってきて、ドロップキックかましてくるじゃねえか」
雪菜は明後日の方向を見ながら、「まあ、たしかに、そっか」と小さな声で言った。後ろにやった両手には、何か持っている。すると、雪菜はおもむろに部屋に入ってきて、その持っていた紙袋を差し出した。
「これ」
「ん? ……俺は、お前のお母さんじゃないんだけど」
「違うよ!」と雪菜は顔を真っ赤にして言った。「この前、私のこと、助けてくれたでしょ。もし優馬が来てくれなかったら、私、死んでたかもしれないし。それで、せめて何かお礼をしようと思ったんだけど、思いつかなかったから、これ」
それは、黒い猫が欠伸をしてるみたいなへんてこなデザインのブックカバーだった。
「ブックカバー、欲しかったんでしょ」
別にブックカバーが欲しいとは思わなかった。それに、こんな程度の物、欲しいと思えばいつだって買うことができる。しかし、プレゼントとは「気持ち」の問題なのだ。
雪菜は細かいことは言わなかったけれど、すべての辻褄があったような気がしていた。だから、すみれちゃんのプレゼント選びのために、わざわざセンスのない俺を同行させたのか。だから、わざわざ俺が欲しいものを探ろうとしていたのか。雪菜と離れていた時間、つまり、すみれちゃんのプレゼントを買いに行くと言って、不思議と息を切らして戻ってきたとき。きっとあのときに買ってくれたんだな、と思うと、嬉しくて笑みがこぼれてしまった。
「ああ。これ、ずっと欲しかったやつなんだ。さっすが雪菜。よくわかったな」
言うと、雪菜は得意そうな笑みを見せた。
「何のために、私がわざわざ優馬の行きたいとこに行ってあげたと思ったのよ」
俺は「恥ずかしそうに」苦笑いをした。けれど、俺からしてみれば、それは照れ笑いと言った方が正しかった。
「まあ、それもそうだよな」
これにて第一部的な部分は終わりです。
「第一部」なんて最初から決めていたわけではないですし、元々は「たとえ長編小説としては完結できなくても、単品の短編小説として一話ごとに楽しめるキャラクター小説(ギャグ小説)」ってコンセプトで書いています。たまたま桜井家の人々にスポットが当たっていて、それがここで終わるので便宜的に「第一部」と呼んでいるだけです。次の回から新キャラが登場します。
しかし、これが思った以上に時間がかかってしまい、お話自体の更新は少し空いてしまうかもしれません。その代わり、ちょっとしたおまけを更新したいと考えております。来週以内には更新して、そのころには第二部も進んでいるかなあ……、といった感じです。
前の話なんか覚えてなくても楽しめる小説を書きたいと考えているので、気長に待っていただけたら嬉しいです。それでは、失礼します。




